第17話東京デート

その次の日、約束通り9時半に翔は迎えに来てくれた。


今日は歩きやすい様に、果穂からシューズを借りて、紺のデニムに白のワイシャツ風チュニック、上にニットの空色カーデガンを羽織る。


翔は、茶系のチノパンに白い長袖Tシャツその上に紺のテーラードジャケットを羽織っている。何を着ても決まっている。


「おはようございます。朝ご飯は食べましたか?」

果穂は昨日の告白のせいか、なんだか妙に照れ臭くて目線を合わせられないでいる。


「おはよう、基本朝はコーヒーだけ。

果穂はちゃんと寝れた?」


「…はい。あの、良かったらサンドイッチ作ったので食べますか?」


「ありがとう。果穂が作ったの?

食べたい。とりあえず乗って。」

助手席のドアをすかさず開けてくれる。


「ありがとうございます、お邪魔します。」

車の中は適度に温かくて心地良い。


「寒く無いか?」


「はい、大丈夫です。」

変わらず心配症で、微笑んでしまう。


「果穂はジーンズも似合うな。可愛い。」

車に乗り込むなりそう言われて照れてしまう。

「あ、ありがとうございます。

翔さんの方がモデルさんみたいでかっこいいです。」


「それは言い過ぎだろ。」

そう言って笑う。

今日は休日モードのせいか表情がちょっとだけ緩やかだと思う。


「サンドイッチ食べたい。」


「はい、卵サンドとツナがありますけどどちらから食べますか?」


「じゃあ、卵で。」

車を運転しながら食べてくれる。


「美味いな。

そう言えば、昨日少し遅くなったけど妹さんは大丈夫だった?」


「里穂は大丈夫だったんですけど、お兄ちゃんから10件以上着信が入ってました…。

里穂の方にも連絡したみたいで、上手に言ってくれたみたいだから、大丈夫だったんですけど、今日また連絡来るかもしれないです。」


「さすが、強敵だな。」

翔が軽く笑う。


「面倒臭い兄ですいません…。」


「いや俺も果穂の兄だったら同じ事するだろなきっと。果穂の事に関しては同類だから。」

そう言ってこっちをチラッと見るから、ドキッと心臓が踊る。

 

「お兄ちゃんは2人も要りません…。」

里穂はドキドキを隠すように俯き呟く。


「今日は気にしてあげないときっと帰ってから大変そうだ。」


「はい…。」

そんな話をしながらあっと言う間に目的地に着く。


「とりあえず、スカイツリーへ行こう。」


「まだ、10時になってませんけどどのくらいお客さん来てるんでしょうね。」


「観光地だし土日は結構居るんじゃ無いかな?」

正面入り口の看板を見つけて、そっちに行こうとすると翔さんから何故か手を掴まれた。

 

「果穂はこっち。」

そう言って反対側のドアを目指す。


「悪いけど、今日は果穂と居られる時間は限られてる。効率良く回れるようにちょっとしたコネを使わせて貰った。」


「コネ、ですか?」


「ここのオーナーが同じマンションに住んでてジムで良く会うんだ。

だから先に入れて貰えるように頼んでおいた。」


えっ⁉︎と驚く私の横で翔さんは、スマホ片手に連絡を取りだす。


ガラス扉にたどり着く前に、中から女性スタッフがドアを開けてくれる。


「堀井様ですね。おはようございます。

うちのオーナーがエレベーターの所で待っております。」


「ありがとうございます。」

そう言って、翔は和かに笑う。

果穂も、急いで

「ありがとうございます。」

と頭を下げる。


こんなVP対応は初めてで、どうしたら良いのか分からない。

翔に手を引かれながらエレベーターフロアに向かっていく。


「おはようございます!

