第3話 みかん畑から(果穂の日常)

今朝は採れたてのみかんを道の駅や直売所に並べる為、軽トラに乗って各店舗に品出しをしている。


トゥルル トゥルル…

運転中に携帯がなってハンズフリーで電話に出る。


「もしもし、お兄ちゃんどうしたの?」


『果穂、今どこに居る?』


「農協出た所だけど?」


『なんか、パーキングエリアのイベントの直売所のみかんが売り切れそうだって。悪いけど先にそっち持っていけるか?』


「分かった。道の駅分をそっちに回せばいい?」

みかん箱の個数を頭で計算しながらそう言うと、


『じゃあ、俺が道の駅分届けに行って来るから、そっちよろしく!運転気を付けて。あと変な男に気を付けろよ。』


「私なんかに声かけて来る人なんていないよ。」

過保護な兄はそう言って私の事を何かと心配する。


『お前は全然分かってない。男なんて若けりゃ誰でもいいんだよ。田舎の小娘なんていいターゲットだぞ。声かけられても走って逃げろよ。』


「みかん箱持ってバタバタしてる私なんかに声かけて来る人はいないよ。

心配症だなぁ。じゃあね、忙しいから切るよ。」 

何で兄がこんなに過保護なのかと言うと、私が中学生の時にちょっとした事件が起きた。


離れた中学校だった為、毎日バスで通っていたのだが、ある日の帰りに知らない高校生くらいの男子から車内で声をかけられた。

毎日話しかけて来るようになって、気付けば待ち伏せされたりして怖くなって走って逃げた。


兄に話すと、それはストーカーだと心配され、しばらくバスでの通学を辞めて父の送り迎えで中学に通っていたくらいだ。


兄から言わせれば、私はボーっとしてて隙が多いから変な男が近寄ってくるらしい。


それからずっと防犯グッズを沢山持たされ、出来るだけ一人で行動しないようにと言われ、兄はどんどん過保護になっていった。


早く妹離れしないとお兄ちゃんが結婚出来なくなるよ……。


兄には、高校時代から付き合っている彼女、可奈さんがいるが一向に結婚する気配がない。このままじゃ可奈さんに愛想尽かされちゃっても知らないからね。


事あるごとにそう言うが、

『果穂が結婚してからじゃ無いと、俺は心配で離れて暮らすなんて出来るわけないだろ。』と言って聞かない。

スマートインターから高速道路のパーキングエリアに入ると、さすがに土曜と言う事もあり沢山の車と人でごった返していた。


のどかな田舎の山道からこのパーキングエリアは繋がっている。

突然別世界に来たかの様な錯覚を持ってしまう。


芝生のエリアにテントを出してイベントはやっている様だった。


私も出店すれば良かったなぁ、

収穫時期だから忙しいと思って辞めたんだけど、この賑わいを見てしまうとワクワク感に心が躍る。


「こんにちは。

間宮ファームです。みかんの追加発注ありがとうございます。」


『まごころファーム』と言う名で野菜と果物の直売店を開いている、中山さんは自らも無農薬で野菜を育てている農家さんだ。


「果穂ちゃん、ありがとう!思ってたより早く来てくれたねー。好評でさぁ、開始1時間で30袋売れちゃって残り3袋だったから助かるよ!」


「すごい賑わいですね。

Sサイズ1キロの袋入が30袋と、Mサイズが20袋ありますけど足りますか?」


「3時までだから何とか持つはず。明日の発注も後、50袋追加出来る?サイズは任せるから。」


「はい。ありがとうございます。

今日も収穫しているので大丈夫ですよ。」

にこりと笑って言う。


「果穂ちゃんもお店出せば良かったのに、

その笑顔でお客さん倍集まるよきっと。」

また大袈裟な事を、と思いながらも笑顔で対応する。


「お世辞でも嬉しいです。本当にお店出せば良かったです。」


「本当⁉︎

じゃあさ。うちの半分場所あげるから明日出店すれば?主催者に聞いて来ようか?」


「明日ですか⁉︎

うーん、嬉しいですけど…来週は参加したいなと思いますけど。」


「そっか…、そうだよねー。

じゃあ、来週うちの横に是非出店してよ。

相乗効果できっとみかん今日以上に売れるから。」


「そうですね。後で主催者さんに声かけみます。」

うんうんと頷き中山さんも嬉しそうだ。

「俺も果穂ちゃんの笑顔に癒されたいから、是非隣りでよろしく。」


中山さんは40代独身者、明るくて楽しい人だけどバツイチだ。


そんな話しをしている間にも、

残りのみかんが売れてしまった。


「大変、急いでみかん持って来ますね。」

旬の早出しみかんは飛ぶ様に売れる。

急いで車に戻ってみかんのコンテナを3箱台車に乗せて来た道を戻る。


「みかん、ここに並べますね。」

中山さんはお客様対応で忙しそうなので、

みかんを棚に並べる作業をかって出る。


並べ終わって立ち上がり振り返った瞬間、


「きゃっ⁉︎」

後ろを気にせず立ち上がってしまい人にぶつかる。

倒れる、と思った瞬間思わず目をギュッとつぶってしまう。


「悪い、大丈夫か?」

次の痛みを覚悟していたのに何も起こらず、そっと目を開けると…


目の前に、TVから出て来たかの様な長身のイケメンが心配そうに見下ろしていた。


「えっ⁉︎」

状況が咄嗟に理解出来ず固まる。


が、腕と腰を支えられた状態に驚き、

次の瞬間パッと離れる。


「すいません、ごめんなさい。

……大丈夫でしたか?」

恐縮して頭を下げてひたすら謝る。


「俺は何ともないが……君は?」


「大丈夫です…すいませんでした。」

そそくさとその場を離れようとしたが、

何故か長身のイケメンは掴んだ私の腕を離してくれない…


「あの…?」

不思議に思って首を傾けて煽り見る。


切長の鋭い瞳にラフな前髪が軽くかかりイケメン度合いを増している。


服装も白シャツに高級そうな紺のジャケットを羽織り、紺のジーンズが足の長さとスタイルの良さを強調している。


なぜこんな人がこんな所に?

と思うほどのイケメンぶりだ。

「社長?どうかしましたか?」

隣に走り寄った男が彼に声をかける。


社長⁉︎どうしよう…身分も凄い人なんだ…


「いや……、何でもない。」

そう言って腕をそっと離された。


「本当に、すいませんでした。」

頭を再度深く下げて、慌ててその場を離れた。


何やってるんだろ私…


本当ドジ…はぁーー1人ため息を付く。

自分のドジ加減に頭が痛くなる。


あっ⁉︎中山さんに声かけずにこっちに戻って来ちゃった。

でも、今更あそこに戻り辛いなぁ…


明日の出荷出しの時にでも話ししよう。


自己嫌悪に陥りながら車に乗って、

次の配達先に出発する。


社長かぁ…。


世の中にはあんな人も存在するんだな。

まるでドラマの中の人みたいだった。

持ってるオーラが違うもん。


今更ながら思い返して赤面する。


まぁ、二度と会う事は無いだろうから気にする事無いよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る