21、悪魔に復讐を誓ったのは誰?

 曼珠沙華が花火のように咲く季節の宵の頃、宮隈東高校から自転車で出て来た玲奈を、黒のアルファードが追いかけた。校門の前で、獲物を待つクモのように、見張っていたのだ。

 ドライバーは角刈り黒髪の宮崎だ。中部座席に高山と長田も乗っているが、山田貞夫の姿はない。

 人気のない小道に入った時、アクセル全開で玲奈を追い越し、身の毛もよだつブレーキ音を鳴らし、斜めに止まって行く手を阻んだ。

 見覚えのある高級ミニバンを目の当たりにして、玲奈は自転車から降り、天敵に直面した獣のように身構えていた。

 スライドドアが開き、スキンヘッドの大男と茶髪の男が降りて来た。

「安藤れな、ずいぶん捜したんだぜ。山田社長がお呼びだ。この車に乗りな」

 と茶髪の長田が声をかけた。

「乱暴な挨拶だな。嫌だと拒否したら、力ずくで連れて行く気かい?」

 と玲奈は強がったが、瞳も声も、どこか壊れかけていた。

「この前は、自分から会いに来て、もっと乱暴なふるまいだったじゃないか。おまえ、社長に会いたいんじゃないのか? 会って、話したい事、あるんだろ?」

 と長田は餌を投げる。

 玲奈は鼻で笑ってみせた。

「ふん、どうせ、さだおが会いたいのは、わたしじゃなくて、さくらだろ? 知ってるよ、さだおがさくらに何をされたかって。それはもう、天罰だね。さくらが、天に代わって、お仕置きしたんだよ」

「もちろん、さくらの居場所も教えてもらうさ。おまえ、さくらのことも、恨んでるって言ったよな? さくらの居場所、知ってるんだろ? さくらは、おれたちが殺してあげるぜ」

 長田の目に狂気が光ると、それが玲奈の目にも映し出された。

「マジかい? マジで、殺す?」

「社長は、復讐を悪魔に誓ったと言ってるぜ。で、おまえは、どうするんだ? 車に乗るのか? 乗らないのか?」

「ふん、どうせ力ずくで乗せるつもりで、そのでかいのがいるんだろ?」

 と玲奈は高山を顎で指し、

「いいよ、乗ってやるよ」

 と言って、自転車を道の端にやり、震えそうな指で鍵をかけた。


 

【DARK LIGHT】でトレーニングを終えた咲桜がスマホを見ると、玲奈から写真入りのメールが届いていた。

 画像を開くと、椅子に縛り付けられた玲奈が写っている。下着姿の玲奈に貞夫が後ろから抱き着き、長い舌を伸ばして髪を舐め、笑っている。

 咲桜は一瞬目の前が真っ暗になった。

 だけどすぐに怒りで顔を真っ赤にし、玲奈の携帯に電話した。

「はーい、もしもし・・」

 と電話に出たのは、貞夫の声だ。

「山田さだおー、れなにまた手を出したら、おまえをもっと喰い千切るぞー」

 と咲桜は怒鳴り声を放っていた。

 驚いた龍一と凛子が隣の部屋から出て来た。

 貞夫も怒鳴り声では負けていなかった。

「何だとお? それがおれの大事な息子を殺したやつの言う言葉かあ? 畜生があ。今すぐおれのマンションに来やがれ。来なかったら、一時間ごとに一本ずつ、妹の指を切り落とすからなあ。それから、このことは誰にも言うなよ。誰かに言ったら、妹の首を贈り付けてやるからな」

「ばかやろう。今すぐ行くから、れなに指一本触れるなよ」

 電話を切ると、すぐに咲桜はジムを駆け出た。

「おい、どうした? 何があったあ?」

 と龍一の問いが背に刺さったが、咲桜が振り返ることはなかった。

【DARK LIGHT】から山田貞夫のマンションまで、がんばって走っても一時間近くかかりそうだ。帰り道の途中にタクシーの営業所があるのを思い出して、そこまで全力疾走しようと思った。


