44:ダチョウのじゃれあい




「……救援要請かぁ。」



たぶん私の顔は結構酷いものに成っているだろう。常に子供の前にいるようなものだから、言葉遣いとか表情とか気を付けるようにはしてるんだけど、私も生き物。ちと仮面が剝がれてしまったようだ。子供たちに見られる前に顔を翼でかくし、うにょうにょと揉み解しながら元へと戻していく。……あ、なんか変なシワ出来てない? ストレスか?



「陛下、どういたしましょう。」


「う~む。」



そんな顔を揉み解す私の裏で、王としての雰囲気を纏ったルチヤと宰相が会話を進めていく。


私たちの元に届いたのは、獣王国からの救援要請。正確に言うと戦争の間に滞在していたあの町から、『獣王国からの使者が来てこういう話持ってきました』という報告を受け取った形になる。私の雇い主兼新しい子の国である"ヒード王国"は現在、獣王国を占領下においている。正確に言うとちょっと違うらしいが、大体そんな認識であっているそうだ。


故に占領下にある国内の問題は、占領している側であるヒードが何とかしないといけないんだけど……、この前獣王国は『自分でかいけつできるもん!』と言っていたからこの前の講和会議ではスルーした訳だ。けれど今になって『やっぱ無理でしゅ! おたすけ~!』と言ってきたわけで。


いや確かに出来ないことを報告してくれるのはいいんだけどさ。私がわざわざやろうか? って言った後に断っておいて、それで助けを求めるとか……。



(なんだかなぁ。)



別に失敗したことに対して思うことはない。最近はマシだけど、高原にいた頃のウチの子たちは毎日同じ間違いを繰り返していた。それを怒ったとしてもその時点でどんな理由で怒られているのか解っていない場合が多かったのよね。まぁダチョウだし。故に私はだれかの尻拭いとかするのは別に構わない。ダチョウ以外でもソレは同じで、ちゃんとした報酬を用意してくれるのならやってやろうという気持ちになる。


けれど今回は相手がこれまである程度お仕事をこなして来たであろう獣王国の上の方の人たち。報酬とかは用意してくれるだろうけど、大人ならばもうちょっと頑張ってほしかったな、と言うのが本音。こんなことになるなら最初から頼ってくれた方がありがたかったかもねぇ。



(ルチヤみたいに子供で、失敗するのがお仕事みたいな年齢ならまだ納得いったのかもだけど。)



今宰相と何か難しそうなことを話している彼女、まだ少女と言うよりも幼女と言った方がよい年齢。本来ならばこれぐらいの子は、物事の判別すらあやふや。親から色々教えて貰ったり、失敗を繰り返しながら少しずつ学んでいくような年頃だろう。そんな彼女が今よりももっと小さい時に親を亡くして、進むべき道標を失ってしまった。故にあのような行動をとってしまったのだと考えられる。


そんな小さな子供だからこそ私は彼女を許したし、その境遇に同情もした。正直言うと母親代わりと言うよりも、近所の頼れるお姉さんぐらいに落ち着けばいいかなぁ、と思ってたんだけど……。親御さんから頼まれた上に、本人から"ママ"呼びされちゃったらね? そりゃあ受け入れる以外ないでしょうよ。


彼女は失敗したけれど、まだやり直して学び直すことが出来る年齢。しかも生きる意味を取り戻したおかげか、前に進もうとする意欲もある。まだ少し王としての在り方というのは勉強中のようだが、色々と前向きに頑張っているのを隣で見ている。まぁ統治者としての勉強とかレイスちゃんサッパリですし、隣で応援するとかぐらいのお手伝いで精いっぱいなんだけど。


ま、そんな子を近くで見てると……。



(どうしても比べちゃうよねぇ。あっちはあっちで事情とかがあるだろうけどさ。)



まぁ獣王国は獣王国でトップ、獣王を私がぶっ殺しちゃったものだから、上で指揮する者がいない。いたとしても経験が浅かったりカリスマがなかったりして、上手く行っていないのかも。そんな感じで色々獣王国も混乱しているのかもねぇ。




「……それにしても、増加し続けるアンデッド。尚且つ準特記戦力級が複数ですか。」


「あちらの教会勢力とも協力して当たっていたそうですが、戦闘での死者がそのまま敵になるという状態らしく……。」


「比較的我が国の周辺は安定しておりますが、あまり兵を動かすのは……。」




そんなことを考えているうちに、会議は進んでいく。


にしてもこう、大臣とかの偉い人の顔が一望できるこの位置。すごいよねぇ。


……え? どこに座っているのかって?


