第16話 人生の考え方

 俺と菲針さんはアリスの目が覚めるまでのしばらくの間、少し作戦会議と称し、今後の計画を立てていた。


「もしも菲針さんの見解が正しかった場合、群鳥は遊徒の強奪に関与しているどころか黒幕な可能性が出てきますよね」

「うむ……。考えたくもないが、私はしばらくの間犯罪集団の一員として行動していたというのか」

「となるとルーカスさんが言っていた怪しい研究者っていうのも群鳥の人の可能性がある?」

「それは無いな。群鳥は飽くまでも戦うために結成された秘密組織だ。そのような研究者などは一人もいない」

「つまりその怪しい研究者は遊徒を開発していて、でも群鳥ではなくて。もしかすると今回の遊徒盗難事件とは関係なかったり?」

「だが噂によるとそいつが改造したであろう遊徒が暴走して緋多喜は殺された。どの道そいつを許す訳にはいかない」

「じゃあまずはその遊徒の研究施設にでも行ってみますか。何か得られる情報があるかもしれないし、その研究者だって居るかも」

「そうだな、私も賛成だ。あとはアリスが目を覚まして我々の作戦に協力してくれるかどうかだが……」

「アリスならすぐ目覚ましてまたハーハッハッハとか言うはずでしょ。信じて待ちましょ」

「あぁ」


 俺は何か食べ物を探しに病院の売店へと足を運ぶため病室を出た。菲針さんはアリスがいつ目を覚ましてもいいように傍に居てあげるらしい。まぁアリスも目覚ました時に俺より菲針さんが目の前に居た方が喜ばしいだろう。

 無事に売店に到着した。さてさてその品揃えやいかに。中は明るい白い蛍光灯が光り、見舞いに来たのであろう人や患者の服を着たご老人たちも歩いている。陳列棚には栄養豊富なエネルギーバーや鉄分を取れるドリンク、あとはシンプルに見舞いと言ったらの果物などが置いてある。その他にも日用品やらお菓子やら割となんでも売ってるんだな。仕方ない、飴も何個か買っていくか。俺は菲針さんから預かっていたお金を手に、商品籠を片手にレジの列へ並ぶ。ここにはちゃんと店員さんが居るからお金を払わないとちゃんと窃盗罪になる。あの人だけは連れてきちゃダメなゾーンだな。いや店員居なくても窃盗に変わりは無いんだけどね!


「お次の方どうぞ」

「お願いします」

「エネルギーバーが一点、ドリンクが二点、リンゴが二点、ティッシュが一点、絆創膏が一点、飴が……二十五点? お客様、こちらはお間違いないですか……?」

「あ、はい。すみません間違いないですぅ……」

「あ、失礼しました……。合計で三千百九十二円になります」

「あじゃあこれで」

「五千二円お預かり致します。千八百十円のお返しとレシートです。ありがとうございましたー」

「あいざまーす」


 はい俺絶対病院の売店で飴大量に買ってく変な人になってる~。店員さんたちの他愛もない世間話で「えてかこないださあ、棒付きの飴二十五個も買ってく男の人いたんだけどー」って言われる~。まぁ良いんですけどね、もうここに帰ってきてお世話になることなんて二度と無いと思うんで。さぁ早く菲針さんとアリスのところ戻ってリンゴ切ってあげよっと。ん待てよ? 病院で刃物使うのってあんまり良くなくね? ……仕方ない。齧り付いてもらおう。うん。リンゴミスったな。




 あれから数日が過ぎようとしていた。買ったリンゴも黒くなり始めている。俺と菲針さんの表情もだんだん曇り、言葉を交わす機会も減った。ただアリスが目を覚まし、またみんなで旅をする。そんな明るい未来がどこか現実逃避のような遠いもののように感じてしまう。アリスはもう——。無意識に俺の視線は何故かアリスの心拍数を示すモニターへと向けられていた。

 数時間後。ようやくアリスが薄らと目を開いた。俺と菲針さんは急いで声を掛ける。一時はもう目を覚まさないのかと一瞬嫌な想像をしてしまったが、無事にアリスと再会することが出来た。まだ弱々しいアリスは視界に映った俺たちの名前を細々とした声で呼ぶ。何故か自然と目頭が熱くなる。俺は急いで医師に連絡を入れる。少しすると病院の人たちが駆けつけてくれて、アリスはなんとか一命を取り留めた。

