第27話 入場

 俺たちは三国みくにともえの根城を目指して山を登り始めた。長らく目指して来た目的地がもうすぐそこというところまで来ている。俺たち三人の空気も一段と重く、緊張感を帯びている。ここに来るまでいろいろな出来事があったり、いろいろな人に出会ってきた。そんな俺たちの旅がもうそろそろ終焉に近づいている気がする。

 朝早くから入った山は年末の冬真っ只中なだけあり、中々な肌寒さを感じさせる。山のあちこちから野鳥や動物の鳴き声が聞こえる。朝早くに攻めれば多くの勢力を持った流石の三国でも太刀打ち出来ないであろう。まさに本能寺の変現代バージョンと言ったところだ。


「どういう作戦で行きますか?」

「作戦などない。立てるとしたら望兎が勝手に立てておいてくれたまえ。余計な思考を入れると返ってそれが迷い、そして敗北に繋がる」

「確かにあんたらに作戦なんて文字似合わないか」

「なるようになれ、まさにケセラセラね!」


 こういう場面でも本調子を崩さない二人は凄い。逆にそれが変な緊張感を解してくれて助かるんだけど。


 少し登ると山は段々と霧を纏い始める。朝の山だしな。山の天気は変わりやすいとも言う。てか初めての登山がこんなことになるなんて思いもしなかったな。そしてとにかく寒い。どんどん標高が高くなってるから余計に寒いんだろうな。毎年富士山に登って初日の出眺めてる人たちが居るらしいけど、こんな寒い中登ってんの? 炬燵こたつの中で蜜柑みかんを食べながらぬくぬくと年越しの番組見てたあの頃が恋しいよ。


「そういえば二人は来年の抱負とかあるのかい?」

「なんすかいきなり」

「私は正義のヒーローとしてDaybreak-Aの名を世界に轟かせたいな!」

「夢を大きく掲げることは悪いことではないね」

「俺はまぁ……特に無いけど、まぁ二人と一緒に入れたらいいかなぁと」

「おおお? 意外と望兎ちゃんツンデレだったりするのかナ?」

「やめろそのおじさんみたいな反応」


 そんな未来が来ることを願いながらただただ足を動かしていると、ようやく山頂の大豪邸がお目見えした。そろそろ戦いの幕が上がりそうだ。三国邸に近づいてきた時に菲針さんが喋り出す。


「さて、ここからは本当の闘いとなる。討つのは確かに三国だが、目当てのターゲットは怪しい研究者だ。それに情報が得られるのなら得ておきたい。慎重に進みながら確実に仕留めるぞ」

「「了解」」

「それでは、参ろうか」


 俺たちは心を決めて三国の根城である大豪邸の敷地に足を踏み入れた。


 まずはこのバカ高い外壁。まぁこんなもんはね、ひょいですよ。菲針さんは俺とアリスを抱えて悠々と飛び越えて難なく外壁の内側へと侵入した。外壁の中は意外と不用心で、朝にも関わらずあらゆる入口が開放されている。これが日常なのか? 余りにも不自然すぎないか?


「侵入は意外と簡単そうだね」

「いやいや明らかに怪しいでしょ。いかにも罠じゃん。おいで~みたいな、誘おうとしてんじゃん」

「だとしても私たちがこの中に入るのはどの道変わらん。向こうから迎え入れてくれるのであれば、それに越したことはない。正々堂々行こうという意志表示なのだろう。受けて立とうではないか」


 どんだけポジティブシンキングなんだよ。だがそんな菲針さんの思考に救われる。確かにここで慄いていては先が思いやられる。ここは腹を括って菲針さんの後に続くとするか。


 中へ入ると洋風な内装の大豪邸が広がっており、今にも迷いそうな見た目をしている。これはレビリア邸とも良い勝負をしてそうだな。早朝なだけあってか、まだ廊下の灯りは点いていない。バレる前にそそくさと進んでしまおう。廊下を歩いていると、どこからともなく声が聞こえてくる。


『やあやあよくぞお越し下さった。君たちのことを待ち望んでいたよ、ネズミ共!』


 どうやら廊下に取り付けられているスピーカーからリアルタイムで音声が流れているようだ。やはりあの開け放たれていた入口は意図的な物だったわけだ。にしても中々早起きなんですね。


『君たちの話は耳にタコが出来るくらい聞かされているよ。とーーっても腹立たしいよねぇ! だから決めたんだよ。この俺が直々に制裁を下してあげようって。真っ直ぐ俺の元においで。懲らしめてあ・げ・る・か・ら。んじゃ、待ってるねぇ!』


 ——ブツッ!


