第13話 お手並み拝見

 菲針さんと志門さんに先導されながら山の中を進む。道中で縄張り争いをしてるのか、二羽のカラスがエッジの効いた鳴き声で激しく争っている。そういえばなんか喋るカラスも居たな。やけに生意気だったなぁ。うわこれ熊が爪研いだ跡じゃない? 山には熊とか猪とかいるもんなぁ。怖い怖い。

 こいつは常にキョロキョロしていて落ち着きがないな。一発蹴って喝でも入れてやろうか。

 なんだかお隣の金髪少女から殺気を感じるのは何故だろう。


「お二人は幼馴染だって言ってましたけど、小さい頃の菲針様ってどんな感じだったんですか?」

「あーあんまり今と変わらないかな。ずぅーとムスッとした顔して先生とかにも冷たく当たってた。今はほんのちょっとだけ表情柔らかくなったけどね。多分緋多喜の影響かな」

「へぇ昔からこんな感じなんですね!」

「逆にガラッと変わっていたら変だろ」

「でも飯食ってる時とか飴見つけたときの菲針さんガラッと変わってますよ」

「美味い物に目を輝かせるのは皆共通だろう!」


 そんな会話を交えつつしばらく歩いていると崖っぷちへとたどり着いた。ほんとにこれ道合ってます? するとその下から女性の悲鳴が聞こえてきた。見下ろすと十体ほどの遊徒が女性を襲おうとしている。


「志門!」

「ああ!」


 菲針さんと志門さんは何かを把握し合い、それぞれが瞬時に行動に移る。菲針さんは崖から飛び下りながらショットガンを構える。志門さんは俺とアリスに下がっててと言うと、ずっと背負っていたギターケースを下ろして開く。そこでハッと思い出す。


「村瀬は近接、井手谷は遠距離として昔から群鳥を敵襲から守ってきたと言い聞かされている」


 遠距離ってことはまさか!

 志門さんが開いたギターケースにはスナイパーライフルが入っていた。慣れた手つきで組み立てると、構えて左目を閉じる。しかし違和感を感じる。このスナイパーライフル、敵に標準を合わせるスコープがない。付け忘れ? そんなまさか。ギターケースの中にもパッと見た感じ見当たらない。

 すぐに崖の下の奥へ視線を向けると、十体ほどの遊徒と菲針さんが戦っている。その中には重量系の巨体もいる。しかし変だな。あの菲針さんがたった十体の遊徒に手こずってるみたいだ。その時、俺たちの右側でライフルの銃声が鳴る。その瞬間奥に見えている巨体が頭から倒れた。ヘッドショットだ。

 エグすぎる。大体ここからあの標的たちまではおよそ千二百メートルくらいある。その距離を一瞬で移動している菲針さんも凄いけどその距離の動く敵をスコープ無しでヘッドショットするとか次元が違うじゃん。これが秘密組織群鳥なのか。


「スコープ使わないんですか……?」

「うん。無くても見えるし、逆に付けてると日光が反射したりして敵に狙撃位置がバレてしまうからね」


 俺の右には訳分かんないこと言ってる人、左にはなんとか菲針さんの活躍を見ようと目を凝らし過ぎて顔面がしわくちゃになってる少女がいる。目細めすぎて逆に見えてる? それ。

 まぁこんな人間離れした能力の持ち主が二人も居ればあんな数の遊徒くらいちょちょいのちょいでしょ。そんなことを思って右を見ると、志門さんが汗を流している。そんなダウンジャケット着てるから。


「……マズいな」


 え、マズいんですか? 俺は思い出したようにリュックの中から双眼鏡を取り出して覗く。そこには明らかにピンチそうな菲針さんと女の人が見えた。なんで? なんでこんなことになってんの?


「どうやらこの辺り一帯はβベータが多く居るようだ」

「ベータ?」

「遊徒には五種類の役割と別に、型の違いがあるんだ。一番数が多く、うじゃうじゃそこらにいるのはαアルファ。よく見ると首のパーツの色がαは赤、βは青なんだよ。αよりβの方が数は少ないものの、全体的にスペックが高いんだ」


 そういえばアリスと出会った時に俺と菲針さんを襲ったあのやけに強かった飛行系遊徒の首も確か青かった。だからあの時の菲針さんはやけに本気マジだったんだ。そして現在そんなβ型遊徒が十体。確かにマズすぎる。


「菲針もあの女性を守りながらだから思うように戦えていない。それに二人の体温を検知して続々とβが寄ってきている。流石にこっちでも処理しきれん数だ」


 女性の悲鳴を聞いて現状を一瞬で理解した菲針さんは遊徒がβ型だと気づいて志門さんに協力を仰いだ。だがあまりの数の多さにお手上げ状態。このまま長引くと菲針さんと女性の命が危うい。なら!

