23:ダチョウと調印




ほい、レイスちゃんです。


王宮? まぁよくわからんけど、マティルデちゃん経由で彼女の上司さんから『あ、ちょっち今日調印式やるの難しいっす……。理由? 聞いてくれるな。』という連絡を貰ったため、急遽予定を変更。その日を全休にして体力と精神力の回復に努めたんですよ。


あんまりいいことではないんだけど、私がストレスと過労のせいで強くウチの子たちを怒っちゃったせいか群れの雰囲気は最底辺。みんな遊ぶような気分でもなく、しゅんとしていたおかげで私もすべての時間を回復に使うことが出来た。そのおかげで十分な睡眠時間をとることが出来たし、ある程度まともな精神状態まで持ってくることが出来たってワケ。



(これからあっちの王様とご対面~ってワケだからね、あんな精神状態で挑めるわけなかったし、休めてよかった。)



え、ウチの子たち? 別に大丈夫だよ? 昨日晩御飯をたらふく食べたころにはまぁまぁ巻き返してたし、しっかりと睡眠をとって朝ごはんもしっかりと食べれば元気いっぱい。朝から王都の外を走り回ったり、穴を掘ったり、二度寝したりといつも通りのダチョウちゃん。ま、まだ昨日怒られたことが頭に残ってるのか、ここから見える検問待ちの方には誰も近づかないけどね?



(前までなら絶対に忘れて突撃してた子がいたはずなのに……、やっぱり私の群れ。賢くなってる。)



うんうん、お母ちゃんめっちゃ嬉しいよ。人間の社会にお世話になる以上、私たちが取れる選択肢ってのは今の社会に上手く順応するか、ぶっ壊して自分にとってやりやすい社会にしてしまうかの二つしかない。もしこの社会が私たちにとって悪で、放っておけば今後ダチョウたちに悪影響しか与えないものであれば後者を選んでいたかもだけど、今のところ別にそんな悪い感じではない。


ナガンだっけ? あそこの人間至上主義って思想も『わ、とっても人間らしい』って眺める分には微笑みを覚える思想だし、このヒード王国の多民族社会ってのはとっても私たちにとって都合がいい。宰相のお爺ちゃんとの契約がちゃんと機能するのであれば、もう何も言うことはない。


人が豊かな生活を送るには"衣食住"が重要、ってよく言うでしょ? その"食"と"住"をあっちで用意してくれるって言ってるんだ、もともと私たちには羽があるから衣はまぁいらんし、もうこれだけあれば十分って感じだからねぇ。



(戦力の提供としてどれだけ求められるかはわからんけど……、最悪逃げてしまうという選択肢もある。そこら辺は追々考えていこう。)



とにかく、あっち側が受け入れてくれるのならこっちが上手く順応していかなきゃならない。そのためにはウチの子たちの知性を少しでも上げる必要があったんだけど……、ちょっとずつだが前に進んでいる。いずれいい感じに社会に溶け込めるぐらいには進化してくれるだろう。何年かかるか解らないし、そもそも私が生きている間に何とかなるのかも解らない。けど、私は族長さんだからね、死ぬまで面倒見てやりますとも。



「っと、そろそろ私も準備始めませんとね。アメリアさーん? ちょっと手伝ってくれるー?」


「うん? あぁ、おめかしね。ちょっと待って、今デレの……。デレ、貴女もレイスのお着替え、手伝う?」


「? ……うん!」



おぉ、デレも手伝ってくれるの? じゃあそこに置いてある箱、わかる? 四角いの。……そうそう、それ。持ってきてくれる? うんうん、よくできたねぇ! 今からお母ちゃんアクセサリーとか付けなきゃいけないんだけど、キラキラしてても食べちゃダメだからね? 今あそこで自分で掘った穴から頭だけ出して『助けてー!』って言ってる子みたいに飲み込むのは駄目よ? わかった?