 煽りがまぁお上手で。でもそんな挑発にまんまと乗っかるほど我々も伊達に長々と旅をしてないんでね——。


「なんだ今のいけ好かない男はぁ!」

「今すぐにでもコテンパンにしてあげるわ!」

「さっきまでの冷静さとポジティブシンキングを思い出せや! 何まんまと敵の思惑にハマりに行ってるんですか!」

「少々黙りたまえ望兎! 一秒でも早くさっきのネズミ男を潰さなければ、私のこの腹の虫が鳴り止まない!」

「それを言うならな! それじゃあただ腹減ってるだけだよ!」


 どこでそんな逆鱗に触れたんだよ。さっきまでの冷静で頼もしかった二人はどこへ行っちゃったんですか?


「行くぞ二人共、突撃だぁあああ!」

「うおぉぉおおお!」

「待て待て待て待て!」


 注意することなく先々進んでいく二人の後を追って追いかける。このまま相手の思う壺にハマらなければいいんだけど……。


「ふっふっふ。中々に頭の悪い連中だな。やはり奴らの要はあの男といったところか」

「ですがボス。その月見里望兎という男は飛塚によると相当な切れ者だとあります。十分警戒は怠らないようお願いしますよ?」

「俺を何だと思ってるんだバカ者が。この飛んで火にいる夏の虫共と一緒にしてくれるな。いいからお前も位置に付け。そろそろお出ましだ、本日のお客様がな」


 何とか距離を離されないように全力疾走する二人の背中を必死に追う。にしても気掛かりだ。この建物の中に人っ子一人居ない。こんな大豪邸なら使用人の一人や二人は居ていいものだが。何かありそうだ。なんて考えながら追いかけていると、二人は曲がり角を曲がった先で立ち止まっていた。俺は急には立ち止まれずにそのままアリスの背中に突っ込んだ。


「おい! しっかり前を見て走れ! バカ望兎!」

「いや急に止まってるなんて思わないだろ! てかなんで止まってんだよ」

「流石の私でもそこまで馬鹿じゃない。あの音声が私たちを誘っていることくらい誰でも分かるさ」


 あ、気づいてたんだ。普通に気づいてないもんだと思っちゃってたわ。なんか一安心。


「だからこそ、敢えて挑発に乗ってしまったように振る舞い、相手に油断を与えておいた訳だ」

「なるほど、さっきの廊下だけ監視カメラがありましたもんね。見た感じここら辺は無さそうだし、だから止まってたのか」

「私の観察眼に一切の狂いはない。間違いないさ」

「何その『我が生涯に一片の悔いなし』みたいな」

「いいから行くぞ。いろいろ探したい物もある」


 そう言って菲針さんは歩き始める。


「フルシカト乙~」

「後で覚えとけよ」

「負ける気がしないわ」


 まぁ……ごもっともです。

 菲針さんは辺りを警戒しながら先へ進むなり、地下へと続く螺旋階段を下り始めた。


「どこ向かってるんですか?」

「怪しげな研究をしていると言ったら地下の研究所と相場が決まっているだろう?」


 中々な偏見と決め打ちじゃない? それ。


「確かに……輪堂の研究室もあいつの家の地下にあったな……」

「ほらな」


 なんで揃いも揃って地下に作りたがるの? バレづらいからってこと?


「ほら見ろ二人共! 怪しげな研究室だ!」


 そう言って菲針さんが燥ぎながら指を差している鉄扉の小窓から室内を覗くと、確かにそれっぽい怪しい研究室が広がっていた。


「ほんとに怪しい研究室だ……」

「だろだろ! やはり私の読みは当たっていたのだよ!」

「菲針様、天才!」

「いや喜ぶところ違うから!」

「あ、そうだったな」


 一瞬の油断も命取りだなこりゃ。研究室はあったものの、鉄の扉は頑丈そうで入れそうにはない。中に人も居なさそうだし、一旦スルーすることとなった。ここにあるということだけは覚えておこう。

 さらに先へ進んでいくと、地下牢のようなところに来た。


「……うへぇ~。薄暗いし、寒気するし、バッチィ~」

「まぁ流石にこんなところをわざわざ手入れはしないか」


 そんな蔑んだ目で眺めていると。


「今から貴様らはそこに入ってもらおうか」


 背後から野太い声が一言。菲針さんにしちゃあ低音が過ぎる。テノール担当出来そうだもん。振り返るとそこには洋風な鎧を纏った巨漢の人間がなっがい槍を持って立っていた。うん、マズい。


「逃げろー!」


 俺たちは鎧男に捕まらないように必死に足を動かす。後ろからはガシャンガシャンという音が迫ってくる。勘弁してくれよまだこの屋敷内のマップ把握してないんだって! 迷っちゃうよ!


