第23話 決意
「やりたまえ! 望兎!」
「うおおおお!」
——バゴーン!
俺が放ったショットガンの散弾は見事に遊徒を捉え、遊徒のパーツが粉々に弾け飛んだ。俺はショットガンのデカすぎる反動で倒れそうになるが、ショットガンの引き金を引く間際に遊徒から手を離していた菲針さんが支えてくれたことによって倒れることはなかった。
「パーフェクトだ。少年」
「ありがとうございます。結構反動強いんですね」
「実銃だからね」
すると上半身の左半身の装甲が剥がれて中のコードや配線板などが剥き出しになっているΔ型の遊徒が立ち上がる。
「さて、望兎。ショットガンを貰えるかな」
「あ、はいどうぞ」
「ありがとう。ここからは私に任せたまえ」
「頭の傷大丈夫なんですか?」
「この程度どうってことはない。望兎ばかりに美味しいところを持っていかれるのも癪なのでね。デルタ君、次は私の見せ場となってくれるかな?」
癪とか言うな失礼な。こっちは真剣だったんだぞ。
「望兎は二人の手当を頼む。デルタ君はかなり強力な一撃を二人に入れてくれていたのでね。そのお礼も兼ねなければだな」
菲針さんはウエストポーチからラムネ味の棒付きキャンディを取り出すとパッケージを外してハァムと咥える。
「さぁ。セカンドラウンドと行こうじゃないか!」
菲針さんは施設の屋上を思いっきり押し蹴り、勢い良く飛び出す。一度ショットガンを構えて撃つかと思いきや、右足を軸に回転して思わぬ方向から一撃を打ち込む。さらにショットガンのストラップを遊徒の首に巻き付け、背中に膝を入れる。遊徒はどうにか離れようと両手を放射口に変え、無作為に暴発する。距離を取った菲針さんを目掛けて遊徒は両手を刃へと変えると、物凄いスピードで詰め寄る。しかし飴を含んでいる菲針さんには遊徒の動きがすべて見えていた。
「甘いぞデルタ君」
ショットガンを真上に投げて向かってくる遊徒に飛び込んだ菲針さんは遊徒の股下を通ると、足を引っ張りバランスを崩させる。瞬時に左腕で首を絞めると、ナイフを背中に一刺し。背中を蹴って突き離したかと思うと、ジャンプしてショットガンをキャッチし、そのまま遊徒を蹴り倒した。踏みつけながら顔面に銃口を押し当てる。
「チェックメイトだ」
つんよ。あのΔ型遊徒が手も足も出せずに完勝しちゃった。あの飴市販のやつだよね? うん、俺が病院で買ったんだもん。凄まじい覚醒ですねぇ。アリスと蓮くんも幸い命に別状はないっぽいし、ちょっと手当をして安静にしていれば大丈夫そうだった。
菲針さんのあまりの強さに輪堂さんは青ざめている。その時アリスが目を覚ました。
「りん、どう……」
「何よ……何なのよもう! どうして……どうして何もかも上手くいかないの!? もう……私はお終いよ……」
「なんでこんなこと……」
「……私の家はあなたと違って貧乏でね、どうしても生きていくためにはお金が必要なの……。最初は家事をしてくれて、人々に愛されるアンドロイドを作るのが夢だったはずなのに……」
それが遊徒の最初? つまり遊徒の開発者は輪堂さんってこと?