 十分くらい走ったところで、龍一の乗った軽バンが追いつき、咲桜と並走した。

 窓が開いて、龍一が叫ぶ。

「急いでるんだろ? 送ってやるから、乗れよ」

 咲桜は首を振り、

「急いでなんかいません。これが普通のランニングです」

 と叫び返した。

 誰かに知れたら、玲奈の首が斬られるのだ。

 死んでも同乗を拒絶する感じなので、龍一は車を止めた。 


 咲桜は【あけぼのタクシー】という看板の営業所に飛び込み、タクシーに乗った。

 タクシーは夜道を東へ突き進み、県境を越え、大河を渡る大橋を越え、街を過ぎ、南東へ向かった。

 そして四階建てのマンションの前に停車した。


 咲桜が四階へ上り、玄関のチャイムを押すと、待ってましたとばかりドアが開いた。

 スキンヘッドの大男の高山が立っていて、

「ついて来い」

 と鉛の弾のような一言。

 リビングを抜け、広いキッチンを過ぎ、大きな浴槽とトイレの横を通り、今夜も窓のない中ほどの部屋へと通された。

 暗めの紫っぽい照明、ふかふかの絨毯、壁や天井はグレーの分厚い防音突起が連なっている。そして中央の大きな円形ベッドに貞夫がドカンと座り、両側に角刈り黒髪の宮崎と、茶髪の長田が立っている。

「れなは? れなはどこよ?」

 と咲桜は叫んでいた。

 貞夫が立ち上がり、娘へ踏み出ると、咲桜は巨体の影に呑み込まれた。

「何だあ? それがおれに会っての第一声かあ? おまえ、まず、おれにこの前の仕打ちを、あやまるのが先だろうが」

 怒れる閻魔の眼を圧しつける。

 咲桜も大きな目で睨み返す。

「あんた、まだ小学生だったれなをレイプしたんでしょ? それ、立派な犯罪じゃないか。二度とれなに手を出さないように、やってやったんだ」

 貞夫の眼が、狂ったように剥き出された。

「犯罪だと? 殺人犯が何ほざいてる? それを言うなら、おまえがおれにしたことだって、りっぱな犯罪だぜ。おかげでおれは、これからの人生、タマタマがあるから性欲旺盛なのに、肝心のアレができねえ。金も女も不自由しないのに、オモチャを使ってやるしかねえんだよ。だからおれは、悪魔に魂を売ったんだ。そして誓った・・おまえの性器もズタズタにして、同じ悲しみを与えて、それからじっくり殺してやるとな」

「ばかだね。あたしがあんたらごときに、負けるとでも? 今度はあたしのメガトンキックで、あんたの薄汚いタマタマを潰してあげようか?」

 と言って咲桜は身構えた。

「ばかはおまえだ。おまえ、妹のれながどうなっても、構わないのか?」

 貞夫は悪知恵に長けた悪魔のような笑みで、咲桜の心を覗き込む。

 咲桜の顔が苦悩でゆがんだ。

「れなをどうしたの? どこにいるのよ?」

 その表情の変化が貞夫をほくそ笑ませた。

「ついて来な」

 と言って、貞夫は宮崎と一緒に部屋を出た。

 咲桜が後を追うと、彼女の後ろを高山と長田も続いた。

 長い廊下を歩き、一番奥の部屋のドアを開け、五人は中に入った。

 照明がついた明るい部屋に、玲奈がいた。 

 スマホに送信された画像通り、白い下着姿の玲奈は椅子に座って手足を縛り付けられていた。画像と違うのは、アイマスクとヘッドフォンを着けられていることだ。

 その部屋には大きな窓があり、緑のカーテンがかかっていた。窓の横には、裏口と思われるドアがあった。この部屋にもダブルベッドがあり、大型のテレビやステレオもあり、タンスがあった。

