第21話 三匹の小動物
遊徒の研究所と思わしき山の上にある研究所には歩いて半日以上はかかるみたい。まぁ急ぐものでもないし、ゆっくりと行きましょか。歩いていると、「池内動物園」という看板が見えた。
「ねぇねぇ! あそこ動物園だって!」
「動物園?」
「そう! いろんな種類の動物たちが居るの!」
「アリスは動物が好きなのか?」
「うん! 特に小さい動物が可愛くって大好き!」
まぁ確かに。小動物って可愛いしな。
「そうか。では行ってみるか」
「いやちょっと菲針さん、そんな道草食ってていいんですか?」
「少しは息抜きも必要だ」
「そうだそうだ!」
「いやさっき飲み物飲んで休憩したやんけ」
「確かに……」
「騙されないでください菲針様! あれは単なる水分補給と道を聞いただけです!」
「一休みって言ってただろうが!」
「あんなもの息抜きの内に入らん!」
ほんと仲良いなこの人たち。
「望兎さん、良いんじゃないですか? そんな長々居座る訳でもなさそうですし」
「ほーら蓮だってこう言ってるぞ? やはり蓮はいつも冷静で助かるなぁ」
「蓮くん。賄賂でも貰ったか? 無理に言う事を聞く必要なんて無いんだぞ?」
「そんなもん渡すか!」
ということで何故か俺たちは動物園に行くことになりました。
中に入るとあの動物園特有の獣臭がブワァ。別に来たくない訳ではなかったんだけど。動物園なんて小学生の頃の校外学習みたいなので行った時以来だな。
受付を済ませて入ると、入口のすぐ傍に動物と触れ合えるコーナーがあった。お、ウサギじゃん。その中には数羽のウサギやモルモットなどが数匹おり、エサやりなども体験出来るみたいだ。自分の名前にも兎って入ってるから、ちょっとウサギには思い入れるところもある。エサだけくれてやるか。俺はふれあいコーナーへと踏み入れた。
「ねぇ。望兎がウサギにエサ上げてる……」
「エンジョイしているんじゃないか。そっとしておいてあげたまえ。そんなことより見たまえ二人共! この大きな籠の中にたくさんの鳥が飛んでいるぞ!」
そこは野鳥コーナーみたい。いろんな種の小鳥たちが、生息している地域ごとにその地域を模したようなインテリアの籠の中で飛び回っている。
「見ろ!
菲針さんはどうやら野鳥コーナーに家族の名前と同じ名前の鳥がいて興奮しているようだ。するとアリスが呆れたような口調で話し出す。
「やれやれ……。二人共お子ちゃまね。ウサギや野鳥なんて飼えるしそこら中に飛んでるわ。動物園は、動物園でしか見られない猛獣や珍獣を見るに限るのよ!」
そう得意気に話したアリスは一直線にどこかへ走り出す。仕方なく蓮はアリスを追いかける。
「はぁー! やっぱり
アリスは普段の声の一オクターブくらいトーンを上げて喋っている。
いやリスもまぁまぁ野生で居ると思うけど……。それにしても。
「皆さんお似合いですね」
蓮のその一言で三人が一斉にこちらに向いた。
「「なにが?」」
「なんでもないです!」
その後ライオンやパンダを見た四人は気づくと三時間近く入り浸っていた。
「長居しないだろうって言ったのは誰だぁ?」
「蓮」
「蓮だな」
アリスと菲針は問われた質問に正しく即答した。
「いやいやいや! 楽しんでたのは皆さんじゃないですか! 俺付いてっただけですって!」
「ていうか望兎だってあんだけ言ってて速攻でウサギさんにニンジン上げてたじゃん」
「思い入れがあるんだから仕方ないだろ。で、こんな夕方になっちゃってるんだが。なぁ、蓮くん?」
「いやだから俺は関係ないですって!」
「君も反対していれば拒否出来たんだよ! 待て!」
「なんで俺が怒られるんすか! 行こうって言ったの菲針さん!」
「私は長居する気なんてさらさら無かったぞ」
「裏切り者!」
こうして俺たちはまたも無駄な一日を消費してしまった。まぁ楽しかったから思い出にはなったけど。明日からはきちんと目指すべき場所を目指しましょう。
翌日。今日こそはちゃんと山の上の研究所を目指します。菲針さんと出会って今まで、たくさん歩いてたくさん走って。以外と体力は付いてきたと思うけど、やっぱり運動は苦手だな。マラソン選手とか競輪選手とか大変そうだなってテレビで見ながら思ってた。ああいう持久系の競技はどこでどのくらい体力を使うかっていうのも肝になりそうだから、頭も使わないといけないし本当に難しそう。
「中々山を登るのはしんどいわね……」
「流石のアリスも音を上げるレベルか……。上り坂な上に道もあまり整備されていないもんな……」
そんな俺たちを置いて菲針さんと蓮くんはぐんぐん登っていく。菲針さんは相変わらずフィジカルお化け。蓮くんはチャリずっと漕いでるだけであんな体力とかどんだけ乗り回してたんだよ。マジ競輪選手の才能しかないじゃん。
すると俺たちの横の茂みがガサゴソと音を立てる。その一瞬で俺とアリスの背筋が凍る。二人でゆっくり目を合わせて頷く。
(聞こえた……?)
