第20話 全力プリティ♡チャーミング
俺と菲針さんは急いで一棟へと向かい、蓮くんからの情報でアリスたちが隠れているであろう辺りまで到達していた。しかしこの辺には警備員が居るらしいから慎重にって。あんたはズカズカ進むよねぇ菲針さん!
「ちょっと! バレたらどうするんですか!」
「もうバレているなら今更コソコソしたところで無意味だろう。捕まるなと言ったのは望兎ではないか」
「一回撒いたんだから見つからなかったら良いでしょうが!」
すると後ろから一人の警備員が追ってくる。
「君たち! ここは立ち入り禁止だ! 待ちたまえ!」
「待てと言われて待つ奴がいるか!」
そう言って菲針さんは俺を置いて走り出す。いやいやそれ悪役が言うセリフ! あと置いてくな!
「菲針さん! まだ二人が見つかってないんですよ? 先に見つかってどうするんですか!」
「二人共ー! 聞こえたら出てきてくれー! さっさと逃げるぞー!」
そんなんで出てくる訳ないでしょ。と思ったら目の前の扉がガチャリ。見覚えのある金髪少女と黒髪少年が姿を見せた。
「二人共走れ!」
二人は困惑しながら走り出す。なんでこんなことになるんだよー! あと俺が最後尾って終わってるよ!
後ろからは警備員さんがいつの間にか増えていて五人。そして遊徒が十数体。そして工場長と思わしき男性が一人。こんな鬼ごっこ久々すぎて足が死ぬ! 中学の何故か冬にやるあの鬼畜マラソンでもこんな全速力で走ったことないって! 段々脇腹が痛くなってくる。もうムリ……倒れる……。
「しっかりしろ! 望兎!」
俺は菲針さんに抱えられていた。菲針さんは廊下に置いてあった輸送前の飴を一つ手に取る。
「すまないが一つ頂くよ」
「こらー! 返しなさい!」
菲針さんはハァムと可愛らしい声を漏らしながら飴を口に咥えると、加速し始め、前を走っていたアリスと蓮くんも抱えて施設を出る。そのままの勢いで外壁を悠々と飛び越えると追ってきていた警備員さんたちに呼びかける。
「いつも美味しい飴をありがとう。もう少し待っていてくれ、平和を取り戻してくるから!」
誰が信じるんだその言葉! 向こうからすりゃ俺たちはただの不法侵入して飴一個盗んで逃亡した虚言吐きだよ!
とりあえず何とか逃げ切った俺たちはそのまま身を潜めるように近くのカラオケに駆け込んだ。
「よ……四人です……」
「か、しこまりました……504号室へどうぞ……」
「あり、がとう……ございます」
なんであんな青ざめた人が三人も居るの……?
俺たちは二時間カラオケのソファで休憩し、少し歌った。
「み〜んなのー、ちか〜らをー、あーわーせーてー!
「パーフェクトだなアリス! なんて上手いんだ!」
「ありがとっ! みんなもありがとうっ! まだまだ盛り上がって行くよー!」
「イェーーイ!」
なにこれ。なんでこの二人はこんなテンションハイハイマックスなわけ? ジャスナウちゃうねん。こっち走りまくってしんどいねん。なぁ蓮く──。
「いぇーい! 上手上手!」
なーにノリノリでタンバリンシャンシャン言わせてんだよ。そういえばこの子もチャリガチ勢だったわ……。えなに俺が体力無さすぎるの? 違うよね? この人たちが異常すぎるだけだよね!?