「それが国の目に止まってね。こんな高性能な機械なら、人々が命を落とすことなく兵器として使えるって思われたの。そして私は、夢を捨ててお金を選んだ。そしたらこれからも大量に作り続けて、やがて遊徒ピアが実現出来たらお前の生活を保証してやろうって」
だから遊徒ピアのために俺たちを襲ったのか。
「アリスちゃんをここで見た時に見覚えのあるスーツだったからすぐに気がついて、あなた達を殺すかどうか悩んだ。でも結局私は自分のことを優先してあなた達に酷いことを……。こんな愚かな私なんて、生きている意味ない……」
「そんなことないぞ輪堂」
「え……?」
「私は、お前が作ってくれたこの素晴らしいスーツのおかげで、菲針様や望兎、一人の少年だって救えた! お前のおかげで私は私の夢を叶えることが出来ている! お前に生きている意味がない訳ない!」
アリスは必死に涙ぐみながら熱弁する。
「私がお前に夢を叶えてもらっているのに、お前が夢を叶えられていないなんて嫌だ! 必ず私が遊徒を殲滅し、お前が夢を叶えられるように私が融資する! だから……! 生きている意味がないなんて言うなぁ……!」
「アリス、ちゃん……」
アリスは足を引きずりながら輪堂さんに歩み寄り、思いっきり抱き合った。二人は号泣しながら「大丈夫、大丈夫」と言っている。こうしてアリスはまた一人の命を救った。
落ち着いた後、輪堂さんは俺たちに協力してくれると言ってくれた。アリスのスーツの整備や諸々備品の整備もしてくれるという。なんて頼もしいのだろう。ただ自分が共に旅をするのは足手まといだからと自宅のラボから連絡を取るということになった。今更だが俺もそうしたいと思うが、この人たちが俺無しで生きていけるとは到底思えないので目を瞑ろう。
「輪堂くん。一つ伺ってもいいかな」
「なんでしょう?」
「君は今まで何体の遊徒を改造してきた?」
「改造? 私は改造なんてしたことありませんよ?」
え? いやいやあなたの遊徒だけ格段に強かったじゃん。
「私は改造なんてしません。コードを一回書いて確定したら書き直さないのがポリシーなんです。だってそれって人格勝手に変えちゃうってことじゃないですか。それだけは絶対にしないって昔から決めてるんです。それに一度作られた遊徒の改造なんてそこらの研究者じゃ無理ですよ?」
「だから昔輪堂のラボに行った時同じようなネコのロボットが大量に居たのか」
「もう! あの子たちもみんな違う人格を持ってるんだからね! 同じように見えてみんなちょっとずつ違うの!」
「わかったわかった! ごめんって!」
この人も相当な変人だなこりゃ。そもそも機械なんだから人格なんて無いでしょ。なんてこと言ったら怒られそうだから止めとこ。だがルーカスさんは確かに改造された形跡があったと言ってた。つまり改造した怪しい研究者は別にいる……? それにそこらの研究者じゃ無理ってことは相当な腕利きってこと?
「答えてくれてありがとう。君の夢が実現することを応援しているよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「では私たちもそろそろ行こうか」
「どこに?」
「行先などない。また旅をしながらゆっくり探せばいいんだ」
そうだな。結局ここの施設も目的の人が居る訳じゃなかったし。じゃあそろそろ。って思ってると、蓮くんが急に輪堂さんに話し掛ける。
「あの、遊徒ピアを実現しようと企んでるのって誰か分かりますか?」
おお、確かにそうじゃん! 輪堂さんは元々そっち側の人だった。アリスとの感動の涙で完全に忘れてたわ。
「あぁ、分かりますよ」
「誰なの!」
「その男の名は、
聞いたことはない名前だな。そして男。なるほど。
「三国だって!?」
え、アリスだけ知ってるらしい。なんの界隈の人? 輪堂さんは真剣な面持ちで頷くとその三国という男について語ってくれた。
「奴はたくさんの富と名声を持つまさに傲慢な貴族です。世界を自分の手中に収めたいと独裁国家を望んでいます。多額の資金で私を含め、たくさんの協力者を雇い、遊徒さえも国から奪い取ってしまった」
「三国の金遣いが異常に荒いことはかなり有名。各国の貴族の間でも度々話題に上がるほどよ。何でもかんでも財力で解決しようとする金に溺れた愚者ね」