(ウンウン……! 熊なのかな……?)
(そうかも……)
「「助けてー!」」
後ろから二人の助けを求める声が聞こえた。何事かと振り返ると、私たちの方へ走ってくる二体の化け物がいた。いや、よくよく見れば望兎とアリスだ。
「な、ななんだ二人共」
「菲針様助けて! ででででた! 出たの!」
「出た?」
「ク、クククククマが出たんだよ!」
「寝不足なのか?」
「隈じゃねぇよ熊だよ! 獣の熊!」
「なんだって!?」
この二人の焦り様。確率は高そうだな。
「あそこの茂みがね、ガサガサって言ったの!」
「熊に遭遇した際は変に刺激しないようゆっくり後ずさりするのが適切だと知らんのか」
「だって真横だったんだもん!」
──ガサガサガサッ!
「ヒエッ!」
先程の茂みがガサガサと音を立てて揺れる。望兎とアリスは菲針の背後に身を隠し、四人が息を呑んで茂みを見つめる。万が一本当に熊であり、追いかけて来た場合は即座に逃げなければならない。逃走の姿勢のまま様子を窺う。そして、その茂みの音を起こした正体が四人の目の前に姿を表した。
「……。なんだ、クマはクマでもアナグマじゃないか。クマと名に付くが、実際は熊ではなくイタチの仲間なのだ。土を掘るために鋭い爪を持っていることからクマと名付けられたんだ」
「詳しいっすね」
「昨日動物園で得た知識だ」
望兎とアリスは安堵して肩の力を抜いた。
「なーんだ驚かされちゃった。でも小さくて可愛い! おいで〜!」
アリスがアナグマに近づこうとするとアナグマは必死に出てきた方とは反対方向へ逃げていった。
「逃げちゃった〜」
「アナグマはいいから行くぞアリス」
「むー」
すると先程アナグマが出てきた茂みからほぼアリスと変わらないくらいの大きさの黒い動物が姿を表した。
「いぃぃやぁぁあああ!」
「ツキノワグマだ!」
「急げアリス!」
足が疲れていることなど忘れたアリスは爆速でこちらに走ってくる。その後ろを目をギラつかせた黒い個体が追いかけてくる。俺たちも一緒になって登り坂の山道を逃げる。
「死ぬ! 死ぬ! 体力も無いし熊来てる!」
「望兎! 声を出す暇があったら走れ!」
いつの間にかアリスに抜かされた俺は最後尾を走る。足は今にも絡まりそうで、熊の気配が徐々に徐々に近づいてきているのを背中に感じる。みんな今までありがとう。僕はここで熊の餌食になりそうです。
「仕方ないな……!」
俺の前を走っていた菲針さんは振り返りながらショットガンを手に取ると、やや斜め上に向かって一発撃った。山の中に重い銃声が響く。ツキノワグマは驚いたのかすぐに引き返して走り去っていった。
俺は膝から崩れ落ち、両手を地面に着く。
「はァはァ……助かりました、ありがとうございます……」
「無事で何よりだよ望兎。しばらく私が背負って行こう」
「助かります……」
菲針さんは体重56キロの俺を軽々背負い上げると、軽い足取りで山道を進んでいく。
「まったく、貴様は本当に足手まといだな望兎」
「お前のおかげで熊に追われたんだよ!」
「止したまえ二人共。こんなところで争っていては無駄に体力を消耗するだけだ」
「「ごめんなさい」」
意外と素直なんだよな二人共。菲針さんの言動力って凄まじいな。
「あ、見えてきましたよ皆さん! あそこの白い建物、あれじゃないですか?」
「ぽいな。菲針さん、ありがとうございます。ここで大丈夫です」
菲針さんは俺をそっと下ろしてくれた。
「外観もそこそこ綺麗ね。最近出来た建物感満載だわ」
「山道に優れたコンフォートタイヤの車がたくさん停まっているな。頻繁に出入りが行われていそうだ」
「まさに怪しい臭いがプンプンするわね!」
「グズグズしている暇もない。早速参ろうか」
俺たちは忍び足で近づく。山の中なのにも関わらず、この間の飴の生産工場とほぼ同じくらいの大きさだ。それに警備が厳重。分厚い門の前にはガタイの良い男性が二人立っている。こんな山の中じゃ部外者すら来なさそうだから暇そう。まぁ我々部外者なんですけれども。
「どうします? これじゃ入れそうにないですけど」
「裏の通気口を通ろう」
「え菲針様、本気? 絶対汚いよ!」
「もっと汚い場所で戦っていたんだが」
「血が飛び交う場所ですよね」
「あぁ」
「ゾゾゾ……」
え、血が飛び交う場所……? 菲針さんって何者なの?
