第28話 林檎
暗殺のエラを倒した俺たちはエラを柱に括り付けて会場を後にする。中々な強敵だったはずなのだが、うちの暴君があまりにも桁違いすぎたなぁ。しかし油断してはいけない。俺たちの命を狙っている輩がどうやら複数人居るみたいだし。
「どこに隠れてるか分からないし、見晴らしのいいところに行きません?」
「そうだな。だが見晴らしのいいところと言うとどこだ?」
「中庭じゃないかしら。流石にこれくらい大きい宮殿なら中庭の一つや二つくらいあるでしょ普通」
相変わらずリッチな考え方してんなこいつ。
「それでは中庭に行ってみよう。薄暗い室内にはそろそろ飽きてきた頃合だ」
とりあえず間取りを俯瞰して見て、中庭に続いてそうな扉を開ける。そこには木々や野花が風に揺れ、真ん中には林檎の木が生えている中々に広い中庭が広がっていた。さっきからどこもかしこも広すぎやしない? あとなんで林檎あんの? 年末の真冬なのに真っ赤に熟れた見事な林檎がたくさん実っている。冬リンゴって奴だな。
「おぉ! リンゴだわ! 病院で食べた時以来ね!」
そういえばそんなこともあったな。あれは蓮くんと出会う前だっけ。そう考えるとやはり時間の経過は早いものだ。
「ひとつもーらおっ!」
「おい。人様の家のもん勝手に食うな」
「む。ケチ」
「常識」
俺はアリスの襟元を掴んで止める。まったくこいつはいちいち手のかかるお嬢様だな。ウィリアムさんはどんだけこいつを甘やかしてたんだろうか。
「ウフフフフ、微笑ましいわね」
すると突然見知らぬ女性の声が聞こえてきた。不気味な笑い方しないでよ。多分さっきのエラの声ではなさそう。まさか俺たちの命を狙ってる一人?
「ごきげんよう? 子ネズミの皆さん」
「ごきげんよう。貴女はだれ?」
「あらお嬢ちゃんご丁寧にありがとう。私の名前はマルガレータよ?」
そこにはお淑やかな雰囲気の金髪セミロングに紫色のドレスを着た女性が立っていた。やはり見た目も雰囲気も純日本人だけど海外の名前だ。これがこの人たちの共通点なのだろうか。
「さぁて。私の目的は恐らくもう分かってるわよね? 大人しく逝って頂戴?」
「悪いけどそれはお断りよ。でも、私が勝ったらそこのリンゴを頂くわ!」
「え、リンゴ? あぁ、これはふじっていう品種でね。私の大好きな林檎なの。良いわよ? もしお嬢ちゃんが勝ったら、ね?」
そう言いながらマルガレータはひとつ林檎を木から採り、色気たっぷりで一口丸かじりした。
「望むところよ! いざ尋常に!」
アリスは青いマスクを取り出して口元に当てる。一瞬にして青いスーツを見に纏ったアリスは大きく声を張る。
「私は正義のヒーロー、Daybreak-A! さぁ! 今こそがこの暗がりを照らす夜明けの時だ!」
「アリス。私も加勢しよう」
「ちょっと待って。菲針様はここで見ていて。ステイ!」
「ステイ……」
「リンゴ食べるぞー!」
もうなんか色々分かんないけどさ。菲針さんは「ステイ」に戸惑ってるし、マルガレータは無駄に色っぽいし、アリスはリンゴのために戦ってるし。うん……。カオスッ!
「ハァアアア!」
アリスはジェットエンジンと手足のビームで飛行して一瞬で距離を縮める。
『デイブレイクセイバー!』
ライトグリーンの高熱の刃を振るうが、マルガレータは林檎を片手に口角を上げながら機敏に回避している。やはり只者ではなさそうだな。
「ホイッ」
「いてっ」
マルガレータが下投げした食べかけの林檎がヒーローの額にポコリと当たる。その瞬間。
「──遅いわよ?」
いつの間にかヒーローの背後に回り込んでいたマルガレータがヒーローの耳元で囁く。その瞬間、今までニッコリしていたマルガレータの表情がまるで仮面を外したかのように冷徹な表情へと変わる。そして。
「調子に乗るなよ、ガキが」
マルガレータはヒーローのスーツの上から鋭利な針を突き刺す。
「うがっ!?」
ヒーローは膝から崩れ、そのままうつ伏せで倒れ込んだ。その衝撃でマスクが外れ、変身が解除される。
「「アリスっ!」」
「あらあらごめんなさいねぇ〜。なんだか倒れちゃって、体調が悪いみた〜い」
「何をした!」
「まぁ、坊や怖〜い! そんな顔やめてよぉ。ただちょ〜っとだけぇ、──毒を入れただけよ」
毒!? 即効性ならアリスの命が危ない! 急いで治療しなければ!