「わかった!」



はいはい、よいお返事。じゃ、アメリアさん毎度申し訳ないんですがよろしくお願いしますね。


デレが取ってきてくれたアクセサリー入れをアメリアさんに渡しながら、彼女に装着をお願いする。結構紐みたいな装飾品、長めのネックレスみたいな奴が多いせいでこの翼で何かするってのはほぼ不可能に近い。一回足の爪とかを上手く使ってやろうとしたんだけど、そっちも失敗。ウチの子たちに遊んでいると勘違いされ、そのアクセサリーはお亡くなりになってしまった。ほら、紐がぷつんと切れて繋がってたのが散らばる感じ。


なんでちゃんとしたお手手を持っている人に手伝ってもらわなきゃ何にも出来ないってワケだ。


アメリアさんによると『魔力を人の手の形に固めて第三の腕とする魔法』ってのが存在しているみたいなんだけど、未だ魔力操作すら上手くできていない私には土台無理な話だ。変に魔法を失敗して暴発させただけでこのあたり一帯が蒸発する可能性があるって聞かされれば挑戦してみようとすら思わない。色々上手くできるようになってからのお楽しみとしよう。



「……よし、こんな感じね。できたわよレイス。」


「いつもありがとうねー! さっすが師匠は頼りになるなる。……さ、そろそろ時間だろうし、頑張って調印式とやらに臨むとしますか!」











 ◇◆◇◆◇










王都を守る防壁から少し離れた場所、そこにいくつもの天幕が設置され、その中の一つ。より豪華なものに眼を向ける。あそこが調印式を行う場所兼、謁見の場として扱う天幕だそうだ。朝からいろんな人が王都から走って来て色んな準備をしていたのを見ている。天幕を立てたりするのは勿論だったんだけど、めちゃくちゃ豪華そうな絨毯やら椅子やら色々ひっきりなしに運び込んでいるものだからちょっと見てて面白かったよね。


それを見て『きらきらー!』と言いながら寄って行こうとした個体もいたが、今日の私は完全回復済み。即座に"族長モード"へと入りその子に覇気を届けることでこっちに戻したりしていた。ま、そのせいで用意してた人には変なプレッシャー掛けちゃったけどね。ウチの子が突撃して滅茶苦茶にしてしまうよりはまだいいはずだ。



(さて、呼ばれたから来たのだけど……。)



あ、いたいた。アレかな?


その一段と豪華な天幕を守る兵士さんの一人と目が合う、ちょうど出入り口を任されている兵士さんみたいで他の人よりも装備の質が豪華な感じだ。その人へと軽く歩きながら、もう一度あたりを見渡す。


なんかこう、町の中には入れなかったけどこういう国の文化的なものに触れられる瞬間。いいよね……! 私からすればこの社会と言うか、世界そのものが全くの未知の存在だ。魔力と言う不思議ちゃんパワーがある限り絶対に地球とは違う歴史を歩んできている、そしてその世界で生まれた文化ってのも。


それを部分的とはいえ体験できる、こう天幕に施された装飾とかさ? おそらくヒード王国の国章とかさ? 兵士さんの装備とか見るだけでちょっと楽しくなってくるじゃん。プラークはプラークで良かったけど、王都と成ればその国の文化の中心地。より濃厚なものを味わうことが出来る。ちょっと気分上がって来ちゃうよね……!



「ハロハロ~、兵士さん。話届いてるよね? 私レイス。入口ってここで大丈夫? もう入ってもいい感じ?」


「え、あ、はい! しょ、少々お待ちを!」



あれ? そんなにウキウキしてた? とっても驚くようなお声。……あ、もしかして昨日のアレ、見ちゃった感じ? アハー! お恥ずかしい! アレね、ただキレてただけなの。普段の私はこっち、楽しいこと大好きでみんなのお母さん、ダチョウのレイスちゃんだよ~? 人間さんだから私たちに比べて記憶力いいんでしょ? 顔と名前ぐらい一致させといてよね~!