「おい望兎! いつまでそんなへたれ込んでいるんだ。相変わらず貴様はみっともないな!」
「うっさいわ! お前らが体力お化けなだけだろ! 元ニート志望舐めんな!」
「胸張んな!」
俺はやかましい歌を耳からシャットアウトしつつ、飲み放題のソフトドリンクで水分を取り、二時間みっちり使って体力を回復させた。ただ腹が減って仕方ない。とりあえずなんか注文しとくか。手軽にみんなで摘めるフライドポテトにでもしておこう。
「望兎も何か歌いなよ」
「俺はいいよ」
「みんな歌っているから一曲くらい歌いたまえ。意外とストレスも発散出来るぞ」
「あぁならストレス溜まってるんで歌いますわ」
あんたらに散々溜めさせられてるからな! まぁ実際カラオケ初めてなんだけど行ってみたいとは思っていたし、万が一今後誰かに誘われても良いように頭の中でシミュレーションしてたからな。よし、この曲で行こう。俺はタッチパネルの検索欄に思う曲名を入れる。するとヒットした一覧に想像していた曲があった。曲を入れて立ち上がるとマイクを握る。
「『全力プリティ♡チャーミング』? 以外な選曲だな」
「好きなアニメの推しのキャラソンなんですよ」
キャラソン。キャラクターソングの略。そのキャラにのみ歌うことが許されたそのキャラを表すかのような一曲。推しのヒロインの「
「とーどけよーう。私のスマイルゥ〜! 全力プリティ♡チャ〜〜〜ミングー!」
望兎。私は君ともう半年近く一緒に居るが、まだまだ知らないことが多そうだ。
「カモンッ! 私の〜一番はー、誰にも! 絶対に! 確実に! ユズらないんだからー!」
──ガチャッ。
「失礼しまーす。フライドポテトでー……す」
「………………」
「こちらに置いておきますね。失礼します」
──バタン。
「そろそろ二時間経ちますし、出ましょうか……」
蓮は空気を呼んでそう言ったが、菲針とアリスはフライドポテトに夢中だった。
「なにこれうんま!」
「アリス、このケチャップを付けるとさらに美味しいぞ!」
望兎はマイクの電源を切ると、ソファにすっと腰を下ろした。カラオケルームには女子組のワイワイとした声と『全力プリティ♡チャーミング』のオケだけが虚しく流れていた。
カラオケを後にした俺たちは行先に困っていた。
「すみません。遊徒の研究所じゃなくって。ここまで長かったし、危ないこともあったのに……」
蓮くんは思い詰めているようだ。自分が案内した場所が俺たちの目的地ではなかったからだろう。それに確かにアリスも俺たちも危険な目に遭うことはあった。
「そんなことないわよ。蓮のおかげでネカフェやカラオケに行けた。それに、危なかった少年の命も救えたんだ。人生山あり谷あり、行き当たりばったりだろ? 何も謝ることなんてない」
アリスの言う通りだ。ここが違ったならまた別のところを探せばいい。なんたってどこにあるのか分からないんだからな。
「ありがとう、みんなが優しくて良かったです……。俺、みんなと旅出来て良かったです!」
「ほらな、あの時言った今死ぬのは勿体無いとはこういうことがあるからだ。まだこの先何があるか分からない。でもそんな暗闇を手探りで進むのもまた一興だろう?」
何でもやってみなくちゃ分からない。何にでも挑戦することが大事ってことだな。
さて、段々肌寒くなっていくこの季節。空が暗くなり始めるのも早くなる。空はまだ五時前なのにも関わらず、夕焼け色へと変わっていた。一旦行先のことは忘れて食事にしますか。
本日のお料理はピーマンの肉詰め。以外とこれでピーマン克服した人も多いんじゃないかな。まぁこの中にピーマン嫌いな人いないと思うけど。
「ピーマン嫌い!」
「アリス、好き嫌いは良くないと言っただろう?」
「シイタケとピーマンだけはムリ! なんであんなにっがいの食べなくちゃいけないの? 栄養無いでしょ絶対!」
「良薬口に苦しって言ってな? 苦いやつほど栄養あるんだよ」
「なんでよ!」
「まぁピーマンに至っては熟れてないだけだけどな」
「なぜ青い時に食うんだよ!」
ワガママちゃんはほっといて作りますか。ピーマンのわたと種を取り除き、玉ねぎをみじん切りにする。合い挽き肉と混ぜ合わせて醤油、塩コショウを入れてさらに片栗粉を加えてたねを作る。片栗粉をまぶしたピーマンにたねを入れ、フライパンにサラダ油を引いて中火で焼く。その後にケチャップを付けて完成だ。
「はい。ピーマンの肉詰め」
「なんだこれは……! 初めて見るピーマンだ!」
「ピーマンの中にハンバーグが入ってるやつ」
「いただきます! ん〜! 美味い! ハンバーグの肉汁とケチャップでピーマンの苦味が弱まりつつ、肉の塩気とピーマンの苦味がマッチしているな!」
菲針さんなんか食レポ上手くなってね? どこで鍛えたのその才能。
「うん美味しいです。今度俺にも教えて下さい」
「いいよ、以外と簡単だから」
「ほら、アリスも食べたまえ。美味しいぞ!」
アリスは恐る恐る口に運ぶ。前歯でちょろっとだけ齧ると細々と咀嚼する。こりゃ多分椎茸よりピーマンの方が苦手だなこいつ。
「まぁ……食べれなくはない……かも」
「おお!」