「おーっとストップストップぅ。それ以上近づいたらぁ、──貴方たちにも同じ毒を上げちゃうわよ?」
まるで手品師のようにマルガレータはどこからともなく毒針を三本取り出して見せる。
クソッ! このままじゃ近づけない。このままじゃアリスがマズい! どうする、どうすればいいんだ!
「落ち着きたまえ望兎」
「落ち着いてられるかよ! アリスが危ないんだぞ!」
「いついかなる時も、冷静さを保つことが物事を上手く乗り越えるコツだ。一度深呼吸して状況を把握した上で最適解を探したまえ。君なら出来るはずだろ? 望兎」
言われた通り深呼吸して冷静に考える。奴の武器は素早さと毒針。恐らく袖の中にいくつか仕込んでいて、マジックのパームからの出現トリックを使っていると思う。それはいつどこから攻撃されるかを相手に予測させないための彼女なりの対策なのだろう。そうか、ならそれを逆手に取ればいい。取り出すのは一瞬だが、その間の隙は多少ある。菲針さんのスピードならその隙を突ける。はず。
「菲針さ──」
「危ない!」
突然菲針さんが俺に飛び込んで来たかと思うと、押し倒される。その瞬間。
──バシュッ!
俺たちの真上を一瞬何かが物凄いスピードで通り過ぎ、近くの木の幹に突き刺さった。見ればマルガレータの毒針がまっすく刺さっている。
「言ったでしょう? 動いたらダメ、って」
「怪我はないか、望兎」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
さっきの針をあの速度で投げる技法。いつかの動画で見たことがある。「
「まぁ。驚いちゃってるようねぇ。早くしないと、この子死んじゃうわよ? ま、結局全員私が殺すけど〜」
いちいち鼻につく女だなコイツ。どうにか打開策はないものか。ん? そういえば針投げの動画で確か、距離が近すぎると逆に針が刺さらないと解説されていた。大体一メートル程離れなければ上手く刺さらないと。だから奴はそれ以上近づくなと言ったのか! であれば!
「菲針さん! 思いっきり近づいちゃってください!」
「なんだと?」
「…………」
マルガレータが苦い表情をしながら両手に合計十本ほど毒針を構える。恐らくビンゴだ。
「よく分からんが了解した。君を信じよう」
菲針さんはナイフを手に取りながら正面から近づいていく。
「来るな!」
そんな菲針さんに向けて無数の毒針が猛スピードで投げ飛ばされる。一本でも当たれば勝機はない。
正面から無数の毒針が飛んでくる。中々集中しないと回避しながら進むのは難しいな。身体全体の神経を研ぎ澄ませて空間把握するんだ。一本でも当たれば終わり。順調に進めている。もうすぐで彼女に届く。もう少しで……!
少し気持ちが先走ってしまった菲針の警戒網を掻い潜り、一本の毒針が菲針目掛けて飛んでくる。
しくじった……! これは躱せない。マズい、すまない。望兎!
──グシャァア!
すると菲針の視界に突然横から赤い物が現れ、針を防いだかと思うと、黄色い汁が飛び散る。
「林檎……?」
軌道を変えられた毒針は赤い果実を貫通して地面に突き刺さる。菲針が困惑していると、横から右耳に声が響いてくる。
「菲針さん! 早く!」
「フッ。パーフェクトだな! 少年!」
一気に距離を縮めた菲針はナイフを構えると同時に状況を瞬時に把握する。
アリスの状態はかなりマズい。顔は赤く、汗が異常、
菲針は毒針を両手に持っているマルガレータに怖気付かずに組手を交わし、針が触れるギリギリのところでマルガレータを蹴り離した。
「望兎! アリスを頼む!」
「分かった!」
さぁ。ここからが勝負どころだぞ菲針。もう一度あの女に近づく。今度は望兎の助けはない。油断するな。行くぞ!
