第26話 メリークリスマス
この間調達した防寒具を各々身につけ寒さ対策万全の状態で歩く。遊徒を強奪し、遊徒ピアとやらを作ろうとしている
「あーあー、聞こえてますかー」
「聞こえてますー」
「お、どうも自宅からこんにちは。
「ご無沙汰です。どうしました?」
「君たちに朗報をと思って」
「朗報?」
「なんとこの度、私輪堂明佳、三国の根城を突き止めましたー!」
「「えぇー!」」
急展開すぎる。起承転結の「転」がいきなりやって来た。もう転堂さんじゃん。
「今から望兎くんのケータイに座標送るから確認してちょ」
「なんか、そんなキャラでしたっけ?」
「あの時はいろいろあったかんねぇ。堅苦しくなってたけど、本来の私はこっちなんだよ〜」
「うん、確かに昔私が見た輪堂はこっちだったような気がする。こんなおちゃらけた人が本当に腕の利く発明家なのかと最後まで疑っていたほどだわ」
「酷いよアリスちゃそ〜。お涙ちょちょ切れ侍シャキーン」
扱いづらいなこの人。あの時のまともな輪堂さんを返して。
「だが有力な情報を持っているのに変わりはない。ありがとう明佳」
「いえいえ〜。君たちの力添えが出来るなんて光栄だよぉ〜。今度なんか奢ってねぇぃ。ほじゃまた! ──プツッ」
なんか光栄とか言っときながら図々しくなかった? あと切るの早。
「あ、地図と座標来てます。えーっと、ここから南に五百キロくらいですね」
「中々に遠いな」
「そんじゃあさささっと行っちゃおー!」
五百キロというと、東京と大阪くらいの距離。大体徒歩だと二週間くらいかかる。江戸時代の飛脚という役職の人はこの距離を三日で移動したらしい。とんでもない。マラソンの距離の約十倍よ? 体育の持久走でさえ音を上げてるのにそんな距離走れんよ。幸い今回は歩きなので、二週間くらいかけてゆっくり行きましょうや。
「三国の根城まで競走よ!」
「お、負けないぞ!」
おいおい勘弁してくれ暴れ馬共よ。
「置いて行くぞ望兎! それともウサギとカメのように調子を
「ふざけんじゃねぇえ!!!」
こうして俺たちは三国の根城へと向かい始めた。
──数時間後。
「もうムリ……走れない」
「中々にしんどいが、距離は稼げたんじゃないのかな」
「まだたどり着いてないんだから勝敗が決まってないわ。急がないと!」
「待ちたまえアリス。周りを見てみろ、望兎がいない」
「まったく、あの
しばらくすると、ヨロヨロと覚束無い足運びと青ざめた死にかけの顔をした望兎が秒速三十センチでやってきた。
「おっっっそ」
「そんな速度ではたどり着く頃には年を越してしまうぞ」
「仕方ないでしょ……もう、うごけ……ない」
「一気にお年寄りになったな。……倒れた」
顔面から崩れ落ちるように倒れた望兎の口からは魂のようなものが出そうになっている。
「死にそうだな」
「まるでドライフルーツね」
アリスは望兎の背負っているリュックからペットボトルを取り出すと、キャップを外して口元に当ててやる。
「はい水よ。生き返りなさい」
「ありがとう……アリス……」
「はいはい立ち上がりましょうねぇ。おじいちゃん」
「誰がおじいちゃんや!」
「うおっ。急に戻った」
「もう走らずにゆっくり行きましょ! 別に三国だって数日で逃げたりしませんよ」
なんとか納得してもらい、歩いて向かうことになりました。九死に一生を得ました。セーフ。
もうそろそろ年末。去年の年末は大学の入試に向けて猛勉強していた訳でもなく、のんびり過ごしていた。割と入試問題簡単だったんですよ。偏差値七十くらいの大学だったからさ。にしても今年はいろいろあった。ありすぎてた。両親が死んで、世界がこんなになって、いろんな人に出会って──。長いようで短いようなそんな一年でした。来年の今頃は平和に暮らしてるといいな。
「望兎! お腹が空いたわ!」
「何か料理を作ってくれないか」
「……はいよ。今日は暖まる鍋にしますね」
「シイタケは無しでお願いね」
「仕方ないな」
「やった! 望兎様サイコー!」
