6、一緒に地獄に堕ちるのね?

 アルファードが五分ちょっとで着いたのは、咲桜の自宅跡に建っていたあのマンションだった。

「ここは、あたしの家があった場所じゃない。ここがあんたの家って、どういうこと?」

 と咲桜は聞く。

 彼女の腕を荒々しく引き、車を降りてから、貞夫は罵るように言う。

「おまえのせいだよ。おまえがおれの息子を殺してから、ここにあった空手道場には、生徒が誰も来なくなった。それで道場は潰れ、おまえの親は慰謝料を払えないって言うから、おれがこの土地を譲り受けて、マンションを建てたんだ。ここの三階がこいつら部下たちの家で、四階全部がおれの家なのさ。おい、高山、宮崎、この女を四階までお連れしろ」

 スキンヘッドの巨漢が高山という名で、角刈り黒髪の男が宮崎らしい。

 その二人に両腕を指が食い込むほどつかまれ、咲桜はエレベーターに引き入れられた。


 四階の玄関は豪邸にふさわしい分厚い扉だった。

 リビングルームを通り、広いキッチンを過ぎ、大きな浴槽とトイレの横を過ぎ、窓のない中ほどの部屋に連れていかれた。

 暗めの紫っぽい照明がつき、ふかふかの絨毯が敷かれ、大きな円形のベッドがある。壁や天井が特異的で、いくつものピラミッド型の分厚い突起が連なっている。グレーの突起に触れてみると、柔らかい感触だ。

 中央のベッドに貞夫がドスンと腰を下ろした。

「さあ、懺悔の時間だ」

 と彼は告げ、細い唇の両端を吊り上げて笑った。

 細い目で咲桜を貫くように見つめ、

「さあ、どうした? あやまりに来たんだろ?」

 と薄ら笑いのまま問う。

「ああ、あやまりに来たさ。でも、両腕をこんなにつかまれてちゃ、ちゃんと謝罪もできないよ」

 と咲桜は言った。

 貞夫の合図で、高山と宮崎が腕を離した。

 咲桜は貞夫の蛇のような目を見てブルッと震えたが、どっと膝をつき、大きな足元にひれ伏した。絨毯に額を擦り付け、暗い心の奥底から声を出した。 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。あたし、あんたの息子を殺してしまって、あんたにひどい悲しみを与えました。本当にごめんなさい。殴るなり、蹴るなり、好きにしていいです。ごめんなさい」

 その咲桜の後頭部を、貞夫の大きな足がドンッドンッと踏みつけた。

「バカ野郎、あやまって許されることじゃねえんだよ・・」

 立ち上がって、百キロの体重をかけるように踏みつけると、咲桜の鼻は潰れ、唇は裂かれ、前歯がギリギリと軋んだ。巨体の重圧は、分厚い絨毯がなかったら、鼻の骨や歯は折れたりずれたりしていただろう。

「すぐるはもう戻ってこないんだよ。おまえは、生きていちゃいけないんだよ」

 そう怒鳴ると、貞夫は咲桜の頬をサッカーボールのように「ペナルティーキック」と叫びながら蹴り飛ばした。

 グワンッと脳が鳴り、咲桜は眼球の奥が赤黒く弾けた。仰向けに倒れ、失神寸前で、何とか生きようと懸命に息だけしていた。

 貞夫は続けざまに踏み出してろっ骨を蹴り、腹部へドスンドスン足裏を撃ちつけた。

「山田社長、死んじゃったら、あとあと面倒ですし、これからのお楽しみが、できませんぜ」

 と誰かの声が咲桜の耳裏に響くと、貞夫の攻撃が止まった。

「ああ、そうだったな。おまえらにも、分け前をあげなくちゃな。長田、このこに冷たい水を持ってきてあげな」

 と貞夫の声が聞こえた。

 おさだ? 茶髪の男の名だな・・・

 と咲桜は朦朧とする意識の中で考えていた。

「こいつ、高一から刑務所に入ってたってことは、処女ですかね?」

 と誰かが言う。

「おれ、処女はいただいたことないんですけど」

 と別の声が響く。

「バカ、まずは山田社長がいただくんだよ。おれたちは、そのおこぼれを、ありがたくちょうだいするんだ」

 こいつら、何言ってやがる?

