第22話 強いオモイ
菲針さんは狭い廊下を巧みに利用しながら一人で男たちを薙ぎ倒していく。本当に映画とかで見る戦闘シーンみたいで、打ち合わせしたのかと疑うくらいに菲針さんの動きは噛み合っている。元秘密組織の団員の戦闘の勘みたいなものがあるのだろうか。
ある程度の男たちを気絶させた後、菲針さんの先導によりまたも逃げる。出口にある分厚い鉄扉がゆっくり閉まり始めている。菲針さんは飴を咥えると、両手でその扉を無理矢理抑える。もうゴリラやん。
「急ぎたまえみんな!」
俺たち三人が扉を通ると、菲針さんは扉から手を離し、見事に追手を退ける。一度立て直そうとその場から離れようとしたとき、振り返った菲針さんの背後から何者かが斬り付けた。
「うっ……!」
「菲針さん!」
さらにその斬り付けた者は菲針さんに畳み掛ける。その正体は、β型飛行系遊徒。しかし明らかに菲針さんのみを狙っている。俺は転がってきた菲針さんを支える。
俺たちの最高戦力だと認識して集中しているのか? そんな知能系遊徒みたいなことをするのか? アリスと出会うあの時の飛行系遊徒も確かにβ型だった。しかし奴は俺もアリスも狙ってた。こいつは執拗に菲針さんだけを狙っている。これはまさか──改造プログラム……?
そんなことを考えている間にアリスは菲針さんを助けるために変身して立ち向かっていた。
「菲針様っ!」
アリスは必死に遊徒に攻撃するが、アリスの攻撃はひとつも当たらない。あの時は不意を付いたから仕留められたのか? それともこの改造されていると思わしき遊徒が特別強いのか?
するとヒーローの
「アリス!」
確実にアリスのスーツの防御が低い場所を狙っている。こいつ明らかにおかしい。だってアリスは一人でγ型にも打ち勝ったんだぞ? それが一度倒した遊徒にこんなにも大敗するはずがない。マズいぞ。俺たちの戦力である二人がやられた。とにかく二人を連れてここから逃げなきゃ!
その時、気絶したアリスを遊徒が拾い上げ、遊徒はゆっくりと浮き始めた。
「アリス! 目を覚ませ! アリス!」
しかしアリスはピクリともしない。力をひとつも入れずただ遊徒に抱えられている。このままでは連れて行かれる。しかしアリスを連れて行くとはどういう意図なんだ? でも俺が今ここを離れて菲針さんを放置するわけにもいかない。そうだ蓮くん! 蓮くんに菲針さんをお願いして──って蓮くんは?
望兎が辺りを見回してもそこに蓮の姿は無かった。
先程望兎たちが施設に侵入する際に使用した通気口にて。一人の少年が迷い無く再び施設に侵入しようとしていた。
少年の頭では過去の言葉が脳裏を過ぎっていた。
『私はその人にしか出来ないことがあると思う』
『別にね、能力だけが出来ることじゃないんだよ。物理的に私たちに不可能なことでも蓮が可能ならそれは蓮にしか出来ないことなんだよ』
菲針さんは怪我していて、望兎さんは菲針さんを看病してる。なら、今アリスを救えるのは俺だけじゃないか。それこそが俺にしか出来ないことなんじゃないか?
蓮は施設の中を全力で走る。エレベーターは止められてしまうかもしれない。蓮は非常階段をがむしゃらに駆け登る。やがて屋上へと到達した蓮は急いで遊徒とアリスの方へ走り、迷うこと無く空中へ飛び出すと、垂れ下がっていたアリスの手に手を伸ばす。
「──アリスっ!!」
しかし、その手はギリギリで届かず触れ合うことは出来ず。二人の手は徐々にその距離を開いていった。
「蓮……!」
「蓮くん!」
二人の目には気絶して遊徒に連れ去られるアリスと、屋上からまっすぐ落ちてくる蓮が映っており、そこにはまさに絶望しかなかった。
届かなかった。ギリギリ間に合わなかった。俺はアリスを連れ去られ、さらに落ちて怪我をするか最悪死ぬ。でも──俺はみんなと旅をして、どんな状況でも決して諦めないことを学んだ! 生きる意味を貰った。希望を持てた! まだだ。まだ俺は落ちてない。アリスはまだ目の前に確かに居る。救うんだ俺が! 何がなんでも!!
