第19話 波乱万丈

 残りの遊徒は二体。千早くんが後ろに居るからジャッジメントフラッシュは使えない。ならまずはこの技から!


『ジャスティスビーム!』


 後ろに居た一体は破壊出来た。でも手前の一体は……無傷? なんで? 私のジャスティスビームが効いてない?

 遊徒は右腕の刃を問答無用で振ってくる。ヒーローは咄嗟にライトグリーンの高熱の刃で応戦する。

 良く見ればこの遊徒の首元が黄色い! これって確か志門さんが言ってたβ型? いやそれは青。じゃあこいつは……?

 ヒーローは遊徒のその圧倒的な力で弾き飛ばされてしまう。遊徒は左腕を放射口へ変化させると、ヒーローに向けてくる。放たれたビームをヒーローは躱しつつ、少年を抱き抱えると一時撤退する。


「おいヒーローだろ! 何逃げてんだよ! ダッセェ! やっぱニセモンのヒーローじゃん!」

「……!」


 そうだ。私だってヒーローに憧れた存在。私も実力はまだまだだけど、敵に背を向けて逃げるなんてヒーローがすることじゃない。


「……千早くん、ありがとう」

「は? てかなんでお前俺の名前知ってんだよ」

「君のおかげで気づけた」

「だから何なんだよニセモン」


 たとえ偽物だと言われようとも、この子を救えるのは今、私だけ! 私にしか出来ないことなんだ。


「私が君の名前を知っている理由は、君を助けに来たからだ!」


 ヒーローは走ってくる遊徒に向かって飛んで行く。刃やビームを駆使して戦うが、やはり強力な遊徒には劣っている。徐々にその力の差が見え始める。スーツの装甲が破損していく。やがて弱々しくなったヒーローは遊徒は投げ飛ばされ、下ろされていたシャッターに背中を打ち付けた。

 遊徒は一歩ずつ少年へと歩み寄る。その腕の刃は血に飢えており、遊徒の視線は少年の首筋を捉えていた。少年までおよそ三メートル。その時横から放たれたビームによって右腕の肘から下が落下した。


「その子に……近づくな……!」


 狂気に満ちた眼が遊徒を睨みつける。遊徒は標的をヒーローへと移すと、左腕の放射口を刃へと変え、その目にも止まらぬ速さでヒーローの下へと移動しながら下から刃を振り上げた。ヒーローはその攻撃を咄嗟に躱して少年も前に移動する。振り上げられた遊徒の刃はシャッターをいとも容易く切断していた。

 明らかに今まで相手してきた遊徒とはレベルが違う! 赤がαで青がβならもしかして黄色はγ《ガンマ》? パワーもスピードもこの世のものとは思えない。

 遊徒はまたもそのスピードで近づいてくると刃を振るう。ヒーローは防ぐことが精一杯だった。


「もういいって! こんな敵、勝てっこ無いよ! 俺が悪かったからもう逃げようよ!」

「千早くん……。私は、君を守らなければいけないんだ……。こんなところで尻尾を巻いて逃げることなんて出来ない……」

「じゃないとお前が死んじゃうよ!」

「ノープロブレムだ……。こんなところで、Daybreak-Aは屈しない……! 必ずこの機械を打ち倒し、君を、お母さんの元へ送り届けるんだ。それこそがヒーローの役目だろう……!」

「お前……」


 私が憧れたヒーローは、決して逃げたりはしなかった。どんなに傷つき膝を着こうとも、必ず立ち上がって人々を救っていた。私は正義のヒーローDaybreak-A、少年一人守れないでどうする。命を賭してでも守り抜く、それがヒーローってものだろ!

 ヒーローは立ち上がり遊徒へ向かうが、またも遊徒に投げ飛ばされ少年の下へと転がる。


「こんな情けないヒーローですまない……」

「いや……もう良いから……!」

「少し眩しいから気をつけてね」


 ヒーローは立ち上がると、浮遊してスーツのあらゆるところから放射口を展開する。ここで確実に少年を守り、遊徒を破壊する。そのためには少々荒業になってしまうが致し方ない。ヒーローは全力を振り絞って技を放つ。


『プロテクション、グロォォォリアアアス!!』


 その咆哮と共に放たれた光の攻撃は一瞬にしてその場ごと遊徒を呑み込んだ。しばらく浴びせた後、ヒーローが地面へ倒れ伏せると、外傷が無い遊徒が膝を着いていた。どうやら多少は効いているらしい。再び立ち上がった遊徒の動きは明らかに鈍いが、確実に仕留めようと左腕の刃を光らせる。ヒーローは立ち上がることも出来ないまま、遠退く意識の中で最後に放った。