菲針はまっすぐ走り出す。
「ウワアアアアア!!」
マルガレータは必死に毒針を無数に投げ飛ばしてくる。大きく息を吸った菲針は息を止めて針の嵐へと突入する。縦横無尽に無数の毒針を回避しながら確実にマルガレータに近づいていく。マルガレータはどうにか毒針を刺すために投げ方を色々変えてみるが、全て華麗に躱されてしまうのだった。
「なんなのよ貴女! ヒュンヒュン避けちゃって! このトカゲ女!」
その時菲針が躱した一本の毒針がどこかに跳ね返り、後ろから飛んできている。マルガレータはその一本に気づき、好機だと喜ぶ。
フフフッ! このままこの女の気を引いておけば、勝手に刺さってお陀仏よ! さぁ、タイムリミットはすぐそこ!
一本の毒針がもうすぐ後頭部に刺さると思われた瞬間。菲針は空中で高速回転しながらナイフで毒針を弾いたのだった。
「ウソッ!」
「これが空間把握能力だ。さぁ、ここからは肉弾戦と行こうか。マルゲリータ」
「誰がピザよっ!」
菲針がナイフを収めると、マルガレータが両手の指と指の間に一本ずつ毒針を挟んで拳を作っている。ほぼ当たったら終わりのメリケンサックだ。
マルガレータはその拳のまま殴り掛かってくる。菲針は回避しながら反撃の機会を窺う。毒針を持っているマルガレータには距離を取った方が良いと判断し、リーチの長い脚を主軸に戦うことに決めた。
「脚が長くて羨ましい限りねぇ!」
「ありがとう。よく言われる」
「チッ!」
菲針が華麗にマルガレータの攻撃を躱しながら、器用にマルガレータの手首を中心に狙って攻撃すると衝撃で握っていた毒針を落としてしまう。
「ふざけんじゃないわよ!」
マルガレータは毒針を弾き飛ばすが、もうその攻撃は菲針には通用しない。目にも止まらぬ速さで木々の間を飛び交うと、マルガレータの真後ろに着地する。菲針は咄嗟に振り返りながら毒針を振るマルガレータの右腕をしゃがんで回避すると、落ちていた毒針を一つ拾い、マルガレータの左脚の太ももに刺した。
「あああああああああ!」
マルガレータは喉が枯れそうなほどの声を上げる。毒針をすぐに抜いて傷口を抑えながら膝を着く。
「っ! やっ……て、くれたわねぇ……クソ女!」
「村瀬菲針だ」
「どうでもいいわよっ……! 早く……早く、解毒剤を……」
マルガレータは左手で傷口を抑えながら、震える右手でドレスのポケットを漁り始める。
「やはりそうだよな。毒を扱う者は万が一のために解毒剤を持っているはずだ。そうすれば脅しや取引にも使える」
「フッ、でも残念ねぇ……解毒剤はこの一人分だけ。コレを私が飲むわ……!」
「なに……? 待て!」
マルガレータは小瓶に入っていた透明な液体を飲み干すと口元を拭いながら絶望する菲針の顔を見て不敵な笑い方をする。
「ヒャハハハハッ! これであのガキはもうお終いねぇ! なんだったら貴方たちもここで心中したら? そうすれば貴方たちは一緒に逝けて、私は巴様のお妃になれる……。win-winじゃない!」
「クッ……! 望兎!」
はぁ。無駄に偏差値高くて無駄にいい大学の医学部いたのがこんなところで役立つとはな。毒針はすぐに摘出しておいた。脈は今のところ異常なし。呼吸は浅く早くて、熱が酷い。後は何の毒なのかだが。
林檎好きとか言ってたからマンチニールかと思ったけど、アイツが解毒剤を使ってたってことは解毒剤がある毒。林檎の種にも一応毒があるけど、必要な量が現実的じゃない。それに毒針に塗ってるってことは神経毒の可能性が高い。植物毒か生物毒か。症状を見るに恐らくはトリカブト。だがトリカブトには解毒方法はないはず。だとすると血清があるなら生物毒の可能性が高そう。とりあえず幸いスーツ越しだったことと少量だったことで死には至らなそうだが、このままでは危険だ。呼吸が浅い。
望兎はリュックからペットボトルを取り出して水で刺されたところを洗う。そしてアリスの顎を軽く押し上げて気道を確保する。そして人口呼吸をする。
「クッ……! 望兎!」
そこで菲針は目にする。意識が薄いアリスに望兎の顔がそっと近づき、口付けする瞬間を。
え、え、え? え!? ちゅ、ちゅちゅちゅちゅちゅぅぅううう!?!?!?