堀井社長、朝から爽やかですねー。」

エレベーターの近くには、ダンディな白髪の男性が立っていて、翔に挨拶をしてくる。


「神谷さん、おはようございます。

朝早くからすいません、ありがとうございます。」


「いえいえ、堀井社長の大事な彼女さんに是非、ご挨拶をしたいと思って待ってましたよ。」


「果穂、さっき話したジム仲間の神谷さん。」


「あ、初めまして、間宮果穂と申します。

わざわざすいません、ありがとうございます。」

果穂は恐縮しながら頭を下げる。


「可愛らしいお嬢さんだ。

神谷です、お見知り置きを。

どうぞ今の時間まだ貸し切りですから、人が押し寄せる前に楽しんで下さい。」


「ありがとうございます。」



広いエレベーターに2人だけ。


「うわぁー!凄いですよ。

翔さん見て下さい!どんどん人が小さくなっていきます。」


テンションが上がって、気付けば朝からの気まずさも吹き飛んでいた。


「そうだね。」

翔ははしゃぐ果穂が可愛いなと思い、景色には気にも止めず、ひたすら果穂を見つめている。


「あの…わざわざ、ありがとうございます。

時間も無いのに無理させちゃいましたよね…。」


「違う。果穂と出来るだけ2人だけで居たかったから、俺が我儘言ったんだ。」

だから、何も気にしなくていいんだと言うように翔は笑う。


果穂も2人の時間を楽しもうと気を取り直し、


「今日はいっぱい写真撮りましょ。天気も良いしきっと綺麗ですよ。」


「そうだな。空気が澄んでいれば富士山も見えるかも。」


「そうなんですか?

翔さんの部屋からも富士山が見えますか?」


「俺の所からは、残念ながらスカイツリーしか見えないな。」


「毎日、スカイツリーが見れるなんて贅沢ですね。」


「毎日見てれば見飽きるよ。」


セレブな意見でびっくりする。

「えっ⁉︎飽きるんですか?」


「逆に、こっちからどう見えるか楽しみだ。」


エレベーターが展望台に着いて2人は降りる。


そこは目が眩むように眩しくて、果穂が思わず目を細めから、翔は何気なく前に立って光を遮ってくれる。


目が慣れて来てガラス張りの窓に駆け寄る。


「うわぁー。空が近いですね。」

果穂が感動の声をあげる。


「たまに霧が出ると、上の展望台辺りが見えない時がある。」


「そんなに高いんですね。凄い…。」


果穂にとっては全てが新鮮で感動ひとしきりだ。


2人っきり、展望台を回って景色を堪能する。


気付けば果穂が、繋いでいた翔の手を引っ張って歩ていた。


翔は微笑みながらそんな果穂の後を着いて歩く。


「あっ!翔さん、見て下さい。富士山です。」

そう言って、振り返ると翔が思ったよりも近くにいて驚いてしまう。


「ここから結構近いんだな。」

翔も、表情からは分かりにくいけど、思いの外、食い入るように景色を観ている。


「綺麗だな…。」

そう言う翔は青い空と雲をバックに、まるで天界人みたいと、果穂は思わず見惚れてしまう。


ここでやっと、写真を撮り忘れていた事に気付き、急いでスマホを取り出し富士山を見ている翔を撮る。


カシャ。と音が鳴ってしまい、翔が不意にこっちを見る。


「えっ、今撮ったのか?」


「…はい、凄く絵になってたので撮らせて頂きました。」

バツが悪そうに果穂が苦笑いする。


「今のはダメだろ。すっごい気抜いてたから…。せめて撮る時は撮るって教えてくれないと。」

翔が変に抵抗してくる。


「写真は自然体がいいんですよ。

大丈夫です。すっごくかっこよかったですから。」


「いやいやいや、ちょっと確認させて。」


「全然素敵でしたから大丈夫ですって、私だけの宝物にしますから、誰にも見せません。大丈夫です。」


「果穂が見るからには、まともな写真じゃ無いとダメなんだよ。」

翔がスマホを奪おうとしてくるから、思わず可笑しくなって笑ってしまう。


果穂は両手で持ってお腹の前にスマホを隠す。


それでも翔は、後ろから抱きしめる様な形で奪おうとしてくる。


「そんなに気になりますか?」


「次会う時まで、ずっと見られると思うと嫌じゃ無いか?」


不意に頬にチュッとされて、びっくりして果穂は手の力をゆるめてしまう。


「あっ……ズルイです。」

スマホを奪われてしまった。


「消さないで下さいね。」

今度は果穂がムキになって、取り返そうと手を伸ばす。


翔は、果穂が背伸びをしても届かないくらいの場所で、スマホを操作して写真を確認する。


「お願い消さないで…。」

つい、祈る様に見上げてしまう。


果穂は、後ろから抱きしめられている事さえ気付かないくらい必死だった。


「うーん。逆光気味だから、許るしてやるか。」

手元にスマホが戻って来てホッとする。


ホッとしたのも束の間、あれ?何だこの体制は……?