「届け! 届けぇぇえ!」
蓮が目一杯手を伸ばし、そう叫ぶ。蓮が地面に触れそうだったその時、望兎と菲針には衝撃の光景が飛び込んでくる。
「う、浮いてる……?」
「望兎……私たちの目は幻覚を見ているのかい? 蓮が……蓮が足からキラキラと何かを噴出して浮遊しているぞ……」
蓮のアリスを助けたいという強い思いとアリスに対する強い想いが重なり、蓮はアリスの手に届くための手段を手に入れたのだった。
「思い出したぞ。俺は小さい頃から空を飛んでみたかった。これこそが俺にしか出来ないこと……アリスを救うことが、俺の生きる意味だ!」
蓮の強い想いに応えるように手足から噴出されるキラキラはその勢いを増す。
「アリスっ!」
蓮の思いっきり伸ばした手は、見事にアリスの手に届いたと同時に遊徒からアリスを奪い返した。その時アリスが薄らと目を覚ます。
「れん……?」
「大丈夫か。アリス」
アリスを抱えた蓮はゆっくりと望兎と菲針の元へ下りてくると、アリスをそっと下ろした。
「蓮くん。とんだ才能の持ち主じゃんか」
「まさにお姫様を助ける王子様のようだったよ」
「いや王子様ってそんな……」
「現にお姫様抱っこして下りてきたしね」
望兎さんと菲針さんがめっちゃ突っついてくる。菲針さんに至っては怪我してるんでしょ? 安静にしときなよ。
「ところでどうしてそんな能力が開花したのかね」
「分かりませんけど、蓮くんのアリスを助けたいっていう強い気持ちが大きく関係してそうですけど」
「それだけであんな力に目覚めるかな。もっとこう強い想いみたいなのが……。ひょっとして蓮はアリスのことが好きなんじゃないか?」
「ちょちょちょっと!? 急に何言い出すんですか? ば、ぼ、、別にあの、え、ほら、あのそうゆうんじゃな、なくて!」
蓮くんは顔と耳を真っ赤にして噛み噛みで言う。図星だなぁこれは。アリスもアリスでまだ意識が朦朧としている中で困惑している。ヒューヒュー、若い子たちの青春ですねぇい!
「あなた達! 何を盛り上がっているの」
突然若い男女の初々しい関係で盛り上がっている俺たちの間を割ってさっき蓮くんが飛び出した屋上から女性の声が聞こえてきた。全員がそちらへ目を移すと、眼鏡をかけた白衣の女性が立っていた。間違いなくこの施設の研究者だろう。
「あなた達ね。遊徒を殲滅しようと企ててるのは。そんなこと今すぐ止めなさい」
発言からして遊徒を利用する側、つまり俺たちの敵対関係にある人っぽいな。
「どうして遊徒が必要なんだい?」
「それは……。
出たよ遊徒ピア。一体全体何なのそれ。何をどうすることなの? でもこの人の発言には少し迷いがあった。完全にそっち側ではないってこと?
「
すると突然、徐々に意識を取り戻してきたアリスが屋上の女性に向かってそう呟いた。え、まさか知り合いだったりする? すると女性が声を震わせながら話し出す。
「アリスちゃん、久しぶり。こんなところで再開するなんて。ちょっとがっかりだわ」
「お前が、お前が遊徒を作っているのか?」
「……えぇ、そうよ」
「嘘だよな? 嘘だと言ってくれ! 輪堂ッ!」
すると輪堂と呼ばれる女性は黙り込んでしまった。一体二人はどういう関係なのだろうか。同じことを蓮くんも気になっていたみたいで。
「あの人は一体何者なん?」
「彼女は
アリスのスーツはとても凄い。あらゆる箇所に取り付けられたエネルギー放出パーツに、放出するエネルギーを調節することで技の打ち分けを可能にし、アリスを時速100キロでの飛行も可能にしつつ、その飛行や高度からの落下の衝撃を軽減。そしてそこまでの高性能スーツをアリス好みのデザインで作り、それを持ち運び出来るようにコンパクトなマスクサイズにまで縮小。これはちょっとやそっとじゃ制作出来ない代物だとずっと思っていた。そんなスーツを作ったのが、輪堂という彼女。相当腕が利くのは事実のようだ。
「どうして……どうして遊徒なんか作ってるの!」
「うるさいわよ……こっちの事情もろくに知らずに……。自由奔放なお嬢様は毎日が充実してそうで良いわね。羨ましい限りよ! ともかく私は何がなんでも遊徒を作って守らなければならないの……その上で遊徒を壊そうとするあなた達は邪魔な存在。まさにバグ。ここでデバックしておく必要があるわ!」
口調や表情を見て、彼女の精神がかなり不安定だということがよく分かる。輪堂さんは形相でこちらを指差して叫ぶ。
「行きなさい!」
すると先程アリスを連れ去ろうとした飛行系遊徒が彼女の背後から現れた。そうか。あの遊徒をプログラムしたのは彼女。だからアリスのスーツの弱点を知っていた。そしてアリスのことを酷く憎んでいたから連れ去ろうとしたのか、はたまた落下させようとしたのか。まさか緋多喜さんを殺した遊徒のプログラムも輪堂さんが? 彼女が怪しい研究者ってことなのか?