なんだかんだ今が一番楽しいのかもしれない。ずっとこのままでいいと思ってしまう。みんなで旅をしながら食事をして、たまに人助けをして。今の当たり前の日常がそうなりつつあり、そんなこの旅のパーティが居心地が良い。そんなことを思ってしまう自分がどこかに居て、自分もそんな自分のことを許してしまっている。まぁ今だけは許しておこう。
——12月25日、クリスマス当日。
「メリークリスマース!」
その日は珍しくアリスの元気な挨拶から始まった。そう、今日は一年で最も盛り上がる聖夜なのだ。まだ朝だけど。
「メリークリスマス、アリス。ほらこれプレゼントな」
「おお~! 私こういうの一回やってみたかったのよね、誰かとプレゼント交換会!」
俺たち三人は各々がプレゼントを二つずつ購入し、お互いに交換し合う約束をしていた。
「じゃあ望兎にはこれをお返しするわ!」
「ありがとな」
「んで、菲針様にはこっち!」
「ありがとう。では私はこれとこれを二人に」
そうして全員のプレゼントが全員の手元へと行き渡った。
「よーし! それじゃあ開封タイムと行くわよ!」
アリスの号令と共に俺たちは二つのプレゼントを開けていく。俺のプレゼントには、アリスからはワイヤレスイヤホンとウサギのケースカバーを、菲針さんからはいくつかの調味料をコンパクトに収納出来て持ち運べるスパイスボックスを貰った。こういう時の女性のプレゼントのセンスってなんでこんなに秀才なんだろう。なんかで習うのかね。
「うわぁ~! ネックレスとピアスだわ!」
「俺もあんま人にプレゼントとか分かんなくて、とりあえずアリスのイニシャルが入ったネックレスにしてみたんだ」
「私からは少し大人の階段として、控えめなピアスを贈ったよ」
「ありがとう二人共! 早速どっちも付けるわ!」
アリスはネックレスを首に掛け、菲針さんにピアッサーで耳に穴を開けてもらい、ピアスを両耳に取り付けた。白い珠が両耳で揺れていてとても可愛らしい。
「私のはキーホルダーとマグカップだな」
「菲針さんと言ったら飴かなって思って飴のキーホルダーにしてみたんですよ」
「私は菲針様は毎朝コーヒーを飲んでるから、マグカップ!」
「二人共素晴らしいプレゼントをありがとう。とても嬉しいよ」
菲針さんはキーホルダーをショルダーバッグに付け、マグカップは俺のリュックへと入れられた。
「俺のはワイヤレスイヤホンとスパイスボックスだな」
「いつも線があるやつで絡まってたからどうかなって」
「調理の時にいつもリュックの中を漁って探しているだろう? だからコンパクトに出来ると聞いてこれにしてみたんだ」
「あんたら良く見てんな。ありがとうございます」
女性というのはこういう日常生活のちょっとした気づきが出来る生き物なのだろうか。俺のプレゼントが在り来り過ぎて少し申し訳ない。
「さて、もうすぐ年も明ける。お楽しみもこれくらいにして、そろそろ動きださなくてはな」
「そうね、いつまでもグズグズしてられないわ」
「なら、向かうとしますか。三国のところに」
俺たちは束の間のクリスマスプレゼント交換会を楽しんだ後、再び三国の元へと歩みを進めた。
翌日。俺たちは三国の根城の近くまでやって来ていた。そろそろこの旅も終末。この戦いにも幕が下り、この世界は再び平和となる。俺たちは気合いを入れ直して、歩みを進めた。
「そろそろね……」
「緊張しているのかい、アリス」
「そ、そそ、そんな訳ないじゃない! なんたって私は正義のヒーローよ? 絶対に勝って平和を取り戻してみせるんだから!」
「やる気があるのは良いことだが、あまり空回りしないよう気を付けたまえ」
「だ、大丈夫! な、はず……」
アリスは中々に緊張していて、菲針さんは平常心のままだ。相変わらずこの人は肝が据わっている。そんな強メンタルが俺も欲しいよ。俺も中々呼吸が深くなっているのを実感する。そして。
「恐らくアレが、三国巴の根城だろうね」
遂にたどり着いた。遊徒を国から盗み出し、この世界をこんな地獄にしている根源。その男が滞在しているであろう大豪邸が山の上に異様なオーラを放って佇んでいる。これからこの山を登り、頂上にあるあの豪邸に乗り込む。マジでなんでもかんでも山の上に建て過ぎじゃない? 正直足が辛いんですけど。だが今はそんなことを言っている場合ではない。気を引き締め直して、いざ。
