第24話 銀世界での激闘

 季節はもう冬。蓮くんとお別れしてから早一週間が経とうとしていた。俺は未だに心にぽっかりと穴が空いたような感覚が残っている。志門さんとお別れした時以来だな。だが今は切り替えが大事だ。この世界をこんな地獄絵図へと陥れた元凶である三国みくにともえという男。その男の根城を突き止め懲らしめる。そのためにも気合を入れ直さないと!


「見てー! 雪だわ!」

「しんしんと降る白雪はとても綺麗だな」

「あはは凄ーい! 私雪に触るの初めて! ずっと窓から見ていただけだから。菲針様、雪だるま作りましょ!」

「私は雪合戦の方が得意なんだが良いだろう」

「やったー! じゃあ後で雪合戦もやろ!」


 こいつらは悲しみもしなければ緊張感も無いな……。


「おい! もうちょっと現状を理解したらどうなんだよ!」

「おやおやとうとう望兎がそんなことを言い出したのか。充分把握した上で、法律は守らないように──」

「そのこと言ってんじゃねぇよ! もうちょい緊張感持ったりしろよ!」

「ハァ。確かにそれは大事だが、気負い過ぎるのも良くない。言っただろう? 世界を平和にするのは各々の目的を果たすだとな」


 確かに……言った。


「大切なのは今を目一杯楽しむことだ。上ばかり見すぎては足を掬われた時に対応出来ない。目的を掲げるのはいいが、段階を踏むことは必要だよ?」

「それはそうですけど……段階ってじゃあ今は何すればいいんですか」

「雪遊びだ」


 謎の菲針の説得力に納得した望兎はまんまと菲針の思惑にハマり、雪遊びを一頻り楽しむことになった。


「かんせーい! 雪だるまのゆきまるちゃん!」

「手冷てぇ……」

「後で防寒具の調達に行こう」

「ですね……」

「だがその前に、次は雪合戦だぁ!」

「おおー!」


 何故この二人はこんなに元気なんだろうか……。なんてことを思っていると、真横から俺の顔面に雪玉が投げつけられる。


「うわっ」

「フフン、余所見してるからだよーん」

「アリスてめぇ!」

「当てられるもんなら当ててみろ!」

「こちとら投擲弾とか飴とかいっぱい投げてんだよ、舐めんなよ?」


 こうしてとある雪山での白熱の雪合戦の火蓋が切られた。


「くらえ!」

「へっ! そんなへぼっちぃ玉当たる訳ないでしょ」

「クソガキが!」


 二人の攻防戦を見ていて痺れを切らしたのか、二人の横から豪速球の玉が飛んでくる。ギリギリで回避すると、飛んできた雪玉は地面の雪を穿った。

 え……? 雪で雪を抉ったんですけど……。


「……二人だけ楽しそうにしてズルいじゃないか。私も混ぜたまえよ……」


 二人はその時、まさに白銀の世界を牛耳る孤高の狼のような眼をギラつかせた菲針を目の当たりにして命の危機を感じたのだった。


「死ねぇぇえええ!」


 いや死ねとか言ってますやん! 雪合戦において殺意剥き出しですやん! 菲針さんからは一人の人間の手数とは思えない量の雪玉が途切れることなく飛んでくる。躱すだけで精一杯だ。その時俺とアリスはアイコンタクトで結託する。この戦況を生き抜くには協力することが先決だとお互いが理解していた。


「手を貸せアリス!」

「承った!」


 今まで頼りになっていた菲針さん。いざ敵となるとその脅威は凄まじく、なるべく相手にしたくない。

 二人は菲針の猛攻撃を躱しながら走り出す。お互い五個ずつ抱えた雪玉を一つ菲針に投げつける。しかし菲針の無数の雪玉の一つとぶつかり合い相殺されてしまった。

 正面から戦っても勝ち目は無い。なら隙を作る必要がある。ここは運動神経のいいアリスに頼みたい。


「アリス! 菲針さんの注意を引いてくれ!」

「ラジャー!」


 さぁ魅せてくれよ、二人の素晴らしい戦いを。私のこの最強の布陣をどう打ち破るのか。それとも為す術なく圧倒されるのか。受けて立とうじゃないか!

