第7話

「あの、堀井さん!」

そう呼びかけて走って駆け寄る。


堀井さんはびっくりして振り返る。


「大丈夫⁉︎走って来たの?」

はぁはぁ息が切れてなかなか喋り出せない私を、近くのベンチに誘導して、


「ちょっと待ってて。」

と笑いながら何処に行ってしまった。


息を整えながら待っていると、片手にペットボトルと袋を持って彼は戻って来た。


「はい。とりあえずこれ飲んで一息入れて。」

そう言ってペットボトルのキャップをご丁寧に外しながら、私に渡してくれる。


「ありがとうございます…。」

手渡されたミネラルウォーターを大人しく飲みながら、そう言えばここに来てから何も口にして無かった事を思い出す。


「美味しい…。」

思わず笑みが溢れてしまう。


「ずっと休まず疲れただろ?良かったらこれも食べて。」

そう言って袋を渡してくれる。


それは目の前のコンビニで売っているサンドイッチで、今の短時間で私の為に買って来てくれた事に驚く。


「えっ?えっ⁉︎

わざわざ買って来てくださったんですか?

逆にすいません…。」

びっくりしてサンドイッチと堀井さんの顔を見返す。


「君はいちいち可愛いね…。」

呟くようにそう言われて赤面する。


「わざわざ追いかけて来てくれたから、そのお礼、食べて。」

ニコッと笑いかけてくれる。


「ありがとうございます。…いただきます。」

せっかく買って来てくれたので無下にもできないと、有り難く頂く。


「美味しいです。」


「良かった。 

一瞬、卵かどっちがいいか迷ったんだ。

好き嫌いは無かった?」

彼が私の為に選んでくれたのは、テリたまのサンドイッチで、私の好みにピッタリ合っていた。


「ありがとうございます。私の好きな具です。私もきっと卵と迷うと思います。」

そう言って笑って彼を見上げる。


「ゆっくり食べて。」

彼は、私の隣に座って食べ終わるのを待っててくれる。


「あっ…。堀井さんは?お昼食べましたか?」

心配になって聞いてしまう。


「俺は、君の作ってくれたパフェを食べたから、後、オレンジジュースももらったし。」

 

それだけで足りる?


あっ、忘れてた。


「あの、これうちで採れたみかんです。

後、こっちは冷凍みかんです。お手伝いして頂いたお礼です。」

そう言って、追いかけて来た目的を果たす。


「ありがとう。こんなにいっぱい、いいのに…。」


「いえ、気がすみませんからもらって頂けると嬉しいです。」

うんと頷き受け取ってくれる。


「堀井さんは、お仕事でこちらに?」


「ちょっと、仕事のパフェ開発で煮詰まっててそのヒントを探しに……って、これは口実だな。」


「えっ?」

小首を傾げて彼の顔を覗く。


「本当は……君に会いに来た。」


「はい⁉︎私に…ですか?…」


「そう…先週末ここで君にぶつかって、

それから東京に戻っても、何故が君の事が忘れられなくて……変だろ?」

そう言って彼は遠くを見て苦笑いする。


「変なんだ。君に会ってから…自分でも分からなくて…答えを探しに今日は会いに来た。

……だから、仕事は単に口実。」


「……。」

なんて言っていいのか分からなくてただ見つめてしまう。


「手出してくれる?…嫌じゃなかったら。」


「…手ですか?」

決して嫌では無いと思い右手を差し出す。


ぎゅっと大きな手で握られて驚きビクッとしてしまう。


「ごめん。…君に触れると、手が痺れて…… まるで俺がスマホで君が充電器みたいな…そんな感覚がするんだ。」

そっと手を離されて、何故だか分からないけど寂しく感じる。


「きっと、お疲れなんですね…お仕事大変そうですし…。」

気の利いた事も言えなくて、そう言ってみる。

「そうか…そうなのかもな。」

彼は前を見つめたまましばらく沈黙する。


「来て良かった。君と話せて良かったよ。

名前教えてくれる?」


はっ!としてまだ名乗って無かった事に気付く。

「ごめんなさい名乗り忘れてました…。

間宮果穂です。果実の果に、稲穂の穂と書いて…。」


「うん。可愛い名前だ。君にとても合っている。」

そんな事を初めて言われてただ瞬きを繰り返す。


「そろそろ帰るね。

…君が嫌じゃ無ければまた会いに来てもいいか?」


「全然嫌では無いです…けど、東京から大変じゃないですか?」

つい疑問に思った事を言ってしまう。


「そのぐらい大した事無いよ。君と話せて癒されたから。」

やっとこっちを見て笑ってくれる。


「あっ…これも嫌じゃなかったらでいいんだけど……連絡先交換してくれる?」


嫌では決してない…。


この人の癒しに少しでもなれたらと思い、ポケットのスマホを取り出してコミュニケーションアプリを開く。


「ありがとう…。」

少しびっくりしながら、彼もスマホを出して登録する。


「忙しいのに足止めさせてごめんね。

じゃあ、俺は行くから…サンドイッチ全部食べて。

ちゃんと水分補給も忘れないように。」

そう言って彼は手を軽く振って爽やかに去って行った。


私は慌ててペコリと頭を下げて見送る。


彼に握られた手を見つめながら、しばらくベンチから動けなかった。


「ごめんね、お兄ちゃん遅くなっちゃって…。」

cafeに戻ったら、またお客様が数人並んでいて、兄が忙しく働いていた。


「なかなか帰って来ないから心配した。…何かあったのか?」


「お腹空いたからお昼食べてきたの。トイレも行きたかったし、変わるね。」


「いいよ。このままやるから、オーダー取って。」


「うん。ありがとう。」


その後もバタバタと閉店の4時まで忙しかった。


片付けが終わって2人でホッとしていると、

「お疲れ様ー!いやぁ。今日は忙しかったね。明日もお店出すの?」

松田さんがやって来る。


「明日は収穫が午後からあるので、来れないんです。明日も出すんですか?」


「僕は明日も出店するよ。今日は相乗効果で売り上げ良かったから。これ、お土産に持って帰って。」

そう言って、お弁当を3つくれる。


「ありがとうございます。」


「果穂ちゃん、夕飯大変だろうしと思ってさっきギリギリ買ってきたんだ。僕のついでにね。」


「本当、夕飯作る事考えるだけでも疲れちゃうんで、助かります。」


「そうでしょ。明日も収穫あるならちょっとは休まないとね。」

そう言って帰って行った。


「さあ。俺達も帰ろう。」


うん、と頷き助手席に乗り込む。

「今日はお兄ちゃんありがとね。とっても助かったよ。」


「いいよ。別に兄妹だろ。

それより、昼間のあのいけ好かないイケメンは誰なんだよ……。」


「ちょっとした知り合い…。って言うか率先してお店の手伝ってくれた親切な人だよ。変な言い方しないで。」

私だってよく知らないけど、堀井さんは優しい良い人だって思いたい。


「あんな完璧人間が、中身も完璧な訳無いって、騙されるなよ。

新手の詐欺師かも知れないし。」


「どんな想像力?詐欺師だったらもっとお金持っていそうな人の所に行くはずだよ。」


「まぁ、確かにな。」


「あっ!そこ納得しちゃうの?」


「とりあえず、近付いてくる男は皆んな下心あるんだって思って、気を付けろよ。」


そんなだから、私に彼氏が出来ないのはお兄ちゃんの過保護のせいだよ…。


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