「レイス殿! どうぞお入りください!」



あ、もう確認大丈夫? なら良かった。じゃあ……、切り替えようか。



「ッ!!!」



普段の私から、あの子たちを守り率いるものとしての私へ。聞いた話調印式と簡単な会談って話だったけど……、それにしては天幕の中の気配が多い。そしてここへと来る途中に見た馬車の数も。ちょっと確認してみたがその馬車に描かれた紋章が結構種類豊富だった。つまりあっちの王様と宰相以外に色んなお貴族様ってのが来ているのだろう。そしてそれに合わせた護衛の皆さんも。


ま、私らって急に現れた特記戦力って奴らしいですし? 色々あちらさんにも事情があるんだろうね。そこをとやかく言うつもりはない。だけど、こっちも群れを背負ってるわけだからね、それ相応の態度で挑ませてもらうとしよう。



「ん!」


「あぁ、デレ。みんなも、来ちゃったのかい?」


「うん!」


「そうか……、まぁいい。ここで待っていてもいいし、付いてきても別にいい。ただ大人しくしておきなさい。"できるね"?」



普段よりもちょっとだけ覇気を込めて、そう彼らへと言って聞かせる。




「じゃあ……、お邪魔しようか。」




ぱっと天幕をめくり、中へと入る。


……へぇ、思ったよりしっかりしてる。


ちょうど目の前、その奥に玉座がありその横に貴族らしい人がずらり、そして玉座の横にはあの宰相が王に寄り添うように立っている。その後ろには国の強さを見せつけるように物々しい恰好の騎士さんたちがずらりと並んでるんだけど……。騎士さんも大臣さんも面白いぐらいに震えてる。ありゃりゃ、怖がらせちゃってるね~。


でもごめんね? 私だって舐められたくないのよ。



「さて……、お迎えありがとう、かな? 名乗りはいらないよね?」



ある程度奥まで歩き、王の顔をしっかりと見えるような位置まで移動した後。軽く腕を組みながらそう言う。まぁ腕じゃなくて翼だけどね? にしても、聞いていた通り女の子の王様なんだねぇ。しかもかなり幼い、文字通り幼女王って感じ。



「ッ!!! お、王の……」


「あ゛?」



何か言おうとした貴族の一人、幼女王に結構近い位置の人だから位は高いのだろう。その人が言葉を紡ぎ終わる前にガンを飛ばす。あぁあぁ、びびっちゃって。解るよ、王さまの眼の前だから跪いてそれ相応の振る舞いをしろって言いたいんだよね? うんうん、それが普通だよね。めちゃわかるし、そっちが普通なんだけど……。



「なぁ、宰相殿? 貴殿は我らと"対等な"契約を結んだはずだが? なのに跪けと言いたいのか?」



ちょっとだけ機嫌が悪そうな声を以って彼へと問いかける。ごめんね、ごめんね、これアピールだから。私たちそっちに臣従するわけないだろ、ってアピールだから。許してちょ? あんまりね、どっかに臣従するとか嫌なのよ。それ相応の責任とか生まれちゃうしさ、ウチの子の面倒で手一杯だからそういうのご勘弁。



「すでにそちらである程度話は纏まったと思っていたのだが……、また日を改めようか? それ相応のものは頂くが。それとも契約ごとなかったことにするか。何を選んでもらっても構わないとも。」


「そ、それは……。」


「よい、宰相。我が話す。」



私の言葉に何か答えようとした彼を、手で遮りながら幼女王ちゃんが声を上げる。……うん? さっきの声聞いて思い出したけど……、あ、やっぱりだ。この子昨日検問待ちの列でビビらせちゃったせいで漏らしちゃった子……ッ! あ、え、あ、どうしよ。え、もしかして私王様におもらしさせた? ワっ! え、えぇ……。


表情は変えずに内心動揺しまくりの私を置いて、彼女はこちらへと向き直る。昨日公衆の面前でお漏らしをしたとは思えないようなキリっとしたお顔。宰相を付けてはいるが国政のほとんどに携わっているという話は旅の途中マティルデから聞いた。最初はそういう建前なのかな、と話半分に聞いていたけれど……、目からそれ相応の力を感じる。事実だったのだろう。



「レイス殿、先ほどのものは我を思っての言葉。どうか許しては頂けないだろうか、そして我らは契約を反故にするような気は一切ない。」


「……なるほど。まぁ部下に振り回されるのは上の宿命みたいなものだしね、構わないよ。こっちも変に声を荒らげたことを謝罪しよう。」


「感謝する。」



……うん、両者ともに謝罪してさっきのは帳消し。いい掴みだったと言えよう。もしかしたらコレをするためにあの貴族さんは声を上げたりしたのかな? まぁ別にそうであってもそうでなくてもいいんだけれど。



