第30話 シャル・ウィ・ダンス?

『ジャスティスビーム!』


 アリスが放ったライトイエローの光線はローズの背中を目掛けて一直線に伸びていく。決まるかと息を呑んだ瞬間。


『オーロラ・スタッフ!』


 ローズが間一髪で張った防御魔術はアリスのビームを受け止める。マスク越しに苦い顔を見せたアリスは再び空中へと飛び立つ。


「ちょこまかと飛び回ってまるで蝿だな。大人しくしたまえ」

「そんなのハエに言ったって止まってくれないだろ!」

「いいさ、我が直々に止めてやろう」

「何か来るぞアリス! 気をつけろ!」


 ローズは伸ばした右手に左手を添え、空中に居るアリスに狙いを定める。そして唱えながらその魔術を放った。


『リストレイント・ソーンズ』


 物凄い勢いでローズの右手から茨の蔓がアリスに向かって飛んでいく。蔓は見事にアリスの身体に巻き付き、蔓の端を握っているローズが思いっきり振ると、アリスは床に叩き付けられる。腕ごとグルグルに巻かれており、変に動こうとすると茨の棘がスーツの隙間から食い込んで痛そうだ。ここは、俺が助ける場面……!

 望兎はすぐそこで眠っている菲針の左腰からナイフを取り、ヒーローとローズの間に向かって走る。そして、二人の間の蔓を切断した。


「ほう、お主も意外と動くのか。想定外だな」

「大丈夫か! アリス!」


 俺はアリスに絡まっている蔓をゆっくり解く。


「平気よ。ありがとう」

「ちょっとした小細工は中々上手くいかないなぁ。だったら力でねじ伏せるに越したことはない……」


 ローズは両手に燃える薔薇を構える。


「来るぞ、アリス!」

「あぁ!」

『ローズ・ブレイズ!』


 両手から放たれた魔術は先程の片手の時よりも遥かに大きい炎が俺たちを襲う。俺は菲針さんの元へ走り、菲針さんを抱えて何とか回避する。炎の正面に立つアリスはそのまま走り出し、飛び上がると新たな技をお披露目する。


『シャイニング・ソニックブーム!』


 瞬きさえ間に合わないほどの速度で炎へと突っ込んで行ったアリスは衝撃波を放つ。ローズが放った炎は一瞬にして消え去り、その衝撃波を受けたローズ自身も吹き飛ばされた。壁に背中を強打したローズは何とか立ち上がって反撃に出ようとする。しかし、覚醒したアリスには到底及ばなかった。


『デイブレイクセイバァアア!』

『オーロラ・スタッフ……!』


 ローズが辛うじて張った防御魔術は、アリスの渾身の一撃を受け止め切れなかった。虹色の五線譜に横から眩しいライトグリーンの刃が差し込み、明るく貫き破ってしまう。追い詰められたローズにアリスは放射口を向けて言う。


「降伏しろ。すれば命だけは救ってやる」

「……分かった。観念しよう」


 潔く諦めたローズは少し残念そうに落ち込んでいる。対するアリスは自分の勝利と素直に負けを認めてくれたローズに微笑みを向ける。さぁ、そろそろ三国とご対面だ。と思っていると、突然アリスがローズから距離を取ってまたも厳戒態勢へと移る。不思議に感じた瞬間、先程アリスが立っていたところに銃弾が着弾する。


「狙撃!? 角度的に上か?」

「あーあ〜。おっしぃーーい。もうちょっとで簡単に殺せてたのになぁ〜」


 すると俺たちの頭上から幼い声が聞こえてくる。見上げると高いところにある窓の縁に腰を下ろし、片手に拳銃を持っている黄色いドレスにオレンジ髪のハーフツインの少女が足をバタバタさせながら頬を膨らませて見下ろしていた。見るからに幼い彼女は手慣れた感じで拳銃を人差し指だけでクルクル回している。まさか奴も俺たちの命を狙っている一人なのか?


