40、笑い上戸と泣き上戸の恋はセイジュしたの?

 二人は目を太陽のように開けて、ジリジリ互いの瞳を見つめていたが、近すぎて、熱すぎて、焦点は合っていなかった。

 五秒以上の長い時が止まって、翔は自分の唇が目の前の誰かに吸われていることを知り、両手で相手の肩を突き飛ばした。

 そして、

「な、な、な?」

 と声を漏らすが、魂も吸われたかのように言葉にならない。

 上体を起こして、相手を見ると、目の前の白い女体がピンクに染まっている。それがぼやけてゆっくり揺れる。おぼろげなのに、熱い血潮の体温を感じる。

「れ、れな?」

 と問う声は泣き出しそう。

 裸体の女は、甲高い笑い声をあげる。

「うふふ、しょうが起きちゃったにゃあ。へへっ、でも、 ここは夢の中だもの・・あたしたち、にゃにしてもいいんだ・・うふふ・・」

「その声は? れなと違うような・・・ああ、おれ、どした? ここ、どこ? おまえ、誰? 何でおれたち、裸なの? 頭クラクラで、何が何だか分からずやだあ、ああ・・」

 と嘆く翔の手を取って、咲桜は自分の胸に持っていった。

「ばかね、しょう、ここは、夢の中よ。あたしは、あたし・・分かるでしょ? あたしよ、あたし・・ほらあ・・」

 翔の手が、指が、女の乳房に触れ、震えるように包んだ。

「あ、あれ? さくら? さくらなんだね、ああ、ああ・・」

 翔はポロポロ涙をこぼしながら、女の甘い汗を嗅ぎ、両手を出して二つの乳房をもむようにつかんでいた。

 咲桜は身をよじりながらも幸せそうに笑う。

「うふっ、うふふふ、そうよ、さくらよ、トレーニングで、減量してるから、おっぱい、ちっちゃいでしょ・・しょう、れなのように、大きいのが好きにゃん?」

 首を振る翔の指が震えて、乳首を刺激した。

「ううん、ううん、これがいい、さくらのこれが、世界で一番いい・・肌もこんな桜色に火照って、乳首はもっと濃い桜色なんだなあ」

「あ、あれっ、イケニャイ・・エヘッ、感じる感じる・・うふっ、でも、しょうはどうしてそんなに泣いてるのにゃ?」

「だって、おまえが、さくらだから・・今、さくらとこうしていられるから・・ああ、幸せすぎて、泣かずにいられないや」

「ああ、しょう、あたしも、しょうともう一度キスできて、幸せで幸せで、アハッ、幸せすぎて、笑わずにはいられない」

 そう言うと、咲桜は翔を抱きしめ、「ウフッ、ウフッ・・」と笑いながら、彼の両頬の涙をペロペロ舐めた。

「キス? もう一度キス? おれたち、前にもキスしたの?」

 驚いた声で問う翔を、咲桜はベッドに押し倒した。

「エヘッ、エヘヘヘ・・しょうとキスしたにゃん。ごめんね・・しょうが知らないうちにキスしちゃったの。でもね、ウフッ、もっともっと、したいの・・一年365日、朝から晩まで、しょうとしたいの、キス・・いいでしょ?」

「うん、うん、したい、おれも、したい、さくらと、キスしたい・・一年365日、うんにゃ、百年36500日、四六時中したいよ、キス、さくらと・・」

 泣きながらおねだりする男に、咲桜は再び覆いかぶさろうとした。

 その刹那、津波のような嘔吐感が胸を突き上げ、翔の裸の胸へ、ほぼ液体状のものを吐き出してしまった。

「にゃ、にゃんだ、こりは? ごめん、しょう、吐いちゃったかも・・エヘッ、どうしよう? しょうの胸に、吐いちゃったみたい・・どしたらいい? あたし、にゃめようか?」