と、やっと今の現状に果穂が気付く。


「か、翔さん……ち、ちょっと離して下さい。」

真っ赤になって小声で訴える。

心臓がドキドキと高鳴ってしまう。


「嫌だね。人が来るまでこのままでいたい。」

翔は一向に離してくれ無い。


「時々、翔さん意地悪です……。

私を困らせて楽しんでませんか?」


ハハッと楽しそうに笑って、

「どさくさに紛れて果穂に触れていたいだけだよ。」


「ほ、ほら、翔さん…従業員の人がチラチラ見てますから…。」


結局、翔が離してくれたのは第一陣のお客さんがエレベーターで到着してからだった。


「果穂の所から東京まで、ヘリコプターで30分くらいで行けるんだ。

今の俺の密かな夢は、今期の売上伸ばして目標達成出来たら、ヘリコプターを買う事なんだ。」


いたずらっ子の顔をして翔が突然そう言うから、


果穂は驚き、仰ぎ見る

「えっ⁉︎冗談ですよね?」


「結構、本気。果穂の実家近くのホテルにヘリポートがあったから、そこに降りたら片道35分だ。」

本気で調べたのか正確な時間まで出てくるから、果穂は慌ててしまう。


「えっ⁉︎いやいや、ダメですよ?

そんな…私的な事で会社動かしたら…副社長さんに怒られちゃいますよ。」


「果穂のうちの近くに店舗を作ればちゃんと仕事の為になるだろ。」


「えっ……。」

翔の発想の規模が大き過ぎて、もはや果穂の頭がついて行かない…。


「あんな田舎に店舗作っちゃうんですか?」


「あのホテル周辺だったら上手くやったら、結構売上げられると思うよ。

だってそう言う店無いでしょ?海岸通りなんて立地も良さそうだし。」


そんな簡単に店舗って作れちゃうもの⁉︎


翔の話しを聞いていると、自分が悩んでいる事なんて、ちっぽけでどうでも良い事なのかも、と思うくらい世界が違って見える。


「だからもし果穂にふられたら俺…

目標失ってしばらく寝込むかもしれないな…。」


2人きりのエレベーターで突然そんな事を言い出すから、焦ってしまう。


「えっ…社員の運命まで私は背負えませんよ。」


「ははっ、面白い事言うね。」


「全然、面白く無いですよ…。」


翔と話していると、シンプルに心が決まっていく様な感覚がする。


「なんだか私が悩んでる事なんて、どうでも良い事みたいに思えてきます。」

気が抜けてふふふっと笑ってしまう。


「そう言う事だ。

考えるより生むが易しって言うだろ。

とりあえず思いついた事を形にすると、そこから失敗も成功も生まれる。立ち止まったらそこで終わりだ。」


「成功者の考え方ですね。さすが社長さんです。」


「若干、馬鹿にしてないか?」


「まさか!!凄く尊敬してるんですよ。リスペクトです。」


「俺は好きになって欲しいんだけど…。

店舗を増やすより、果穂の気持ちを掴む方が難しくて難解だ…。」


エレベーターの階数表示を見つめながら、ため息混じりに翔が思わず呟く。


果穂は意を決したように、翔に向かい合い話し出す。


「…私こう見えても、翔さんにとても惹かれています。

私とは、全然違う世界に生きている人だって、どこか遠い人だと思っていました。

だけど、電話したり一緒にお食事したり、こうやって出かけたりすると、もっともっと翔さんの事が知りたいって思ってしまうんです。」


果穂の突然の告白に、翔は戸惑いを覚える。


「ちょっと待て、それは今、もしかして告白されてるのか?」

明らかに驚いた顔をしている。

 