再び襲い掛かってきた遊徒の攻撃を何とか躱す。傷が浅いアリスが果敢に攻めるが、アリスの動きの癖を理解しているかのように遊徒は攻撃を躱す。恐らくスーツ設計の際にアリスの動きについて知られてしまっているのだろう。それに輪堂さんも「遊徒ピア」と言っていたなら、鳥使いや天狗から菲針さんのことや俺についての話も聞いているかもしれない。つまり彼女がこちらの手で知らない物となるとすれば。
「蓮くんだ」
「え、急になんすか?」
「この戦いの鍵になるのは蓮くんのその飛行能力だ。それで不意を突くことが出来れば、この戦いに勝てる」
「いやでもまだ慣れてないですし、出し方とかよく……」
蓮は渋々受け入れたのか決意を固める。蓮が頭の中で強く「出ろ!」とイメージすると、手足から先程のキラキラが噴出される。その勢いで蓮はまたも空へ飛び出した。
「うおぉっとちょっとまだ難しいよぉ」
飛行慣れしていない蓮くんは空中でどうにかバランスを取ろうとあたふたしている。まるで初めてスケート靴履いて氷の上に立った人みたい。
「背筋を伸ばして胸を張るんだ!」
飛行の先輩が蓮くんに向かってそう叫ぶ。言われた通りに蓮くんが姿勢を正すと、綺麗にまっすぐ飛行出来るようになった。しかしずっと飛び続けていると、キラキラの勢いが段々弱まっていく。
「ヤバい。どうにか出てくれ……!」
蓮くんが走るように手足を振ると、キラキラがより多く出て加速する。まるで空中を駆けているかのような蓮くんはそのまま飛行系遊徒へと突進した。すると見事に遊徒はその衝撃で倒れ込む。その隙を突いて菲針さんが真上からショットガンでトドメを刺す。
「チェックメイトだ」
久しぶりに出ましたチェックメイトだ。華麗に着地した菲針さんは背中の傷を気にもせずに飄々と立っていた。俺は菲針さんに抱えられ、アリスと蓮くんは飛行して全員で屋上へと馳せ参じる。そこには怒りの表情を浮かべる輪堂さんが居た。
「あなた達はまったく想定外のことを! 私のプランがすべて台無しよ!」
「輪堂! どうしてこんなことをするんだ? 人の役に立つ便利な機械を作りたいと言っていたではないか!」
「そんなの……疾うに諦めたわよ……」
「どうして……!」
「教えてあげるわアリスちゃん。この世界はね、どれだけ努力しても、どれだけ踠いても足掻いても叶わない夢だってあるのよ」
「そんな……!」
輪堂さんに何があったのか分からない。だが彼女は過去の経験から人の役に立つ便利な機械を作るという夢を諦めてしまったようだ。ヒーローになるという夢を追い求めているアリスとはまさに真逆の立ち位置に居る。
「あなたはヒーローになる夢に向かってひたむきに走っていて眩しいわね。仲間にも囲まれていて羨ましい限りだわ。でも許して。私はあなた達を消さなければならないの!」
輪堂さんの背後から今度は三体の遊徒が現れる。輪堂さんが呼び出す遊徒は皆β型だ。それにさっきの個体のように特別なプログラムを組まれているとなると突破は困難。というかどこから呼び出しているんだ? 遊徒たちは殺意マシマシで襲い掛かってくる。
「望兎、下がっておけ」
「大丈夫なんですか。あいつらも多分強いですよ」
「ノープロブレムだ。私たちは遊徒如きに屈しない!」
と言っても奴らが強いことに変わりは無い。だが奴らも腐っても遊徒。弱点は共通のはず。なら。
「アリス! フラッシュなら奴らを怯ませられるかもしれない!」
「把握した!」
アリスは前に出ながら右腕の放出パーツを突き出す。菲針さんはキャップを深く被り、蓮くんは上着で顔を覆い、俺はデカバックを掲げる。
『ジャッジメントフラッシュ!』
辺り一帯がライトオレンジの光に包まれる。そして明らかに三体の遊徒は動きが鈍くなっていた。
「なにっ!」
「今だ!」
菲針さんとアリスが一瞬にして三体の遊徒を破壊した。
「我ながら素晴らしい出来のスーツね……」
「あぁ。輪堂の作ったスーツは素晴らしい。だからもう一度、輪堂の夢を──」
「もう諦めたって言ったでしょ! 私は何が何でもあなた達をここで止める。こうなったらこの子を出さないといけないわね……」
なんだ? 何が来るって言うんだ。輪堂さんが白衣のポケットから片手サイズのディスクを取り出し、投げながら叫ぶ。
「行きなさい!
