第16話 間宮家東京に行く 2(果穂side)
いつの間にかデザートが運ばれて来て、ウェイターさんが、好きな種類を好きな大きさで取り分けてくれる。
こんな贅沢な食べ方、初めてでびっくりする。
翔さんはコーヒーだけ飲んでいる。
「明日の予定は?直ぐには帰らないんだろ?」
「明日は午後から妹と、カフェ巡りやお買い物をしようって話ししています。だから朝はのんびりです。」
「じゃあ、午前中の時間は俺にくれるか?」
「翔さんも、たまにはのんびり休んだ方が良いと思いますけど…。」
毎日遅くまで働いていて心配になる。
「俺は低エネルギーで生きてるから大丈夫なんだよ。それよりも、せっかく果穂が近くに居るのに、会わないなんて勿体無いだろ?」
どうしてそんなに?っと思ってしまうけど、深くは聞かない事にする。
「東京でどこか行きたい所は?」
「えーっと、スカイツリーとか……水族館とか行ってみたいです。」
「うちから近いな。そこなら歩いて行けるから両方行こう。」
「本当ですか?実は、1人で行って見ようと思ってたんですけど…」
バックから雑誌を取り出し、付箋の貼ってあるページを見せる。
「これって…。」
翔さんは、嫌そうな顔をして雑誌をパラパラ巡る。
「まさか翔さんが載ってたなんて…気付いた時は驚きました…。」
私が持って来た雑誌には、噂のイケメンオーナー特集に翔さんの写真が載っていた。
これは翔さんに会う前に、友達と東京に行きたいと盛り上がって買ったものだったから、気付いた時はびっくりした。
「俺は嫌だったんだ、顔出しなんて…。」
本当に嫌そうな顔をする。
「モデルさんみたいにかっこよかったです。」
だけど…私とは違う世界の人なんだと実感して、少し寂しくなった。
その人が今、目の前にいる…。
そのうえ、明日一緒に東京観光に行ってくれると言うのだ。
「貴重な時間をありがとうございます。
スカイツリーまで電車で行きますね。どこかで待ち合わせしましょ。」
そんな人がわざわざ、私のために貴重な時間を割いてくれるんだから、沈んでたら勿体無いと、気持ちを無理矢理あげる。
「却下、俺が迎えに行くから大人しく待ってて。」
「えっ⁉︎
だってスカイツリーの近くに住んでるんですよね?わざわざ迎えに来なくても大丈夫ですよ?」
「電車なんて危なすぎる。
変な男に声かけられたらどうするんだ?俺が、気が気じゃないから却下だ。」
翔さんがお兄ちゃんみたいな事を言う。
「今、お兄ちゃんみたいって思っただろ?」
「何で分かったんですか?」
「果穂は素直だからすぐ顔に出る。」
思わず、頬を押さえて顔を隠す。
「それに、外でお酒を飲むのも却下だな。
可愛すぎて危なすぎる。」
さっきから、頬がピンクに染まって潤んだ瞳はとろんとして可愛すぎる。
と翔は思い、そんな果穂を誰にも見せたくないと内心動揺していた。
ポーカーフェイス過ぎて誰にも気付かれないが…。
「遅いと妹さんが心配してないか?そろそろ帰ろう。」
そう言って、翔はまた果穂からバックを取り上げて手を繋いでレストランを出る。
ちょうど来たエレベーターに乗り込む。
「えーっと、お金払って無いです…。
せめて半分ぐらいは払います。」
「果穂からお金は出させないよ。
いくら稼いでると思ってる?一応、社長やってるんだけど。」
「でも……。」
果穂はそれでも、奢ってもらう訳にはいかないと思うのだが…
「これから俺と居る時は絶対お財布出さないって約束してくれる?そしたらカバン返してあげる。」
「私ばっかり徳してる気がするんですけど…。」
「俺だって果穂と居られるだけで徳してる。」
翔さんはどうして私なんかをそんなに構うんだろ…?
東京には星の数ほど綺麗な女性は一杯いるし、私なんて田舎の小娘に…?
お酒のせいか、ふわふわとした気持ちでボーっと考えていると、
エレベーターが降りて止まる瞬間、ガタンと小さく揺れて果穂は転びそうになる。
翔が咄嗟に支えてくれる。
「大丈夫か?」
前のめりに倒れ込む形になってしまい、逃れようが無く抱き締められてしまった。
「ご、ごめんなさい。」
慌てて離れようと試みるが離してもらえない。
開いたエレベーターがもう一度閉まってしまう。
「果穂、次に会ったら必ず言おうと思ってたんだけど…」
「…はい?」
「俺は果穂が好きだ、出来る事なら付き合って欲しい。」
「えっ⁉︎」
びっくりして翔を仰ぎみる。
私と付き合った所で何のメリットも無い。
むしろ住んでるところは遠いし、会う事だってままならない。
一目惚れしたとは言われたけれど、揶揄われてるだけだって……
「何でそんなにびっくりしてる?
