4、天の彼方までレッツゴーデリシャス
七年後の夏・・・・・・
金曜の夕暮れ時、宮隈町の坂下公園の駐車場に、シルバーのアウディが停まった。
赤いブラが透ける白のポロシャツに、赤のミニスカートの娘が、玉の素肌を夕陽に染め、白のスニーカーを鳴らして車に駆け寄った。
細身の体形、肩まで伸ばした黒髪、大きな目にそばかす交じりの丸い頬は、あの七年前の安藤咲桜によく似ている。
左ハンドルのアウディの運転席の窓が開き、黒いサングラスをかけた見たところ五十歳代の男が声をかけた。
「みくるちゃんですか?」
娘は夏の太陽に負けないまぶしい笑顔を直球でぶつけ、
「はい、みくるです」
と言うと、風のような素早さで反対側へ駆け、助手席に乗り込んだ。
車は人目を避けるように静かに発進した。
「みくるちゃん、想像以上にかわいくて、びっくりしてるよ。十六歳なんだよね? ほんとに、おれみたいなオジサンで、オーケーなの?」
と男は話しかける。
娘は「うふふ」と笑って、スマホで相手の名を確認した。
「以前、付き合ってた人も、五十代でしたし、わたし、けんさんのこと、すごいタイプだから、好きになっちゃいそう」
そう言いながら、娘は中年の男を観察した・・・
男は、顔を隠すためなのかサングラスをかけているが、ヤクザな無骨さはない。髪は茶に染めていて、香水も悪くない。ブルーのシャツも紺のスラックスも黒の革靴も高級感がある。彼女がターゲットにしている女遊びが好きなお金持ちの紳士の可能性大だ。
「だったら、おれも、みくるちゃんを好きになってもいいの?」
と男は嬉しそうに聞く。
娘は彼の腿に手のひらを置き、
「わたし、今、彼氏がいなくて、さみしいんです」
と物欲しげにささやく。
男の声が少しうわずる。
「じゃあ、どこへ行こうか?」
自分をチラチラ見る男を、娘はじっと見つめ、また、うふふと笑いをもらした。
「ホテル・・・なんて、いきなりダメですよ。まずは、デートを重ねて、知り合って、おたがい好きにならなくちゃ、わたしはあげられないよ」
男の右手の指がハンドルから離れ、腿に当てられた娘の指に絡んだ。
「おれ、みくるちゃんを、絶対好きになる。いや、もう、一目見た瞬間から、この胸を射抜かれちゃったよ。おれの心臓はもう、みくるちゃんにゾッコンゾッコンって高鳴ってる」
「あら、まあ、ほんと?」
娘は男の胸に身を投げ出し、耳を押し当てた。
「わあ、ほんとに、ゾッコン、ゾッコン、って、音が聞こえる。うふふ」
甘い髪の匂いに酔わされて男は思わず細い肩を抱こうとしたが、娘はマジックのような早業で腕を擦り抜けていた。
「おなか、減ってない? おいしいパスタの店、知ってるけど」
と男は決まり文句で誘う。
娘は握った男の手を、きゅっと締まった腹に当てさせた。
「わたしのおなかに、聞いてみて」
「え? ああね、どれどれ・・」
男の指が、そろりそろり、シャツの裾をめくり、汗ばむへそあたりに触れた。
「わあ、びっくり、早くおいしいパスタを食べなきゃ、おなかと背中がくっつくぞって、訴えてるよ」
そのまま胸へと昇りたがる指を握って、娘はシャツの外へ強制連行した。
「うふふ、古すぎるから、三十点てとこだけど、このイケナイ指に、プラス十点あげる。赤点ギリギリよ」
前の信号が赤になり、車を停めた男は、握った娘の指を彼の口元へ引き上げた。
「わーい、合格ってことだね? じゃあ、地の果て天の彼方まで、レッツ ゴー ツー デリシャス。でも、その前に、このかわいい指を食べちゃうよ」
驚く娘の瞳をぎゅっと見て、細い指を軽く嚙み、指の間に舌を入れた。
娘はもう一方の拳で思わず殴りそうになったが、男の手首のロレックスの輝きに目を奪われてほくそ笑み、大人びた息をもらした。
「ああ、わたしの指、おいしいの?」
「おいしいよ、この世のどんな食べ物よりも。きみは? どんな感じ?」
そう言って、指の根元を舌で掘り探る。
「ヘンタイオジサンのせいで、わたしもヘンタイになっちゃいそう。この世の果てまで、レッツゴーデリシャス」
熱い微笑を乗せたアウディが、赤信号のまま発進した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます