第15話 風の刺客

 俺たちが隣街へと駆けつけると、そこは数十体もの遊徒が歩き回っており、中には重量系やら飛行系、α型やらβ型などあらゆる種類がうじゃうじゃと溢れかえっている。何かが壊れ崩れる音か悲鳴か。聞き心地の悪い騒音をBGMに目から入ってくる情報がとにかく悲惨だということを物語っている。

 とにかく早く処理しないと。俺たちは手分けして遊徒を破壊していく。俺は戦えないからと菲針さんと共に行動することになった。菲針さんは丁寧且つ迅速に遊徒を片っ端から破壊していく。いつ見てもこの人の強さはえげつない。飴食ったらもっと強くなるんだもんなぁ。そんな暢気なことを考えていると、俺たちを突然暴風が襲う。


「こっちだ汝等うぬらよ」


 声のする方へ視線を向けるとそこには天狗の面を付け、葉団扇はうちわを持ち、恰好も丸っきり天狗の、もうそれは天狗本人じゃなければ中々にクオリティの高いコスプレじゃないと説明が付かないような見るからに天狗の男が立っていた。


「我が名は天狗」


 うん知ってるよ。まんまやん。もしかして本物?


「風を操りし刺客にして、汝等のような抗いし者共を咎める存在。我を前にしたからには、汝等の思い描く理想郷はたった今露と消えた。大人しく回れ右することを推奨しよう」


 こいつさてはアリス系統の厨二病だな。しかしそれはこいつが偽物の場合だ。あんな厨二病でも現にヒーローとして戦っている。だとしたらこいつも本当に天狗なのか?


「ご親切にどうもありがとう。だが私たちはそう簡単に引き下がれないんだ。謹んで君の相手を受けて立とう」

「ほう、中々強者つわものと見受けられる。引く気が無いのであれば我が偉大なる力によって目に物見せてくれようぞ!」


 どれほどの実力かは分からない。だが先程こいつは風を操りし刺客と言っていた。それに加えて先程の暴風。もしあれがこいつの能力なのだとしたら、一切油断は出来ないな。


「まずは手始めに小手調べだ。これにどれほど耐えられるかな!」


 天狗は右手に持った葉団扇を大きく振り被り、俺たちに向かって横向きに大きく扇いだ。


天狗風てんぐかぜ!』


 途端旋風つむじかぜが発生し、俺たちの方へ向かってくる。俺は菲針さんに抱えられてギリギリで回避する。その直後、俺たちの背後で大きな何かが墜落する音が聞こえた。振り返ると、そこには一台の車がグチャグチャになって炎上していた。恐らく旋風によって巻き上げられた車が墜落して来たのだろう。


「望兎は隠れておけ」

「分かりました」


 俺は走って建物の陰に隠れる。


「フン! 男のくせにみっともないな! 女に救われて、自分は任せて物陰に隠れる。何とも愚かではないか!」


 そんなことは疾うに分かっている。旅をしている中でも俺だけ戦えない。そのことにはずっと引け目を感じている。


「そんなことはない。人は皆それぞれだ。お互いがお互いの得意不得意を支え合って生きている。私に足りないものを望兎は持っていて、望兎に足りないものを私が持っている。それがたまたま戦闘能力だっただけだ。何も愚かではない」

「汝は先刻から常に癪に障ることばかり発する。もう加減はせん!」

「望むところさ」


 菲針さんが走り出したと同時に天狗は技を繰り出す。


『天狗風!』


 先程よりも大きな旋風が発生し、早めのスピードで向かっていく。菲針さんはするりと回避すると、ショットガンを構えて近づいていく。すると天狗は羽根が無いのにも関わらず浮遊する。菲針さんは動揺することなく跳び上がり、ショットガンを構え直すと一撃を放つ。それと同時に。


木枯こがらし!』


 天狗が振り被った葉団扇を上から下へ扇いだことで、強風が天狗から菲針さんを突き放す。それと同時にショットガンの散弾さえも勢いを失い、そのまま垂直に落下した。

 恐るべき力だ。あの距離のショットガンの弾さえ届かないとは。それに奴は浮遊している。近距離戦闘が中心の菲針さんには中々不利な相手だ。すると天狗がさらに畳み掛ける。


「これはどうかな?」


 天狗は服のポケットから束になった葉っぱを取り出した。その葉を上へ投げると葉がヒラヒラと空を舞う。それらが丁度天狗の正面へと舞い下りた時、葉団扇を左から横向きに勢い良く扇いだ。