「まぁでもバレちゃったし? 仕方ないよねっ! 直接殺さなきゃ、殺し甲斐っていう物が無いもんっ!」


 幼女は推定十メートルほど高さのあるところから軽々しくローズの横に着地する。


「アハハハハハハッ! お姉様たちみ〜んな負けててみっともなぁ〜い! ローズ様もこんなに弱々しくなっちゃってぇ、──可哀ちょうでちゅねぇ〜!」


 幼女はローズの横に屈むと、人差し指でローズの頭を小突く。


「えい、えいえいえい。うぷぷ! ワァ〜! この髪飾りキレ〜! 貰うねぇ〜!」


 幼女はローズの薔薇の髪飾りを許可無く抜き取ると、自分の髪へと取り付ける。


「うふふ! やっぱりアタシの方が似合うじゃ〜ん!」

「おい貴様! ローズは関係ないだろ! 戦うのならこの私が相手だ!」

「おやおや〜? なんでそんなに怒ってるのぉ? 別にアリスちゃんには関係ないでしょぉ?」


 弱々しくなっているローズにちょっかいを掛けている幼女を見て痺れを切らしたアリスが口火を切った。しかしアリスは幼女の返答に違和感を感じたのだった。


「…………貴様、何故私の名前を知っている」

「え? そんなのもちろん知ってるよぉ。イヒヒ! 光のレビリア一族の第一皇女、アリス・レビリアちゃんでしょ? 有名人に会えるなんて嬉しいなぁ〜!」


 幼女は目をキラキラさせながら両手を合わせる。

 万が一俺たちの話を盗み聞きしていたとしても、ここまでの情報を知っているのはおかしい。まるで事前にアリスのことを調べていたかのような──。


「君の事も知ってるよ? 月見里望兎くん。あとそこに倒れて眠ってるのは元群鳥の村瀬菲針さんだよね?」


 俺たちの情報が全て筒抜け……? 何者なんだコイツ。


「アタシ普段は情報屋でね! この国の事はだいた〜い知ってるんだぁ。凄いでしょ!」

「そんな情報屋がここで何をしているんだ」

「そんなの決まってるじゃ〜ん。巴様のお妃になるためだよぉ。若いうちから将来を見据えておくことは人生設計において大切なんだよ? こんな年寄りのオバサンたちより〜、まだまだピチピチのアタシの方が魅力的だしねっ!」


 コイツのこの余裕そうな態度。まったく考えが読めない。だが一つだけ確かなことがある。コイツはまだ、何かを隠し持っている。


「は! そんな情報屋如きに何が出来る。この私に勝てるとでも思っているのか?」

「……? ぷッ! アハハハハハハハハハハッ!」

「な、何がおかしい!」

「アリスちゃんって本当に純粋なんだねぇ。あ〜涙出た、アハハ!」

「なんだと?」

「情報屋なんて金とツテのためにやってるに過ぎないよぉ。アタシはね、殺人鬼なんだよぉ? 凄いでしょ! アハハ!」


 コイツの妙なテンションの高さ。この余裕そうな感じ。まさに狂気に満ちている。自分で殺人鬼と名乗るくらいには自信があるのだろう。


「し・か・も〜? たーだの殺人鬼じゃあなくって〜。と一緒にヤッてるの〜!」

「お友達……?」

「うん! だからこんなオモチャい〜らなーい」


 幼女は持っていた拳銃をポイッと投げ捨てる。拳銃が玩具だと? イカれてるにも程がある。


「そういえば自己紹介がまだだったね! アタシの名前はヴィル。ではではアリスちゃん! ──シャル・ウィ・ダンス?」

「丁重にお断りさせてもらう。貴様にはお仕置きが必要だ!」

「あーあ、残念。じゃあ仕方ないか。こーろそっ」


 ヴィルから先程までの笑顔が消えたかと思うと、その次の瞬間にはヴィルはアリスの目の前におり、腹部に軽く拳が当てられる。


「よっ」


 ヴィルの拳がアリスに触れた瞬間。莫大な衝撃波が俺たちを襲い、全員が吹き飛ばされる。綺麗だったステンドグラスや窓ガラス、シャンデリアが粉々となり、俺たちへと降り注ぐ。さらに一部の壁は破壊されてアリスとローズは外へと投げ出される。


「やり過ぎちゃったかなー。……君たちはまた後でね」


 ヴィルは取り残された眠っている菲針さんと俺の方を流し目で見てそう呟くと、壁に空いた穴から外へと出て行った。マズい。俺が何とかしないといけない……。だが今までの遊徒や刺客たちとは桁が違う。あのちょっと触れただけでこの被害。それに奴は俺たちのことを知り尽くしている。勝ち目なんてあるのか……?