 俺はアリスに視線を送る。何を伝えたいのか把握したらしいアリスは真剣な眼差しで大きく首を縦に振ると、青いマスクを取り出して飛び下りる。

 崖の下へ消えた金髪の少女は、少しすると青い光となって猛スピードで崖下から現れた。俺は通信機を通して菲針さんに呼び掛ける。


「菲針さん無事ですか!」

「望兎。中々に苦戦しているよ……。この数の遊徒は流石の志門も仕留め切れないみたいだね……」

「大丈夫です。今助け舟を出しました。大船ですよ」

「ほう、それはひょっとして豪華客船かな?」

「まぁ着いてからのお楽しみですね。今から俺が指示を出します」

「これはまた大船が二隻も来たか」


 そんな冗談混じりな会話に耳を傾けていた志門は疑いを持っていた。助け舟とは何なのか。指示を出すとはどういったことなのか。その時志門の視界に猛スピードで菲針の元へ向かう青い何かが入ってくる。


「なんだあれは!」

「あれは菲針さんに対する助け舟ですよ」

「助け舟……? さっきから助け舟とは一体」


 そう言いながら両目でその助け舟を見ると、青いスーツに身を纏ったその光は、金色の髪を靡かせていた。


「アリスちゃん……?」

「いいえ、アリスじゃありませんよ。あれはDaybreak-Aですよ」

「デイ? ってなんだい?」

「俺たちのヒーローですよ」


 ヒーローは駆けつけるや否や菲針を助けるために果敢に遊徒へ高熱の刃を振るう。


『デイブレイクセイバー!』


 両腕のエネルギー放出パーツから放たれたライトグリーンの鋭い刃はβ型の遊徒の装甲を諸共せずに焼き切る。


「志門さん。志門さんの一発で何体貫けますか。理論上」

「理論上は……βだと大体十体くらいかな。でもそれは遊徒が綺麗に一列に並んで角度も完璧ならの話だけど」

「結構です。菲針さんは二体、アリスは一体何とかして倒して!」


 現状見えている遊徒の数は十三体。何とか三体削って、残りの十体を一気に志門さんの一発で仕留める。見た感じ志門さんが引き金を引いて僅か一秒後くらいに重量系遊徒の頭を撃ち抜いていた。秒速千メートルそこらだろう。即ち銃弾が一体目を貫いた時にほぼ同時に十体持っていける。

 考察を巡らせているうちに二人が三体倒していた。


「菲針さんとアリスは五体ずつ誘導してください。あまり遊徒と距離を離しすぎると不都合なので、一メートルくらいの間隔を空けて引き連れてください。志門さんはライフルを構えて一点を見つめておいて、僕が合図したら撃ってください。女性は失礼ですが菲針さんが抱えて移動してください。では、やりましょう」


 志門は驚いていた。望兎の驚くべきほど冷静な考察と分析に加え、瞬時に的確な作戦の組み立てと言語化。そしてアリスの菲針に引けを取らない強さ。望兎の指示を聞いてすぐに作戦を把握する三人の連携。自分が知っている集団行動を嫌う菲針とは思えない。志門はとりあえず言われた通りライフルを構えて一点を見つめる。

 遊徒五体との間隔を一メートルにすることで、乱れることなく横一列に並んで追いかけてくる。後は二人が丁度すれ違うタイミングで合図をすれば。菲針さんとアリスがアイコンタクトを交わし、息を合わせて走り出す。二人の速さはおよそ時速100キロメートル。二人の後ろの遊徒もほぼ同速。そして二人の距離が縮まる速度は時速200キロメートル。一秒で二人の距離は約56メートル進む。その二人の1メートル後ろに居る遊徒が重なればいい。即ち二人の間の距離が大体54メートルになったところで合図を出せば──。