「おれも、吐きたい・・さくらの生の胸に、いっぱい、吐きたいよお・・いい?」

「うわあ、こいつ、泣きながらにゃーにを言い出すやら・・絶対ヘンタイだあ・・変態男は、成敗してやらにゃくちゃ」

 翔はむせるように泣く。

「ううっ、ううっ、おれ、ヘンタイだよ。でも、さくらにだけだよ。さくらにだけ、一生ヘンタイして、いいだろ?」

「あはは、あはは、こいつ、ほんとにヘンタイだあ・・ほら、ヘンタイさん、流しへ行って、胸の汚いもの、洗い流して来にゃよ。ついでに、流しで吐いておいで」

 翔は胸の嘔吐物を両手で押さえ、泣きながら起き上がった。そしてふらふら流しへ歩いた。

 胸の汚物を洗い流し、彼もほぼ液体の塊を吐き出した時、流しまで這って来た咲桜が翔の身体につかまりながら立ち上がった。

「あはは、あはは、しょう、一緒にウガイしましょ」

 と笑いまじりに言う。

「ウガイ?」

「だって、あたしたち、もっと、キス、しなくちゃ・・キスの前に、ゲロを、ウガイするにゃあ・・ほれ、その歯磨きも使いにゃされ」

「おお、おお、そうだそうだ、おれたち、キスしなきゃ、死ぬまでキスしなきゃ」

「あはは、違うよ・・死ぬまでじゃなくて、夢が覚めるまで、キスするんだにゃあ」

「うえーん、嫌だよう・・死ぬまでさくらとキスしたいよー」

 二人はウガイを繰り返し、歯を磨くと、もう止まらなかった。強力な磁石のように真っ裸で抱きしめ合った。唇と唇もくっつくと、もう永久に離れないような感覚に陥った。世界がバラ色に回り、真っ赤な血が身体じゅうを熱く駆け巡った。

 ああ、これが幸せというものなの?

 と咲桜はおぼろげな意識の奥で叫んでいた。

 ああ、もう、死んでもいい・・・

 いつしか咲桜は、腹部に熱くて硬いものが突き当たるのを感じていた。

 ありっ? こりは、何?  

 驚きに背筋がビクッと震えた。膝も折れそうになったが、愛する男を抱きしめる熱情で耐えた。

「ねえ、お腹に、何か当たってるんだけど・・何?」

 と聞いてみた。

 その恐ろしいほどいきり立ったものが、咲桜をさらに突いた。

 翔の泣声が、彼女の耳たぶを噛むように響いた。

「これ? これは・・・おれの、ロケット、だあ」

「はあ? しょう、ほんもののヘンタイなの?」

「だから。さくらにだけ、ヘンタイなんだ・・これは【ヘンタイロケット咲桜号】だあ・・さくらが地球から逃げ出しても、ロケットだから、銀河の果てまで追って行けるんだ」

「エヘッ、エヘヘヘ、にゃーに言ってんだか・・」

 身をくねらせて笑う咲桜を抱きしめる翔の腕に、さらに力が込められた。すると女体を突く肉棒もなおさら猛り狂った。

「おれたち、一つにならなくちゃ・・一つに、ならなくちゃ・・」

 と耳に唇を押し当てて言う。

 その熱い吐息に咲桜は全身バターのように溶けていく。

「一つにって?」

「それが、自然なんだ・・・これが、おれたちの、運命なんだ」

「あはっ、やっぱりにゃに言ってるんだか、分からにゃい、分からにゃい」

 と咲桜は言ったのに、溶けた腹部が炎になるのを感じた。そしてなぜだか、

 避けられない・・・

 と胸の奥で覚悟していた。

「でも・・・これが、あたしたちの、運命、なのね、ああ・・」

 笑いを止め、甘い吐息まじりに咲桜はそうささやいた。

 それは咲桜も知らない女の声だった.。彼女自身もゾクッと身震いするほどの。

 その声が翔の心臓を高鳴らせた。するとそのドクドク乱れる拍動が咲桜に伝わり、彼女の胸をも打ち鳴らした。

 そして二人は、生まれたままの姿で、抱き合い溶け合い、よちよち、よちよち、ベッドまで進んだのだ。

 ついに、咲桜の燃える身体は、ベッドに仰向けに投げ出された。

 もうまな板の上の鯉なのに、

「あはは、あはは・・」

 と、また笑い出していた。

 初めては、すごく痛いって聞いたことがある・・でも、これは、夢の中だから、痛くないよね? 

