第17話 間の溝
さあて、研究施設の場所が分からない俺たちはどうすることも出来なくなってしまい、こんなところで予想外のハプニングによって足止めを食らってしまった。マジでどうしよう。今更目的地を別の場所にって他にどこ目指すんだよ。
「あの。研究施設って何の研究施設ですか?」
そういえば蓮くんにまだ何も話していなかった。ここで復習も兼ねて解説しておこう。
「まず俺たちは各々やりたいことのために旅をしながらあの機械兵器遊徒を壊して回る旅をしてる。そして我らが主戦力の菲針さんの妹さんが暴走した遊徒によって殺された。その遊徒の暴走の原因がもしかすると一人の研究者なんじゃないかという話を聞いて、その研究者が居るであろう遊徒の研究施設を目指すっていう話だったんだけど。生憎道どころか場所さえ分からなくてどうしようか迷っている、ていう状況」
「なるほど。なら案内しましょうか? 俺多分それっぽい場所知ってるんで」
「マジ!?」
「学校不登校だったんで適当にこの辺り一帯チャリでぶらぶらしてたんすよね。そしたら明らかにでっかい謎の施設があって、異様に厳重なんすよ。ずっと気になってたんで案内しますけど、その研究施設かどうかはぶっちゃけ分かんないっす」
これはデカい。なんていう奇跡なの。命を救った子が今度は俺たちを救ってくれるって。人生徳を積むもんですな。
「で、ここからそこまでどんくらいかかんの?」
「うーん、まぁ多分一週間」
あぁ。……あ? 一週間!?
「本気で言ってるの? 貴方一週間かかるところまで自転車で?」
「うん。暇だったから」
「ぶっ飛んでるわね」
おーいまたヤバい奴じゃねぇかよぉ。なんかまともな普通な奴はいないんですかねぇ! 競輪の選手とかなったら稼げたんじゃねぇか? 少年!
「仕方ない。場所が分からないよりマシだ。案内してくれ蓮」
「分かりました。方角はこっちです」
ということで俺たちは一週間もかけて研究施設へ向かいます。なげぇよ。ていうか元秘密組織の団員、現役ヒーロー、チャリガチ勢に混ざって一人運動不足のニート志望。無理よそんなの! 完璧に足手まといやんけ!
歩くなぁ。三人の足取りは何故あんなに軽いのだろうか。多分与えられた筋肉量が違うんだと思う。いや分かってるよ。筋肉は使えば発達するって。でも今は違うんだと思わせて欲しい。だって一歩の幅が違うんだもん。
「望兎遅い!」
「五月蠅い!」
若もんは元気だなぁ。もう十九にもなると足腰が衰え始めるのさ。いつの間にこうも落ちぶれちまったんもんかね。小学生の頃なんて二十分とかしかない休み時間でさえグラウンドまで走って友達と鬼ごっことかドッジボールとかやってたのになぁ。てかあんなに友達いたのに今はまったくいないもんなぁ。時の流れって本当に残酷だわ。
夜も更けてきた頃、たまたま通りかかったのは池の近くにあるキャンプ場。案の定客は一人もおらず、ビリビリに破れたテントが幾つか池に浮かんでおり、骨組みのみとなったテントは見事に地面に杭で打ち付けられている。こんなところにまで遊徒は来ていたのか。ただ長い夜を越すには中々に良いスポットだ。
テントを立てて、焚火を焚く。今日の料理は具材を適当にブチ込むだけなのに何故かバカクソ美味い鍋。いろいろ調達しておいた食材を入れていく。豚肉、椎茸、白菜、葱、人参、エノキ。そしてこのキューブ状の鍋の素を四つ投入して蓋をする。グツグツという音と共に蓋の小さい穴から湯気が上がる。今度はすき焼きもいいなぁ。適度に灰汁を取りつつ数分後。十分に火が通ったところでそれぞれ皿に盛ろうとすると。
「望兎。私シイタケ嫌い」
「こらアリス。好き嫌いは良くないぞ。そんなんじゃ大きくなれん」
「ぐぬぬ……菲針様に言われると聡爾の何十倍も重みを感じる……でも無理な物は無理! かれこれもう十年以上は口に入れていない! 私がヒーローとして撲滅する敵リストの中にシイタケも入っている!」
「なんだそのリストは。まぁそんなことより食べてみると意外といけるかもしれんぞ」
「菲針様の鬼~! 食べません!」
はーいやかましいです。ちゃんと食べてください。
「おいこら望兎! 貴様何してんだ! 今すぐその愚物を私の器から排除しろ!」
「食え!」
「やだやだやだやだやだやだやだやだ!」
「うるさい!」
「シイタケ嫌いーーー!」
……なんなんだこの人たち。まるで家族みたいだな。ていうかヒーローって何?