「伝令! 地下通路西の方角へ逃げている! 至急応援を要請する!」


 こりゃマズいな。さらに俺たちの元に集まってくる。早いうちにこの人の目から逃れておく必要がある。そのためには気絶してもらわなくちゃ。


「菲針さん! お願いします!」

「致し方ないか……!」


 菲針さんは走るのを止めるのと同時に地面を強く蹴って後方へ跳び上がると、空中で横回転しながら鎧男の頬に蹴りを入れた。鎧男は「フゴッ……!」と声を漏らしながら空中で回転して倒れ伏せた。


「ナイスです! 今のうちに別の方へ逃げましょう!」


 俺たちは折り返して道中にあった階段を駆け上って地下を抜け出した。その後警戒しながら進むと、大広間らしき広々とした空間に到着した。


「まったく、広すぎんだろここ。脳内のマップがゴチャゴチャになりそうだ……」

「逆にまだゴチャゴチャになってないんだ……」


 ここの空間は舞踏会などで使われるところなのだろうか。やけにグランドピアノやらクソ長いテーブルなどがあり、パーティー開催しまっせ感が凄い。中々こんなところもじっくり見れないからな。少し観賞しようとぶらぶらしていたその時。


「ようこそいらっしゃい……私の舞踏会場ステージへ」


 背後から若いお姉さんの声が聞こえてくる。即座に振り返ると、体育館のギャラリーみたいなところから俺たちを見下ろしている水色のドレスを着た茶色い髪を後ろでお団子に纏めた女性が居る。彼女は華麗に飛び下りると、片手を頬に添えて妖艶な微笑みを浮かべている。


「誰だ君は」

「私の名前はエラ。私のお相手願えるかしら?」


 名前は海外の人っぽいけど、顔の作りや言葉の流暢さから推測するに純日本人だろうな。するとエラと名乗る女性はドレスのスカート部分から暗器のダガーを取り出す。なんでそんなん持ってるんすか? 物騒すぎません?


「さあ、早く手合わせ願おうかしら!」


 エラはこちらに向かって走ってくる。ピンヒールを履いているとは思えない速度で。菲針さんはナイフを抜きながら俺たちの前に出て防ぐ。


「あら、貴女中々な腕の持ち主ね。お名前は?」

「村瀬菲針だ」

「まぁ、素直なのね。私、貴女が悪い大人に騙されないか心配だわ」

「余計なお世話だ。私には優秀な助手が附いている」

「あぁそう。まぁそんなことはどうでもいいわ。さぁ、私の白星となりなさい!」


 白星? なんのためなんだろう。出世でもしたいのかな。


「悪いが君には白旗がお似合いだろう!」


 菲針さんはそう言いながらエラを弾き返すと、脇腹に蹴りを入れて突き放す。攻撃を食らったエラが顔を上げると、その表情は怒りに満ちていた。


「よくも私のドレスを汚したわね……。よくも私に蹴りを入れたわね……。よくも私に白旗がお似合いなんて言ってくれたわねぇ……! 村瀬菲針。その名前と顔は脳にしっかり刻んだわ……。貴女は私がここで確実に殺す。何が何でも殺してやるわぁあああ!」


 今までの妖艶な雰囲気と余裕そうなお姉さんのような態度を取っていたエラはもうどこにもおらず。ただ殺意と狂気に満ちた彼女は本性を現した妖怪のような勢いで菲針さんに襲い掛かってくる。


「貴女たちを殺して、アイツらよりも早く巴様のお近づきになるんだからぁぁああ!」


 アイツら? とりあえず巴様っていうのは三国巴のことだろう。輪堂さんもたくさんの富と名声を持つ貴族なんて言っていた。いろんな女性がそいつの妃になりたいと思うのだろう。そして恐らくこのエラと名乗る女もその一人。それに「アイツらよりも早く」ってことは他にも俺たちの命を狙っている輩が数人居るってことだ。なんだか賞金首になった気分。最悪。海賊アニメかよ。