つまり自分が思い描く独裁国家の理想郷。それが遊徒ピアであり、その実現のために世界をこんな目にしてるっていうのか? しかも金を大量に使って国から遊徒を強奪出来るほど。相当手強い相手のようだな。すると蓮くんが考察を口にする。
「望兎さん。思ったんですけど、望兎さんたちが探してるその怪しい研究者ってその三国って奴の側近なんじゃないですか?」
「どういうこと?」
「こんな遊徒を作ってる施設に居なくて、遊徒を改造出来るほどの腕前。そんな人滅多にいないんだとしたら、三国が雇ったのかなって」
確かに辻褄は合わないことはない。だってこんな居そうだった施設に居ないなんておかしい。あとそこらの研究者じゃ不可能な改造を出来る手慣れだとすれば絞れる可能性がある。
「あの、怪しい研究者ってもしかして私のことですか……?」
「いや、輪堂のことじゃないわよ。遊徒を勝手に改造して、菲針様の妹さんを殺したかもしれない奴がいるのよ」
「遊徒開発チームに私以上の研究者はいません。遊徒を改造出来る人なんてウチにはいなかったはずです」
「本当なのね?」
「えぇ、間違いないと思うよ」
これは三国の側近の可能性が高そうだな。何者かが勝手に改造した。そいつが見覚えのない研究者だったから怪しい研究者と噂されたのかもしれない。つまりその研究者が居るであろう場所、そして俺たちの次の目的地は。
「三国という男の根城へ向かうぞ」
菲針さんも同じ考えのようだ。そうと決まれば早速向かおう。もしかすると俺たちの旅の終わりも近いのかもしれない。
今日は夜も遅い。一度ここらで夜を越す。いつも通りにテント、焚き火、調理道具をセッティング。道中にあったスーパーで食材は調達して来ました。そして今回新メンバーはこちら。テッテレーン、ホットサンドメーカー! 実は最初からずっとリュックには入ってたんだけど別にサンドする物が無かったからただの重い荷物になってただけだったんだよね。
そして聞いてよ奥さん、最近ネットで見たんですよ。これ使って簡単に唐揚げが作れちゃう! ワオ! 唐揚げはみんな大好きでしょ。流石にあの好き嫌いが多いワガママお嬢様もニッコリなはず。
さぁ買ってきた冷凍唐揚げを入れてファイア! 心地良い音が響いて美味しそうな匂いが漂う。ヨダレが出ちゃうよこんなん。
料理している間にアリスが蓮くんに飛び方や戦い方を教えていた。
「姿勢は良くして」
「こう?」
「もうちょっと膝伸ばす」
「こう!」
「そう。次がパンチね。まず空中で足と右手だけで飛ぶり左手は前」
「はい」
「そしたら殴るタイミングで右手と左手をチェンジして左手で飛びながら右手でパンチ!」
「難くない?」
「やってみて」
「はい……」
蓮くんも大変そうだな。唐揚げも出来たところで鍛錬中のお二人さんを呼んで、唐揚げをお皿に盛ってへいお待ち!
「おお! 唐揚げじゃないすか! 大好物です!」
「なんて美味しそうな匂い! これはさぞかし絶品だろう!」
「今回は味付けをレモンかマヨネーズでお選びくださいませ。さらに菲針さんにはこちらの缶ビールを」
「なんと気が利く助手なんだ! 最高のもてなし過ぎて私は幸せだよぉ!」
菲針さんと蓮くんはめっちゃ喜んでくれている。が。
「これは本当に美味しいの……? 鳥肉なら鴨とか七面鳥でしょ? 鶏って。しかもこれ売ってたやつをそのままあっためただけじゃない」
「近年の冷凍食品を舐めんな。それに鴨とか七面鳥なんて滅多に売ってねぇし買わんわ。つべこべ言わずに食え」
アリスはレモンも搾り、恐る恐る口に運ぶ。その瞬間。
──ジュワッ。
「!? おいひぃ……」
「ほれみろ。何でもかんでも見た目で判断するのは良くないんだよ」
「アリス! マヨネーズを付けても美味いぞ!」
一通り食べ終わった後に俺はリュックからもう一つ取り出す。
「じゃじゃーん」
「なんだそれは」
「マシュマロ。なんでやってなかったんだろうって思うくらいキャンプと言ったらこれっしょ」
「俺焼きマシュマロやったことないっす」
「実は俺もなんだよねー」
男二人が盛り上がってるのに女性陣はハテナを浮かべている。普通逆じゃね?