 アリスは菲針さんの攻撃範囲外へと走ると、背後から雪玉を四つ投げる。瞬時に反応した菲針さんは振り返って的確にすべての雪玉を相殺する。


「うそっ!」


 しかしその間に俺がさらに背後へと回り込み、菲針さんの露出しまくっている背中に雪玉を思いっきり投げつける。チェックメイトだ!


「──甘い」


 菲針さんは左足を思いっきり上げて地面の雪を巻き上げると、俺の雪玉を無効化する。そしてその雪の壁が消えたその時、菲針さんはこちらを見ていた。


「君の得意なミスディレクションだな。だが私には通用しない。君がそこそこ動けることなど、すべて把握済みだ!」


 そうして撃ち放たれた菲針さんの豪速球は俺の頬をしっかり捉え、俺は空を舞ってふかふかの雪へと倒れた。


「望兎ぉおお!」

「ふん、さぁアリス。これで一対一だね。作戦参謀の望兎はいなくなった。さぁどうするアリス。私に勝てるかな」

「菲針様、ごめんけど必ず勝つわ。私が望兎の分まで!」


 アリスの目は闘志で燃えていた。その瞳に応えるかのように菲針の目も一段と真剣な眼差しとなる。

 少しの沈黙の間を設けた後、二人は同時に動き出す。アリスは牽制をしながら菲針の懐に入るタイミングを伺う。しかし菲針もアリスを近づけないよう距離を取りつつ立ち回る。

 中々近づかせてもらえない。このままじゃいつ菲針様が仕掛けてくるか分からない。先に仕掛けた方がそのまま勝つか、反撃を食らってダウンするか。見極めがとても大切ね。

 アリスが近づくことを一度でも許せばそこから敗北に繋がるだろう。だからといって距離を取り続けても何か対策を打たれたら終わりだ。どちらが先に仕掛けるか。

 二人の心理戦による駆け引きは常人は踏み入ることが出来ないほど超人の域までに達していた。そして遂に戦況が動き出す。


「今だ! 食らいたまえアリス!」


 菲針から放たれた雪玉は光の速度で一直線に飛んでくる。


「来たわね」


 アリスは冷静に右へ回避すると、その態勢のまま菲針に向かって投球する。しかしアリスが足を踏み出した足場の雪の下に木の根っこが埋もれており、駆け出したアリスは根っこに引っかかって転倒してしまう。


「すまないがアリス、勝負は本気でなんだ。許したまえ!」


 その隙を狙って菲針から球が飛んでくる。咄嗟にアリスは立ち上がり隠れられそうな物陰に身を潜めた。すると。


 ──ドサッ。


 アリスの目の前に先程愛情を込めて作り上げた雪だるまのゆきまるちゃんの頭部が崩れ落ちてきた。


「ゆきまるちゃんっ!!」


 アリスが身を隠したものはゆきまるちゃんだったのだ。

 顎部分は地面に落ちた衝撃で崩れ、石の右目はポトリと外れ、左目からは石の結露が滴って哀愁を漂わせる。


「よくも……私の、ゆきまるちゃんを……」


 アリスは哀しみと怒りで声を震わせながら立ち上がる。


「菲針様、私をとうとう怒らせたわね……。ゆきまるちゃんの仇、絶対に私が取ってみせる!」


 アリスは雪玉を握りしめると、全力投球する。その勢いのあまり雪玉は空中で割れ、二つの球となって菲針を襲う。すると菲針は華麗に回避して、勢い良く詰めてくる。

 詰めてくるの!? いやここは日和ってはいけない。私も詰める!