菲針さんが喜んでいる。これは克服と言ってもいいんじゃないでしょうか。アリスはさらにもう一口。今度はさっきよりも大きく。
「やはり、望兎の料理は美味しいな」
ふんわり笑顔でそう言ってくる。
「そりゃどうも」
これでアリスも一つ大人になれたのかもしれないな。その後、少々雑談しながらの食事は続き、やがて片付けの時になった頃のアリスの皿は綺麗に何も無くなっていた。
翌日。行先が無くなってしまった俺たちはとりあえず彷徨っていた。それにしてもかなり都心からは離れたところに来た。こっちの方はまだそんなに遊徒の侵略が進んでいないみたいで、人影もちらほら見える。こっちの方は逆に研究所があるんじゃないかな。遊徒に襲われちゃマズいから、この辺り一帯には近づけないようプログラムされてるとか。
「ねぇーえ〜、退屈ぅ〜」
「しりとりでもするか?」
「つまらん。もっと面白い提案しろよ望兎。モテないぞ」
「もう割り切ったんだよ」
「はえぇだろ、ティーンが」
アリスはダラダラと気怠そうに歩きながらほざく。お前もティーンだろ。なんなら年下だろ。
「アリスこそ恋愛どうなんだよ」
「え。わ、私はそんな、ないよ!」
「なにが」
「えいや、なんにも?」
なんだこいつ。変に焦ってるよ。まだ若い小娘だからそういう話はまだ恥ずかしいんだろう。ま、ほっといてやるか。
望兎は望兎で鈍感だなと菲針は俯瞰して見ていた。そんな話をしていると、望兎たちは観光センターなる案内所を見つけた。
「あそこで聞いてみるとしようか」
「じゃあ俺と菲針さんで行ってくるから、二人はちょっと飲み物買っておいてくれ」
「了解」
望兎と菲針様はそう言って案内所へと二人で向かった。
「さてと、蓮。私たちはみんなの飲み物買いに行こ」
「うん。さっきあっちに自販機あったからそこにする?」
「そうね。そうしましょ」
ゆっくり歩いて向かう途中で少し会話を交わす。
「俺って何か役に立ててるのかな」
「なんで?」
「戦うのは菲針さんとアリスだし、料理作ったり纏めたりしてるのは望兎さんだし。俺が居ると迷惑なんじゃないかって」
「そんなことないよ。蓮が来てから望兎が気楽になったって言ってたし、道案内してくれたのも蓮じゃん」
「でも結局研究所じゃなかったわけだし」
「言ったでしょ? そんな生きるのに深く考えすぎなくていいんだって。私たちだって勝手に自由にやってるだけだよ?」
「でもそれじゃ──」
「生きている意味が欲しいっていうなら、これから見つければいいだけ。もしそれまでに何か意味が必要っていうなら、私は蓮が居てくれて助かったよ? 研究所の時に冷静な蓮が居なかったら私どうなってたか分かんない」
あの時蓮が居てくれたから、私は突っ込まずにそして捕まらずに逃げ出せた。
「一人でも冷静な存在が居れば、チームの安定が保てる。蓮はそんな存在だと思うよ」
「アリス……」
「まぁこれは飽くまでも蓮が本当の生きる意味を見つけるまでの仮の意味ね。まぁ一応事実ではあるけど。もしやりたいことが見つかって、この旅から抜けたいってなったらいつ抜けるかなんてそれぞれの自由だから」
アリスの優しい言葉は暗く淀んでいた蓮の心を明るく照らした。蓮は少々気分が楽になり、自分もこの旅に居ていいんだと自覚出来た。
「えっと、望兎がコーラで菲針様がブラックコーヒー。う〜ん大人だなぁ〜憧れるっ!」
「アリスは何にするの?」
「私はこのレモンティーにする。蓮は?」
「じゃあ俺は……スポドリで」
「トイレ行きたくなっちゃうよ?」
「それカフェイン全部そうだから。あと女の子がそういうこと言うもんじゃないよ」
やっぱちょっと望兎に似てきてるなぁ。
外に出ると丁度飲み物を買ってきてくれた二人が戻ってきていた。合流した俺たちは日陰のベンチに腰を下ろして一休みする。乾いた喉に冷たいコーラの炭酸が染み渡る。やっぱこれですわ。
「んで? 道は分かったの?」
「あぁ。詳しい情報は得られなかったが、何をしているかも分からない研究所が一つあると案内人の女性が言っていた」
「研究所!?」
「詳しい座標も教えてもらったから、休憩が終わり次第、すぐに向かおう」
「座標じゃなくて住所な?」
かなり有力な情報を入手した。どうやら白衣の集団が出入りしているという巨大な研究所があるという。それは山の上の森の中。そんなのもう怪しすぎやしませんか。
「トイレ!」
「アリス。言葉には気をつけたまえ。君はお嬢様だろう?」
「知らないわよ! 何を言うのも私の勝手でしょ!」
「ハァ……」
珍しく菲針さんが頭を抱えている。あの子をここまで教育していたご両親と執事の聡爾さんはさぞかし大変だっただろうなぁ。心中お察しします。
「待たせたな! アリス・レビリア、ただ今戻ったぞ!」
「いちいち疲れるな」
「さぁ行くぞ皆の者! 目指すは山の上の森の中! 怪しげな研究所! そこに必ず兄上が言っていた怪しい研究者も居るに違いない! さぁ、私に続けぇえ!」
こいつの情緒は本当に不安定だな。アリスを除いた俺たち三人は目でお互い同情すると、先々進んでいくアリスを見失わないように追いかけた。
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