「ジャスティスビーム……」


 放たれた光線は見事に遊徒の顔面を貫き、そのまま機能停止した。


「大丈夫か!」


 私が駆けつけるとそこには少年とボロボロになって倒れているアリス。そして右腕を損失し、頭部を撃ち抜かれて倒れ伏せているγ型の遊徒が居た。


「まさかあのγを一人で打ち破ったというのか……?」

「あの! このヒーローを早く助けてあげて!」

「分かった。少年、君の名前は?」

栗崎千早くりさきちはや!」

「了解した。共にここから脱出しようか」




 アリスがショッピングモールの中へ突入してから一時間が経過していた。隣に居る女性は常に不安そうな顔を浮かべている。すると蓮くんが声を出した。


「あれ! 菲針さんじゃないですか?」

「帰ってきた?!」


 急いで視線を向けると、ボロボロのアリスを背負っている菲針さんと、その横を歩く一人の少年が居た。無事なのか? 俺たちは急いで駆け寄る。


「千早!」

「お母さん!」


 親子は再開を果たし、抱擁している。とりあえず千早くんが無事で良かった。だがアリスは意識を失っている。


「菲針さん、アリスはどうしたんですか」

「分からない。光が見えて私が駆けつけた時には倒れていてね。しかしその相手がただの遊徒では無かったのだよ」

「どういうこと?」

「β型のさらに上のランク、γ型が倒れていた」

「ガンマ?」

「あぁ。対群鳥用、と言ったところだろうか。もし万が一裏切るような者がいれば出動させ、確実に殺処分するという目的で作られた人を軽く超える戦闘力を持った桁違いの個体だ。数も五体しか作られていない」

「そんな奴がなんで……!」

「分からない。だがアリスは一人でその遊徒に立ち向かい、勝利し、少年を守った。まさに栄光のレビリア一族だな」


 β型でさえ菲針さんが手こずってたのに、それを超えるγ型を一人で倒すなんて、アリスは大したもんだ。まさにヒーローじゃないか。


「ねぇ、この人は大丈夫なの?」

「心配無い。少し気を失っているだけだ。少年も怪我は無いかい?」

「俺のことなんてどうでもいい! この人は俺が憧れた本物のヒーローだ! 命の恩人なんだ!」

「分かった。目を覚まし次第伝えておこう」

「じゃあ、俺はDaybreak-Aのことを信じてるって伝えて!」

「承知した」


 親子は深々とお礼をして帰って行った。さて、どうしたものか。アリスが目を覚ますまでは一旦待機かな。


「アリスは私が見ておく。二人は水と食料の調達に行ってきてくれ」

「分かりました。じゃあ行こうか蓮くん」

「はい」


 俺と蓮くんは近くのコンビニへと到着した。飲み物に食べ物に日常品も少々拝借。


「アリス大丈夫ですかね……」

「大丈夫だよ。何回か気絶しては復活してる」

「そんな断言出来ますか?」

「信じてるから」


 俺たちが調達を済ませて戻ると、丁度アリスが目を覚ました。


「千早くん、は……?」

「無事にお母さんと共に帰ったよ。君は俺の命の恩人、紛れもない本物のヒーローだったと言っていたよ」

「良かった……」


 何とかアリスも無事で良かった。何度こいつにはヒヤヒヤさせられるのやら。にしても強い遊徒たちがどんどんと増えている。これは用心しなきゃだな。

 そんなこんなで俺たちは蓮くんの案内によって謎の施設へとたどり着いた。いやはやここまで長い道のりだった。メロスが走った距離よりも遥かに長いもん。施設の外観は確かに厳重そう。外からの侵入は絶対に許さないと言わんばかりの外壁。その上には電気が走ってそうな有刺鉄線。こりゃ入れもしないし出れもしないな。そんなことを考えていると。


「では参ろうか」

「え? こんな高い外壁にあのトゲトゲの鉄線ですよ? どうやって入るんですか?」

「飛び越えれば良い話だろう?」


 そうだった。そうなんだよ蓮くん。この人は人であって人じゃない。誤解を招きそうだけどまあいいや、ほぼ事実だし。菲針さんは俺と蓮くんを担ぎ、アリスは菲針さんの指示で変身するとジャンプと飛行で軽々外壁を飛び越えた。ひとつ壁を越えるとそこはガラリと雰囲気を変え、本当に忍び込んでいる不審者のような気分になる。いや本当に忍び込んではいるんだけど。


「大丈夫なんですか!」


 蓮くんが小声で叫ぶ。大丈夫じゃないですよ。


「ノープロブレムだ。何かあれば逃げ出せばいい」


 そういう問題じゃないだろ。忍び込むことに問題があるんだよ!


