22、おいしい事件にマスコミが押し寄せる?

 電動ノコギリがギュンギュン唸り、咲桜の恥部に照準を合わせていた。

 貞夫の目が妖怪のように血走って剥き出された。

「ようし、おまえのその望み、今こそ叶えてあげるぜえ。全知全能の魔王様、この生娘を、いけにえとして捧げましょう」

 玲奈の泣叫に咲桜の断末魔の叫びが重なったまさにその時だ。

 ドンドンドンドン、裏口を叩く音が響いた。部屋を揺らすほどの勢いだ。

 咲桜の股間に潜り込もうとするチェーンソーのうねる刃先が、寸前で止まってブルブル震えた。

「何だあ? いったい誰だあ?」

 と貞夫が鋸の電源を切り、鍵のかかった裏口に怒鳴った。

「警察だ。ドアを開けなさい」

 と太い男の声が聞こえた。

 その直後、窓ガラスがぶち割られる音が弾け、すぐに窓の鍵が開けられ、緑のカーテンが閃いた。そこから疾風のごとく飛び込んで来たのは、黒い顎髭の男だ。

 男はあっという間に裏口の鍵を開けると、スマホを取り出し、室内を撮影しだした。

「な、何だ? おい、そいつを何とかしろ」

 と貞夫が部下に叫んだが、裏口から次々突入して来る警官に、誰もが腰を引いていた。 

 貞夫は怒り狂ってもう一度チェーンソーのスイッチを入れた。そして咲桜を切り裂こうとしたが、三人の警官に取り押さえられ、落ちた凶器の刃がギュインギュイン叫びながら床の絨毯をぐるぐる削った。 それを若い警官が手に取って止めた。

 咲桜はスマホで撮影を続ける男を見て、思わず叫んだ。

「りゅういち、何でここにいる?」

 その男は堀田龍一だったのだ。

「こんなことだろうと思って、さくらの乗ったタクシーをつけさせてもらったんだ」

 と答えながら、龍一のスマホが咲桜に向けられた。

 咲桜は全身から火を噴いてしゃがみ込んだ。

「ばかやろう、何見てやがる。まさか、あたしの裸を撮っていないよな?」

 龍一は近くのベッドから、タオルケットを取って、咲桜の身体を包んだ。

「悪いけど、犯罪の証拠が必要なんだ。それにおまえの裸、もうこいつらに見られちまってんだろ?」

「あたしの裸を見たやつら、みんな蹴り殺してやる」

 震えが止まらない咲桜の黒髪を、龍一の手のひらがグリグリ撫ぜた。

 手錠をかけられた貞夫が、龍一を睨んで声をかけた。

「りゅういち? おまえ、堀田りゅういちかあ?」

 龍一も撮影を続けながら貞夫を見つめた。

「山田さだお、ひさしぶりだな。おれがおまえらに、刑務所に入れられて以来だな」

「おまえ、また、刑務所に入りたいのか?」

「そうならないように、今夜はこんなにたくさんの証人を連れて来たんじゃないか。おれは、この日が来るのをずっと待っていたんだ。椅子に縛られた下着の娘・・・素っ裸の娘に、チェーンソー・・・今度こそ、現行犯だから、逃げられないぜ。警官たちも、お前たちの数々の悪事に手を出せずにいたから、喜んで協力してくれたよ。これで、このマンションの、おまえや、部下たちの家宅捜査も行われたら、おまえたちがこの娘たちの両親にしたことも、明らかになるだろうよ」

「ばかだな、そんな証拠を残してるわけねえだろう」

「おや、今の言葉、自白ととってもおかしくないぞ」

「な、何だと? こいつらの両親は、この娘がおれの大事な一人息子を殺したから、自殺したんだよ。そうだ、警察だって、自殺だと、処理したじゃねえか。おれたちが殺した証拠を探したって、無駄だぜ」

「おやおや、思った以上に口が軽いバカなんだな。おれがいつ、おまえたちが、この娘たちの親を殺したって言ったよ? 二宮刑事、今の言葉、聞きましたよね?」

 と言って、龍一は近くにいる半分白髪の西洋顔の私服警官を見た。

 二宮刑事と呼ばれたその男が、オオカミのような眼光で貞夫を睨んで言う。

「山田さだお、おまえに関わった人間が、これまで何人も行方不明になったり、死んだりしている。今回のこの事件も含めて、徹底的に調べるからな。もしかしたら、お前の部下の誰かが、決定的な証拠を隠し持ってるかもしれないけど、いいんだな?」 

 貞夫は顔を真っ赤にして刑事に何か言い返そうとしたが、やがてぶるっと首を振って押し黙った。だけど警察官たちに引かれて部屋を出る前に、怒りに満ちた眼をタオルケットにくるまってしゃがんでいる咲桜に向け、こう吐き捨てたのだ。