 アリス。君ならそう来ると読んでいたさ。すべて私の思惑通りだよ!

 菲針はアリスとの距離がギリギリに迫ると突然真上に跳び上がる。そのままアリスの背中に向かって雪玉を投げた瞬間。


「あまり舐めないで。菲針様!」


 アリスは走った勢いのまま、前方の地面に両手を着いて両足で雪を巻き上げる。先程菲針が使った戦法だ。見事に菲針の攻撃を防いだアリスは、雪の壁が降りるとDaybreak-Aとなっていた。


「ここからよ!」


 雪玉を抱えて飛び上がったヒーローは空中にいる菲針に向かって投球する。しかし空中で身体を捻って回避した菲針は安全に着地するや否や、ヒーローのバイザーに向かって雪玉を投げる。雪だるまを作れるほどには水分を含んだ雪玉はヒーローのバイザーに触れると、その視界を奪う。しかしすぐにヒーローはバイザーを収めて視界を取り戻す。しかし。


「どこ、菲針様」

「ここさ」


 いつの間にか真下へとたどり着いていた菲針は真上に向かって雪玉を投げる。まともに食らったヒーローはそのまま距離を取って着陸すると変身を解除する。


「やっぱり強いわね、菲針様」

「アリスも中々やるじゃないか。まさか真上からの攻撃に対応してくるとは思わなかったよ」


 ここで少し離れたところにいた望兎が目を覚ます。

 まだ終わってなかったんかい。


「だがこの楽しい雪合戦もそろそろお終いだ。決着を付けるとしよう」

「そうね。望むところよ!」


 二人はお互いに地面の雪を手に取り固める。そしてほぼ同時に投球した。アリスの雪玉はまっすぐ菲針に向かって飛んでいる。対する菲針さんの雪玉は少し斜め下に飛んでいる。このままじゃアリスに当たる前に地面にぶつかるぞ。菲針さんが珍しくミスったか? ……いや違う。これは攻撃じゃない。煙幕だ。

 菲針さんがアリスの雪玉を避けた瞬間、アリスの足元へ菲針さんの雪玉が着弾する。すると、アリスの目の前に雪が舞い上がった。


「やられたっ!?」

「──チェックメイトだ」


 目の前は真っ白。声だけが聞こえた。右から? 左から? 一度下がって対応を!

 アリスが瞬時に後ろに引いた瞬間だった。舞い上がった雪の上から黒髪に靡かせる女性が姿を現す。

 上なの!?


「うおぉりゃぁああ!」


 菲針さんの腹の底から出る咆哮と共に放たれた雪玉はアリスの中心をしっかりと捉えたのだった。


「ふぎゅぅうっ!」


 勝者、村瀬菲針!

 寒いはずの季節なのに一汗かいて凛々しく佇むその女性はまさに容姿端麗だった。汗も滴る良い女。勝者は勝ち誇った顔をして遠くを見つめているってこれただの雪合戦やねん。何歴戦を戦い抜いた顔してんだよ。


「茶番はいいんで先進みましょ!」

「あ、望兎。目を覚ましたか、おはよう」

「あ、おはようございます、じゃないんだよ!」

「中々楽しめたな。またやろう」

「二度とやるか」


 そうして菲針さんはアリスを抱え、俺たちは再び歩き出した。




 歩いていると、ホームセンターなる建物があった。あそこに行けば何でもあるだろう。俺は少し寄り道しようと提案する。


「えー。さっき雪遊びしたじゃん」

「あの無意味な時間と一緒にするな!」

「だが丁度飴の残りも片手で数えられるほどになっていたので好都合だ」

「それならさっさと行きましょっ!」


 アリスは菲針さんの意見を聞くなり自分の意見を180度回転させる。都合のいい奴だなまったく。


 立ち寄ったホームセンターは明かりが灯っておらず、真っ暗の室内に大量の陳列棚がビッシリ。ここから飴やら防寒具やらを見つけるのは中々骨が折れそうではあるが致し方ないか。