 正直怖かった。俺は数か月前、両親が事故に遭ったと連絡を受けてから生きている両親には会えていない。最近あまり意識して見ることが無かった見慣れたはずの二つの顔が血色が無くなり微動だにしないあの非現実感の溢れる感覚。さっきまでのアリスを見ていてその感覚がふとフラッシュバックした。あの時の後悔と悔しさしか残らない感情。その感情がまたしても込み上がってきていた。だが今俺の目の前の金髪の少女は確かに生きている。息をして目を開いて微笑んで。俺はアリスの両親に守ると誓った。俺は彼女の命を守ることが出来たという喜びよりも彼女が目の前で微笑んでくれていることへの安堵が遥かに上回っていた。


「おはよう、アリス」

「望兎……おはよぅ」


 毎朝のなんでもない日常会話が全く別の意味として聞こえる。いつもの寝起きのふわふわアリスとは似ていても全く違う弱弱しいおはよう。しかしこの声が再び聞けることの喜びを俺は噛み締めた。


「リンゴ食うか?」

「うん」


 俺はベッド横にあるボタンを押し、ベッドごとアリスの体を起こす。俺はビニール袋の中から黒くなりかけのリンゴを一つ取り出して差し出す。


「ほれ」

「なんか……黒くない?」

「お前が思ったより寝すぎててリンゴも待ちくたびれてんだよ」

「ごめん……。あと、切ったりしないの? それこそ、うさぎリンゴとか憧れるんだけど」

「すまん、刃物が無いというか病院で刃物使うのは危険というか。とりあえずこのまま齧り付いてくれ」

「そんなことある!?」


 少しずつだが調子を取り戻しているみたいだ。このまま元気になるのもそう遠くはないだろう。またみんなで旅をすることが出来そうだな。


「刃物なら私が持っているぞ。切ってやろうか?」

「「結構です」」

「菲針さん。絶対に武器は出さないで下さいね? 法律なんて守ってられるかぁなんてのが罷り通る訳ないんで」

「まぁ病院にいる人たちを怖がらせてしまうのはしておこう」


 また変な屁理屈言ってこないで良かった。




 それから数週間経過した。徐々にアリスの容態は回復していき、やがてアリスにも退院が言い渡された。


「ハーハッハッハ! この私アリス・レビリアは本日を以てまたもこの暗黒郷あんこくきょうへと舞い戻ってきたぞ! この世界に平和という名の朝が訪れるまで、私は絶対に屈しないぞ!」


 えー皆様、レビリア一族のお嬢様が通常運転へと戻られました。あの涙を返したまえよクソガキ。菲針さんっぽく言ってみました。ということで、とりあえずアリスが眠っていた間に俺と菲針さんで立てた計画について聞いてみる。


「俺と菲針さんで話し合ったんだが、遊徒を改造したであろう怪しい研究者とやらを探すためにまずは遊徒の研究施設に向かおうと思ってるんだが、アリスはどうだ?」

「確かに研究者がそんなに外を出回るとも思えないし、国が動かしているんならその人たちもきっと安全な場所に匿われているはず。行けばそこに居そうね。賛成だわ」


 ていうかそうか。遊徒の制作計画って国が秘密裏に動かしてたのか。そうなると俺たちの敵っていずれ国になったりしないよね? 流石に規模がデカすぎる。勘弁願いたい。


「では全会一致だな。それでは研究施設へと参ろうか」

「おー!」


 こいつマジで元気になったな。

 そうして俺たちは病院を出て研究施設があると思われる方向へと歩き出した。二人の歩くペースは俺とは段違いに速い。先々行き過ぎなんだよまったく。ん……? これは、血? まぁこんなこと言うのもなんだけどこんな機械兵器がうじゃうじゃしてる世界で血が散ってるのは何も変なことじゃないか。しかも病院の前だし、駆け込んだ怪我人の血かなんかだろ。そんなことより急がないと置いて行かれちゃう。俺は少々駆け足で二人の背中を追いかけた。




 病院を出てから数時間。ずっと歩いています。にしてもここは都会だなぁ。どこ歩いても高いビルばっかり。都会生まれ都会育ち都会在住十九年ともなると少しは田舎での静かで長閑のどかな暮らしに憧れるもんですなぁ。なんかほんとに空気も美味しいらしい。空気美味しいってなんやねん。空気に味無いやろ。

