②告白
「好きでした。」
「え?」
「私、高木主任のこと、好きでした。」
「うそん?!アッツ!」
薄い紙コップは出来立ての沸騰した中のお湯で指先に熱を与えるけれど、最近は熱さがそこまで感じないのは皮膚が強くなったからだと思っていた。
そう思いたかった。
「どうして?」
「理由かぁ...。優しいから。」
何事も冷静な顔をしてこなす私がミスをした時、当時の上司が怒鳴りつけた。それに付け加えるかのように愛想がない、なんだその顔はなんだ!と余計な説教をしてきたときに、高木主任はにこやかに間に入ってきた。
"僕は好きですけどね、彼女のポーカーフェイス。"
「あー。確かに、かみちゃんには優しいね。高木に言ったら喜よ。」
「いいませんよ。ありがとうって言われるのがオチです。」
「そうかしら。結婚式は参加する?」
「します。」
高木主任は私の同期の橋田莉子と婚約中だ。
莉子の猛烈なアピールで高木主任が折れたが、いまは仲睦まじい様子をよく見る。
「花嫁のこと、許せるの?」
高木主任と仲のいいことが原因で、莉子から何度も嫌がらせをされた。はじめは誰かわからず気にも留めなかったが、その反応が面白くなかったのか、彼女は私に自白してきた。
嫌がらせと言っても、ホッチキスの芯が詰め替えたのに無くなっているとか、デスクのペンが逆さに収納されているとか、資料が分かりやすいところに隠されているとかその程度で害はあまりなかった。
「莉子は、性格は良くないですけど、見た目は可愛いし、あの2人、絵になります。納得できないですけど。」
「できてないのね。高木はお人好しの馬鹿だからねぇ。莉子ちゃんに泣きつかれただけだよ。あんたもっと自分に自信持ちなさい!!」
次々!と笑いながら紙コップの中のコーヒーを冷ます上司の明希は液体の熱さを正しく感じている。
自分が持っている紙コップの中を見つめながら、消えるような声で女が呟いた。
「...明希さんがよかったです。」
「え?わたし?ないないない。高木はない。」
「それでも、明希さんがよかった。」
ロングの黒髪でいかにも仕事ができそうな立ち居振る舞いと整った顔つきを持ちながらも大きな口を開けて笑う明希さんは、昔の姉に似ていた。
"もー、また泣いてるの?泣き虫だなぁ。お姉ちゃんが慰めてあげよう。よしよーし。"
大好きな姉は、いまはもう、人が変わってしまった。
けれども、嫌いになることはできない。たとえ階段から突き落とされても、いつかはあの頃に戻るとどこかで信じる自分がいる。父の病気に対しても、兄の失踪に関しても、母の死の選択も、女は信じることを放棄できなかった。みんないつか、戻ってきてくれる。
そう思い込む事で、立て続く悲しみに飲み込まれる事なく自分を律して生きてきた。
でももう、疲れてしまったのかもしれない。
サー...
風が吹いて心地いい秋晴れの空を見上げた。
綺麗な空だなぁ。生きててよかった。
「つまらんのぉ。」
キーーーン!!
耳鳴りがして足元がぐらつく。
「ちょっと!どうしたの?!大丈夫?!」
咄嗟に明希が女を支えた。
「すみません、急に、眩暈がしてしまって。それより、何がつまらないんですか?」
「...つまらない?何の話?」
状況とは裏腹に、涼しい風が吹いていた。
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