 俺たちがトコトコと散策しているとダダダダと複数の足音が遠のいていく。


「今の何かしら。もしかして遊徒だったり?」

「可能性はあるな。突き止めようか」


 菲針さんが先導して足音の方へと慎重に歩みを進める。菲針さんはショットガンを、俺はなんか置いてあったやけに重い盾を、アリスはピコピコハンマーを。


「いやお前だけ無神経すぎるだろ」

「黙れ。いざとなったら私には変身能力がある」

「こんな狭いところで飛んだり光線出したり出来ねぇだろ」

「お構いなくやりますが?」

「やんなよ。いいからもうちょいマシな装備取ってこい」

「うるさい望兎。私はやりたい事をやりたい時にやりたいようにやっているだけだ何か文句でもあるのか吹き飛ばすぞ」

「あるよ。あと吹き飛ばすな」


 そんな会話を小声で交えていると足音は行き止まりらしき角で静まった。


「追い詰めたのか?」

「いやまだ分からない。どこかに抜け道があるのか、我々を待ち伏せしているのやもしれん」


 俺は懐中電灯を準備する。なんで今まで使っていなかったって? それはこちらがどのくらい近づいているのかがバレないようにするためだよ。


「せーので飛び出るぞ。望兎は照らして盾を構えたまえ。アリスと私は厳戒態勢でだ。」

「お前まだピコピコハンマー持ってんのかよ」

「ちょっと気に入っちゃって」


 危機感無いなこいつ。まぁ片やピコピコハンマーだけど片やショットガンだから菲針さんに任せよう。俺は盾を持っているので二人よりも前で盾と懐中電灯を構える役目。後方支援がいきなり先陣ということなんだが、まぁここは珍しく男らしいところを見せる機会ということで飲み込もう。


「では行くぞ……せーのっ!」


 俺たちはプラン道理の体制で飛び出す。すると。


「今だ! やれー!」


 ──バババババババ!!


「いたいいたいいたいいたい!」

「何よこれ!」


 俺たちの方へ柔らかいスポンジ弾が無数に放たれる。正直ちっとも痛くはない。見ると十人ほどの大人たちと三人の子供たちが光線銃をモチーフとした対象年齢八才以上のおもちゃの銃をこちらに撃ち続けていた。


「それ説明書読みました? 人に向けて打っちゃダメなんですよ」

「あ、あぁ……すまない。君たちがあの機械人間なのかと思って」


 そんなんじゃ倒せる訳ないでしょ……。まぁお互い遊徒じゃなくて一安心。そうか。こんなに大きなホームセンターなら食料や武器になりそうな物はたくさん有りそうだから避難場所としては打って付けなのか。おもちゃの銃はナシだと思うけども。


「アンタらは一体何者だ? アンタらも避難して来たのか?」

「いいや、飴と防寒具を調達しに少し寄っただけだ」

「あ、飴? 防寒具?」

「あぁ。どこにあるか分かるか? それを頂いたらすぐに立ち去るから気にするな」

「いやいやいやこんな世界出ない方がいいですよ? ここに居た方が」

「ノープロブレムだ。私たちはこんなところで閉じ籠っている暇などない。それに人は少ない方が見つかりづらい」


 人が集まれば集まるほど体温検知されやすい。にしてもこの人たちからすれば俺たち頭おかしい集団だよな。命に関わる外から入ってきたかと思えば飴と防寒具だけ貰ったら立ち去るとか意味分かんないだろうな。


「ま、まぁとりあえず飴はこちらです」

「飴は私だけで充分だ。二人は防寒具を頼む」

「であれば防寒具は確かあっちに」

「ありがとうございます。行きましょう」


 俺たちは俺とアリスペアと菲針さんの二手に別れてそれぞれの物資を調達しに向かった。

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