「れなあ」

 と咲桜は叫んだが、玲奈は身じろぎもしなかった。

 貞夫がアイマスクを外すと、玲奈はまぶしそうに目を細めたが、咲桜に気づくと、火が出るくらい目を開いた。

 貞夫は彼女のヘッドフォンも外した。

「さくら、何で来やがった?」

 と玲奈は濁った声で問う。

 咲桜は涙目で言う。

「れな、大丈夫? 何もされなかった?」

「見て通りさ。でも、この男は、あんたのおかげで、もうわたしを襲いはしなかったよ」

 この男と言われた貞夫は、玲奈の髪を指で撫ぜ、

「宮崎、万能鋏でこの娘を切っていこうか」

 と言う。

 角刈り黒髪の男がタンスから大きなハサミを出し、ニヤニヤ笑いながら玲奈の髪を切りだした。

「ちくしょう、何しやがる? わたしには何もしない約束だろう?」

 と玲奈は問うが、宮崎の手は止まらない。

 咲桜が止めに入ろうとすると、高山は素早くハサミの刃先を玲奈の白い首に当て、

「動くな。妹の首が切られてもいいのか?」

 と恫喝した。

 固まった咲桜の両腕を、高山と長田が荒々しくつかんだ。特に巨漢の高山の腕力は巨大な機械のようで、息が詰まるほど固く握られた。

 貞夫が愉快そうに言う。

「さあ、さくら、刑罰の時間だよ。素直に従えばよし。逆らえば、そのたびに妹の指を一本ずつ、切り落としてあげるよ」

 咲桜は叫んだ。

「あたしは、どうなってもいいから、れなには、指一本触れるなあ」

 貞夫は満足そうな笑みを浮かべた。

「ようし、じゃあ、死刑執行だ。だけど、さっき言ったように、死ぬ前に、おれが味わった地獄の苦しみを、おまえにも思い知らせてやらないとな。長田、こいつの性器を切り裂くアレを、持って来なさい」

 茶髪男の目が飛び出しそうにぎらついた。

「アレ、ですね?」

「そうだ、アレ、だ」

 長田は部屋を飛び出し、準備していたのか、すぐに戻って来た。

 手に持つのは、赤い刃先の電動ノコギリだ。ずっしり重そうなそれを、貞夫に手渡した。

 それを見た咲桜の顔から血の気が引いた。

「さあ、さくら、服を脱ぎな」

 と貞夫は言うと、赤く並ぶ刃の一部を長い舌を伸ばして大蛇のように舐めながら、血も凍る目で咲桜を見つめた。そして、高山が腕を離しても、咲桜がぷるぷる首を振って指示に従わないのを見ると、部下にこう告げた。

「宮崎、まずはれなの左手の小指からだ。切り落としてあげなさい」

 宮崎が命令通り、玲奈の後ろに回り、大きな万能鋏で縛られた手の指を切ろうとすると、咲桜が金切り声を上げた。

「あたしは、死んでもいいから、れなに手を出すなって言ってるだろ」

 そう叫びながら、シャツとトレーニング用のロングパンツを脱いだ。

 そして震える両手でスポーツブラを隠した。

「何してる? 下着も脱ぐんだよ」

 と貞夫は言うと、左頬をヒクヒク吊り上げて笑った。

 咲桜は潤んだ目で妹を見た。

 玲奈の小指をまだハサミが切ろうとしている。

「お姉ちゃん」

 と悲しい声がもれ、玲奈の大きな瞳から熱い涙が溢れ出した。

 咲桜は、下着も脱ぎ、生まれたままの姿になった。

「ほう、やっぱり、いい体してるじゃねえか」

 と貞夫が言う。

 彼女の火照る白い肌やピンクの乳首を見て、長田が我慢できずに口を開いた。

「山田社長、おれ、処女はいただいたことないんです。社長の言うこと何でも聞きますから、今回だけ、このこを、おれに抱かせてくれませんか」

 真剣な部下の目を見て、貞夫はニタニタ笑った。

「何だあ? 処女を犯ったことないなんて、情けないやつだなあ。いいだろう。今回は、おれの代わりに、おまえがこいつを女にしてやれ。よかったな、さくら、性器を切り裂かれる前に、女になれるぜ」