 都会の排気ガスなどで汚れた空気よりも田舎の綺麗な空気の方が遥かに美味しいです。

 まぁ田舎暮らしってほぼキャンプみたいな感じかな。てことは最近野宿とかキャンプグッズでキャンプ飯やってみてるけどあんな感じか。

 違います。そういった村も確かにありますけど、田舎にもショッピングモールくらいあります。あとさっき空気綺麗で美味しいって言ったけど前言撤回で。近所の畑でなんか燃やしてる時とかむっちゃ煙いです。電車のドアの隙間から入ってきた時とかマジで車内が煙の臭いまみれになって地獄です。はい。

 なんか知らない声が聞こえた気がするけど気のせいでしょう。その時突然、俺の前を歩いているアリスが立ち止まった。ねぇ、あれ……と言って指を差す先を見ると、高いビルの屋上に一人の少年が立っている。しかもかなりギリギリのところだ。その状況を見れば誰であろうとこのすぐ後に訪れる嫌な未来を想像することが出来そうだ。


「飛び降り……?」


 ──もう限界だ。こんな訳の分からない世界で生きていたって何の意味もない。元々この世界のことは大嫌いだった。世の中なんて理不尽だ。頭の良い奴、金がある奴が良い暮らしをして、俺みたいな何の役にも立たない落ちこぼれは社会の隅へと追いやられ、やがてただ働くだけの社畜と成る。そんなゴミみたいな世界がとうとうこんな終わった世界になっちまった。なら尚更生きている意味なんてありゃしない。最期は昔からの夢だったを叶えるために、飛び降りて死のう。

 少年はゆっくり瞼を閉じると、そのまま体重を前方に掛け、全身を空中へと預ける。全身に勢い良く風が当たる。少しもふわりとした感覚は無い。だが今少年は夢にまで見た空を飛ぶことを体感し、悦に浸っていた。さぁ後は死ぬだけ。そうすればこの汚れた世界ともおさらばだ。そう思っていたその時、少年の身体は想定よりも早く何かに接触し、風は横から感じる。それに痛くない。少年が目を開けて見上げると、目の前にはつり目に紫の濃いめのアイシャドウを塗った黒髪の才色兼備な女性が居た。

 なんだよこの状況。もしかしてこの女が俺のことを助けたのか? 俺は死ねなかったのか? 生きているのか? 何してくれてんだよこいつ!


 菲針さんは華麗に着地すると、抱えている少年を下ろした。俺とアリスが駆け寄ると、どうやら少年は激怒している様子だった。


「何してくれてんだよ! こっちの事情もろくに知らずに、勝手に善人ぶって助けてんじゃねぇよ! 俺はさっさとてぇんだよ!」


 一体何があったんだろう。しかしこの少年の目、この感じは数か月前の俺と同じ気がする。まずは事情を聞くことにしよう。


「事情とはなんなんだ?」

「……こんな世界で生きる意味なんて無いだろ。元々俺みたいな奴が生きづらい理不尽な世の中で、そんな世界がこんな地獄と化したんだ。まさに生き地獄じゃねぇか。俺はさっさとこんな人生辞めちまいたいんだよ!」

「やっぱりそうか。前の俺と同じだな」

「は? こんな世界で人助けして、女二人と歩いてる奴が同情してんじゃねぇよ!」


 悪いがこの人たちにそんな気は無いし、なんなら面倒見るのめちゃくちゃ大変なんですけど。でもこの二人容姿はマジで美人だもんな、そりゃ外面だけ見たらそんな勘違いもするか。


「俺も前は死んでもいいと思ってた。何のために働いてるのか、何のために生きてるのか分からなくなって命を投げ出そうとしていた。その時に君を助けたこの人に俺も助けられて生きる意味を見つけるために付いていくことにしたんだ。あれから約半年経った今、気づいたんだよ。じゃなくて、だって」


 俺も菲針さんもアリスも、自分たちがやりたいことを叶えるために旅をしている。世のため人のために働いて社会に貢献して。でもそんなロボットになるなんてそんな人生のために生まれてきて生きている訳じゃない。自分がどう生きたいか。それこそが生きる意味、生きるために大切なことなんだと俺自身気づいたんだ。

