第8話自宅にて(果穂の場合)

夕飯を食べてTVを観ながらぼんやりしていると、スマホが振るえた。


誰だろう?と見てみると昼間連絡先を交換したばかりの、堀井さんからメールが届いていた。

やましい事でも無いのにドキッとしてキョロキョロしてしまう。


あの心配症で過保護な、兄に見つかったら煩さそうだし…パタパタと自分の部屋に入ってメッセージを確認する。


『連絡先教えてくれてありがとう。

俺が言うのもなんだけど…男に簡単に教えちゃダメだよ。君は素直で良い子だから騙されそうで心配だ。』

ふふっ、ここにも心配症がいたとつい笑ってしまう。


『今晩は。今日はお手伝いありがとうございました。お手伝いしてくれた優しい人だと、信用して教えてしまいましたが…ダメでしたか?これからは気を付けます。』


直ぐに既読が付いて何故かドキドキしてしまう。堀井さんも今この瞬間、同じ様にスマホを見てるんだなぁと思う。


社長さんなのに……忙しい人だと思うのに私なんかにメールをくれる優しい人。


『俺以外の男には絶対、教えたらダメだよ。

一つ頼みがあります。

名刺の住所に俺宛にみかんを二箱送って下さい。もちろん代金引換えでお願いします。

仕事の事をすっかり忘れていた。』


ふふふっ、はるばる東京から来たのに忘れて帰るなんて可愛らしい人。


『みかんの買付に来てたんですね!!

みかんのサイズがS、M、Lとありますがどうしますか?』


『君のお勧めのサイズで。

パフェの試作品を作るので君の凍らせるアイデアを真似してもいいですか?

特許があるなら費用を払います。』


本気で言ってるの?特許なんてあるわけ無いよ。

『ご自由にお使い下さい。

素人の私なんかのアイデアをむしろ真似して頂けるなんて光栄です。みかんのサイズはMがお勧めです。味が均等なのと使い勝手も丁度いいので。』


『ありがとう。このお礼は必ず。』


『こちらこそ、お買い上げありがとうございます。』

お気に入りのチワワのスタンプと共に送信する。

そう言えば堀井さんって何歳くらい?

社長さんだし落ち着いてるし…きっとお兄ちゃんより年上かも…


スタンプ子供っぽかったかな。

ちょっと後悔する。


忘れない様に今から伝票書いておこう。

そう思って下に降り、倉庫まで行って伝票を丁寧に書く。


お洒落な名刺に東京の住所が書いてある。

38階って……どんだけ高い所で働いてるんだろう…。


雲の上の人だなきっと、

すごく遠い人の様に思えてきて、何故だか気持ちが落ち込む。


東京からここまでどのくらい遠いんだろう?

ふと疑問に思い、何となくスマホのマップを開いて距離を検索してみる。


車で、片道3時間45分…往復7時間30分…。


半日以上の時間を使ってこの人は会いに来てくれたんだ…。


忙しいのに、貴重な休日の時間を割いてまで…。

そう……こう思う事にしよう。


雲の上の神様が気晴らしに地上に降りて来て、頑張ってるねって労ってくれたんだ。


次の日の朝、収穫前に他の荷物と共に集荷場に寄ってみかんの出荷手続きをする。


『堀井 翔様宛  

 差出人 間宮ファーム 間宮 果穂』


ほりい 『しょう』って読むのかな?

ふと思う。

名刺を再度見て、ローマ字読みが書いてある事に気付く。


翔と書いて『かける』と読むんだ。

素敵な名前。


私の名前が、私に良く合うって言ってくれたけど、堀井さんの名前も貴方に良く合うと思いますよ。


『おはようございます。みかんの出荷手続きが終わりました。そちらに到着するのは早ければ明日の朝になるそうです。』

堀井さんにそうメールを送る。


時刻は8時半、日曜日だしまだ起きてないかも知れないな。そう思ってポケットにスマホを仕舞い車に乗り込む。


今日は曇っていて肌寒い、午後から雨が降りそうだから、早めに収穫に入らなくっちゃ。

明日の農協出荷に間に合わない。


その後も堀井さんとは、何度かメールでやり取りをしとても誠実な人だと知る。

何となくメールが届いていないか気になり、果穂はスマホが手放せない日々を送る。


「果穂、脚立を人数分用意してくれ。」


「はーい。お父さん!」


後から来た兄も合流して収穫作業は始まった。


「今年はよく晴れたし、雨もほどほど降ったから美味しいみかんが採れるぞ。」

そう言って父は他の畑の消毒へ出かけて行った。


私と兄は、お年寄りと共に一緒に収穫作業に入る。


こんなふうに、毎日は平和でのんびりとした時間の中で過ぎて行く。

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