「では、改めて……。我が名は"ルチヤ・ヴェディクタ・エンデュビス・ヒードラ"、このヒード王国の6代目の王だ。どうぞ『ルチヤ』、と呼んでくれ給え。貴殿らがこの国へと参られたこと、そして我が国と契約を結んでくれること。大変感謝している。」


「こちらこそどうも、ルチヤ王。私たちは"ダチョウ"、その族長をやらせてもらっている『レイス』、だ。ま、末永くいい取引相手であることを願うよ。……それで? そちらの宰相と決めた内容で大丈夫なのかな?」


「あぁ、構わぬ。」



彼女がそう言った後、軽く指を動かしどこかへと指示を出す。そうすると奥の方から物音が聞こえて来て、色々なものを持った騎士さんたちがこちらへと走って来る。あぁ、なるほど調印式の道具ね。あっちの幼女王さん用にちょうどいい感じの台と机、んで私の方には……。あぁ、わざわざ用意してくれたのね? ちょうどいい感じの足用朱肉(黒インク)があるからそれでいい感じに拇印押すか、足の爪で名前書いてくださいってわけか。


……どうしよ、爪で名前書けんぞ?


玉座からゆっくりと降りて、調印式用の台へと向かい始めたルチヤ王を見ながらどうしようかと悩む。ぎゃ、逆に聞くけどさ? 君ら足の指で自分の名前かけって言われてできる? 出来ないよね!? あ、いや、どうしよ。もういい感じに足跡のマーク付けちゃっていい? こういうのって同時に書くのがマナーっぽいから相手さん待ってるけどもうそれでいいよね? 変なふにゃふにゃ字よりはそっちの方が潔くていいよね!


ええい! 女は度胸! そりゃ!


幼女王ちゃんが羽ペンを手に取り書き始めた瞬間に、足用朱肉に思いっきり足を叩きつける。なんか『え!?』って視線が複数突き刺さったような気がするけどしゃぁねぇ! そのまま紙全体に叩きつけるようにシュートォ! 堂々としとけば野蛮人独特の価値観とか風習でなんとかなるってレイスちゃん知ってるぅ!


用意された紙にはデカデカと私の足形、ヨシっ!



「……え、これ機能する……、あ、するんだ。んんっ! ではレイス殿。」



汚れていない方の足で軽くつかみ宙へ、後は軽く翼でキャッチして幼女王が書いたものと交換すればおしまいだ。



(……おん? 魔力?)



交換した瞬間、この紙からほんの少しだけ魔力が吸われる。それはあっちも同じようで、同時にサインした紙が輝きだした。光によって真っ白に染まったソレは宙へと浮かびあがり、形を変化させていく。ぱんっとなにか弾けるような音と共に変化が止み、私の下へと落ちてくるのは人間用の小さな指輪。


何となくでしか解らないが、これ自体に変な効果は付いていないように見える。けれどあちらの方。ルチヤ王の方にも同じように出現した指輪、それと強く繋がっているような気がする。



「これは?」


「『契約の指輪』だ、特に拘束力も何もない指輪だが、片方が破壊されればもう片方も自壊する。壊れた瞬間が縁の切れ目、という代物だ。大事にしていただけると嬉しい。」


「へぇ……。」



そう言いながら首元から下げていたネックレスを取り出し、私に見せてくれる彼女。やっぱり王様ってことで結構な契約を結んでいるらしく、昔の真ん中に穴が開いた銭を束ねた時みたいな感じになっている。なるほどねぇ、なんか急に異世界ぽくなって来て私大満足です。一瞬『嵌められたか?』と思っちゃってごめんね♡



「では、末永く我が王国をよろしくお願いする。」



そう言いながら私へと手を伸ばす彼女。後は握手しておしまい、ってコトか。


あいあい、了解。んじゃ握手し終わったらもう"族長モード"でいる必要もないし、普段通りの私に戻ろうかな……









「で、伝令! 東国境部隊から連絡! チャーダ獣王国が侵攻を始めたとのことですッ!」








……おっとぉ?







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