「あの、俺が椎茸二つ食べましょうか?」
「おお! 救世主現る! 君のような逸材を待ち望んでいたのだよ蓮!」
「あ、はい……」
まったくこのガキは。蓮くんとこいつが同い年って信じられんわ。
「とりあえず冷めるから早く食うぞ」
「「はぁーい」」
翌朝。あまりの寒さに目が覚めた。池の近くだもんな、そりゃ冷たい風が吹くわ。ふと横を見ればまたもお嬢様がいつも通りの姿でお眠りなさっている。その向こうには蓮くんが寝ていたが、俺とほぼ同時に起きたようだ。
「おはよう」
「はざいます。寒いっすね」
「ね。流石に寝てられなかったわ」
「ですね」
この小娘は爆睡してるけど。よくこの寒さの中で寝てられるな。尊敬に値するわ。
「起こした方が良いんすかね」
「いや、良い匂いしたら勝手に起きてくるからほっといていいよ」
「良い匂い?」
「うん。今から朝ごはん作るから」
「あぁ。了解です」
テントを出ると菲針さんが焚き火を焚き直してくれていた。
「おはよう二人共。よく眠れたかい?」
「いや寒すぎて中々眠れないですよ。てか寒くないんすかその服装」
「私はまったく」
「何者なんだよマジで」
「人間だ」
多分生物学上だけですこれ。
「まいいや。焚き火ありがとうございます。朝ごはん作りますね」
「いや、今日は私に作らせてくれないか」
「え、菲針さん料理しないって言ってなかった? てかなんで急に?」
「実はこの間みんなが寝た後にこっそり志門にレシピを教わっていたんだ。この間の鬼ころしタイタンスープとやらを再現して見せよう」
「オニオングラタンスープね。何その不気味なスープは。魔女が作ってる怪しいやつかなんかか。あと鬼ころしって酒だから」
めっちゃ心配だけど大丈夫なんだろうか。それ飲んだら死ぬとかないよね? まぁそれは流石に志門さんにも失礼か。
菲針さんはすっと立ち上がると俺に耳打ちしてきた。
「望兎は蓮と話してあげてくれ。男の子同士二人っきりの方が蓮も話しやすいだろう。恐らくいろいろと思ってることもあるだろうからな」
なるほど。だから今日は焚き火に料理を率先してくれてんのか。この人こういうところの気遣いが出来るのは大人だなとは思う。
「では二人は焚き火用の小枝などを取って来てくれないか」
「了解です。じゃあ行こうか蓮くん。料理は菲針さんに任せよう」
「大丈夫そうですかね?」
「うん。多分」
「多分って……」
俺は蓮くんを連行して森の中へと向かった。
背の高い木々が辺り全体に生えており、朝一の日差しさえもあまり地面までには届いておらず、キノコ類やシダ植物が生えている。自然って不思議なバランスで成り立ってるよな。そして地面に落っこちている小枝を拾いながら会話を交える。
「蓮くんはさ、実際どうなの。俺たちと旅すること」
「え、特に何も無いすけど。強いて本音言うなら可愛い女性二人と旅するのいいなって」
「あぁ。結局どうあの二人。大変でしょ相手するの」
「まぁ、そういう部分もありますね」
思春期男子やなぁ。やっぱり意識しちゃってるんだ? おいおーい。あんまり茶化すと嫌われそうだから程々にしとかないと。
「蓮くんは、やりたいことってある?」
「うーん、いや特に無いですね。まぁ死のうとしてたくらいなんで」
「そうか。じゃあなんでこの旅に加わろうって思ったの?」
「それは、正直皆さんが羨ましかったんですよ。こんな世界でも希望を持って生きてるのが。だから俺も付いて行ったらもしかしたら希望持てるかもって思って」
確かに客観的に見るとそう見えなくもないか。まぁでも確かに希望は捨ててないか。こんな世界でもまだ平和を取り戻すなんて言ってる訳だし。
「生きてさえいれば意外と希望は見つかるもんだよ」
「どうだか」
「俺も希望無い人間だったからさ」
「そうなんすか?」
「うん。ずっと生活費のために働いてて、何のために働いてまで生きてんのか分かんなくなって死んでもいっかなって思ってたら菲針さんに助けられたんだよね」
「確かに。特に意味の無いことをずっとやり続けるのって憂鬱ですよね」
「そう! あとめっちゃそのバイト先の店長が苦手でさぁ、なんか俺にだけ必要以上に口うるさく言ってくんのよ。あとこれやってあれやってって言ったくせに言われた時にやってたことちょっと放置してたらすぐこっちは? とか言ってきやがってよ! もう二度と人生において会いたくないね」
「ははは! 大変ですねそれ!」
「おおいなにわろてんねん蓮!」
「ゴメンなさい!」
ようやく笑ってる蓮くんを見ることが出来たような気がする。何となく笑われてるのは不服だが、まぁ良しとしよう。
ある程度小枝を拾った俺たちは菲針さんたちの下へ戻る。帰ってくるとアリスがほっそい目のままちょこんと椅子に座っていた。ありゃ起きてきたばっかだな。
「おかえり二人共。小枝の調達ありがとう」
「いえいえ、俺達も随分仲良くなれたしね」
「はい!」
「ほう、それは何よりだな」
──ズズズ。
「えなんか前のとちょっとちがーう」
「なっ!?」
あのアリスが朝ごはんを食べていきなり元気にならないだと? そして菲針さんはショックのあまり少女漫画とかでよく見る白目の画像みたいになってる!
