21:ダチョウが暴走





「カヒュ……、モ、モウムリ、チヌ……。」


「だいじょうぶ?」

「つかれた?」

「ごはん?」


「ゴ、ゴハンジャナイ……。」



たすけて……、たすけて……。お願いだからもうちょっと言うこと聞いて……。


ウチの群れのママ兼保育園の先生である私の体力はもう限りなく0に近い。もうレッドゾーン通り越して無の領域、瀕死の先に行きそう。よ、ようやく王都に来れたっていうのに、もうほんとにちにそう。わ、私が何したって言うんですか。ちゃんと真面目に群れのために頑張って来たでしょ……、なんで?



(この子たちがこれまで、この王都に着くまで何をしたと思う? もうね、ほんとに……)



人の畑に突っ込んで勝手にサラダパーティ始めたり(賠償済み)、走ってた馬車を追いかけて横転させちゃったり(怪我なし&和解済み)、初めて見た橋という物に好奇心が爆発して崩壊寸前までやらかしたり……(アメリアさんの魔法により簡易修復、後日修繕費支払予定)。これまでのことが全部可愛らしいで済むレベルのものがたくさん、閉店間際の売り尽くしセールかってぐらい押し寄せてきた。


もうね、うん。正直帰りたかった。


けどね、なんかデレちゃんがちょっと変わってきたように、他の子たちの語彙がちょっとずつ増えててね? この旅は絶対にウチの子たちのおつむに良い影響を与えるって解ってたの。私以外の数多くの言語を操る人間との交流、高原では見たことのない存在たち。この子たちのおつむは最悪って叫びたくなるほど弱いけど、決して成長しない訳じゃない。デレがすごくいい例だ。


だから、とっても頑張ってね? 無理矢理、そう無理矢理ここまできたの。でもね、もうお母さん限界……。ワンマンは無理があるって……、せめてもう少し飼育員さんと成り得る存在を増やしてから来るべきだった……、タイミングを見誤った私はここでしめやかに爆散するしか……。


あ、なんか眼を閉じたら川見えてきた……、向こう側で誰かが手を振ってる。あれは……、おじさん二人?



『まだこっちに来るのは早いというか、多分くる場所間違えてるぞー!』

『Uターン! Uターン! あとここダチョウ被害者の会ですよー!』



「…………いや、ダチョウ被害者の会ってなに?」


「あ、生き返った。」



なんかおじさん二人に帰れ帰れと言われたと思えば、いつの間にかこっちに戻って来ていた? ちょっと小高い丘の上で、すこし見渡せばヒード王国の王都が見える場所。あぁ、王都が見えたってことで気が緩んじゃったのね。いやはや、私もまだまだだね。精進しなければ。ダチョウの回復力をフルで回して疲労を消し飛ばしていく。まぁコレ、空元気とも言うんだけど。



「あなたはとても良くやっている方というか、早く休ませたいぐらいに頑張っていると思うわよ? ほら、ちょっと何か食べなさい。」


「うぅ、アメリアさんのやさしさが身に染みる……。」



「ごはん?」

「ごはんだ!」

「じー!!!」



「あぁ、はいはい。ちょっとだけね。はいあーん。」



アメリアさんから差し出されたパンをうけとり、その場に腰かける。まぁそうすると自然とウチの子たちがよって来るわけで、自分もちょっと欲しいってねだりに来るわけだ。まぁちょうど小腹が空くような時間帯だし、何か食べさせてあげるべきだろう。「ごはんー!」はいはい、パンちぎってあげるからじっとしてなさいな。


この丘から見る限り、王都への入り口は複数あるけれどその全てに結構な人が並んでいる。まぁ変な人が入らないように守衛さんとかが色々チェックしているのだろう。このまま私たちが向かった場合、ダチョウたちがその待っている人たちに突撃していくのは想像に難くない。流石にそのまま襲うことはしないと思いたいけど、馬車とかに食料を積んでいた場合この子たちは絶対に食べ始める。



(それこそプラークでの果物屋さんの時みたいに。)



それを防ぐためにも、この少し離れた場所で食事を済ませておくのが良さそうだ。


マティルデに視線でお願いをし、兵士の皆さんにこの子たちの食事の準備をしてもらう。この旅の間で何回もお願いしていたせいか、その動きはとてもテキパキとしている。ダチョウたちが食材を目にした瞬間、とりあえず口に入れようとする赤ん坊のような存在だと理解してくれているおかげか、調理のスピードもとても速い。……もう兵士やめて料理人になる?



