第4話 村の災難

 つい先日まで秋色に色づいていた山や森の木々は軒並み葉を散らし、この貧しい新里村にも冬の足音が聞こえはじめていた。


 季節が過ぎ行くのを実感することもままならないまま、人々は本格的な冬が来る前に、食料の限られた期間を過ごす為の準備をしなければならなかった。


 村の男衆は総出で山へ向かい、キノコや木の実などの食材を拾い、あるいは猪や鹿を狩り、暖を取る為の薪を集めた。


 日照り続きの影響は山の中でも同じで、例年ならば半日も山に入れば竹籠一杯の収穫があったものだが、夕方まで山に入っても例年の半分ということも当たり前で、普段入らない危険な山奥まで足をのばさなければならず、遭難したり怪我をするなどの事故も頻繁に起こっていた。


 そんな状況であっても、山仕事が終わって村に帰れば、日が暮れるまで畑仕事に時間を費やし、次の収穫の為の準備を行った。


 一方、村の女達は収穫物を干したり漬物を造り、冬の準備をおこなった。

 家の中では子供達も家事を手伝って、縄を作ったり道具の手入れをした。

 貧しい村だ。子供であっても一人で縄を作れるようになれば、立派な働き手だ。


 子供達の多くは学問とは無縁の世界に生きているが、新里村では村長の方針で、月に2回、近所の寺に通って説法を聞いたり、簡単な読み書きを習う事になっているので、周辺の村から比べれば、ある程度の読み書きが出来る子供が多いといえる。

 それでも日常に使える手紙のような難しい文書を書けるのは、伝七を除けば今のところ寺の住職か村長くらいしかいないので、遠い親類に連絡をするとき等は村長が代筆や代読をしていた。


 伝七は元々どこかで字を習っていたようで、暇さえあれば権左衛門やお通に文字を教えていたので、幸にも二人は役所の看板や簡単な帳簿を読むくらいの知識は持っていた。


 権左衛門と伝七は、ここ数日、来年の作付け作業の為に畑を耕す仕事をしていたが、作業が一段落したので、明日は木の実拾いを兼ねて山へ行こうと話し合い、お通も誘って朝から3人で山道の入口にある金毘羅神社に集まる約束をしていた。


 3人が集まる時は、決まってこの金毘羅神社ということが当たり前になっていて、明け方早くに着いた権左衛門と伝七は、後から弁当を作ってから行くとの約束で、お通の到着を待つことになった。


「ゴンよ、今日は一日山に入るが、お通さんが特別に団子をこしらえて来るって言ってただろう? 俺はお通さんのこしらえた団子が大好きだ。もう楽しみでたまんねぇよ」


「おう、このご時世だ、滅多に食べられるもんじゃないからなぁ、俺も楽しみだ」


「そうそう、お通さんからはいつも貰ってばっかりだ。今度は何かお返ししないとな。

 ・・・そうだ、ゴンよ、たしかお前は木彫りが得意だったな。何か喜びそうな物を彫ってやったらいい」


「伝七は相変わらず律儀な奴だなぁ・・・。そうさなぁ、こけしとか、独楽なんかどうかな?」


 二人はそんな他愛もない会話をしながら神社の境内でお通を待っていたが、時間が過ぎ、いくらまってもお通が来る様子はなかった。

 心配した二人は相談し、とりあえず、権左衛門が少し村の方へ戻って様子を見てこようということになった。


 ん? あれはなんだ?


 通い慣れた道を戻り、林を抜けて村が見えてくると、遠く川の対岸に人が行列を作って歩いていく姿があった。

 どうやら、数名の役人に先導されて村人達が歩いている様だ。20人はいるだろうか。


 よく見ると、最後尾にお通の姿が見えた。


「お通さーん!」


 権左衛門は大きな声で呼んだ。

 しかし、少し遠かったせいか、手前の川の音に邪魔をされたせいか、全く声が届いていないようだった。

 もう一度、声を出そうと身構えた所で駆けつけた伝七が権左衛門を制した。


「まて! 何かおかしい!」


 伝七は権左衛門の肩を押さえると、そのまま近くの藪の中に引き込んだ。


「どうしたんだ? あそこにお通さんがいるんだ。行っちまうぞ?」


「落ち着くんだ! よく見ろ。みな縄で縛られている!

 きっと何処かへ連れて行かれるんだ・・・」


「あぁ、本当だ・・・だが何故だ?」


「正直俺にも分からん。

 分からんが、どうやらあのまま南に向かうとなると、おそらく下原城まで行くようだな・・・」


 役人の後ろを歩く村人達は後ろ手で縛られ、列を作って川沿いの小路を進んでいた。

 みな気が抜けてしまった様に見え、まるで幽霊の行進のようだった。


 ここから南に下った先にある下原城は、かつて合戦のときに攻め込んで来る敵を警戒したり防いだりするための前哨線を守る役目を持っていた出城だった場所だ。

 戦国の世も終わり、今では通行人を監視する関所と役人の詰所を兼ねて利用されている筈だ。


「とにかく追いかけないと、お通さんが・・・」


 権左衛門は心ここに非ずといった様子で、今にも飛びだしそうだった。

 伝七は自分より二周りも大きな大男の肩を掴んで軽々と押さえ込んだ。


「ダメだ、嫌な予感がする。

 ・・・そういえば少し前におかしな噂はきいたことがあるんだ。

 最近、上意によって、地方の税の取り立てが厳しくなったって話だ」


 権左衛門は伝七の力に驚くよりも、目の前の不可解な出来事に答えがあるかも知れない、ということの方が驚きだった。


「じょうい? なんだそれは?」


「あぁ、ようは江戸の偉い殿様からの命令で、年貢を倍にして納めろって地方の役所に指示が出ているって噂だ」


「それと今のお通さんにどういう関係があるんだよ。だいいち村にゃ納めるもんなんてもう残っちゃいないだろう?」


「つまりだ、領地から納める貢ぎ物がないなら、無理矢理なんとかしなけりゃならん訳だ。・・・村人は働き手だ、このご時世ならどこへ行っても田畑は荒れ放題で人が足りないから、農夫なんてのは特に引く手数多あまただ。だから商人や金持ちに売って金に変えてしまえば手っ取り早くていいってことさ」


「はぁ?なんだと!? 人を売るなんて・・・そんなことあっていいのかよ!」


「俺はかつて、旅のさなか、ひもじくて兄弟や自分の子供を売り飛ばす様な場面なんて何度もみてきた。

 知らんのは、この辺りが盆地で人目に付かないし、そのせいで比較的平和だからさ。人身売買なんて当たり前の様に行われている場所なんて珍しくないんだ・・・」


 権左衛門は初めて知ったその事実に衝撃を受けると同時に、怒りと虚しさが沸き上がって来るのを感じた。


「追い掛けよう。やっぱりお通さんは俺が助け出さないと」


 伝七は思う所があった様だが、権左衛門の言葉を聞いて決意を固めた。

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