ピンポン。


だけど、不運にもエレベーターは一階に到着して、ロビーには沢山の観光客が目に入る。


ここは降りるしかない…。


果穂の手をぎゅっと握り、翔は人混みを無言ですり抜けて行く。


水族館のあるフロアまで行く道で、人がまばらなエリアに出る。


翔は突然立ち止まって振り返り果穂を見据える。


明らかに、いつもの冷静な翔では無くて、動揺してるのが分かるくらい目線が泳ぐ。


「果穂、もう一度聞く、俺と付き合ってくれるのか?」


「…こんな私で良かったら。」


果穂はこくんと頷き、にこりと笑う。


「俺は、果穂じゃなきゃダメなんだ。」


さっきまで突拍子もない未来を語っていた人なのに、恋愛に関しては不慣れで可愛い人。


「初心者なのでお手柔らかにお願いします…」

果穂はそう言って、ぺこりと頭を小さくさげた。


「抱きしめていいか?」

突然のお伺いに、果穂はドキンとして、思わず周りをキョロキョロ見てしまう。


不意に、抱き寄せられて逞しい腕の中に捕らえられる。


「あ、あの…誰かに見られたら大変です…。」


雑誌とかに載ってるくらい有名人なのに…。

と、心配になる。


「か、翔さん、見られたら大変ですから…。」

思い切って翔の胸を押してみるけど、思っていたより筋肉質で、自分との体格の違いを感じてドギマギしてしまう。


「誰に見られても堂々としてればいい。

どうせ、また直ぐに離れ離れなんだ。今だけは実感させて欲しい。」


さっきよりもぎゅっと抱きしめられて、身動きが取れない。


鼓動の高鳴りが、きっと伝わってしまう。


だけど、思い切って腕を翔の背中に回してそっと抱きついてみる。


ストーカーに会って以来、男の人は苦手だと近づかない様にしていた所がある。

威圧的な男性は怖いと思うし、触れられるのはもっと怖い。


でも、翔だけは初めから違っていた。


手を触れられても抱きしめられても怖くない。緊張はするけど、一度も怖いと思った事はなかった。


「今日はもう、ずっとこうしていようか。」

そう言って翔が笑う声が耳に響く。


「せっかくなので水族館には行きたいです…。」


果穂の切実なお願いを、無碍にする事は出来ないと、翔は残念そうに、


「そうだな…仕方ない行くか。」

とやっと解放してくれた。


「本当に今日帰るのか?明日にすれば?」

歩きながらそんな事を言ってくるから困ってしまう。


「お仕事しないと兄に怒られちゃいます…。」


「そういえば、お兄さん電話大丈夫か?」

あっ、忘れてた。と、果穂はスマホをカバンから慌てて取り出す。


「電話来てました。後で、かけ直しておきます。」

苦笑いする果穂の足を止めて、


「今、かけ直して、俺に代わって欲しい。」

と翔が言う。


「えっ⁉︎代わるんですか?」

お兄ちゃんに敵視されると思うのに…

心配になって翔を見上げる。


「次、会いに行く時は、お兄さんに1発殴られる覚悟でいくよ。」

軽く笑う翔の意志は硬くて強い。


「全然、笑えないんですけど…。」


「大丈夫だから電話して。ちゃんと話して認めてもらうから。」


近くのベンチに2人座って仕方なく電話する。


兄は着信音一回で、すぐ電話に出た。


『果穂?今、何処にいるんだ?』


「おはよ、お兄ちゃん。朝早くどうしたの?