 と咲桜は思う。

 胸騒ぎが津波のように膨れ、意識が戻っていく。

 足音が近づいた後、顔面に冷たい液体が落ちてきた。

 咲桜は目を開き、かけられた水をぬぐった。

 八つの食いつきそうな目が見降ろしている。

「さあ、これからが本番だ。このこを、ベッドに座らせなさい。この邪魔な服も脱がせて」

 と貞夫が言う。

 男たち三人がかりで咲桜の身体を引き上げ、ネイビーブルーのポロシャツを脱がせようとする。

「何しやがる?」

 もがいて抵抗する咲桜の首に、貞夫の両手が伸びてきて絞めた。

「おや? 懺悔しに来たんじゃないのかい? 好きにしていいって、さっき言ったよな? 言ったことは守れや」

「だったら、殺せ。さあ、首を絞めて、殺せよ」

 貞夫の指に力が込められ、低い声が響いた。

「そうかい? おまえが殺せって言ったんだからな」

 咲桜の首の血流が堰き止められ、十秒もすると意識がジーンと痺れ、心臓がぎゅうっとつかまれたように痛んだ。目の前の貞夫の大きな顔が白っぽくぼやけていき、やがて再び赤黒く揺れて何も分からなくなった。


 バチッと耳奥が鳴り、頬に痛みを覚えて咲桜は意識を戻した。叩かれたようだ。気が付くと、シャツが脱がされ、上半身は水色のスポーツブラだけだ。

 両手で胸を隠そうとしたが、二人の強靭な腕でつかまれていて身動きができない。

 誰かの生唾を飲む音が聞こえた。

 頬が熱くなるのが恥ずかしくて、首まで燃えた。

「おまえ、いい体してるじゃねえか。さあ、今度こそ本当の贖罪の時間だよ」

 そう言うと、貞夫はズボンをブリーフごと脱ぎ捨てた。

「うわあ、何だよ、気持ち悪い」

 目をそらそうとする咲桜の両頬に、貞夫の両手が当てられ、前を向かされた。

「気持ち悪いって・・・おまえ、こいつを見たこともないんだな? おれがおまえを女にしてやるぜ。まずは、ほら、おれのでっかいバナナをくわえて、しゃぶるんだ」

 大きな手のひらの中、咲桜の頬は真っ赤に震えた。

「あんた、まだ小学生だった頃のれなにも、こういうことをしたのか?」

 貞夫を見上げる咲桜の目も燃えていた。

「何だあ? おまえのせいじゃないか。おまえの罪を償うために、妹が生贄になったんだよ。へへっ、あいつはな、まだ小学生で、腰の振り方を覚えやがったぜ」

「何言ってやがる? だから、れなは、あたしも地獄に堕ちろと言ったのか・・・あんたが、れなを、地獄に堕としたんだね?」

「おまえも、おれと一緒に地獄へ行くんだよ」

 そう言うと、貞夫は咲桜の頬を引き寄せた。

 いきり立った亀頭に唇が密着し、顔をしかめながら咲桜は考えた。

 だからさっき、れなはこの男を殺しかけたんだ・・・ああ、れなは、まだ子供だったのに、どんなに怖かっただろう・・・どんなに悲しかっただろう・・・死にたいくらい、苦しんだんだろな・・・でも、れながこいつを殺したら、れなまで刑務所に入ることになる・・・みんなあたしのせいなのに・・・それだけはだめだ、絶対・・・

「ほら、何してる? 罪を償いに来たんだろ? さあ、早く、おれのバナナを、くわえて、しゃぶるんだよ」

 貞夫はさらに咲桜の丸く火照る頬を引き寄せた。

「一緒に地獄へ堕ちるのね?」

 咲桜は心を決めてそう問うと、口をいっぱいに開いた。

 貞夫は男根をピクピク震わせ、ズーンと突き入れた。

「そうだよ。いいお口だ。ほら、喉奥まで。おお、きもちー。おお、天国や・・」

 咲桜は目を閉じ、深く息を吸うと、一気に、力の限り噛んだ。

「あぎゃあああああ」

 貞夫が劇痛に身を引いても、ペニスが柔らかく萎んでも、咲桜は歯に全力を注ぎこみ、離さなかった。口中に血の味が広がり、髪を引っ張られ、頭を殴られても、「うーうー」うなりながら離さない。

 貞夫は黒髪を引き抜くくらいの力で離そうとするが、それによってさらに劇痛が増し、気がふれそうな絶叫を続ける。

「あぎゃぎゃぎゃあああ・・」

「うぎゃぎゃぎゃあああ・・」

 と死にそうな声で黒髪を引いたり叩いたりする。

 ついに咲桜は歯をギリギリさせて嚙みちぎると、血まみれの戦利品を手のひらに吐き出してポケットに入れ、ぐるっと回転して愕然とする男たちの腕を擦り抜けた。瞬時にベッドから離れ、ペッと血糊を吐き、隙のない構えで男たちを睨みつけると、もう一度赤い唾を吐いた。

「バナナってのはね、しゃぶるもんじゃなくて、噛んで食べるもんだよ。妹の仇、今、取ってやったからね。文句があるなら、警察を呼びな。あたしは、刑務所暮らしには、慣れているんだからね」

 咲桜に飛びかかりそうな部下たちに、貞夫が悲鳴まじりで叫んだ。

「おまえら、何してる? 早く救急車を呼ぶんだよ。こんな女、いつだって殺せるだろが」

 貞夫は生血溢れ出る股間を押さえ、

「うわあ、おれは、死ぬのか? ちくしょう、死んでも許さねえ」

 と吐くと、阿鼻叫喚に狂った顔でのたうった。

 

 






















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