第9話自宅にて(翔の場合)

50階建て高層マンションの一角、そんなマンションの簡素な自宅に帰る。

必要なもの以外何も無い、最近ではむしろ寝に帰るだけでつまらない部屋だ。


ガラス張りの窓からはスカイツリーが見える。住み始めて直ぐはなかなかの見応えに感動すら覚えたが、今となっては額縁の絵の様に見飽きた風景となった。


往復7時間半、程良い疲れはあるが行って良かったと思った。


確かめるまでも無く会って話しをするまでも無く、会いたいと思うその気持ちだけで心が彼女に惹きつけられた。


笑いかけてくれるだけで心が温かくなって、

会話を交わせば触れたくなる。


どうしようも無く好きだ。


連絡先を聞けばすんなり教えてくれたけど、無防備過ぎじゃないかと心配になる。


帰って来た事を伝えるべきか?スマホを開き彼女の名前を探す。


プライベートで異性にメッセージを送った事が無いと気付く……

文字を打つより電話をかけた方が早いし、記録が残る事を避けていたから…


電話にするか?


彼女の事になると電話一本するのも臆病になる…自分で自分に苦笑いする。


中学生でもあるまいし……


悩んだ挙句、結局淡々とした事務的なメッセージになった。

意外に早く既読がついて、彼女から丁寧な返信が来る。

それだけで嬉しくて思わず笑顔になる。


雅也からよく、俺の表情筋は死んでるって言われるが、そうでも無いだろうと思う。


まぁ、元々喜怒哀楽とは無縁の生き方をして来たから仕方がない。


そう思うと、彼女の表情はすごく豊かで、今日だけでもいろんな表情が見れた。


きっと、両親から愛されて守られ、大切に育てられてきたんだと、つかの間の会話だけで分かってしまう程だ。


兄だと言う男からの鋭い視線もその一つだ。


警戒心丸出しで、まるで威嚇するドーベルマン。あの兄が彼女をずっと守ってきたから、今の彼女があるんだと敬意すら覚える。


彼女を得るには、彼を突破しなければならないのか……なかなか手強そうだな。

諦める気はさらさらないが。

メッセージで彼女にみかんを会社に送ってもらう様に頼んだ。


今日行ったら、直接頼もうと思っていたのに、会った途端、するりと仕事の事は忘れてしまっていた。


この先ビジネスとしては、出来ればみかんパフェを完成させ、彼女の家と何らかの形で繋がって行けたらと思う。


それくらい美味しいみかんだった。


ソファに寝転がり、彼女に触れた手を見つめる。触れると本当に手が痺れる感覚がするのは何故なのか…


思い出した側からまた、会いたくなる。


メッセージの最後に犬のスタンプが付き、見入ってしまう。


これはチワワか⁉︎

なんだコレ可愛すぎないか?

しかも、目がくりっとした感じが彼女に何となく似ている。


スタンプに慣れていない為か、新鮮に思えてしばらく見続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る