「おっと、引き抜きはやめてくれよレイス殿。私手ずから訓練した兵士たちなのだ、そもそもプラークは人口が少なくこれ以上の徴兵は難しい。ご勘弁を。」


「ありゃ、それは残念。」


「ふふふ、っと冗談はこれぐらいにして……。こちらとしてもここでの休憩はありがたい。王都へと先触れを出しておきたかった故な。あちらも準備が必要であろうし、腹ごしらえしてから参ろう。」



それに、王都につけば食材の補給など簡単にできる。持ってきたものをここで全て処理してしまおうと言いながら指示出しをするマティルデ。プラークから持ってきたものはもう全部食べつくしちゃってるけど、他の町で色々買ったり補給したりしてくれたおかげで私たちは常に飢えずにここまでくることが出来た。まぁいくつか魔物の集落とか潰して、腹ごしらえもしてたからね~。


その狩った魔物の素材を売ったり、先に王都に向かった大臣が食料を提供するような指示を出してくれてたおかげで、今日もお腹いっぱい食べられるってワケ。というか常にお腹いっぱいのほわほわ気分にさせてないと何やらかすか解らん……。この子たち誰かが『ごはん!』って言った瞬間狩りスタート一歩手前ぐらいまでスロット掛かるんだもん。こわすぎ。


まぁ高原でも、戦場でもソレが力になるだろうし、私からそれを変えることはしないだろうけどね。……あ、もちろん無関係な人を襲ったり、誰かに迷惑が掛かるときは全力でとめるよ?



「いいにおい!」

「する! する!」

「ごはんだ!」

「たべるー!」


「はいはい、落ち着け! 今作ってもらってる途中だから、座って待ちましょうね。お返事は~?」


「「「はーい!!!」」」



うん、お返事はとっても上手。褒めちゃいたいくらい。……コレを食事が用意できるまで10秒ごとにやること考えなければだけど。


その後、沢山モグモグした。










 ◇◆◇◆◇









「と、言うわけでお腹いっぱいで到着した訳だけど……。」


「すごーい!」

「すごいすごーい!」

「たかーい!」



いやほんと、しっかりした防壁だねぇ。プラークの防壁は石をそのまま積み上げて何とか防壁として成り立たせてるって感じだったし、防壁の上に設置されている兵器とかも魔物向けの大型兵器が多かった。バリスタみたいな奴ね? さすがに私らでも食らったらイタイイタイになっちゃう奴。


でも王都の防壁はその辺で拾ってきた石じゃなくてちゃんと切り出した岩を積んでいるようなタイプ、ちゃんと設計の下に作り上げられた防壁だ。高さも全然違って見上げないと上が見えないし、そこから見える兵器もカタパルトとかの結構ちゃんとしたものが見えている。プラークが対魔物だとすれば、こっちは対人間、大軍相手の装備になっている。



(こうなると多分、防壁の中も結構な発展具合なんだろうなぁ。)



そんなことを思ってみるが、今回の旅時において私たちが王都の中に入る予定は……、一切ない。うん、ほんとに。いやさっきね? 軽く王都の中がどうなっているのかをマティルデとかに聞いてみたんだけど……。



『大通りから外れると迷うな。』

『確か中央部はまだ都市計画の通りだったけど、外側適当で迷路みたいになってなかったっけ。』

『自分昔親に連れられてきたことあったんすけど、迷子になって大泣きした記憶しかないです。裏通りとか滅茶苦茶視界悪かったと思いますぜ。』



ということらしい。


なんでも作られた当初はまだ見通しがいい街並みだったらしいんだけど、作られてから何十年と経ってくるとその分人口が増えてくるわけで。空いた隙間に色々家を建ててたらもうとんでもないことになっているんだと。王族とか貴族用に元々場所を確保してた地域はまだ視界が確保できるらしいんだけど、それ以外基本無理なのだそうだ。


うん、こんなとこにウチの子連れていけるわけないじゃん。多分宰相の当初の予定じゃ、王都の中央にあるらしい王城で調印式とか王様との面会とか色々やりたかったんだろうけど、ダチョウの迷子は永遠の別れになりかねない。というか迷子になった子を探しに行っている間に誰かが迷子になるだろうし、私も多分迷う。



(それになぁ。)



数匹程度で新しい群れというか、チームを結成したまま行動できればまだいいんだけど、もしたった一人で迷子になっちゃったら色々可哀想なことになってしまう。元々私たちは群れる生き物で、単体で動くには全く向いていない。それは精神面でも一緒、誰かといないと不安になるし、とても恐怖を感じてしまう。


高原にいたころ一人になってしまった子を保護したことがあるのだが、精神崩壊一歩手前でとても見れたものじゃなかった。高原と言う身の危険を常に感じる世界で独りぼっちだった、と言うのもあるだろうけど私たちに孤独はひどく辛い。まぁその子はウチの群れに加わったおかげで何とか元気にはなってくれたけど、ね。あんまり一人ぼっちにさせるのはイヤなんだよ。



(もちろん個人差はあるだろうし、一人で何かするのが好きな子もいる。けれど周りに誰かがいるってことが私たちの心に大きな安寧を齎してくれるってのは確かなんだろう。)



なので迷子はマジで避けるべき、というか独りぼっちになっちゃった子が何をするか本当に解らない。誰かを探して走り回るか、恐怖のあまり暴走するか、それとも周りで動くものを全部敵としてみなし攻撃し始めるか。私たちにとっても良いことはないし、王国にとっても利益は生まれない。むしろ誰かが暴れていたら自分も暴れ出すのがダチョウだ。最悪王都が地図から消える。