「──は!」

「うわぁぁあぁああ! びっくりした! いきなり飛び起きないでくださいよ菲針さん!」

「すまない、私は一体どれくらい眠っていたんだ?」

「まあまあ長く寝てました。それよりアリスがマズいんですよ! 化け物級の敵と今戦ってて!」

「くっ……! 私としたことが暢気に眠っていただなんて情けない……! 助けに向かうぞ望兎」

「はい!」




 くっ……。なんなんだコイツの破壊力。あんな軽々しく振っただけでここまでなるか……?


「あれれ〜? さっきの威勢はどこに行っちゃったんだろうね、アリスちゃん。もしかしてアタシのあまりの強さに怖気付いちゃった!? こんなことで戦意喪失しちゃヤダよ? もっと私の相手してよぉ〜」

「言われ、なくても……まだ戦うさ。私は、正義のヒーロー……なのだからな!」

「おぉ〜! カッコイイね! じゃあじゃあ、もぉ〜〜っとアタシも頑張っちゃお〜!」


 ヴィルは瞬く間に距離を詰めると、笑顔でヒーローをボコボコにしていく。さも愉しそうに。


「えいえいえいえいっ! 死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ〜!」


 ヴィルがヒーローの腹部に蹴りを入れると、ヒーローは地面を抉りながら吹き飛んでぐったりとする。


「うーんもう終わり〜? つまんないの〜」

「…………」

「おーい、お返事くらいしてよぉ〜。寂しいなぁ」


 ヴィルはピクリとも動かないヒーローの元へ歩み寄ると、つま先で数回小突く。


「動かなくなっちゃったぁ。案外早かったなぁ。そうかローズ様のせいだ。あの人も殺さなくっちゃ! アタシの遊びの邪魔したんだもん」

「ヴィル!」

「ん?」


 そこにはつまらなそうな表情でこちらを振り返る少女と、その足元で動かない青いスーツの少女が居た。


「アリスっ!!」

「うーわ、声デッカいなぁ。耳キーンってするから止めてよねぇ〜」

「アリスに何をした!」

「何したも何もちょっと叩いたら動かなくなっちゃったんだもぉん。ねぇ、ほらほら」


 ヴィルはつま先でアリスをつついて動かないことを証明して見せる。


「汚い足で触るな!」

「はァ、うっさ。──って! うわぁ〜! 君起きたんだね! 村瀬菲針!」

「何故私の名前を……?」

「君が強いってことは知ってるんだぁ〜! ねぇ、私と踊りましょ!」

「断る」

「えぇ〜冷たーい。なんかローズ様みたいで嫌〜」


 菲針さんの返答が気に食わなかったのか、不貞腐れたヴィルは突然態度を変えてアリスの横に座り込む。


「もういいやつまんないし。あの人たちみんな殺しといてぇ〜アダム」

「了解」


 ヴィルの命令に答えるかのようにどこからともなく低い声が聞こえる。するとヴィルの横の空間が開き、暗闇の向こうから全身毛むくじゃらの二本の角を持ったミノタウロスのような怪物が現れた。