そしてアリスは再び深い呼吸へと戻った。
「毒で倒れたお姫様を魔法のキスで助ける王子様……? ね! アレってそういうことでしょ? マルゲリータ!」
「だからそれはピザなのよ! 私はマルガレータ! ったく……。で、でも……そういうこと? なのかしら?」
なんとか呼吸は安定した。とりあえず少し起こして水を飲ませる。
「ほらアリス。水だ」
望兎がペットボトルを口元に持っていくと、少しずつ飲んでいく。
まだ安定はしていない。解毒剤は……。
「おいマルガレータ! 解毒剤はどこだ!」
「望兎……。それはさっきコイツが──」
「私の研究室に保存しているのがあるわ!」
え、さっきあんだけ笑ってたのになぜ?
「さっきと言っていることが違うではないか」
「フ、フン! 別に若い男女の甘いシーンに心が動かされた訳じゃないわよ!」
「感謝する。マルゲリータ」
「学べクソ女っ!」
菲針はマルガレータの研究室に走る。
「確か中庭の扉を出て右手側の突き当たりです!」
「分かった!」
勢い良く扉を開けた菲針が右へ曲がると、そこには水色のドレスを着た女が立ちはだかっていた。
「ようやく見つけたわよ……。よくもこの私を縛ってくれたわねぇ、フィジカルゴリラ女!」
「通してくれ。時間がないんだ」
「私を倒して行けばいいじゃない!」
「仕方がない。強行突破だ」
菲針は駆け出し、廊下の壁を巧みに使ってエラを翻弄しつつ攻撃する。脚を使ってあらゆる箇所を蹴り続け、とりあえずエラを適当な部屋に突き飛ばす。その間に廊下を走って研究室に向かう。その後をエラも追いかける。
「しつこいな君は!」
「一度狙った獲物を簡単に逃してちゃ、本命にも逃げられちゃうでしょ!」
「
「どういうことよ……?」
「所詮は自分にとって邪魔な存在を消すための手駒に過ぎんということだ」
「そんな訳ないでしょ! 巴様は言ってくれた! アンタたちを殺せば妃にしてくれるって!」
「盲目だな」
菲針はマルガレータの研究室と思わしき鉄扉を蹴破って中へ入る。よく分からない機械がたくさん置いてある中で、「リシン解毒薬」と張り紙がされている蓋を開ける。そこには先程マルガレータが持っていた透明な液体の入った小瓶がいくつも保管されていた。菲針がそれを一つ取ると、扉の前に一人の女が立ち塞がる。
「逃げるの? 私が怖いから?」
「弟子の命が危ないからだ」
「ならアンタを殺せば二人分ってことね!」
エラはダガーとガラス製の簪を両手に持って走ってくる。菲針は左手に小瓶を握りしめ、右手にナイフを握る。菲針はエラの猛攻撃を防ぐが、流石の戦闘能力を持ったエラは攻撃の手を緩めることなく詰めてくる。そしてエラの刃が菲針の頬をかすり、切り傷を付ける。菲針はエラのまっすぐな蹴りを
「無駄な殺生はしたくない……。大人しく気絶しといてくれたまえ」
「悪いけど私はそんなに素直じゃないのよ。アンタと違ってねぇ!」
菲針は間一髪でエラの攻撃を回避すると走って距離を取る。一度呼吸を整え直すと、小瓶をウエストポーチへ仕舞ってナイフを握る手に力を入れる。
「さぁ。可愛い弟子のために、一勝負と行こうか」
「今度こそアンタを黙らせてあげる!」
とある広い研究室にて、女二人の決闘の火蓋が切られたのだった。
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