第18話 憧れの存在

 だんだん季節は秋に近づいているはずなのに、どうしてもこんなにも外が暑いんだよおお!

 初夏なのか? 全然まだ半袖で平気、何なら丁度いいまであるぞ。どうしちまったんだよ四季! お前らは昔の季節の区切り方にでも戻りたいってのかよ! だからズレてんのか? 違う。人間の自然破壊や環境汚染からなる地球温暖化が本当の理由だってことくらい分かってる。でも例年そうなんだけどさ、数日前まであっつかったはずなのに週末挟んで月曜に外出たら途端に冬になってて極寒。いつからこんな季節感狂っちゃったんだろう。もう数百年後とか夏と冬の二季になってるんじゃないの?

 そんな与太話は置いといて、蓮くんと出会って早四日が経過していた。なんて時の流れは早いのかしら。一週間はさっさと終わって週末早く来て欲しいけど、一年一ヶ月はあんまり早く過ぎないで欲しいというジレンマ。ここ数年思っています。テストとか迫ってくるの嫌じゃん。


「あづ〜い。飲み物くれ〜」

「ほら、これでも飲みたまえ」

「ありがど〜ってぬる。こんなんじゃ飲んだ気になれないー! オアシスどこー!」

「大声出すな暑いんだから。オアシスなんてこんな国にある訳ないだろ。雨降るのを期待しとけ」

「こんな暑いのに雨なんて降ったら余計ムシムシするじゃん! それに髪の毛が湿気でうねるから雨降る方が最悪!」


 こいつの機嫌は料理でしか取れんなぁ。だが俺もアリス同様冷たい飲み物やアイスに飢えているところだ。すると。


「あの、ここ入りません?」

「なんだここは」


 蓮が指を差していたのはネットカフェだった。


「ここってネカフェ? 俺入ったことないな」

「ここなら料理も飲み物もありますし、シャワーとか漫画もありますよ」

「なんだその高級ホテルのスウィートルームのようなもてなしは!」

「本当なのか? にわかに信じ難いぞ。こんな目立ちもしない見た目の建物がスイートルームだと? 私は一応貴族で、いいホテルには何度か泊まってるからどれほどのものか拝見しようかしら」


 なんか貴族っぽい口調になってないか? あと別にスイートルームじゃないんですけど。確かに快適ではあるが。

 入るとまず鍵を借りられるカウンターがある。しかし店員は居ない。恐らくこんな世界で逃げたのだろう。俺だってバイトのことほっぽり出してるし。一応なんかATMみたいな機械でカード型の鍵を人数分借りられたので、一人一部屋使わせて頂く。部屋へ向かう途中にはくつろぎスペースのような場所と、本棚にはズラリと並んだ漫画類。聞き馴染みのあるタイトルもちらほら見えるな。他にもドリンクバーや小さな売店にはおにぎりや弁当、お菓子なども売っている。飴の存在も確認っと。


「なんだこの妙なワクワク感は!」

「菲針さん家だってこんな感じだったじゃん。カード型の鍵だったし」

「え、望兎は菲針様のお家行ったことあるの? ズルい!」

「もう絶対に二度と行きたくないけどね」

「え……?」

「見慣れたところと初めてのところでは訳が違うのだよ」


 エレベーターを使って上の階層に到着。俺たちが今回借りる部屋は五階だ。部屋に向かう廊下にはドライヤーやヘアアイロン、充電器なども置いてあり、ご自由にお使いくださいだって。シャワーもあるっぽいしもうここで暮らせるやん。

 今回は隣同士の二部屋とその正面の二部屋の計四部屋お借りしました。中々寛げるタイミングも無かったし、正直このところ寝袋三昧でうんざりしてたからようやくちゃんと寝れそう。ひとまず今日は早いけどここで休息することになった。


「じゃあまた明日」

「「はぁーい」」


 部屋の前で解散し、早速中へゴー。壁にある機械に鍵のカードを差し込むと電気が点く。中は結構狭いけど、一人にしては十分な広さ。正面にはパソコンがあって、床は一段高くなっていてクッションみたいな素材。クーラーとか換気扇もあって中々に快適そう。本来はパソコンで料理を注文出来るみたいなんだけど、多分しても誰の目にも止まらないんだろうな。とりあえず俺は運動不足で足がもうパンパンなので、一旦休息も兼ねて仮眠しようと思います。おやすみ。