「今です!」


 俺の合図とほぼ同時に反応した志門さんは冷静に引き金を引く。銃声とほとんど同時にすれ違った菲針さんとアリスの後方に並んでいた遊徒が十体、綺麗に横に並んだその一瞬、全ての遊徒の頭を横から一発の銃弾が横切った。

 滑り込むように頭から倒れた十体の遊徒は全て機能が停止していた。


「ナイスです!」

「流石望兎!」


 ……これが望兎くんとアリスちゃんの実力。菲針、お前の助手くんと弟子ちゃんは本当に優秀じゃないか。お前の自信満々な大口も納得だな。


「ナイスです志門さん!」

「望兎くん、君は本当に素晴らしい頭脳を持っているね」

「……! まぁ、菲針さんの助手なんで」


 その後合流した俺たちに女性はお礼を言って去っていった。俺たちは本当に合っているらしい道を進んで村瀬家へと歩みを進めた。




 昼頃。お腹が空きました。だって朝からずっと歩いて頭使ってまた歩いてるんだもん。お腹は空いてるけど正直何か料理を作る気にはなれない。そんな時は、文明の力に頼りましょう。テッテレーン、カップ焼きそばぁ〜。なんとお湯入れて三分待ってお湯切って、ソースとかマヨネーズ掛けるだけであら不思議。こんな簡単に焼きそばが作れちゃう優れ物なんです! まぁみんな知ってるよね。

 お湯を沸かして入れて三分待っていると。


「おい望兎コレを見ろ!」

「びっくりしたぁ。なんだよ。……? マヨネーズがどうした?」

と書いてあるぞ! まさかコレでビームが打てるのか!?」

「…………うん。打てるよ」

「なんと素晴らしい商品なんだこれは! こんな簡易的にビームが打てるなんていう神商品があったとは迂闊だった。私としたことがこんな見落としをしていたとは不甲斐ない……。このビームはいつになったら打てる?!」

「あと一分半」


 三分経過。シュワッチ。


「さぁ行くぞ! コレが我がDaybreak-Aの光線、食らえ焼きそばよ! ジャスティスビーム!」


 ──ピョーーー。


「おいなんだこの下らない威力のビームは! こんなものでは焼きそばが倒せんではないか! 騙したな!」

「焼きそばは倒すもんじゃないから!」


 つくづくこの人たちの相手をするのにはカロリーを消費するな。この後焼きそばは俺たちで美味しく頂きました。

 腹ごしらえを済ませて改めて再出発。しばらく歩くと見晴らしのいい土手に出た。いいなぁなんか落ち着く。青春系の物語ではこういうところ絶対出てくるんだよ。夕方に男女で帰るシーンを引きで撮る。そんな物語じゃなくてごめんね。なんせ女性関係皆無だったもんで。なんか今は面倒くさい二人なら居るけど。


「そういえば志門さんってスコープ使ってなかったでしたけど、そんなに目が良いんですか」

「まぁこれは井手谷の遺伝だね。昔から目のいい家系だったらしく、鷹の目と言われて先祖が群鳥に買われたんだ」

「かっこいいなぁ。俺もそんな力が欲しかったな」

「望兎くんはとても優れた頭脳を持っていたじゃないか。菲針が自慢げに言うだけあるよ」

「自慢げ?」

「おい志門。あまり余計なことを言うな。コイツらはいつどこから揚げ足を取ってくるか分からんのだからな!」

「え〜なに菲針さん俺たちのこと自慢げに話したんすか〜?」

「あらやだ〜。私たちいつの間にか菲針様の自慢の弟子と助手になっていたのかしら〜」

「黙りたまえ二人共! さもないと怒るぞ!」

「え〜菲針さん怒れるんですかぁ?」

「やかましいぞ望兎! おい志門、お前のせいだぞどうにかしろ!」

「俺は事実しか言ってないからなぁ」

「おい卑怯だぞ! 三対一ではないか!」

「焦ってる菲針様チョーカワイイ!」

「こらアリス! 可愛いとはどういうことだ!」

「菲針が焦ってるの新鮮でいいな」

「元はと言うとお前のせいだぞ志門! 待てぇ!」


 何とも賑やかな連中だと度々思う。こういう土手のシーンもまぁアリかな、なんて。河川敷の方をふと見下ろすと、二羽のカラスが仲良く戯れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る