そりゃあお誕生日席よ。




……正確には、椅子そのものだけど。




「……と言うわけでママ。こんな感じで進めようかと思うのですが。」



"私の膝の上"に座るルチヤから、そんな声が掛けられる。はい、そうですね。レイスママは幼女王のお椅子です。


本来ならばこんな重要そうな会議、多分獣王国への対応をどうするのかという話し合いは王宮で行われるものだろう。というか宰相さんも防諜や彼女の安全面からそれを望んでいた。けれどルチヤ王ちゃんが私が一緒にいなきゃ駄目、と地面を転がりながら駄々をこねるものだから急遽開催場所を変更することになっちゃたの。


んで、選ばれたのがお外。いくら賢くなったとはいえ未だ人間社会を全然理解していないのがダチョウ、私の指揮下にあれば最低限何とかなりそうであるが、未だお留守番させられるほどの知力はない。デレも頑張ってくれてはいるけれど、彼女も彼女で暴走しちゃう可能性がある以上、私はこの町の外から動くことは出来ない。


ならもうお外で会議しちゃいましょ、どうせママの近く以上に安全な場所なんてないんだから。ということで現在行われているのは青空会議、敷き物敷いて私の前にずらっと並ぶヒード王国のお偉いさんたち。そして私の膝に座るルチヤちゃんと、そんなルチヤに対して毎秒ガンを飛ばし続けるデレ。



「はいルチヤ、そろそろ交代ね。あとママが口出ししちゃうと色々まずいから聞かないで。内政干渉になっちゃう。」


「え~! 今私頑張ってるから良いじゃないですか!」


「やった~っ!!!」



そう言いながらルチヤを抱え上げ、降ろす。そして次に膝に乗せてあげるのはデレだ。いやこれ以上この子放置したら爆発しちゃいそうだったから……。ルチヤはルチヤで後で一緒に遊んであげるからね、ちょっとだけお姉ちゃんに譲ってあげて? 解ってくれる? わ、ありがと。いい子だから頭撫でちゃう。


新しく彼女が入ってきた後、あまり放置しすぎるとまた闇堕ちというか、希死願望に囚われてしまいそうだったのでまぁ徹底的に甘やかした。これまで一人で頑張ってきた分を埋め尽くす勢いで私にやって欲しいこと全部一緒にやってあげたんだけど……、そのせいで他の子にストレスが溜まっちゃったみたいでね? その解消とかも適宜やらなきゃだから大変ですよ。


全然嫉妬しない子もいれば、デレみたいに滅茶苦茶嫉妬する子もいる。同族ならまだ我慢できるけど、違う種族がママに甘えてるのは解釈違いとかそういう感じなのだろう。流石に攻撃を仕掛ける子はいなかったけれど、地面をゴロゴロと転がりながらほっぺを膨らませてる個体が結構いる。ごめんね、この会議終わったら目いっぱい遊んであげるから。



「ママ! デレ! デレ見て!」


「はいはい、見てるよ。今日も良いお顔してるねぇ。」



ルチヤに強く嫉妬したおかげか、あの瞬間から自分の名前を確実に覚えたデレ。多分あの時自己という個体を私に認識してもらうために、名前を言おうとしたのだろう。んで自分の意志でちゃんと思い出して、口にすることが出来たから定着した。そして何度も使ううちにデレと言う言葉の羅列が自分の名前であるとしっかりと覚えることが出来たのだろう。


過程が嫉妬とは非常にこの子らしいが……、まぁいいか。かわいいし。



「あーっ! ずるいです! お膝は譲りましたけどそっちは駄目です! ママ、ルチヤも見て! 見てください!」


「む~ッ!」


「見てる見てる、ちゃんと二人とも見てるから顔離そうね? 逆に見えないから。」



そんなデレに対抗して顔を近づけてくるルチヤ、それに負けじとさらに顔を近づけるデレ。もう二人のほっぺが私の頬にくっついて見るとかそう言う次元じゃない気がするけど……。まぁいいか。ほら、もうそんな仲良しさんだったら二人でお膝に座りましょうね。ほらデレ、ちょっと端に寄りなさいな。



「「仲良しじゃない!」」



うんうん、一緒に叫ぶなんて仲良しね。というかデレもちゃんとルチヤちゃんのスペース空けているあたり、完全に嫌ってるわけではないんでしょう? いい子ねぇ、ママあなたの成長が見れて嬉しいわ。



……というかルチヤ? あなた会議の途中だったけれど大丈夫?






「………あ。」








 ◇◆◇◆◇








いそいそと私の右ひざに座り直しながら、会議を再開するルチヤこと幼女王。


私からデレに『静かにしましょうね。』と言っているため隣にいるデレは翼でお口を抑えている、二人ともケンカしているように見えてじゃれ合っている形に近いので、ちゃんと手綱さえ握ってやれば大丈夫だ。けどまぁこのじゃれ合いがストレスの発散というか、私を独占したいけど出来ないという不満の発散になっているように思えるから止めることはないのだろうけど。



(とりあえず会議の内容をまとめ直してみたけど……。)



結論としては、ヒード王国として動かせる兵は結構な少数になる、という話だ。


そもそもヒード王国の軍事方針は専守防衛、外に攻め込む予定は勿論、新しく占領地を得た時の対処法など全く考えていない。故に今回の獣王国との戦いに勝利したことは喜ばしいことだが、占領下においた時にどのように対処すべきかの方針が全く定まっていなかったのである。故に一時的に獣王国を属国状態にしている間に、占領計画や併合計画の立案などを進める予定だったそうだが……。