「さくら、みんなおまえのせいだ。おまえが悪の根源なんだよ。いつかきっと復讐してやるから、首を洗って待ってなよ」

 咲桜は何も言い返さなかったが、貞夫を睨む彼女の目も、呪い殺すような憎悪で血走っていた。


 服を着た咲桜と玲奈は、二宮と高倉の二人の刑事に事情聴取を受けた。

 その二人は、七年前、咲桜を殺人罪で逮捕した刑事たちだった。

 咲桜は、今日、自分がチェーンソーで性器を切り裂かれて殺される寸前だったことをまず説明した。

 それだけではなく、姉妹は、四階中央の防音突起の壁のベッドルームにも刑事たちを案内した。そして、そこで起きた過去の事件も正直に話したのだった。

 昔、玲奈がまだ小学生だった時、貞夫に処女を奪われ、以来何度も恥辱を受けたこと・・・

 貞夫だけではなく、部下たちにも強姦を受け続けたこと・・・

 その話をあらためて聞いて、咲桜は声を上げて泣いた。

 そして咲桜も先日彼らに襲われそうになったことを告白したのだ。

 貞夫たちが玲奈を恥辱した話を聞いて、怒り狂ったこと・・・

「くわえて、しゃぶるんだ」

 と言われて口内に突き入れられた貞夫の肉棒を噛み千切ったこと・・・


「あたし、傷害罪で、刑務所に戻らなきゃ、ですよね?」

 と咲桜は刑事たちに聞いた。

「襲われそうになったのなら、正当防衛かも」

 と長身の高倉刑事が言った。

「天誅。当然の報いかも・・」

 と二宮は咲桜の知らない言葉を使い、堀の濃い二重の目でじっと咲桜を見ながら、こう続けた。

「でもね、さだおが、過去の数々の強姦事件が明るみに出る危険を冒して、こんな恥ずべきことを訴えるかは疑問だな。それでも、もし、このことが世に知られたら、どうなるか、予想はつくよね? あなたは、もう、未成年じゃないし、顔も名前も世間に知られ、毎日マスコミが押し寄せるだろうね。テレビもネットも週刊誌も、こんなおいしい事件に、ハイエナのように食いついて来るからねえ。とりあえず、おれたちは、あなたがさだおのアレを噛み千切ったことなんて、聞かなかったことにしとくけど、覚悟はしておいた方がいい」

 二宮のその奥深い目の色と、預言者のようなその言葉が、咲桜の胸に重く刺さって離れなかった。

 

 真夜中、借家まで、咲桜と玲奈は、龍一の車で送ってもらった。

 軽バンの後部座席に姉妹は座った。

 壊れかけた車にガタガタ揺られても、咲桜は悪魔に魂を喰われたかのようにぐったり目を閉じていた。

 姉の代わりに、玲奈が運転席の龍一に話しかけた。

「ありがとうよ。あんたが来なかったら、さくらは、今頃殺されていたよ。それもひどい殺され方でね」

「おれの個人的恨みで突入したんだから、礼を言うのはおれのほうだよ」

 と龍一は言う。

 玲奈は身を乗り出して問う。

「わたし、小学生の時、あんたに会ったよね? 父が死ぬ前、あんた、父の道場に来たことがあったよね?」

「ああ、あの時のおチビちゃんが、ずいぶん大きくなって、そして綺麗になったもんだな」

「綺麗だなんて、ほんとのこと言うのね。わたし、お礼に、あんたにサービスしてあげようか?」

「サービス? 何だ、それ?」」

「チューでも、エッチでも、わたし、上手だよ。あんたを悩殺させるくらい、すごいんだから」

 玲奈がそう誘惑すると、寝ているように見えた咲桜の目がバチッと開き、口をはさんだ。

「れな、何を言い出すの。りゅういちコーチにはね、あたしたちよりずっと美人のりんこさんがいるんだからね。ねえ、りゅういちコーチ、前にも、山田さだおと同じようなことがあって、りんこさんを救ったんでしょ? それであんた、あいつらをボコボコにして、刑務所に入ったんでしょ? あたし、知ってるんだから」

「ちぇ、りんこは、口が軽いな」

「だから、れなと変なことすんなよ」

 と咲桜は釘を刺し、それから隣の妹の頭を手のひらで叩いた。

「れなだって、好きな人ができたから、パパ活から足を洗うって言ったでしょ。相手が新任の先生だろうと、あたし、れなが幸せな高校生活を送れるなら、心から応援してるんだからね」

 玲奈は姉の頭を同じように叩き返した。

「わたし、さくらの代わりに、サービスしてあげると言ったのに・・・じゃあ、さくら、あんたが、助けてくれたお礼に、チューしてあげなさいよ」

「はあ? こんな鬼で悪魔でサディストのおじさんにチューするくらいなら、電動ノコであそこを切り裂かれて死んでた方がマシだわ」

「へーえ、おしっこちびってたくせに、よく言うわ」

 と暴露する玲奈の口を、咲桜は慌てて手のひらで塞いだ。

「ばか、変なこと言うと、ギャフって言わすからね」

 玲奈は、口を押える指の隙間から叫んだ。

「さくらは、電動ノコにびびって、ガチガチ震えて、ちびってましたあ。さくらは、よくちびるんですう」

 その声を、咲桜はキャーキャーわめいて、かき消していた。

 舗装の悪い深夜の道路を、ガクンガクン悲鳴を上げて軽バンは突き進んだ。













 































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