「とにかくここが本当に怪しい研究者が居る遊徒の研究所なのかどうかを確かめないといけないわね」

「でもどうやって確かめるんだ? まさか中に入ってとか言わないよな?」

「それ以外どんな方法があるんだ」


 終わった。不法侵入する気満々の表情と言い草。本当にこの人は法律なんて気にしてないんだな。

 ということで俺たちは明らかに警備が厳重そうな施設をバレないようにこっそり進む。中は薄暗くひんやりとした空気が漂う。廊下の壁や天井、床は真っ白で汚れひとつ見当たらない。なんか土足で歩くのちょっと抵抗があるな。


「シー……」


 突然先頭の菲針さんが左手の平をこちらに向け、右手の人差し指を口元に添えている。広報の俺たちは一斉に音を立てないように止まり、アリスは声を出さないように頬を膨らませて両手で口を抑える。


「遊徒だ」


 廊下の曲がり角をこっそり覗くと、二体の遊徒が徘徊している。これは遊徒の研究所説が濃厚だ。少し進んだ先にこの施設の全体マップがあった。今俺たちが居るのは一棟。もう一つ二棟があるらしく、奥にある二棟の方が怪しそうだ。すると菲針さんが小声で話し出す。


「集団で動くと返ってバレやすい。ここからは二手に分かれて探索しよう」


 戦闘力のある菲針さんとアリスを分け、俺は菲針さんと、蓮くんはアリスと共に動くことになった。俺はアリスに通信機を渡して一度お別れした。




 私たちアリス蓮ペアは比較的安全そうな一棟を探すことになった。にしても人気も無いし音もしない。ちょっと不気味だなぁ。


「あのさ、アリスってなんでヒーローなんてやってるの?」

「え? そりゃあヒーローになりたいからよ」

「そんだけの理由?」

「うん。何かをするのなんてやりたいってだけで十分でしょ? 何かやるのにいちいち理由なんて考えるの面倒臭いじゃん。そんなことやってるの望兎くらいよ」

「そっか」


 そんな会話をしていると怪しい部屋を発見。ドアの窓から中を窺うと、大きなマシーンが左右に並んでいる。ちょっとワクワクする。


「ここは違いそうだね」

「え? こんな研究研究してそうなところなのに」

「どう見ても混ぜる機械じゃん。機械の開発にこんな機械なんて使わないよ」

「言われてみれば確かに……」


 入ってみたかったのになぁ。また今度にしよっと。

 さらに先に進むと今度はカラフルな液体が保管されている部屋があった。しかもドアの隙間から冷たい空気が洩れ出している。これはまさか。


「これは私のデイブレイクスーツの点検の際に聡爾そうじが塗っていたものではないか!? 即ちこれは遊徒開発に使われているものじゃない!」

「そうじ?」

「私の執事だ」

「てことは、それって多分グリスじゃない?」

「…………グラス?」

「グリス。潤滑油って言ってなんか滑りを良くするやつ。まぁ遊徒の節々にも塗られているとは思うけどこんな大量には要らないしそもそも冷やさないかな。固まっちゃうし」

「じゃああれじゃないか? あの車を動かすために入れる油!」

「ガソリンね。でも確か遊徒の動力ってモーターだったから多分電気じゃない?」


 ぐぬぬ……。蓮の奴少しばかり望兎に似てきてはいないか? 何となくこのうざったらしい即座の訂正。まるで望兎感だな。


「なら先へ進むぞ蓮!」

「う、うん」


 さらに進むとそこにはベルトコンベアがあり、何やら茶色い箱が流れてきている。そしてここには全身を白で包んだ研究員らしき人間がたくさん居る。


「もしやこれは遊徒のパーツ……? 何かしらの危ない光線を防ぐために研究員の奴らは白で身を包んでいるんじゃないのか!」


 それにあの謎の白い棒を大量に生み出している機械。まさしくあれは遊徒の制作に使われているパーツなのだろう。間違いない、ここは突っ込んで!


