第10話 翔の日常

翌朝、いつも通り出社していつも通り社長室で事務仕事をこなす。朝から書類の決済やら経費の決済が溜まっていた。

 

コンコンコン。

「どうぞ。」


秘書の新田が手に白いダンボールを持って足取り軽くやってくる。


「おはようございます。

今朝早く社長宛にダンボールが二箱届いてます、ご確認を。」


「ああ、みかんだろ?俺が頼んだ。代金は俺が払う。一つはオフィスの皆に配ってアンケートを取って欲しい。

もう一つは商品開発部に送って急ぎ商品開発を推し進めるよう伝えてくれ。」


「承知致しました。この手書きの伝票ですが必要ですか?」

わざわざ聞いてくる事が若干嫌味だが、素直に欲しいと認めて手を出す。


「代引を立て替えしたのは?」

そう言って財布をポケットから取り出しみかん代を出す。


「俺です。社長のプライベートが社内に漏れたらいけない思いまして。」


「…釣りは要らない。」

そう言って一万円札を差し出す。


「口止め料入りって事ですね。了解です。」

ニヤッと悪い顔で笑って颯爽とみかんを持って部屋から出て行く。


アイツのあの顔辞めさせるべきか……。


彼女の手書きの伝票を見る。可愛らしい字で無意識に指でなぞる。

それだけで気持ちが上がる。

引き出しにそっと閉まって何食わぬ顔で仕事に取りかかった。


コンコンコンコン。


「はい、どうぞ。」

今朝はやたら訪問者が多い…。


「おはよう。ちゃんと帰ってきたな。」

今度は雅也が爽やかな顔でやって来た。


「おはよ……こっちは忙しいんだけどなんの用?会議まで後30分はあるぞ。」


「いや、昨日はどうだったのかなぁと思って。はるばる会いに行って会えたの?」

新田からこっそり俺のプライベートを聞き出したらしいこの男、面白半分に聞いてくる。


「会って少し話したよ。てか、なんでお前に報告しなきゃいけない?プライベートはほっとけよ。」


「ほっとける訳ないだろ。大事な社長が、まかり間違って帰って来なかったらと思うと気になって何度電話しようとしたか。」


「……今まで仕事を疎かにした事ないだろ。」


「で?果穂ちゃんと何話したの?」


「気安く名前で呼ぶな。」

俺だって呼べてないのに、なんでこいつが簡単に呼ぶんだと面白く無い。


「で、進展したのか?」


「そう言う段階じゃないだろ…。

あっちからしたら顔見知りになった程度だろうし。」

翔は仕事の手を止めずに話す。


「仕事じゃ直感で即決めする奴が、珍しく慎重だな。まぁ、お前も人間だったって事で安心したよ。」


「何だと思ってたんだよ…。」


「高性能ロボットみたいな?

学生時代から、完璧過ぎて怖いぐらいだったからな。」


「馬鹿にしてるのか?」


「いや、尊敬してるんだよ。しかし遠距離恋愛は大変だよ?それにお前は多忙だし、土日休みじゃない事だって結構あるだろ。」


「物理的距離はどうにかしたいと思うが…とりあえずお前には関係ない。もうすぐ会議だ。こんな所でサボってていいのか?」


「分かった行くよ。今度行く時は俺も一緒に行くからな。」

そう言って雅也は足速に去って行く。


昼は軽くコンビニのおにぎりを移動中の車内で食べる。


はーー。彼女に会いたいな。


スマホを見ながら無意識に『間宮果穂』を探して開いてしまう。

貼り付けられた青空に映えるみかんの木の写真を見て、束の間心を癒される。


彼女からの返信履歴を見ながらハッと気付く。みかんが届いた事の連絡をしてなかったと、彼女は律儀に送りますってメッセージをくれていたのに…。


メールに慣れない俺はそう言う機転が効かなかった。


『お疲れ様、朝一にみかん届いた。ありがとう。』

事務的なメールを送る。

早く距離を詰めて、彼女の事をもっと知りたい、もっと話したいのに距離がもどかしい。


今週末の予定を頭に浮かべる……ダメだ。


土曜は協力会社から招かれたフォーラムがある。

そこでマーケティングについて1時間ほど話をして欲しいと言われていた。


「なぁ、土曜日のフォーラム俺じゃなくても…。」

「ダメですよ?社長じゃ無いと意味ないですからね。貴方を見たくて人が集まるんです。」 

新田から被せ気味に言われて、はぁーっと深いため息を落とす。 


次いつ、彼女に会えるんだろうか……。


『夜、仕事終わりに電話してもいいか?』

返信は来ない。


タイムアップ

……仕事に戻らなきゃならない。

店長会議を1時間半で終え、

その後、2時半から会社に戻り事務仕事をこなす。

4時から下請け工場の方で役員会議、その移動時間のタイミングでスマホが光っている事に気付く。

開くと彼女からの返信が来ていた。


『お電話、待ってます。』

いつもの犬のスタンプも。


つい嬉しくてニヤけてしまう。

咳払いして窓の外を見ながら気持ちを平常心に戻す。


18時過ぎに再び会社に戻る。

商品開発部の部署に立ち寄ると優斗がエプロン姿で試食をしていた。


「お疲れ様、みかんパフェの方はどうですか?」

社員の手前、言葉を正して話しかける。


「お疲れ様です。社長。」


にこやかにやって来たのは、浅倉泉この会社を立ち上げて以来ずっと勤めているパテシエの1人だ。

「冷凍みかん、なかなか良いアイデアです。ちょっと食べてみてください。」

浅倉からスプーンを受け取り味見をする。


3パターンのみかんパフェを試食し、指示を出しより良い方向性を探るように話しをする。


「分かりました、明日再度作り直します。みかんはこの農家で決定ですか?」


「ここまで味がしっかりしてるみかんは、そう無いと思うから、何らかの形で提携したいと思っているがまだ交渉前だ。

開発部でアプローチをお願いしたい。」


「了解しました。間宮ファームですね。」

出来れば彼女の家のみかんを一部うちの方に優先して流して欲しい。


俺が直接彼女にお願いすれば、早いかもしれないが、彼女とは仕事関係なく知り合って行きたい気持ちが強い。


交渉は優斗に一任する。


集中して何とか9時に仕事が終わる。

帰り支度をして急いで部屋を出る。

この時間まで残る社員はほぼいない。


今日もどうやら俺が最後だった。

最後の消灯作業をして、足速に車へ向かう。


9時15分か…


さすがにまだ寝てないとは思うが車に乗り込んで直ぐにスマホを開く。


ハンズフリー仕様に切り替え彼女に電話をかける。

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