裂葉風れつようふう!』


 その葉を裂いてしまうような鋭い風が菲針さんに吹き荒れる。裂かれた葉は同様に鋭い刃となって菲針さんに猛威を振るう。布面積の低い菲針さんの身体には切り傷が多く見られ、至る所から血が滴っている。そんな菲針さんを見て天狗は高笑いしている。


「フハハハハ! あれだけ大口を叩いていたのにも関わらず、いざ蓋を開けてみればその力の差は歴然。初めに言ったはずだ、汝等の理想郷は露と消えたとな!」

「私も言ったはずだ……。人は皆、得意不得意を支え合って生きているとな!」


 菲針さんの言葉の直後、物陰から菲針さんを見ている俺の視界を何かが一瞬横切った。微かに見えた俊敏なそれは、見覚えのあるだった。


『デイブレイクセイバー!』


 咄嗟の奇襲に驚いたのか。天狗は何とか攻撃を躱したが、その勢いでバランスを崩して地上へと落下する。


「ちっ! 何奴!」

「私は正義のヒーロー、Daybreak-Aだ!」

「巫山戯た真似を!」

「私はヒーローとして、弟子として菲針様を救ったまでだ。巫山戯た恰好に巫山戯た真似をしているのは貴様だろう」


 よく言ったアリス!


「こうなったらもう許さん! 我が力を存分に振るい、汝等全員亡き者にしてくれるわ!」


 何やら激怒している天狗はポケットから左手でマッチ棒を取り出し火を付ける。右手に持った葉団扇を大きく振り被ると、火の付いたマッチを少し投げて大きく扇ぐ。


火災旋風かさいせんぷう!』


 マッチを巻き込んだ大きな旋風は炎を纏い始める。旋風によって火に酸素が送り込まれ、炎の渦となって二人に襲い掛かる。菲針さんはアリスを突き飛ばし、炎の渦から逃がしたが代わりに自分はそのまま呑み込まれていった。俺とアリスは顔面蒼白。アリスが駆け寄ろうとするが、渦の中から声が聞こえた。


「アリス! 君は奴に対抗できる手段がある! 私のことは気にするな、君はあの天狗を倒すんだ!」


 アリスは数秒考えた結果涙を勢い良く拭い、方向を天狗へと変えると走り出す。空中へと飛び立ったアリスはその勢いのまま天狗へ攻撃を放つ。


『ジャスティスビーム!』

『木枯らし!』


 対抗するように天狗はショットガンの弾の勢いさえ消した技を放ち、アリスの攻撃を押し返す。

 その間に炎の渦が消えたのを見計らって俺は菲針さんの元へ駆けつける。ぐったりしている菲針さんの身体は切り傷まみれに加えて火傷を数箇所負っている。俺は菲針さんを背負い、建物の陰に連れていく。俺はリュックの中から救急セットを取り出し、応急処置をする。すまんが頼むアリス、時間を稼いでくれ……!


「フハハハハ! 汝も大したことないな!」


 クッ……! こいつの攻撃が風だから防ごうにも防げない。なんとか私はスーツがあるから耐えれてはいるけれど、生身の菲針様は一体どれくらいの傷を負っているの? さっき物陰に望兎が菲針様を連れていくのが見えた。きっと何か手当をしてくれているはず。なら私の役目は時間を稼いで菲針様の回復を待つこと! ならまずは。

 ヒーローは駆け出すと、油断している天狗に向かってビームの体勢を取る。案の定警戒している天狗は葉団扇を振り被りタイミングを見ている。それがヒーローの狙いだ。


『ジャッジメントフラッシュ!』


 刹那、放たれた見覚えのないライトオレンジの眩い光が突如として天狗の視界を奪う。その隙を突いて一瞬で距離を縮める。そしてさらに攻撃する。


『デイブレイクセイバー!』


 しかし視界が奪われているにも関わらず、雑に扇いだ風によってヒーローは吹き飛ばされてしまう。そして視界を取り戻した天狗の怒りをさらに上昇させてしまう。怒った天狗はヒーローに向かって容赦なく技を繰り出す。


『竜巻!』


 下から上へ振り上げた葉団扇によって起こされた巨大な竜巻が猛スピードでヒーローに向かう。吹き飛ばされた衝撃で身動きの取れなかったヒーローはそのまま竜巻に呑み込まれ、悲鳴と同時に上空へと巻き上げられてしまった。


 なんだ今の。まさかアリス? マズいこのままだとアリスも危険だ。どうすれば……!


「焦るな……望兎」

「菲針さん!?」

「君は、素晴らしい頭脳を持って、いる……君なら、この窮地を抜け出せるはずだ……私のことは気に、するな。行きたまえ、少年……!」


 腹を括った俺はそっと菲針さんを寝かし、俺はアリスの元へ向かう。建物の陰から出るとそこには大きな竜巻が発生しており、上空には変身したアリスが巻き上げられている。それにどうやら見た感じ気を失っているみたいだ。このままではマズい。落下死が俺の脳裏を過ぎる。俺は咄嗟に走り出し、竜巻の麓でアリスを見上げている天狗に向かってタックルした。


「うぉりゃ!」

「なっ!」


 天狗は地面に頭を強打し、意識を失った。天狗が倒れると竜巻は徐々に消え始めた。俺は急いで近くのビルの屋上へと向かう。その途中で使えそうなホワイトボードと緊急脱出用と思われるロープを見つけた。それらを抱えてエレベーターに乗り込み屋上へ着くと、段々竜巻が消えている。俺は鉄柵に自分の体をロープで括り付けると身を乗り出してアリスの真下にホワイトボードを構える。

 しばらくするとアリスが落下してくる。アリスは地上から二千メートルほどの高さにいた。徐々に小さくなった竜巻のおかげで100メートルくらいまで下りてきている。落下し始めるのがだいたい90メートルくらいなら、一度高さ45メートルのこの屋上で落下速度を軽減すれば、あのスーツのおかげでアリスは生還できるはず。頼む!

 やがて落下してきたヒーローは望兎が構えるホワイトボードに衝突し、ホワイトボードと共にさらに地上へと落下した。望兎は体をロープに括っていたため、ホワイトボードを離してしまったが、望兎は屋上から落ちずに済んだ。望兎が急いで駆けつけると、落下したアリスは血を流しているが、息をしている様子だった。

 息はしてるけど、だがまだ致死状態だ。頭部からの出血が酷い。早速手当を……!


「──おい」


 その瞬間悪寒が走った。背後からの覇気を感じるその声は確実に俺に呼び掛けていた。恐る恐る振り返ると、頭から血を流しながら傷口を抑えている天狗が立っていた。面の一部は壊れているが、未だ素顔は分からない。だが今はそんなことどうでもいい。とにかく逃げなくては。そう思っているのに何故か、俺の足が動こうとしない。それに俺は呼吸をすることさえもその時忘れていた。


「よくも我を傷つけてくれたな……。それに何故その小娘が生きている……さては汝の仕業か?」

「あ、あぁそうだが? 俺がお前を倒してこいつを助けた。俺は、みっともなくないぞ!」


 俺は緊張していることを悟られないよう強気の態度を取ったが、思うように喋れず声がどうしても震えてしまう。


「そうか。それはご丁寧に教えてくれて感謝する。では……汝にはお礼が必要だなぁ!」


 お面越しでも分かるその形相は俺に殺意を向けている。葉団扇を大きく振り被った天狗は喉が枯れるような大声で叫びながら振り下ろした。


『風神雷神!!!』


 天狗が葉団扇を扇いだ瞬間、電気を纏った暴風が俺とアリスを襲う。俺はただ重症のアリスを庇うのに精一杯だった。全身に電気が走り、背中に暴風を浴びる。意識が遠退いていきそうなのを懸命に堪える。しかし持たなかった。俺が地面に倒れ伏せそうな時、一瞬見えた黒い人影。聞こえた銃声と渋い声。僅かに聞こえたその声は俺を安心させてくれた。


「……待たせたね。菲針も無事だよ」


 お疲れ望兎くん。二人を守ってくれてありがとう。ここからは任せな。


「行けるか、菲針」

「勿論だ。望兎と志門の手当のおかげでまだ動ける」

「では手短に済ませるぞ」

「了解した……!」


 菲針と志門はそれぞれストロベリー味の飴とココア味のシガレット型の砂糖菓子を咥えて二手に別れる。菲針は前進して距離を縮める。


「また汝か! 今度こそ仕留めてやる。火災旋風!」

「それはこちらの台詞だ!」


 菲針は炎の渦へ飛び込むと、近距離でショットガンを撃ち、自分が通れる道を一瞬作り出した。着地と同時にリロードした菲針は止まることなく走り続ける。焦った様子の天狗は急いで葉団扇を横に扇ぐ。