 少年はあまり納得が行っていない様子だ。するとアリスが前へ出てきて少年へ話し掛ける。


「生き方なんて人それぞれ、みんな役割があるの。確かにどう生きたいかが大切なのはそうだけど、それが無い人間だって居る。私はその人にしか出来ないことが必ずあると考えてる。貴方もきっとそのはずだわ」

「俺にはそんなものは無い……」

「ならそれを見つけることが先ね」

「だから……! 俺はもう——」


 少年が声を荒らげようとしたその時。その声を抑えるかのように菲針さんが遮った。


「君は今いくつだい?」

「……は? なんだよ急に。……17だよ」

「なら今死ぬのは勿体無いね。君はまだこの世界で十七年程度しか生きていない。その程度で世界がなんだ人生がどうだなんて語るのはこの世界をあまりにも知らなさすぎる。もう少しこの世界について学びたまえよ」

「うるせぇよ! 逆にあんたらに俺の人生に口出しされる筋合いなんてねぇだろうが!」

「確かにそうかもしれんな。だが我々は目の前で人が死ぬのを見て見ぬふりは出来ん。もう少し生きてみれば、もう少し人と関わってみればこんな世界も少しは変わるものだ。どうだ少年、私たちと共に旅をしないか?」


 まさかの結論。確かにここでこの少年を見過ごして殺すのは気が引ける。それに志門さんともお別れして男仲間が不足していたところだし丁度いい。だが彼にとって究極なお節介であることも確かだ。勿論付いて来るか来ないかはこの子次第だな。


「あんたらに付いていってなんのメリットがあるんだよ」

「はぁ。君たちのような年頃の男子は揃いも揃って頭が堅いね。だからそんなに自分を卑下して飛び降りようとするんだ。いちいちメリットデメリットを考えたり、生産性を考えたり、頭の堅い人間はみんな意味が無いと何もやろうとしない。だからそんなに退屈で面白味の無い人生をただ生きているんだ。もう少し自由に生きたまえ。ただ楽しく人生を謳歌する、そこに意味なんて必要なのかい?」


 まぁちょっとイラッとしたけど正論ではある。そう考えると確かに俺も今と前じゃ考え方も少しは変わっているような気もする。この自由奔放な二人の傍に居る影響だろうか。少年は菲針さんの的を得た言葉に狼狽えたのか先程までの勢いを失う。少しの間考えると、少年はその口を開いた。


「……分かったよ。あんたらに付いてってみることにする。本当に人生が変わるとは到底思えないけど」

「人生山あり谷ありなどという言葉もあるだろう? この先君に何が起きるのか、それは誰も分からないのだよ。村瀬菲針だ、これから宜しく。こっちが助手の望兎で、こっちが弟子のアリスだ」

「……空緑蓮うつろくれん。宜しく」

「さて、新たな仲間が加わったところで、目的地である研究施設へと参ろうか」

「えなんの?」


 空緑蓮が仲間になった! RPGみたいな。本当に人生って山あり谷ありなんだなとつくづく思う。今さっき死のうと飛び降りた少年が傷ひとつ無い状態で新たな仲間として共に旅をする。一期一会っていう言葉もあるし、出会う一人一人との関係を大事にしたいなと思う。にしても中々キャラ濃い人が多いよな。暴君に厨二病に飛び降りた人って。俺だけ特に何も無くてちょっと悲しいよ。もしこんなシナリオを神様が書いているならもうちょい俺にもなんかなかったですかねぇ!

 安心して下さい。充分貴方も変人ですよ。望兎さん。

 そんなこんなで一件落着した俺たちは再び遊徒の研究施設に向かって歩き出した。


「そういえばあとどんくらいなんすか? その研究施設って」

「知らん。そもそも何処にあるんだ?」

「は?」


 え待って嘘でしょ。じゃあ今何処向かってんの?


「は、じゃないでしょ! あんたら二人で計画したんなら場所くらい把握しときなさいよ!」

「いや菲針さんが知ってるみたいな感じ出してたからてっきり──」

「私は知ってるなど一言も言ってないぞ」

「どうすんの!?」


 本当にこの人たちに付いていって良いのだろうか……。

 一層不安が増すばかりの蓮なのであった。

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