 何時間経ったんだろう。窓も無い部屋で目が覚めた。お腹空いたな。一階のくつろぎスペースに食料あったからそれでも食べに行くか。鍵の管理はしっかりしないとね。

 廊下の時計は二十時を指している。一階に下りると、蓮くんが食事していた。


「お、蓮くん。何食ってんの?」

「あぁ望兎さん。カレーです」

「美味い?」

「まぁ。普通にカレーなんで美味いっすよ」

「俺一回さ、カレー作ったんよ。そしたらアリスに、何だこの下民が食べるみたいな食い物は……みたいなこと言われたかんね」

「えアリス、カレー知らなかったんすか?」

「まぁあいつ貴族だからね。あでもその後ちゃんと食べたら美味しいって言ってたよ」

「やっぱなんか住む世界違いますね」

「それなぁ。俺もちょっと食べ物探してくるわ」


 俺は一回蓮くんの下を離れて売店へと向かう。インスタントだけどコーンスープとか味噌汁とかもあるんだ。じゃあ久々にハンバーグとかにしてみるか。俺はレンチンするだけのハンバーグとお湯入れるだけのコーンスープを手に取り、簡易料理ゾーンへと向かった。

 給湯器でお湯注いで、電子レンジにハンバーグ入れて、結構減ってる炊飯器から米を装いで、ドリンクバーから今日はメロンソーダをコップに入れて氷も入れてっと。なんか小学校の頃なんちゃらの会みたいな帰宅地区が同じ人たちの集まりみたいなやつで一回バイキングに行ったことあるんだけど、それ思い出すな。


「望兎さん、俺食べ終わったんで先上がりますね」

「早。さっき食べ始めたぐらいじゃなかった?」

「カレーは飲み物なんで」

「はぁ……」


 出た。俺が人生で納得出来ないことの一つ。だってカレーは食べ物じゃん。あとついでにタピオカも飲み物なのか俺は怪しいと思ってるよ? 一回だけ飲んだことあるけどさ、モチモチしてるじゃん。本当にタピオカはで正しいのかいろいろ試行錯誤した結果、が一番丸いって解決したんだよな。そんなことはどうでもいいのだが、蓮くんはそう言って自室へと戻って行った。


 出来上がりました我が夕食が。まずはメロンソーダ。中々口にする機会無かったから結構嬉しい。うん、美味い。ただこいつも本当にメロンなのかどうかは審議だが、まぁ美味いなら何でもいっか。


「そうだ漫画読も」


 目の前の本棚を見て思い出した。近くで見ると、いろいろ知ってるタイトルから聞いたことだけあるタイトル、聞いたことも無いタイトルがちゃんと順番通りにたくさん並んでいる。正直本はあんまり読んでこなかった人生。漫画なら行けるかなと少し挑戦してみる。


「これにしてみるか」


 いろいろ見ていて気になったタイトルの一巻を手に取ってみる。『トツゼンの魔術じんせい!』っていう本。どうやらあらすじは社畜の主人公が人生に刺激を求めていたら、魔法使いの少女と出会って人生がガラリと変わるというファンタジー作品で、原作は東真奈美あずままなみっていう人の小説らしい。これにしてみよっと。

 ハンバーグを食べながら漫画を読む。キャラクターのデザインも可愛いしストーリーもギャグが混じりながらカッコいいシーンはちゃんとカッコいい。普通に面白いな。そこから二巻、三巻と読み進めていると。


「あれ、食べ終わっちゃった」


 もしかしてハンバーグこそが飲み物だったりする? ということで食べ終わって片付けた俺は漫画を二冊ほど手に持って自室へと帰還した。




 翌日。昨日はたくさん寝られた。初めてのネカフェだったけど、想像通りめちゃくちゃ快適だった。まぁあんまりゆっくりしすぎるのも良くないからこの快適な沼から重い腰を上げて出発するとしますか。


 中々の日差しが降り注ぐ。アスファルトの道路からは遠目にあの暑い時に見える歪みが確認できる。猛暑である。夏は暑いし冬は寒いし春は花粉と虫だらけだし。君だけが救いだよ秋。すると通りすがったショッピングモールが爆発した。ただもうこんなことでは驚かなくなっている自分がいることに驚いている。遊徒が溢れ出してから数ヶ月。至る所でボンボンボン。にしても人間は適応が早いな。すると中から数人逃げてくる。


「望兎、彼らの保護を頼む。アリス行くぞ」

「ラジャー!」


 俺はこちらに走ってくる四人に呼び掛け、安全な場所へと案内する。菲針さんとアリスはそれぞれ武装すると、四人を追いかけるように出てきた遊徒たちへと走っていく。

 あ、あの二人ってあんなに強かったの……?