『天狗風!!』


 そんな天狗の行動を冷静に見極め、すぐさま体勢を低くした菲針は滑り込み、天狗の足元を目掛けて少し間を置いてショットガンを撃った。当然それに気づいた天狗は空中へ飛び上がる。それこそが狙いだった。


「ようこそ。テリトリーへ」


 遠くのビルの屋上から放たれたスナイパーライフルの弾は空中の天狗を目掛けて一直線に飛んでくる。全てに気づいた天狗は即座に上へ葉団扇を扇ぎ、銃弾の弾道を変える。しかしその勢いでバランスを崩した天狗はそのまま地面へと落下する。そう。菲針が待ち受けている地面へ。

 落ちてきた天狗を得意の総合格闘術の投げ技で拘束し、顔面の目の前でショットガンを構えて観念させた菲針は一言放った。


「チェックメイトだ」


 観念したのか体の力を抜いた天狗は仰向けに寝そべる。天狗は天を仰ぎ、深い呼吸をしながらボソッと声を漏らした。


「我らの遊徒ピアユートピア……」


 遊徒ピア。それはあの鳥使いも言っていた。つまりコイツらは仲間なのか? そしてその遊徒ピアとはなんなのか。

 菲針はちょうど落ちていたロープで天狗を縛り、いろいろ聞き出そうとしたが、その口が開くことはなかった。




 俺が目を覚ますと、そこは病院だった。今現在動いている数少ない街の小さな病院のベッドに俺は寝ている。


「アリスは!」


 勢い良く起き上がった瞬間、身体が痛む。気づくと俺の横には志門さんが座っていた。


「望兎くん、今は安静にしときな。アリスちゃんの方は菲針が見てる」

「生きてますよね!?」

「あぁ。君の起点のおかげで一命を取り留めた。本当に君の頭の回転は素晴らしいよ」

「よかったぁ……」


 なんだかどっと疲れが伸し掛かってきた。いや、これは安堵なのだろうか。しかしあまり悪い物ではないということはわかる。志門さんは俺が起きたことを確認すると荷支度を始めた。


「望兎くんが起きたことを医者に伝えに行くよ。それで俺はここで一旦お別れかな」

「えなんでですか? 一緒に行動した方が」

「群鳥の逃亡者が二人もいると返って見つかりやすい。それに俺にもやりたいことはあるんだよ」

「なんですか?」

「内緒。後、一人でも君たちと同じく遊徒の破壊をして回ろうと思う。それに望兎くんとアリスちゃんが居るなら菲針のことも安心だ。戦闘面も生活面も。じゃ、菲針のことを頼んだよ? 優秀な助手くん」

「……分かりました。またいつか会えますよね?」

「会えるでしょ。この世界は思ってるより狭い」

「そうですね」


 そう言って志門さんは病室を出ていった。数分後、ちゃんと志門さんが伝えてくれたのか医者たちが俺の元に駆けつけて諸々検査をした結果、無事に退院することが出来た。その後すぐにアリスの病室へと早々とした足で向かう。扉を開けるとそこには横になって目を閉じているアリスと、その横で座っている菲針さんが居た。


「菲針さん、アリスの容態って」

「あぁ望兎。志門に聞いたが退院おめでとう。アリスは未だ昏睡状態のままだ」

「そうですか……」

「あの天狗は警察が連れて行った。しかしアイツ最後に遊徒ピアと言ったんだ」

「それってどこかで……」

「鳥使いだ」

「つまり……?」

「確定でグルだな。そして私の見立てが正しければ、ほぼ確実に群鳥が関係している。恐らくだが、あの鳥使いはと名乗っていた。そしてあの風を操る天狗。間違いなく群鳥の天多あまた家の者と断定していいだろう」


 ——病院の入り口にて。

 病院から出た志門はポケットから箱を取り出し、一本のシガレット型の砂糖菓子を抜くと、口に咥える。これから一人で遊徒を破壊して回るには緻密な計画が必要だ。まずはあのバー「Noirノワール」に一度帰って——。


「ちょっと待ちなよそこの君」

「なんだ?」

「ちょっくら付き合ってくれよ」


 不適な笑みを浮かべる不審な男はそう言いながら近づいてくる。警戒して戦闘態勢を取ろうとした瞬間、日が照るアスファルトの上に何者かの血液が飛び散った。

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