「待ちたまえ二人共」
そう思っていた矢先、突然俺たちの後ろから菲針さんに声を掛けられ出鼻を挫かれた。
「え、何ですか」
「一度宿に泊まろう」
「いや、なんでですか。もうすぐそこですよ?」
「いいから」
菲針さんの突拍子もない発言により、俺たちは急遽山の麓の小さな宿へ宿泊することとなった。マジで何なんだこの人。
「すまない、予約等はしていないのだが、泊まることは可能だろうか」
「何名様ですか?」
「三人だ」
「確認致しますので、少々お待ちください」
俺とアリスはずっとモヤモヤを抱えながら番頭さんの返事を待つ。
「確認出来ました。三名様ですね。丁度一つ空き部屋がございますので、宿泊可能です」
「じゃあ宜しく頼む」
「ご案内致します、こちらへどうぞ」
マジで何なんだよ。こんなところで時間食う必要性無いだろ。後は山登って三国を倒すだけじゃんか。にしても良い旅館だなぁ。日本らしい古き良き落ち着く旅館だ。
「こちらへどうぞ。皆様にお泊りいただきますのは、琥珀の間となります」
琥珀の間。来る途中の部屋の名には金、銀、珊瑚、真珠があった。そして琥珀。こりゃ奥に瑠璃と翡翠があるんだろうな。東洋七宝だ。そんなことはどうでもいい。何故俺たちはここへ来たのか。
「さて、ゆっくりしようか二人共」
「どういうことなのよ、こんなところに来て」
「そうですよ、もうすぐそこじゃないですか!」
番頭さんが居なくなったタイミングで俺たちは思っていたことを菲針さんに問う。
「二人共緊張していただろう? それでは本来の能力を発揮出来ない。だから一度ここで英気を養う必要があると思ってね」
「それは……確かに……」
菲針さんは気遣いが出来る人だ。確かに気を張り過ぎると返って仇となりかねない。ここは菲針さんに甘えて言われた通り英気を養うとしよう。
その後その旅館は居心地が良く、露天風呂に豪華な夕食を楽しんだ。しかしそんな幸せな一時も一瞬。寝て起きればもうチェックアウトの時間だ。
「ヤダヤダ、お布団から出たくない!」
「アリス! そろそろ起きたまえ! しくじったな……この展開は予測出来たはずなのに……」
案の定ワガママお嬢様は布団の中に籠ってしまった。困ってる菲針さんを横目に俺は一芝居打つ。
「じゃあ菲針さん、置いて行きましょ。二人で三国を倒しに行きますか」
「え、望兎、だが……」
「フン! そんな罠にハマる訳ないでしょ! どうせ私を誘き出す策略に決まってるわ!」
「な、なるほど……」
バレたか。だがこれは飽くまで前置き。次の作戦を上手く行くようにするための下準備なのだ。
「じゃあ菲針さん、飲み物買いに行きましょ。温泉の前に自販機あったんで」
「あぁ、分かった。アリス、帰ってくるまでにきちんと起きておくんだぞ」
「はぁ〜い」
絶対起きる気ないだろ。俺は部屋を出る。──振りをする。ドアを一度開けて閉める。菲針さんにここに居るようにジェスチャーをして、音を立てないようにアリスの布団に忍び寄る。
「フフン、起きる訳ないでしょ。こんな幸せな空間から出ていくつもりなんてないわ」
なんか言ってらぁ。俺はアリスの掛け布団を掴んで、一瞬で引き剥がす。
「うわぁああ! なんで居るんだよ望兎!」
「いいからさっさと起きろポンコツ」
「返せ! 私の布団!」
「誰が返すか! お前にこれ渡したら一生出てこないだろうが!」
「私はここに一生居るんだ!」
「バカ言うな!」
そうしてアリスは掛け布団を持っている俺に飛び掛かってくる。しかし俺たちの間に入ってきた菲針さんがアリスを捕まえる。
「捕まえたぞアリス! さぁお縄につきたまえ!」
「ギュフッ!
アリスは菲針さんに抱きしめられながら、大きな胸に顔を埋めて呟いた。ありゃ圧死か窒息死だな。
そうして布団から引き剥がされたアリスを連れて俺たちは旅館を出た。只今より、三国の根城に向かい、沈める。俺たちは適度な緊張感を持って、山へと向かった。
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