昨日、帰ってからちゃんとメールしたよ。」


『メールは見たけど声を聞かないと心配なんだよ。』

隣に座った翔が何気なくスマホに耳を寄せて聞いている。


『昨日、何で電話に出なかったんだ。』


「えっ?授賞式からずっと音消してたの忘れてて、カバンに入れっぱ無しだったから。ごめんね気付かなくて。」


『で、今、何処にいるんだ?里穂と居るのか?』


「里穂は昨日疲れたからってまだ寝てると思うよ。私はせっかくだから、東京観光に来てるの。」

『1人でか⁉︎』

翔が代わって欲しいと、目で訴えてくる。


今、スマホ渡したら絶対喧嘩になっちゃう。果穂は心配な^_^顔で翔を見つめる。


「大丈夫、貸して。」

翔が少し強引にスマホを持っていってしまう。

「もしもし、お久しぶりです。堀井です。」


『はっ⁉︎何で、何で忙しい社長さんが、果穂と一緒にいるんですか?』

兄のイラっとしてる声が聞こえてくる。


「今日は午前中たまたま休みなんです。

果穂さん1人で東京を歩かせるのは、心配だったので着いて来ました。」


『貴方に、心配してもらう筋合いは無いですけど。』

ぶっきらぼうに言う兄の声に刺々しさを感じる。


「ええ、そうなんですけど心配で。お昼前にはちゃんと送り届けますので、安心して下さい。」


『貴方と、一緒にいる事の方が心配なんですけど。』


「僕にとって、果穂さんはとても大事な人です。決して傷付ける様な事はありませんので、ご安心して下さい。」


『何で、東京の社長さんがうちの果穂にそこまで執着するのか、からかってらっしゃるだけなら辞めて頂きたい。』


「いえ、至って本気でお付き合いをさせて頂きたいと思ってます。

遠距離なのでその事だけは若干心配ですけど、ちゃんと対策も考えてますのでご安心を。

また、近いうちにご家族の方にもご挨拶に伺いたいと思いますので、その時はよろしくお願いします。」


『はぁ⁉︎どう言う事ですか?果穂と付き合うって事ですか⁉︎』


「ええ、本人からご了承頂きましたので。」


爽やかにサラッと、とんでもない事言ってるけど…隣で聞いてる果穂はハラハラして気が気じゃない。


『本気ですか⁉︎』


「ええ、もちろん本気です。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

僕としては、お兄さんのおかげで今の果穂さんが、楽しく生きていられるんだと思っておりますので、尊敬すら覚えています。

今日はご挨拶までと思いお電話代わって頂きました。

あの、くれぐれも帰ってから果穂さんを責める様な事だけはしないで下さいね。」


『果穂の…人生ですから好きに生きてくれればいいと思ってますけど、貴方についてはどうも信用出来ない。』


「これから、信用を得られるように頑張りたいと思います。」

あーあもう、お兄ちゃん信じられない。と、思ってスマホを返してもらおうと立ち上がる。

すると、翔が待ってと言う風に手の平を私に向ける。


『もしもし、お電話変わりました。果穂の父です。

すいません息子が、本当にシスコン過ぎて申し訳ないです。気にしないで下さい。』

どうやら、父が見兼ねてスマホを代わってくれたらしい。


『自分としては、果穂が幸せならそれでいいので。

あと、うちのみかんに目を付けて頂きありがとうございます。部下の方から何度かお電話頂きまして、うちとしては無理ない範囲で出荷させて頂ければと、思っておりますのでよろしくお願いします。』


