第4話東京から田舎へ(2人の出会い)

(翔side)

その頃、翔は言い知れぬ衝撃を受けていた。


ただ、ちょっとぶつかって咄嗟に支えて助けただけに過ぎなかった。


長身の奴なら良くある出来事だ。

特に人混みは真下を見誤りがちだし…そう、良くある出来事の筈だった。


彼女と目を合わせた瞬間、言うなれば雷に打たれたかの様な衝撃を受けた。


綺麗な澄んだ瞳に惹きつけられた。


透き通る様な白い肌に大きな瞳、びっくりしたその顔に突然心臓が高鳴り動けなくなった。


すいません、としきりに頭を下げる彼女を、瞬きもせず見入ってしまった。


咄嗟に掴んだ腕を離す事も出来ず、ただ、時間が止まったかの様な錯覚に陥った。


あの子は?

我に帰って振り返った時、既にそこにはいなかった。


「社長、どうかしましたか?」

秘書の新田が心配顔で俺を見る。


「あの子は誰だ?」

衝撃の余韻で思わず呟いてしまう。


「さぁ…でもエプロンに間宮ファームって書いてありましたよ。そこの店の従業員ですかねぇ?ちょっと聞いて来ます。」

フットワークの軽い新田が店の店主に話を聞きに行った。「分かりましたよ。間宮ファームの果穂ちゃんです。」

名前を気安く呼ぶな若干イラッとしながら聞き返す。


「このみかんを作ってるファームの娘さんらしくて、今追加のみかんを持って来ていたらしいです。これ、彼女の実家で採れたみかんです。」

新田はみかんが入った袋を見せる。


間宮ファームのロゴの付いた袋には、裏面に生産者の名前と住所も書かれていた。


「さすが有能な秘書だ。」


みかんの袋を受け取り足速に車に戻る。


「お、お帰りなさいませ。」


運転手は直ぐに帰って来た為か、コーヒー缶を片手に焦っている。


「地産の果物があったら全部買って来てくれ。」

そう言って、財布から一万円を新田に渡す。


「了解です!行ってきます。」

新田の良い所はフットワークが軽い所と、プライベートについてはあまり深く追求しない所だ。

車内でスマホを出し、早速『間宮ファーム』で検索する。


シンプルなホームページだが青空に映えるみかん畑の写真が出てきた。

彼女の形跡が無いかとホームページをくまなく探す。


経営者の父親だろうか、みかんを持って笑う中年男性と若い男の二人の写真、二人はよく似ているから親子だと側から見ても分かった。

彼女はアルバイトなのか?

それともこの男の嫁なんて事があるのか⁉︎


何に焦っているのか自分でも分からない。

どの写真にも彼女の姿は載っていなかった。

インスタブログに飛んでみる。


移動販売店『陽だまりcafe』が出てくる。

可愛い茶色カラーの車の写真が出てきて、心が跳ねる。


参加したイベントの情報や、メニューを紹介した写真が青空をバックに何枚か出てきて気持ちが躍る。


果物をふんだんに使ったパフェやみかんジュース、ジャム、どれも今どきでインスタ映えして、お洒落度も高い。


これは絶対女性じゃないと出来ない筈だ。

あの親子の写真を思い浮かべながら、彼女の形跡が無いかと探す。


カキ氷の写真で手が止まる。

それを持つ手が色白で、先程咄嗟に握った彼女の肌を連想させた。

このカフェをやっているのが彼女だと確信する。


「間宮…果穂…」

思わず口に出して呼んでみる。

それだけで、体中の血が熱くなるのが分かる。俺はどうしたんだろうか…



東京に戻り、いつの間にか定時が過ぎ、


「お疲れ様でした。お先に失礼します。」

秘書の新田が元気に帰って行く。


「お疲れ。」

俺も今日は早めに帰るか…毎日忙しく働いていれば、一週間はあっという間に過ぎる。


無い時間を何とか絞り出し、今日やっと商品開発の為、視察に出かける事が出来た。


土曜日と言うこともあって道は混み、世の中の家族連れは週末、小旅行にでも行くのであろう。どのパーキングエリアも賑わっていた。

そんな浮かれた週末に仕事の為、とりあえず、身近な場所から地方の果物を足を使って自ら調査した。


1番大事な商品開発に関しては自分の足で調べたい。そこで確信に繋げてから、部下に渡していくのが翔のやり方だ。


これまで、がむしゃらに働きここまで会社を大きくしてきた。


いいよって来る女は山程いたが、見向きもせず。当たり障りの無い相手だけを選びそれなりに遊んで来たが…。

 

今まで誰かと深く付き合う事も無く、面倒になっては捨てるの繰り返しで、男しては最低な奴だと自分でも思う。


だが、仕事以上に興味を持つ事がなかった。


物心ついた頃には母は居ず、家政婦に育てられたと言っても過言では無い。

父は仕事一筋で、翔の事は全て金で解決する様な人間だった。


愛情も無く、かと言ってグレることも無く淡々と生きてきた学生時代。

それなりの高学歴は父の見栄のせいだ。


父は翔が中学の時に、15も歳の離れた女性と再婚した。

その人との間に腹違いの弟が1人いる。


そんな他人の様な家庭には当然慣れる事も無く、一緒に暮らしたのも数ヶ月。


後は元いたマンションに戻り、子供の頃から慣れ親しんだ家政婦が通いで家事をしてくれたし、何の不自由も無く過ごした。


愛情を知らずに育ったからか、全てにおいて冷静で淡白な人間になった。


一つだけ親に反抗した事は、父の会社を継がなかった事だ。


大学を出たら父から離れて生きたいとただ漠然と思っていた。このまま父の言いなりに生きていくなんて、無意味な人生だと思った。


大学時代は暇さえあればバイトに励み、その金を元手に今の会社を立ち上げた。


翔は無性に彼女に会いたいと思う。

週末、なんとか時間を作ってイベントに行こうと心に決める。


土曜に買い付けた果物を使って優斗が商品開発をする。

この1週間は試作の繰り返しで、なかなかこれと言った物が出来ない。


翔も社長業をしながら時間を見ては試食を繰り返すがピンと来ないまま、次の週末が来る。

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