「あの、菲針さんって戦闘員か何かだったんですか……?」
「あぁ、そういえば蓮には話していなかったな。私は国に雇われていた秘密組織、
「だからそんな武装してて強いんすね……。納得しました」
「半年くらい一緒にいるけど改めて聞いてもヤベェ人だよな」
「望兎も相当だがな」
「そりゃまた違うベクトルだろうがよ」
望兎さんは確か熱狂的なアイドルオタクだよな。
「望兎は機械のことになると周りを見れなくなって自分の世界に入ってしまうんだ」
「え、え? 機械?」
「そうか。そういえばアリスもその状態を見たことが無いんだったな。望兎はパソコンなどの機器のことになるとゴブリンになる」
「うーわキモ……」
「誤解しか生まない伝え方やめろ! あまりにも語弊がすぎるだろ! お前も素直に受け入れて引くなよ!」
「いや望兎なら有り得るかなって……」
「ねぇよ!」
「フヒヒとか言っていたではないか」
「うーわそれはゴブリンだわー」
「間違いないですね……」
「蓮くんまで引かないで? こうやって冤罪も生まれるんだ!」
「紛うことなき事実だよ」
「真っ赤な大嘘だろ!」
話の路線が逸れすぎていたが俺たちは建物の裏に回り込み、狭い通気口を通って中へ侵入する。確実に罪を重ねていっている気がするが、遊徒を強奪し、それに加担している者よりかは軽いだろう。だって世界終わりそうなんだもん。無事に潜入成功したかと一安心した瞬間。
「侵入者を検知。侵入者を検知。直ちに研究員は避難し、戦闘員は捜索に当たれ。繰り返す──」
マズいマズいマズい! 完璧にバレちゃってる! どっかで白衣纏って研究者になりすまして紛れて逃げるか? いや研究員証みたいなの流石にあるよなぁ。隠れても多分ダメ、立ち向かっても人は傷付けられないし、あぁどうしよう! これってもうあの手段しかないのかなぁ。
「逃げるぞ」
ですよねぇ! もう最近逃げてばっかだって! 指名手配犯になった気分なんだけど! てかそろそろなってもおかしく無いんだけど!
と言っても研究員たちは避難訓練でもしていたのだろうか。そう思ってしまうほど誰とも出会さず、いつの間にか施設はもぬけの殻に。そして俺たちの逃げ場も徐々に閉鎖されていき、まさに袋のネズミ状態。
「侵入者発見! 第三エリアの六番廊下だ!」
一人の男に見つかった瞬間に情報が一気に共有され、ぞろぞろと屈強な男たちが俺たちの元へ駆けつけてくる。君たちは蟻とか蜂とかなのかな? もしかしてここってアリの巣なん? 俺たちはいつの間にか黒服の男たちに囲まれて追い詰められていた。するとリーダーっぽい一人の男が問い掛ける。
「何者だ。どういう目的でここへ来た!」
「ここはどういった施設なんだい?」
「聞いてるのはこっちだ。質問に答えろ!」
「ケチだなぁ。教えてくれたっていいじゃないか。ここがどういう施設なのか気になっただけだよ」
「嘘を付くな! どうせ情報を盗みに来たんだろう!」
「根拠も無しに嘘だと断定するのは止めたまえよ。本当に我々はここがどういう施設なのかを知りに来ただけだ。で? こちらは答えたのだからそちらも答えてくれるよな?」
「そんな決まりは無い」
「意地悪だな。いつから君たちはそんなに汚い大人になってしまったんだ」
「黙れ。とにかくお前らは不法侵入罪で処罰する」
あーあ。遂に罪に問われちゃったよ。
「人生という二度と同じ物を作れないストーリーに罪人という汚れを付けたくはないな。仕方ない。教えてくれないのなら、聞き出すしかないか」
何時ぞやの徳川さんも鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギスって詠んだらしいしな。まぁ、この人の場合はそんな頭脳派な感じじゃなくて力づくなんだけど。
「さてと望兎、私の得意なお片付けの時間だ……」
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