輪堂さんの手元から離れたディスクは空中で展開され始め、一瞬で遊徒の姿となるとカッコ良くヒーローのように着地する。俺たちが今まで見てきた遊徒は
「この子は私が独自に開発した高性能AIを持つ最強の個体。巨体、知能、飛行のすべての能力を合わせ持つ完全究極の遊徒よ」
γ型でさえアリスが瀕死になるほど強かった。さらにその上であるΔ型。一瞬の油断も大敵であるほどだろう。なんて考えていると。
「アリスっ!」
菲針さんの叫ぶ声が聞こえたと同時に俺の後ろにある高架水槽が大きな音を立てた。足元に冷たい水が流れてくる。振り返るとそこにはびしょびしょになったヒーローが倒れていた。
「蓮!」
アリスの状態を見て絶句していると、その視界にさらにもう一人が入ってくる。飛んできた蓮くんは屋上の柵に身体をぶつけ、鉄製の柵は容易く曲がってしまった。何が起きているんだ? Δ型の遊徒の仕業なのか? 振り返ろうとすると足元の水が少し跳ねた。下を見るとそこにはショットガンが転がっていた。
「菲針さん……?」
振り返ると、頭から血を流しながら遊徒の攻撃を何とかナイフで耐えている菲針さんが居た。
「望兎……! 君だけでも逃げたまえ! コイツだけは桁違いだ!」
逃げる? 俺一人だけ? そんなのする訳ないだろ。でも俺がここに居たところで、俺に何が出来る? 頭が働かない。このままじゃみんな死ぬ。じゃあ俺は逃げる? でもここは屋上。どうすれば。どうすればどうすればどうすれば……!
■
「であれば君に生きる意味を与えよう」
「え?」
「私はこの世界にもう一度平和を取り戻すためにあの機械たちを壊す旅をする。君は私に付いてくるといい」
「それって俺要ります?」
「あぁ必要だ。君のような素晴らしい頭脳を持った人物は中々居ないからね。作戦参謀として、私の助手として君を雇う。安心したまえ。私の助手になった暁には衣食住を保証しよう」
■
俺がこの旅に居る意味。生きる意味は、家事担当、作戦参謀だって思っていた。いやそうなんだ。だからこそ俺は戦わないことが普通、当たり前なんだとそう思っていた。でも、今俺に出来ること。輪堂さんの知っている情報に無いこと。それは──。
視線を下ろした望兎の視界にはショットガンがある。望兎は手を伸ばし拾い上げると、走り出す。
「俺を含んだこの場の全員が思ってもみなかったこと、それは! 前線に出る月見里望兎だぁあ!」
「なんですって!?」
リロードしたショットガンの銃口を前方に向けながら全力で疾走する。
「望兎!?」
「デルタ! 今すぐ離れなさい!」
引き下がろうとする遊徒を菲針さんがガッチリホールドする。
「どこに行くんだいデルタ君。もう少し私と手合わせしようじゃないか!」
まったく、君の奇想天外の発想には毎度驚かされる。やはり君の頭脳は素晴らしいよ、少年!
「やりたまえ! 望兎!」
「うおおおお!」
──バゴーン!
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