 と思ったが、猛り立ったものが、不意に現実的に迫るのを感じた。

 ありっ? これって、もしかして・・・

 一瞬凝り固まった咲桜の裸体に、翔が襲いかかって来ると、烈しい鼓動がさらに爆裂した。その心臓に翔がむしゃぶりつくと、身体を貫く稲妻のような衝撃に、咲桜は「ウグッ」声を漏らしてのけ反っていた。翔が彼女の乳首に咬みつくほどに吸い付いたのだ。

「キャハア、あたし、もう、どうなってるの? おかしい・・おかしいよう・・」

 と咲桜は喘ぎあえぎ発した。

「さくら、愛してる」

 とささやく翔の声が咲桜をもっと変にした。

 その言葉を合図に、翔の身体が猛り狂ったものとともに突き上げてきた。

 咲桜は燃え上がる意識の奥で考えた。

 待って、これ、やっぱり現実なの? あたし、イケナイことしてるの? でも、あたし、もう・・あああ、あたしも、愛してる・・・

 叫び声が響いた。

「キャアアア、キャアアア、やめてえ、しょう」

 絶叫が翔を止めた。

 咲桜は自分が叫んだのかと思った。だが、彼女は緊張のあまり声が出なかったのだ。

 声の主は玲奈だった。意識を戻してベッドの横に起き上がった玲奈が、その惨劇を目の当たりにして、烈しい悲鳴をあげたのだった。

 玲奈は間髪入れず身を投げ出し、二人の隙間に割って入った。三人の裸体がベッドを軋ませ絡み合った。そして玲奈は男のいきり立ったものを手でつかみ、突入阻止に成功した。

 はれっ? にゃんだこれは?

 と咲桜は心で叫んでいた。

 これは、夢の中のはずなのに、どうしてれなは消えない・・これって、やっぱり、リ、ア、ル? 

 翔の泣声が聞こえる。

「おれたち、一つにならなきゃ、なのに・・一つにならなきゃ、ダメなのに・・」

 玲奈がそれに応える。

「そうよ、しょう・・わたしたち、一つになるの。一つになろう。だから、ちょっと、待ってて」

 そう言うと、玲奈は力ずくで姉をベッドから転げ落とした。

 咲桜はすぐに這い上がろうとしたが、目が回って体に力が入らない。

 戻らなきゃ、なのに・・死んでも戻らなきゃ、なのに・・・

 と心で叫ぶが、全身、鎖で縛られているみたいで、身をよじるほど、その鎖が身体に巻き付いてくる。そして抵抗し難い酔魔が、深海の底のような濃密な圧力で彼女に襲ってきた。

 そうか、こりは、やっぱり夢だ・・そうかそうか、あはっ、あたし、やっぱり、眠ってるのにゃあ・・・

 そう感じながら、咲桜は再び眠りの深層へ沈んでいった。

 弱った昆虫のように仰向けで手足をばたつかせる咲桜が動かなくなるのを確認して、玲奈は振り向いた。

 翔はいつのまにか蒲団に沈み込むように突っ伏していた。

「それにしても、どうしてお姉ちゃん、しょうとエッチしようとしてたの? ああ、ひどすぎる裏切りだわ・・しょうも、ひどい・・もしかして、しょう、お姉ちゃんをわたしと間違えた? ほんとにこの二人、酒癖、最悪なんだから・・・でも、もう、邪魔者はいない・・しょうは、わたしのものよ・・」

 そうつぶやきながら、玲奈は男の温かい裸体を返し、仰向けにした。

「わたしのものよ」

 十六歳とは思えない大人の女の声が、翔の生身に狙いを定めた。

 その声はベッドの横の咲桜の夢の奥まで響き、彼女の胸を悲しいほど震わせた。

 











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