「蓮くんもこっちに急いで!」

「あはい!」


 ショッピングモールの地下駐車場へと駆け込む。地上はやはりいつどこから遊徒が出てくるか分からないから危険だな。とりあえず菲針さんたちが来るまでここで大人しくしておこう。

 少しすると足音が近づいてくる。だがその音はやけに重い。これは……菲針さんじゃない。


「機械の野郎だ!」


 一人の男性が声を上げたと同時に皆悲鳴を上げて奥へと走る。マズい、この先はショッピングモールの中に繋がっているエスカレーターしか無い。上がれば中に居る遊徒たちと鉢合わせてしまう。どうにか脱却する方法は……。


「ココデ、シトメル!」


 寄りにも寄って知能系遊徒かよ。確実に逃げ道を潰しながら俺たちを隅へ隅へと追いやってくる。完全なる詰将棋だ。まさに王手。これは本当にマズい。横を見れば蓮くんも怯えてそうだ。どうにか俺が──。


『デイブレイクセイバー!』


 アリス……! 流石はヒーローだ!


「サンキュー助かった」

「勿論だ。市民の窮地を救う、それこそがヒーローの役目だ!」


 俺たちは今のうちに地上へと上がる。外の明るさが見えた時、その出口で一体の遊徒が待ち受けている。遊徒が両腕の放射口をこちらに向けてくる。すぐさま俺たちの前へ出たアリスはあの時の構えを取る。


『ジャスティスビーム!』


 アリスの腕から放たれたライトイエローの光線は遊徒の胴体を貫通しており、遊徒はそのまま背中から倒れた。


「フンッ! パ〜フェクトだぁ!」


 こいつは本当に菲針さんが好きなんだな。俺たちは無事に地上へと戻れた。被害者の四人を逃がそうとすると、一人の女性が必死に頼み込んできた。


「まだ中に息子が居るんです! どうか助けてください! お願いします!」

「落ち着いてください。分かりました。とりあえずここで待っておきましょう。アリス、菲針さんにも伝えてくれ」

「了解!」


 そう返事をすると、アリスは菲針さんの下へ飛んで行った。


 菲針様は確か中で戦っていたはず。あの時菲針様が念の為望兎たちの方を一度見に行ってくれと言われなかったら。想像すると身震いする。とにかく早く菲針様に男の子のことを伝えなきゃ。

 中へ入ると、二階と三階の床が抜け、吹き抜け状態となっている。その二階で菲針が戦う様子が伺えた。


「菲針様! まだ中に男の子が居るみたい!」

「分かった。必ず救い出そう。とりあえずアリスはその子を探したまえ。私はコイツらを片付けてから捜索する」

「ラジャー!」


 迷子の男の子はどんな行動をするだろう。その場に座り込んで泣く? お母さんを探して回る? それともどこかに隠れてる? とにかく探さない限りは見つからないよね。


「──アリス聞こえるか。男の子の名前は千早ちはやくんだ。年齢は9歳らしい」

「分かった。ありがと」


 9歳ってことは小学三年生。割と自信が付いてきて一番自由な時な気がする。とりあえず名前を呼べば返事してくれるかな。


「千早くーん! 居たら返事してー! 助けに来たよー!」


 ……。返事は無い。この辺には居ないのかしら。もっと他の場所を探してみよ。


 さて、少し手間取ってしまったが何とか片付いた。私も早く捜索しようか。先程望兎からの連絡で少年の名は千早、年齢は九歳らしい。とりあえず探し回った方が良いだろうか。遊徒を破壊しつつ捜索するか。


 全然居ない。このショッピングモールは六階建て。屋上と地下に駐車場がある。私は今五階に居るんだけど、この階にはおもちゃ屋があるから居るかと思ったんだけど流石に安直すぎたかな。


「千早くーん! どこー!」


 ……。居ないなぁ。そんなことを思っていると。


 ──タッタッタッ。


 足音? しかも結構軽め。そしてその後を追うように三体の遊徒が走っていく。まさか! 追いかけていくとおもちゃの剣と盾を持った少年が走っている。多分あの子が千早くんだ!

 チッ! 何なんだこのロボット軍団。俺の事を舐めてるのか? 俺は世界を守るヒーローだぞっ!


「喰らえ必殺、レジェンドブレード!」


 プラスチック製の刃は鋼の身体には傷一つ付けることは無い。ただ軽い音が寂しげなショッピングモール内に響いた。攻撃を受けた遊徒は片手で刃に触れると、グシャッと握りつぶして少年の背後へと放り投げた。


「え……俺のレジェンドブレードが……」


 絶望する少年に三体の遊徒は迫っていく。右腕を本物の刃へ変化させると、その刃を少年に向けて振り被る。少年がおしまいだと目を瞑った時。


『デイブレイクセイバー!』


 少年の耳には凛々しい少女の声が聞こえてきた。咄嗟に目を開くとそこには金髪ロングの青いスーツに身を包んだまさにヒーローが立っていた。ヒーローは肩越しに振り返りながら声を掛けてくる。


「怪我は無いか、千早くん」


 少年は初めて今まで憧れていたヒーローを目の当たりにし、感動していた。


「君はこの私、正義のヒーロー、Daybreak-Aが必ず守ると約束しよう!」


 少年はその時確信した。この人は本物のヒーローだと。

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