 貞夫の薄ら笑いを、咲桜は呪い殺すような目で睨んだ。

 ボスの許しを得て、長田は怒涛の勢いでズボンとパンツを一緒に脱ぎ捨てた。すでに股間の男刀はビクビク反り返っていた。

 高山が咲桜の後ろに回って、両腕をつかんだ。高山も興奮してるらしく、尻の上に長く硬いものが突き当たるのが、咲桜には悪夢のように感じられた。

 長田はまずピンクの乳頭に吸い付こうと、獣のように襲って来た

 その瞬間、咲桜の身体は反射的に動いていた。彼女にとって、迫り来る睾丸は毎日蹴り飛ばしていたサッカーボールだった。七十メートル蹴り飛ばすまで、一週間で千回蹴り続けて来たのだ。

「うおおお」

 夢中で吠え、自然と左肩甲骨が引かれて左肘が高山の腹に突き刺さった。直後に骨盤が回転し、右足が怪物の速度と破壊力で閃いた。足の甲が二個の睾丸を一瞬で潰し、長田の身体は宙に蹴り上げられていた。彼の口から「ぎゃん」と切ない声が散った。宙に浮いた身体は腹ばいでドーンと床に落ち、顔面も床に激突した。そのまま意識を失えれば、どんなに幸福だったことだろう。しかし股間の劇痛のあまり、気絶すら許されなかったのだ。地獄の苦しみに呻きながら長田はのたうち回った。

 ヒューンという無機質な音が部屋に響いたのはその直後だ。

 貞夫がチェーンソーのスイッチを入れたのだった。

「また、やってくれたな」

 と貞夫は怒りの声で言い、ギュンギュン回るノコギリの刃を咲桜の裸体へ突き付け、こう続けた。

「残念だが、おまえはもう、女を知らずに散ってもらうしかないな。いいか、おまえは、当然の報いを受けるんだ。まずは、おれやこの男の、千倍の痛みを味わってもらおうか。ほうら、妹を助けたかったら、そんなに腰を引かないで、突き出しなよ。子宮の奥まで切り裂いてあげるから」

 チェーンソーの刃先が、咲桜の股間に迫って来た。

 え? あたし、こんな死に方、絶対嫌だ・・・

 と咲桜は心で叫んだが、抵抗したら妹の指が切られそうで、恐怖に気が狂いそうだった。

「舌を嚙んだりしたら、れなも同じ目に合わせるからな。ほら、もっと足を開いて、素直に腰を突き出すんだよ。妹がどうなってもいいのか? あら? こいつ、お漏らししてるのか? へへっ、体は正直なんだよな。へへっ、こいつは愉快だ」

 悪魔たちたちの笑い声を、ヒューンというチェーンソーの声が凌駕し、黒い陰毛の先を削り飛ばしながら、悲しい液体が漏れる極部にめり込もうとする。

「そんなに震えてちゃ、美しく切れないぜ。さあ、妹を同じ目を合わせたくなかったら、自分からお願いしな・・・女の一番大事なところを、切り裂いてくださいって」

 そう命令する貞夫の目は、地獄を渡り歩いた鬼のように血走っていた。

 咲桜の涙目も、飛び出しそうなほど剝き出しの血眼だった。全身の白い肌から、ウジのような狂気の汗が滲み出ていた。

 彼女が壊れたように首を振ると、貞夫が大声で言う。

「宮崎、玲奈の指を切って、こいつに食わせろ」

「う、う、」

 ともらしながら、咲桜は首を振った。

 そして恐怖で歯をガチガチ鳴らしながら、言った。 

「あたしの、お、女の、一番、大事な、ところを、切り裂いてください」

 震え声はチェーンソーの音に負けて、よく響かなかった。

「何だあ? 聞こえねえぞ。もっと大きな声で、みんなに聞こえるように言うんだよ」

 と貞夫は彼女の耳元で怒鳴った。

 玲奈の叫び声が爆発した。

「お姉ちゃん、もうやめて。キャアアア、キャアアア」

 叫びながら大声で泣きだした。

 貞夫の顔が醜くゆがんだ。

「何だあ? れな、おまえも死にたいのかあ?」

 咲桜は玲奈の号泣を打ち消すように狂叫した。

「あたしの、女の一番大事なところを、切り裂いてください」








































    















 












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