会った時から結構頑張って、口説いてるつもりなんだけど全然伝わって無かったか…。」
はぁーと、翔さんは深いため息を吐く。
とりあえず、ずっとエレベーターを占領してる訳にはいかず、腰に手を添えられ支えられたまま歩き出す。
「送ってくから車に乗って。」
言われるまま、昼間とは違う真っ白なスポーツカーに乗せられる。
「あれ?…翔さん、お酒飲んで無かったんですか?」
「ああ、俺のはノンアルだから。
妹さんの住所だけ教えて。
眠かったら寝てってくれて構わないから。」
「寝れる訳ないです…」
「そう?でも目がとろんとしてて眠そうだけどね。」
そう言って、フワッと優しく頬を撫でられビクッとしてしまう。
「果穂は俺の事、何だと思ってたの?」
不意にそう言われる。
「揶揄われてるだけかと…。」
「考えなきゃいけない事は多いけど、だからって諦められる程軽い気持ちで言ってないから。」
「口うるさい過保護な兄もいます……。」
「全部乗り越えてみせる。」
そう言って翔さんは、軽く笑う。
「でも…私と貴方では、不釣り合いだと思います。私なんかよりもっと…近くに居る人が良いと思います…。
翔さんには生活を支えられるような、
しっかりした大人の女人が…合ってると思います…。」
言いながら泣きそうになり俯きながら話す。
「ちょっと、待て。
俺は今、振られそうって事?…返事は直ぐに要らない。
果穂のペースで考えてくれればいい。ただ、俺の事、本気で考えて欲しい。」
翔さんはそう言って、車を走らせる。
「果穂と一緒に居られるだけで隣で笑ってくれるだけで、今はただ嬉しいんだ。
確かに、物理的な距離はどうにかしたいし、どうにかなるように今、探ってるとこだ。」
翔さんの顔を思わず見る。
運転しながらも一瞬目線が絡まる。
「理屈じゃ無く、心が求めてるんだ。
君じゃなきゃダメだって、果穂が誰よりも何よりも大切で、愛おしい。」
翔さんはどんな時だって、顔色一つ変えず冷静で落ち着いて見える。
だけど、この人はいつだって本気だ。
会った時からずっと、同じ熱い目で私を見ている。目を背けようとしてたのは、私だ。
分かっていない振りをして怖がって、怖気付いてたのは私だけ。
住む場所も、歳も、身分も、生き方も、全部違うけど。
だけど翔さんは全部分かって、乗り越えたいと言ってくれてる。
逃げてちゃダメだって…心が言っている。
「出会ってそんなに経ってないのに好きだって言われても戸惑うよな…。」
翔さんが苦笑いする。
「私、真剣に考えてみます…。」
「ありがとう。
明日は何時に迎えに行けばいい?考えて見ればまともにデートとかした事無いから、何時が妥当かよく分からない。」
「嘘ですよね?翔さんカッコいいから絶対モテるはずです。」
「モテたとしても、好きな子に好きになってもらわないと意味が無い。」
「私も、誰とも付き合った事が無いから良くわかりません……。」
ちょうど赤信号で翔さんがこっちを見てくる。明らかにびっくりしてる、と思う。
表情は読み難い人だけど……。
「じゃあ、初心者同士ちょうどいいな。」
そう言って笑う翔さんはちょっと嬉しそうだ。
「多分、オープンは10時ぐらいだから、
9時半に迎えに行く。」
「分かりました、支度して待ってます。」
「ああ、よろしく。」
里穂のアパートには20分くらいで到着して、そんなに都市から遠くない事が分かった。
「じゃあ、また明日な。
ちゃんと部屋に入るまで見届けたら帰るから。」
「はい。あの…ご飯、ご馳走様でした。」
「ああ、笑顔が貰えたら俺は満足だ。」
そう言って眩しそうに笑う。
果穂はシートベルトを外して車を降りようとすると、翔さんもわざわざ降りて来てドアを開けてくれる。
「お休み。」
手を軽く振ってくれる。
「お休みなさい。また、明日。」
ペコっとお辞儀して、里穂の部屋へ向かう。
階段を登る時、部屋の鍵を開ける時、
何度か振り返ると必ず見ていて手を振ってくれた。
最後は鍵を閉めるようにって、メールまで。
優しくて、心が広くて、お兄ちゃんみたいに心配症で、…好きだと思う。
ちゃんと逃げないで、向き合わなくちゃ。
あれから、すぐに里穂はバイトから帰って来て、ちょっと飲んで来た事に気づかれ、根掘り葉掘り聞かれた。
「お兄ちゃんが心配して何度もメール来てたよ。私が上手く言っといてあげなかったらきっと、永遠に電話かかって来てたからね。」
そう、翔さんと居る間ずっと音を消していたかららまったくスマホが鳴ってる事に気付かなかった…。
帰ってから気付いて、見たら10件以上の着信が……。
この過保護な兄が1番厄介じゃ無いかって思う。
「誰と居たかは聞かないけどさ。付き合う時は1番に私に教えてよねー。お兄ちゃん対策してあげるから。」
妹の果穂はどちらかと言うと、髪もショートで見た目もボーイッシュ。
性格もサバサバしてて、私なんかより強くてカッコいい。
女子校出身で、女の子に良くモテていた。
そんな、果穂が味方になってくれるのは心強い。
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