「ごー」


 ヴィルが気の抜けたような声で右腕を上げながら言うと、アダムと呼ばれた怪物は猪突猛進でこちらに向かってくる。


「下がっていたまえ望兎」


 一歩前へ出た菲針さんはポケットに手を突っ込む。なるほど、飴を食べて力を上昇させて倒すのか。と思っていると、彼女が取り出したのは赤色の布切れだった。


「は? なんすかそれ」

「ローズのドレスの布を先程拝借しておいたんだ」

「いつの間に!?」


 振り返ると、座り込んでいるローズが赤面してスカートを伸ばすように引っ張りながら菲針さんを睨んでいる。


「なんて野蛮な奴なんだお主は!」

「用意周到とでも言ってくれたまえ」

「断固として拒否するっ!」


 菲針さんは片手で赤い布をピラピラさせながら背を向けて煽る。すると赤い布を両手で持ち、今度は怪物の正面でヒラヒラさせる。


「さぁさぁ来たまえ、牛さん」

「バカにするなよ、醜いアマがァ!」


 すると怪物は角をこちらに向けて突進してくる。クルンとターンしながら回避した菲針さんはそのままの勢いで怪物の尻を蹴る。


「なんで牛っぽい怪物が来るって分かったんですか?」

「今聞くのかね。君も中々危機感というものを忘れ始めてるみたいだな」

「…………。で、なんで分かったんです?」

「女の勘だよ」

「それ使い所ちょっと違うような……」

「──おい!」

「なんだね」

「オレを忘れるなァー!」

「忘れていないさ! ただ少し世間話してただけだよ!」

「戦ってる途中で世間話するなァ!」

「望兎に言え!」

「望兎ォ!」

「気安く下の名前で呼んでんじゃねぇよ牛!」

「お前らさっきからよォ! オレ牛じゃねぇよ!」

「……いやじゃあなんやねんその、角と鼻に付いてる輪っかは。顔面まんま牛やんけ」

「モォー! 違うの!」

「鳴いたな」

「鳴きましたね」

「鳴いとらんわ!」

「いい加減にしろお前らぁあ! 仲間のアリスちゃんが倒れてんだぞ!? アタシ横に居ていつでも殺せる状況だよ? 何暢気に世間話やら茶番やらやってんだよ! アダムも喋ってないで足と手動かせよトンコツ!」

「うん、それ豚! 言うならせめてポンコツ!」


 自分から牛って言ってるようなもんじゃない?


「仕方ない……。やっぱりアダムに戦場はまだ早かったわ。はい指パッチン」


 ──パチンッ!


 ヴィルが指を鳴らすと、先程まで騒がしかった怪物が突然黙り込んで膝を着く。すると、怪物は真紅に眼を光らせて、獰猛な雄叫びを上げる。何故だか肌で感じる。離れているのにヒリヒリと炙るような覇気、それはその怪物が先程までの者とは別モノだということを物語っていた。


「仕留メル……一匹残ラズ……!」


 怪物は菲針さんに匹敵するほどの速度で距離を詰めてくる。咄嗟に菲針さんは俺とローズを抱きかかえて跳躍し、その突進を回避してそのまま屋根の上に着地すると、俺たちを下ろす。そして再び怪物と同じ土俵へと飛び下りる。


「怪物くん。君はアダムくんなのかい?」

「仕留メル……一匹残ラズ……!」

「どうやら私の声は届いていないようだな」


 角を菲針さんに向けた怪物はそのまま真っ直ぐ突き進む。その正面に立つ菲針さんはグッと地を踏みしめると、突っ込んできた怪物の角を掴んで受け止める。少々怪物が押しているかと思われた次の瞬間。菲針さんが背中を反らせる。


「フンッ……!」

「ッ!?」


 まさかまさかの衝撃の光景。菲針さんはいとも容易く巨体の怪物を持ち上げた。持ち上げられた怪物は焦っているのか手足を一生懸命じたばたさせるが、菲針さんの体幹がブレることはなかった。


「よいしょっ」


 菲針さんはそのまま持ち上げた怪物を投げる。地に着いた怪物は呻き声を上げながら痛そうに悶えていた。その一部始終を見ていた全員が無意識に口をあんぐりさせていたのだった。


「さて、本番と行こうか。ヴィルくん」

「ウフフフフフフ! 面白いもの見〜ちゃったぁ! やっぱり君ってと〜ってもつよつよなんだねっ! アタシワクワクしてきちゃったよぉ〜! さぁさぁ菲針ちゃん! ——シャル・ウィ・ダンス?」

「さっさと君を倒してアリスを連れて、三国のところへ向かわなければならないんだ。大人しく負けたまえ」

「いいよ? ただしぃ~、——このに勝てるなら、ね?」

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