やってきたのはアンデッド、そして獣王国からのヘルプである。


獣王国は現在獣王と常備軍を失った状態ではあるが、民兵だけでもヒード王国と全面戦争できるぐらいの力がある国家である。それほどまでに獣人と人間の身体能力の差は大きい、あっちは国民皆兵みたいなノリみたいだし。


統治者がいない以上ヒード王国が負けることはないだろうが、私たちダチョウを抜いた場合のパワーバランスは未だ獣王国にあるそうだ。


そんな国が対処できないアンデッドの群れ、そんなものの対処なんか今のヒード王国にできるわけがない。そもそも自分の陣地を守る訓練や取り戻された自領を取り返す訓練しかしていないヒードの兵士に、アンデッドと戦い抜いて勝利する力があるかと言うと……、とても微妙である。



(まだ可能性がありそうなのが、マティルデ率いるプラークの兵士たち。彼らも防衛がメインの訓練をしてきたけれど、町の位置的に魔物との戦いは慣れている。)



つまりヒード王国が派遣できそうなのはマティルデの一団ぐらいであり、確実に獣王国の安全を守るためには私たちダチョウにお願いするしかない、ということなのだろう。



「ということでママ、お願いできるでしょうか。我が国としても、新しく手に入れた獣王国の地を荒らされるのは困りますし、内外に力を示さなければ他国が獣王国に攻め込むことも考えられます。それは避けたいのです。かの国の穀倉地帯は絶対に欲しいですし……。」


「もちろんそれはいいけれど……、いいの? 私があっちに行っちゃったら、ルチヤと当分会えないよ?」



一瞬宰相の方を見るルチヤ、けれど宰相の顔は横に振られている。そりゃそうだ、私が傍にいるおかげで今は安全が確保されていると言えども、彼女は国の王だし、そもそも彼女以外の王族がいないというのが現状。そんな中でルチヤを何が起きるか解らない戦地に向かわせるなどの危険な行いは出来ない。私だって絶対守り切れるとは言えないんだもの、空から獣王が大量に降ってきたら普通に負けるだろうし。



「……じゃあこの話ナシ! 全部白紙! ママと一緒にいるのッ! 獣王国なんて知らない!」


「「「いやいやいや!!!」」」



一斉に幼女王を止める宰相と大臣たち。うんうん、頑張って説得してね。レイスちゃんとしてもウチの子たちのお腹を満たす穀倉地帯は絶対に確保したいから……。ルチヤもルチヤで解って言ってるみたいだしね、ちょっとしたワガママを言って周りがどんな反応をするのかを無意識的に確かめているような状態だろう。



さて、彼女が説得している間に、私は私で思考を纏めますか。



アンデッドの大群、その総数や詳細な能力などは解っていないところがあるみたいなんだけど、最低でも二万近くはいて、準特記戦力級もいる。対してこっちが出せるのは、マティルデ率いる兵200とダチョウたち300。まぁ最悪私一人でもなんとかなるとは思うけど……。



(デレが成長してきている現状、この子に経験を積ませたいんだよね。)



ルチヤの勉強を手伝うために色んな本をあのお爺ちゃん宰相にお願いしたんだけど、その時に今後のヒード王国を取り巻く情勢みたいなのを教えてもらった。現在ナガン王国と同盟を結んでいて、なおかつ獣王国を飲み込んだこの国はかなりの勢力を抱えることになった。まだ完全に併合してないから国力とかが急に増加するわけではないけれど、時間を掛ければこの周辺国で一番の大国になる。


けれど、それを放置するほど周りの国は甘くない。必ず特記戦力を派遣してくる国があるだろう、とのこと。



(つまり、その時は私が出張る必要があるわけで。……もし相手が獣王と同じ、もしくは上の場合。群れの子たちは私の弱点になってしまう。)



高原みたいに生息圏から離れれば追ってこなくなる、みたいなことは人相手じゃないだろう。獣王みたいに最初はこそこそ隠れてアンブッシュ、みたいなのも十二分にあり得る。そんな時に司令塔がいないあの子たちがどうなるかはわからない。最悪を避けるためには、私以外の子が完璧に指揮できるようになるまで育て上げる必要がある。



「デレ。」


「ん~?」



この子の頭を撫でてやりながら、思考を回していく。


幸い、この子は私のように群れを率いてみたいという感情があるようだ。王都への帰り道も頑張ってくれていたし、今回のアンデッドの戦いも頼めばやってくれるだろう。準特記戦力級という厄介な敵を私が先に潰し、それ以外をこの子たちに任す。流石に全部が上手くいくことはないだろうが、適宜フォローを入れてデレに成功体験をさせてやるってのが目標かね。


こういう小さい? のが自信につながるって奴ですよ。



(獣王国からも民兵が出る、っていう話だったし。敵味方の判別の練習にもなるかな。)



ま、頑張ってみるとしますか。

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