「待ってアリス。良く見てよあれ」

「なんだいちいち水を差すなぁ。あれ、は……飴? 菲針様が大好きな棒付きキャンディ!」

「もしかするとここって、飴の製造工場?」

「そんな……嘘だぁぁああ!」

「ちょっとアリス! 声デカいって!」


 すると廊下の先で声が聞こえる。


「誰だ! 誰か居るのか!」


 マズい、警備員だ! とにかく見つからないように隠れないと!

 蓮はアリスを引っ張って咄嗟に近くの物置部屋に身を潜めた。暗い部屋の中にドアの隙間から差し込む廊下の光が一瞬暗くなる。誰かが前を通り過ぎているのだ。蓮は必死にアリスの口を抑え、自分も息を殺す。アリスも状況を把握したのか暴れるのを止めて硬直していた。




「どう考えても人が少なすぎませんか?」

「確かにな。もっと人が歩いたりしているもんだと思っていたが」


 俺たち菲針望兎ペアは二棟を探索しているんですが、人も居ないし目まぐるしい何かも無くて正直退屈しています。


「うーん、もしかするとこっちの棟はもう使われてないのかもしれないですね」

「まぁな。もし一棟で何かあれば連絡が来るだろう。その時は速やかに駆けつけられるように備えておかなければな」

「そうですねぇ」


 そんなことを話していると俺たちは広々とした倉庫っぽいところにたどり着いた。トラックがたくさん停まっている。輸送用かな。ここはスルーかな。と引き返そうとすると。


「シンニュウシャ、ハッケン!」


 知能系遊徒! やはりここは遊徒の製造工場なのか? 菲針さんが一瞬で前に出る。腕の放射口を向けてきた遊徒は菲針さんの素早さに対応出来ずに一瞬で破壊されてしまう。すると菲針さんが粉々になった遊徒の傍にしゃがみ、声を掛けてくる。


「望兎、遊徒の腕から網が出てきた」

「網?」

「あぁ、捕獲用みたいだな。この個体はビームではなく捕獲網を出そうとしていたようだ」

「殺意が無い?」

「どういうことだ……」


 すると先程の遊徒が何か信号を出していたのか、倉庫の入口から六体の遊徒が乱入してきた。結局マズい状況であることは確か。


「望兎、ここは一旦撤退だ。何やら今までの遊徒とは違ってイレギュラーだ」

「同感。逃げましょう」


 俺たちは急いで反対の裏口から逃走する。遊徒たちはサイレンを鳴らしながら追いかけてくるが、ビームを放ってくる気配は無い。いろいろ引っかかるな。すると耳元の通信機がザザッとノイズを走らせる。


「望兎さん、聞こえますか。蓮です」


 するとめっっっちゃ小声の蓮くんの声が聞こえてきた。こんなゼロ距離に付けてる通信機でこんな音ちっさいことある? 音量をマックスにっと。


「どうした? 何か分かった? それとも何かあった?」

「一応分かったんですけど、今それどころじゃなくって」

「えぇ? どゆこと?」

「隠れてます」


 いやなんで? 何から?


「警備員さんに見つかりそうで」

「分かった。今俺たちも追われててさ、拾いに行くから待ってな」

「分かりました。あ、あとここは遊徒の研究所じゃなかったです」

「は? 今俺ら丁度遊徒に追われてんだけど!」

「ここ、飴の工場でした……」

「飴!?」


 飴という単語に俺の前を走っている女性が過剰に反応する。


「飴!? 飴とはどういうことだ望兎。飴がどうした!」

「ここどうやら飴の工場らしいです!」

「なんだって!? 私はなんと愚かな。こんな聖地に土足で踏み入るなど言語道断。素直に捕まろう」

「バカ! 何言ってんだこのポンコツ!」


 立ち止まろうとする菲針さんの背中を思いっきり押す。


「こら望兎! 罪を認めたまえ! 往生際が悪いぞ!」

「あんたは他に償うべき罪あんだろうが! 良いから逃げなきゃ今捕まりゃ何もかもお終いだ! アリスと蓮くんを助けに行くんだよ!」


 菲針さんは泣く泣く承諾してくれた。罪の意識どんなところで出してんだこの人は。

 何とか遊徒を撒いた俺たちは急いで一棟へと向かった。

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