 菲針さんとエラはお互い刃渡りが短い刃物で攻防戦を繰り返していた。中々に広い大広間には刃物同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いている。エラの憤怒の形相に比べて菲針さんは無表情。その身体の動かし方や軸の安定感からしてその戦力差は歴然だった。


「ちっ! なんなのよ貴女! 人間とは思えないわ! この暗殺のエラが仕留め切れない女なんて存在するの?」

「君たちが息を潜めて行動しているように、我々もまた息を潜めていたという訳だ。この世界は狭いようで広い。まだ見ぬ場所や生物が五万と居る。あまり己の力を過信して自惚れないことだな」


 そこから攻守は交替となる。今までただエラの攻撃を躱したり受け続けていた菲針さんが今度は一方的な攻めの体勢へと変える。お得意のショットガンは手に取らず、敢えてナイフのみでひたすらエラに刃を振るう。しかし暗殺のエラと自称するだけあり、エラも中々簡単には攻撃を許してはくれない。戦闘術はかなりの腕前のようだ。だが相手が悪かったな。ドンマイ。


「ハァァアッ!」

「くっ!」


 菲針さんの下からの攻撃でエラのダガーはクルクルと宙を舞い、純白の硬い柱へと突き刺さった。反射的に反応したエラはすぐにバク転で距離を取ると、髪を纏めていたガラス製のかんざしを抜いて髪を解く。すると茶色の長髪がさらりと腰元まで下ろされる。


「もう手は抜かないわ。ここからが本気。覚悟なさい、このフィジカルゴリラ女が!」


 結構な言い様だな。でも身長も菲針さんの方が低いし、ゴツさもトントンなくらい両者とも華奢なんだよな。フィジカルだけ見れば確かにゴリラなんだけど。

 エラはドレスのスカートを一部ビリビリと裂き、脚の可動域を広げる。隙間からは黒のショートパンツと太ももに巻かれているダガーを仕舞うレッグホルスターが見える。ピンヒールを脱ぎ捨て、綺麗に整えたのであろう前髪を左手でかき上げると、その見開いた眼で菲針さんをまっすぐ捉える。


「ハァァアアアッ!」


 怒号を放ちながら裸足で簪を構えて走ってくる。菲針さんは油断することなく警戒の態勢を取る。両者の腕が高速で振られて攻防が繰り広げられており、俺たちには腕の残像しか見えない。もう次元が違いすぎるよ。


「ハァァアアッ! さっさと負けて灰被りになりやがれ!」

「掃除はとても嫌いだが、灰だけは被りたくないな。それに部屋を掃除することは常識らしいぞ?」


 おぉ。覚えてるんだ。まぁあんだけ言い聞かせたんだから覚えててもらわないと困るんですけどね。

 そんな二人の体力の差は見る見るうちに離れていき、少しエラの攻撃の手が緩んだ瞬間。菲針さんは一瞬の隙を見逃さなかった。

 

「名残惜しいがすまないエラ。チェックメイトだ」

「なっ!?」


 菲針さんはエラの一瞬の隙を突いて懐に潜り込むと、反応する暇も与えずに背負い投げを決める。その洗練された近接戦闘は改めて見ても美しい。これが村瀬流なのかと感激させられる。気づけばエラは気を失っており、菲針さんの左手は優しくエラの首に下から添えられていた。武術とかやったことはないけど、見てるとほんとに美しくてかっこいいよなぁ。憧れはする。


「さぁ先へ進もうか二人共。どうやら私たちの命を狙っている者が複数人居るようだ。用心して進もう」

「マジで頼れる姐さんカッケェっす!」

「チンピラかアホ。ごぼう繊切りにしてんじゃねぇよ」

「それきんぴらな! てかきんぴら知ってんのかよお前」

「輪堂の主食だった」

「変わってんな……」


 主食って大体炭水化物とかのエネルギー源になるもののことなんじゃないの? 飴だったりきんぴらごぼうだったりおかしい人あまりに多くないですか?


「二人共そういう話は止めたまえ。──腹が減る」

「いやそうじゃないだろ……」


 やっぱりこの人天然だわ。

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