と言うわけで中に入るのはやめておく、もし入るとしてもプラークみたいにある程度見通しの良い場所か、ウチの子たちが一列になって歩くのを我慢できるようになってから。今後の楽しみにしておこう。



(それに。ただでさえ私も疲れがたまってるんだ、完全回復してたらまだ何とかなったかもしれんけど、この状態じゃ無理。)



と言うわけで、伝令の人に『契約結びたかったら外に出て来て♡ 来なかったら帰るね♡』ということを書いて王都まで持って行ってもらった。まぁそれがあっちに伝わるまで待ち時間になったわけでして、せめて少しでも観光出来ればなぁと思い防壁の近くまで群れを連れてやってきたわけ。プラークから『こっちおいで♡』するよりも、王都で『こっちおいで♡』する方がまだマシだろうしね~。



「ところで君らは何してるの?」


「かたーい。」

「かちかち?」

「かちかち!」

「じゃま?」

「じゃま!」


「「こわす!!!」」


「ちょ! おばか!!!」



思いっきり足を振り上げた子の首根っこを掴み、全力で後ろに引っ張る。防壁へと叩き込まれるはずだった一撃は地面へと突き刺さり、結構な轟音と共に土煙が上がる。あぁ、もう! 暴れんぼさんめ! というか君ら高原でも邪魔だからって、岩壊して魔物におしり齧られた子でしょ! 同じ様な間違いしないの!



「この壁、大事な奴だから! 壊しちゃ駄目!」


「だいじ~?」

「わかった!」



今解ってもどうせすぐ忘れるでしょう? ほら、人集まって来ても面倒だし、防壁の上で警備してた兵士さんがびっくりしてるから帰るよ! ほら眼を離した隙にそこで穴掘ってる子も! というか遊んでもいいけど後片付けちゃんと……、っていっても解らないよな! ほら足伸ばしてあげるから、それに掴まって上がりなさいな。はいはい、口で噛んでもいいからね、っと! 


急いで深く掘られた穴へと向かい、足を伸ばしてやる。案の定というべきか、いつの間にかと言うべきか。三匹ほど彼ら自家製の落とし穴に落ちていたので引っ張り上げてやる。あとは急いで穴を塞いで、撤退ー! ほら離れるよ!



「はーい!」

「わかった!」

「ごはん?」


「ごはんはさっき食べたばっかでしょ! というか今ごはんって言った子! キミ一番食べてたよね! お腹にいっぱいでしょ!?」


「たべた!」

「たべ……た?」

「???」



あぁもう! 何? 好奇心が爆発して一気にお腹のなか燃焼でもしたんか? お腹の中にご飯入ってるでしょうが! 食べたことは別に忘れてもいいけど、お腹の中に何かある感覚は忘れないで! ……って数が足りない! どこ行った! 



「あれなにー!」

「ふしぎー!」

「くるくるー!」



「あぁもうそっち検問待ちの列ぅ! 折角離れてたのにそっち行くなー! 帰って来ーい!」



「いこー!」

「なんだろー!」

「いくー!」



ダァァァァァ!!!!! こっちで指揮してた子たちも反応しちゃったァ! というかこの子たち完全に高原にいたころよりも好奇心強くなってるよねぇ!!! いいことだけど! いいことだけど困る! お話! お話聞いて! ほらみんなのお母さんが話したそうにしてるよ! こっち向こうね! 今から楽しいことするよ!



「なに!?」

「なになに!」

「たのしみ!」

「もどるー!」



よぉしよしよし! 良く戻って来たねぇ……! あ、ダメだ、あっちの検問待ちに走って行った40近くが帰って来てない! あぁもう! 元気なのはいいことだね!!! でももっと違う方向性で発揮してくれないかなァ! はい集まってくれたみんなー! 追いかけっこするよ! 追いかけるのあの子たち! わかる!? あっちに走って行っちゃった子! あの子たちを追いかけまーす!


行くぞー! 続けー!



「「「わーい!」」」






















レイスちゃん、現在過労により指揮能力半減中。





〇孤独が嫌いなダチョウ


ダチョウは群れで生活するため、一人で行動するのがあまり得意ではない。出来ない訳ではないが、群れで行動していた時よりもストレス耐性など精神面に非常に大きなデバフが掛かるようだ。これは元々一人だった場合も、群れにいた場合も同じであり、その理由として自身が群れにいたことを忘却してしまうからである。


なぜ自分が不安を感じているのか解らないまま、とりあえず寂しく一人で放浪する様子を高原で観測出来ている。その後他の群れに合流できるかはその個体の運しだい。


一応個体によってはストレスを全く感じない者もいるようだが、その確率はかなり低い。レイスが指揮する群れにも何人か該当する個体がいるそうだが、決して群れで行動することが嫌いなわけではないらしい。孤独に対する耐性が高いだけなのかもしれない。


高原で生活するためには自分以外の仲間の力を頼る必要があり、一人では生き残れなかったが故にその様な進化をしていったのだと考えられる。仲間意識と同じように、個としてではなく群として生きるために成長していったのだろう。







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