「ありがとうございます。

みかんについては、プライベートと重なってはいけないと思い、あえて私は干渉せずに交渉させて頂きました。

また、その事につきましてもご挨拶に伺いたいと思いますので、よろしくお願いします。」


『貴方の誠実さは伝わっておりますので、お気遣い無く。では、これで失礼します。

果穂の事よろしくお願いします。』


「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。果穂さんに代わりますね。」

父のおかげで何度か穏やかに電話が終わってホッとする。


「お父さんありがとう。

もう、お兄ちゃん信じられないんだけど。」


『果穂もごめんな。

過保護な兄を持ったばかりに、24になっても自由に恋愛も出来ないなんてな。

これからは、お父さんがちゃんと亮太を説得するから、果穂は気にせず堀井さんと仲良くしなさい。

ほら、デート楽しんでおいで。じゃあな。』


「ありがとう、お父さん。お土産買って帰るね、じゃあね。」

電話を終えてはぁーーと、ため息をつく。


「翔さん、すいませんでした。兄の態度が悪くて。」

申し訳ない思いで頭を下げる。

翔そんな果穂の頭をポンポンして、


「気にしなくていい。お兄さんの気持ちを考えると、しばらくは怒りも苛立ちも全部受け止めるから心配しないで。

それより、お父さん良い人だな。

普通は父親が1番強敵だと思うのに、仏の様な人で良かった。」


「父は男手1人で私達3人を育ててくれたんです。心の大きな人なので。

いつも優しくて、その代わり兄があんな感じなので…。

翔さん、時間無くなっちゃう。早く、水族館行きましょ。」


気付けば兄と電話をしてから、20分も経っていた。

翔と一緒にいられる時間がどんどん減ってしまう。


「そうだな、急ごう。」

手を取り合って水族館に急ぐ。


入口は思った以上に混んでいたが、また翔の魔法のコネの力で、VP対応されて裏から入れてもらう。

「どれだけ、魔法のコネを持ってるんですか?」

果穂は信じられない眼差しで、翔を見る。


「ここはコネじゃない。

スポンサーになってたんだよ。中にうちのcafeも入ってるし、近所のよしみで少しだけ、出資金を出してるんだ。」


「どこまで凄いんですか…。」


規模が違い過ぎて頭がクラクラしてくる。

こんな凄い人と付き合うなんて言っちゃって、本当に良かったんだろうか?


入ってすぐのトンネル水槽エリアはちょうど餌やりタイムで、人が集まっていた。


先に他を見ようと人混みを歩く。

翔のcafeがある事を知って、気持ち少し離れて歩く。


ずっと朝から手を繋いで歩いていたせいか、少し離れるだけで不安になってしまう。


翔の背中を追いかける。


そんな果穂を不思議に思ったのか、翔が振り返り、手を差し伸べてくる。


「果穂?はぐれると行けないから手貸して。」

そう言って強引にまた手を繋いでくる。


「妹さんとは何時に待ち合わせなんだ?」


「えっと、12時半に翔さんの一号店のcafeです。」


「うちのcafeに来るのか。

俺も午後からあそこで新しい店舗の打ち合わせなんだ。」


「えっ⁉︎そうなんですか?

じゃあ、違う所へ行った方がいいですよね。」


「別に気にしなくていい。ギリギリまで一緒に居られるな。」

そう言って笑う。


「そうですね…。」

後、一緒に居られるのも1時間ちょっとだと思うと、急に寂しくなる。


しばらく2人無言で寄り添い歩く。


「果穂といると仕事で逆立ってた心が浄化されてく気がする。この空間もだけど果穂が隣に居るからなのかな。果穂と話してるだけで癒される。」


「そうですか?少しでもお役に立っててるなら嬉しいですけど。」


「役に立ってるどころか、もう果穂なしでは生きられないな。」

そう言って、真剣な顔で見てくるから照れてしまう。


「果穂、この先何があっても簡単に、この手は離してはやれないから、それだけは覚悟しておいて。」

そう言って、翔は繋いでいた私の手の甲に唇を寄せ、キスをする。


私は真っ赤になって、固まるしかなくて…

ここが暗い場所でよかったと頭の片隅で、そんな事を思った。


「残念だけど、タイムリミットだ。

他の場所はまた今度来よう。お土産は買うんだろ?」


ボーっとしていて時間の事を忘れてた。

 

「あっ、本当ですね急がなきゃ。」

気付けば、里穂との約束の時間まで30分くらいしか無い。


「お土産見る時間ありますか?」


「そんな遠くないから10分くらい大丈夫。」

急いでショップに向かって、兄へのお土産を見る。

クラゲが揺れるスノーボールやペンギンのぬいぐるみ、つい可愛いと立ち止まってしまったけれど、ダメダメと自分を制する。


兄にはイルカのキーホルダー、父にはチンアナゴの温かい靴下を買う。


後、地元の友達と、ちょっと悩んで日頃からお世話になっている、松さんちと…収穫を手伝いに来てくれるバイトの人達の分のお菓子を買う。


後、翔へお礼も込めて、自分とお揃いのシルバーで作られたイルカのストラップを買った。


これでしばらく翔とはお別れなんだな、と悲しい気持ちがまた出てきてため息を吐く。


こんな好きになるつもりは無かったのに、正直なところ惹かれてはいたけど、心のどこかで好きになってはいけない人だってブレーキをかけていた。


今の状況が自分でも信じられない。


翔は待っている間、どこかに電話をしていた。果穂を見つけると、駆け寄って来て荷物をさっと奪うと、また手を繋いでくれる。


「この時間なら間に合うから大丈夫。」

そう言って、車でcafeまで連れて行ってくれた。


あっという間にcafeが入っているビルの地下駐車に到着する。


「ここでさよならも寂しいな。夕方、駅まで送ろうか?」


「忙しい翔さんに、そこまでしてもらう訳にいきません。それに…駅でお見送りされるのもそれはそれで寂しいですし…。」


「確かに嫌だな。思わず着いて行きたくなるかも。」

翔は笑いながら言うけど、想像しただけで泣きそうになる。


「しんみりしたく無いですし、昨日みたいな感じで、普通にしましょ。」


「昨日みたいにはいかないだろ。

俺と付き合うんだよな?特別って事だろ。」


えっと…今日から翔さんの彼女になったって事は…翔さんの特別になったって事?