俺は割り箸を割って一本ずつにマシュマロを一つずつ刺す。それを焚き火で炙ると、一瞬で焦げ目が付く。それを菲針さんとアリスに渡すと、二人はせーのと声を合わせて頬張った。
「「うんまっ!」」
「何これ凄い甘くて美味しい!」
「これが所謂スウィーツとやらか!」
こないだのスウィートルームも気になってたんだけどさ、菲針さん「イ」を「ウィ」って言うよね。まぁいいんだけど。
二人は気に入ったようでその後も炙っては食べを繰り返していた。
「しょっぱい唐揚げと甘いマシュマロを交互に食べていると無限に食べられるな!」
「ねぇ望兎! このマシュマロってやつ焼かなくても食べられる?」
「まぁ」
「ほんとね! 食べてみる! う〜ん! このままでも中々いけるわね!」
テンション高いな。賑やかな一時を過ごした後、今日は眠りに就いた。
それから数日後。三国の根城がどこにあるかを探すためにのらりくらりしていると、突然蓮くんが真剣な顔で話し出す。
「あの、皆さんにお話があるんですけど」
「どうした改まって」
「突然で申し訳ないんですが、俺、この旅から抜けたいと思います」
「その真意を聞かせてくれ」
「前々から俺は本当にこの旅に居ていいのかとか、俺がいる意味って何なんだろうって思ってました。その時にアリスとか望兎さんが話してくれて、俺でもこの仲間に居ていいんだって思えました。それに菲針さんの自由に生きろって言葉も凄く支えられました。それでこの間、俺のこの飛行能力を手に入れて、俺にしか出来ないことが新しく出来たんです。だからこそ、俺がここに居たら皆さんに甘えてしまう。みんなが居るから大丈夫だってなってしまう。だから俺はもう少し自分を磨いてみます。そして身も心も強くなってまたみんなと旅がしたい。それが俺がこの旅で見つけられた生きる意味です。だから一度、一人で頑張ってみたいんです」
俺たちは黙って蓮くんの思いを聞いていた。そしてその意志を聞いた上で、菲針さんが口を開く。
「成長したな、蓮。人は生きていればどこまでも成長出来る。君は私にそのことを再認識させてくれた。これからの君の更なる成長を期待しよう」
「俺も蓮くんが居なくなるのは寂しいけど、自分で生きる意味を見つけて、そのために一人で頑張るんなら、いつまでも応援するよ」
「ありがとうございます」
俺たちの言葉に少し涙ぐんだ蓮くんはお礼を言う。しかしアリスだけは厳しめの顔をしていた。
「本当に一人で頑張れるのか? 三国が怖いだけじゃないのか? 私の鍛錬から逃げたいだけじゃないのか?」
「おいアリス──」
「違うよ。もっとみんなと居て、アリスの鍛錬を受けて強くなって、三国を倒して平和な世界を取り戻したいよ。でも思ったんだ。菲針さんとアリスが戦って、望兎さんがサポートして。正直俺のいる意味がそこまでなかった」
「そんなことはない。私はお前の力に助けられた」
「でも結局俺は、みんなの力にはなれていない。俺もみんなに追いつきたいんだ。そのためにはみんなと居ても差は縮まらない。だから一人で頑張りたいんだ!」
珍しく蓮くんが声を荒らげる。出会ったあの時以来だろうか。あの時と今では印象がまるで違う。すると蓮くんの熱い想いを聞いてアリスは顔を緩めた。
「それくらい強い意志なら、心配する必要も無いわね」
「アリス……」
「……。げんきでねっ……!」
泣きべそを掻きながら頑張って笑顔を作って蓮くんを見送る。蓮くんは確かアリスのことが好きだ。アリスも少しは意識しているのだろうか。あまり二人の関係に首を突っ込むことはしないでおこう。
「また平和な世界で生きて会いましょう。それじゃあお元気で!」
俺たちとは別の道へと歩き出した蓮くん。振り返りざまの表情は涙を流しながらも爽やかな笑顔だった。彼の背中は寂しさを隠すような、希望に満ちたようなものを感じさせ、心做しか上を向いて歩いていた。涙が零れないようにしているのか希望を抱いているのか。俺たちはそんな彼の小さくなっていく背中を見送り、反対の方へと歩き出した。
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