「望兎……やはり私に料理は向いていなかったらしい。自粛する……」
寂しそうな背中はとぼとぼとテントの中へと消えていった。まぁ蓮くんのためを思っての行動でもあったんだから後で慰めとくか。とりあえず俺も味見してみよう。……うん、不味い。味薄いし、玉ねぎ切れてないし、チーズもあんまり溶けてない。でも料理やったことない人がここまでやってみんなの分を一生懸命作ったのは褒めてあげるべきだよな。
俺は菲針さんが作ったスープに胡椒を振って食べた。冷える池周りでの暖かいスープは身体全身に染み渡る。後で慰めついでにお礼も言っとこう。
キャンプ場を後にした俺たちは再び歩き始める。にしても一週間ってあまりにも長すぎる。
「蓮って特技とかあるの?」
「特に無いよ」
「ほんとに? 望兎みたいな平凡な奴でも料理出来るのに」
「本当に何も無い。アリスがみんな必ず自分にしか出来ないことがあるって言ってたけど俺には無いんだよ」
「んーそうかなぁ? 絶対蓮にも私たちに出来なくて蓮にしか出来ないことがあると思うんだけど」
「どこが?」
「別にね、能力だけが出来ることじゃないんだよ。物理的に私たちに不可能なことでも蓮が可能ならそれは蓮にしか出来ないことなんだよ」
「ごめん、ちょっと何言ってるのか分かんない」
「なんでやねーん」
確かに物理的に可能なことでもその人にしか出来ないことではあるのか。天狗に襲われたあの時、まさにアリスを救えたのは物理的に俺しか居なかった。あの時アリスを救うことが出来るのは俺だけ。それがアリスの言うその人にしか出来ないことなのか。
「別に焦る必要は無い。自分のやりたいこと、すべきことなどは生きていれば自ずと見つかるものだ。無理に取り繕ってやりたくもないことをやりたいと言ってしまえば周囲の人間はそれが嘘か本当か分からず、そのままその言葉を鵜呑みにしてしまう。自分を騙してまでやりたくないことをやってしまうとそれこそ生きるのがつまらない。だから常に思ったことは口にするのが吉だと私は思う」
にしても菲針さんは口に出しすぎだけどね。アリスの両親の前で守りませんとか言ってたし。
「望兎もそう思うだろ?」
「え? 俺は別に取り繕うのも必要だと思うけど。嘘をついて厄介事から逃げるのも立派な手段だし世渡り上手だと思うけどね。まぁ上手くやんないと逆に絡まるけどさ」
「それは君のような器用な者にしか出来ないだろう? まぁとりあえず人によって考え方もまったく違う。蓮は蓮の思うように生きるといいさ」
そう。考え方は人それぞれ。どう生きるか、何をするかなんて存在する人の数だけ存在する。そこに決まりなんて無いし皆自由に生きている。とりあえず生きている方が死ぬよりはマシなんじゃないかなと、最近は思うようになった。
「蓮くんは今、本当にやりたいことはある?」
「うーん、今はとりあえず皆さんと一緒に旅をして、希望を見つけたい。ですかね」
「よし、じゃあそのために俺たちも協力しようかね」
「すみません、俺のために」
「いいや? 俺たちは君の案内が無いと目的地にたどり着けない。そのついでだよ。勘違いだから別に謝らなくていいよ」
「そうですね、分かりました。改めて宜しくお願いします!」
俺たちと蓮くんの間にあった少しの溝がかなり埋まったような気がした。
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