彼女だったらどうするべき?

初心の果穂にはかなりの難題だ。


「俺だったらこうする。」

そう言ったかと思うと、翔の手が果穂の頬に触れてびっくりして思わず見あげる。


翔は少し微笑むと不意に頬にキスをする。


えっ⁉︎と、果穂は瞬きを繰りかえす。心臓がドキンと高鳴る。


「どこまで許してくれる?」

翔はそう言ってゆっくりと顔を寄せ軽く触れる様に唇を重ねる。


果穂はびっくりして、目を見開き翔を見る。


「嫌か?」

至近距離で見つめられ、翔に問われる。

果穂は慌てて首を横に振る。


「じゃあ。目閉じて。」

言われるままに目をぎゅっと閉じる。

瞳に唇が落とされ、ビクッと体を揺らす。


そして啄む様に何度も、角度を変えてそっと唇が重なる。


真っ赤になって固まるしかなった。


そんな果穂の様子を慎重に伺いながら、優しく抱きしめ頭を撫でて、落ち着かせてくれる。


「果穂のペースに合わせるつもりだけど、好き過ぎて暴走するのは許して欲しい。」


「…お、お手柔らかにお願いします……。」


「これでもかなり抑えてる方なんだけど。」

笑いながら、顔を覗き込み翔がそう言う。

「その顔、誰にも見せたく無いな。

もうしばらくこうしていようか。」


そう言って、抱き寄せて優しく背中を撫でてくれる。

そんな行為さえ、果穂は心臓が口から出そうなほどドキドキと緊張してしまい、こくんと頷くしかなかった。


しばらくそうしていたけれど、時間は止まる事なく過ぎて行く。


「果穂、時間になったけど、どうする?」


「あっ、ごめんなさい。ありがとうございました。あの、私お店の方から入ります。」

果穂は翔から、バッと離れて慌て出す。


「荷物、持って行こうか?行き方分かるか?」

そう言って、果穂を車から下ろし一階の裏口まで手を引いて誘導してくれる。


果穂はされるがままに後に着いて歩きながら、あっ、翔にお礼のストラップ渡してないと思い出す。


裏口の手前で、急いで翔に話しかける。


「あの、翔さんにお礼をと思って今日凄く楽しかったので。さっき急いで買ったので、気に入ってもらえるか分からないですけど。」


そう言ってストラップを渡す。


「えっ⁉︎俺に?ありがとう。俺は別に果穂と一緒に居られるだけで満足なんだけど。」

袋を渡され翔は戸惑う。


「今日の記念に何か形を残したかったんです。」


「開けていい?」


「どうぞ、翔さんには子供っぽ過ぎましたか?一応、私とお揃いを買いましたけど…。」


出来るだけ、翔が身に付けても恥ずかしく無い様、シンプルなものを選んだつもりだけど、それを買って渡す事自体子供っぽかったかもと心配になる。


翔はストラップを見て優しく微笑んでくれる。

「大事にするよ。」

そう言って、早速スマホに付けてくれるから嬉しくなる。

「良かった。帰ったらお電話しますね。」


果穂はホッとして荷物を持って裏口のドアを開けようと手を伸ばした。瞬間、後ろから抱き寄せられ、びっくりする。


「あ、あの…。」

どうするべきが分からなくて固まってしまう。

「俺の方が感傷的だな……。」

はぁーっとため息を吐いて手を緩める。


「やっぱり、後で駅まで送らせて。ごめん引き留めてお昼楽しんでおいで。」

そう言って、裏口のドアを押し開けて果穂を外に出してくれる。


「行ってきます。」

はにかんで笑って手を振って歩き出す。


「また、後で。」


翔もそう言って、姿が見えなくなるまでずっと見ていた。


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