第12話 一寸先の闇

 レビリア邸を後にしてから一週間が経とうとしていた。俺たちは怪しい研究者を探しながら行く先々で遭遇する遊徒たちを破壊して回っていた。でもよくよく考えてみるとさ、怪しい研究者ってヒントだけじゃ見つけるの無理じゃない?


「菲針さん、こんなただ探してるだけで本当に見つかるんですか?」

「分からん。まぁ可能性は低いだろうな」

「じゃあ今すぐやめない!?」


 にしても本当に外を歩くような人は減ったなぁ。ニュースアプリで見たけどあの渋谷のスクランブル交差点が連日もぬけの殻なんて。スッカラカンブル交差点ってことか? ……忘れろビーム。あこれ今あなたに打ってます。はい。あなたですよ、そこのあなた!


「待ちたまえ君たち」


 突然背後から渋い男性の声が俺たちを呼び止めた。なんだか既視感。でもあの鳥使いよりもトーンが低い。ダンディだ。

 振り返るとそこには火が付いていなさそうな煙草を咥え、ギターが入っていると思わしき黒いケースを背負い、黒のダウンと黒のスキニーに身を包んだ男性が立っていた。目測で身長は182センチくらいだろう。こいつもまさか遊徒強奪犯の手下なのか?


「ようやく見つけたぞ。菲針」

「まさかこんなところで会うとは奇遇だな。志門」


 あ、お知り合いの方? まぁ言われてみれば何となく雰囲気似てるか。


「菲針様、あちらの御方は?」

「彼は私の幼馴染である井手谷いでたに志門しもんだ」


 菲針さん幼馴染とか居たんだ。何気に人間関係良好そうだもんな。てかじゃなけりゃ今日までこんな何も知らずに育ってないか。志門さんは俺たちの方へ歩いてくる。うんそれ暑くない? まだ夏だけどダウンジャケットて。スポブラだけの人とダウンの人いて季節感覚とち狂うわ、なんだこの状況。


「志門もまさか遊徒を壊しているのか?」

「壊し……あぁ、そうだ。菲針もなのか?」

「そうだ」

「大丈夫なのか? 妹が死んだんだろ」


 おお? この人ノンデリか? 直球に聞きすぎだろ。


「大丈夫だ。だが遊徒のことが憎くてね。だから破壊して回っている」

「なるほどな。暗に平和のためってことじゃないんだな。ところでこの子らは一体誰なんだ」

「私の優秀な助手と弟子だ」

「助手と弟子!? お前がか?」


 そんな驚きます? 菲針さんくらい強い人なら弟子の一人や二人くらい居ても何もおかしいとは思わないけどな。


「まぁ立ち話もなんだ。俺が拠点として使ってるバーがある。案内するから君たちも来な」

「分かりました……」


 悪い人ではなさそうだな。そりゃまぁ菲針さんの幼馴染らしいから妥当か。




 建物と建物の間にある人気の無い暗めの路地にポツンと質素な木製の扉がある。扉の右側の壁にはまだ昼間だから点いていないが、洋風なランタンが取り付けられている。その下に木製の看板があり、黒い字で「Noirノワール」と書かれている。フランス語で「黒」という意味だ。

 扉を開けると来客を知らせるベルが鳴る。入ってすぐに地下へと階段が続いており、下った先に更に扉がある。中へ入るとレコードでクラシックが店内に流れていて、店内に人は居なかった。


「店員は居ないのか?」

「来た時にはもう居なかった。俺も前に一度遊徒に襲われかけてたまたまここへ逃げ込んだんだが、その時からこのレコードは回っていた」


 確かにここは地下だし二重扉だし、人気の無いところだから隠れ家としては打って付けだな。外からレコードの音は聞こえなかったし体温検知などもここまでは届かないのだろう。


「飲み物は何がいい? 菲針はコーヒー?」

「あぁ」

「君たちは?」

「何があります?」

「割と何でも」


 何でもって言ったってここ元々バーらしいしなぁ。するとアリスが手を上げる。


「私アールグレイを。アイスでいいわ」

「お上品だねぇ、お嬢ちゃん」

「当たり前よ」


 流石はご令嬢。紅茶を優雅に嗜むのが様になる。


「じゃあ俺はコーラで」

「貴様は品が無さすぎる! 何歳なんだまったく」

「いいだろ別に。一人暮らしで金無かったから久しく口にしてないんだよ」


 そんな俺たちのやり取りを微笑ましく見ていた志門さんはココアを選んだらしい。全員で一時ひとときの休憩をして、緊張を解す。クアァ! 久しぶりのコーラが身体に染みるぜぇ!

 ほんとにダラしないなこの男。ジャンクフードの店じゃないんだぞここは。


「ところで菲針はいつまでこうして旅を続ける気なんだ?」

「ん? 特に決めていない。遊徒を殲滅するまでだ。なぜ突然そんなことを」

「いや、何となく気になってな。てことはさぞかし長い旅になりそうだが二人は付いて行くのかい?」

「「もちろん」」


 この人、なんだか俺たちのことを探ってないか? やっぱり実は敵陣営で俺たちと仲良くなってその後から裏切ろうとか考えてるんじゃないのか?


「そういや昼飯は食ったか?」

「まだだ」

「ならここで俺が作ろう。君たちは待っておきな」


 毒か? 不意にそんなことが俺の脳裏を過った。この人からあまり目を離さない方がいいだろう。


「料理なら俺も手伝います」

「え、君料理出来るの?」

「一応家事担当なんで」

「望兎の作る料理は格別でね。志門にも引けを取らないと思うよ」

「それは気になるな。だが久しく俺の料理食ってないだろ。俺だってどんどん腕上げてんだよ。望兎くん……だっけね。君も災難だね。だがありがとう、菲針は誰かが料理を作ってやらないと飴しか食わないから」

「あぁ、最初聞いた時は目ん玉飛び出ましたよ」

「あはは! そりゃそうか。食生活飴だけなんて人間そうそういないもんなぁ」


 俺は志門さんの料理を手伝いながら注意深く工程を見ていたが、特に毒を入れてそうな様子は窺えなかった。気にしすぎだったかな。


「はいお待ちどう、志門特製のチャーシュー麺! 拘り抜いた麺とやっぱり大事なチャーシューよ!」

「おぉ! これこれ志門のチャーシュー麺! いただきます! ウッマーー! 望兎の作るラーメンより遥かに美味いな!」

「あれインスタントラーメンな! 市販のやつだから!」


 アリスも目を輝かせて無言で食っている。相当美味そう。俺も食べてみる。うん、確かに菲針さんの言う通りインスタントラーメンよりも遥かに美味い。それに毒も入ってなさそう、杞憂だったか。それにしてもバーでラーメン食ってるのなかなかカオスだなこれ。

 お腹いっぱい食べた時、志門さんが本題を持ち出してきた。


「菲針。実は俺は、遊徒を破壊していた訳じゃない」

「どうせじいちゃんに何か言われて私を探しに来たんだろ?」

「バレていたか……」

「下手だな。私の現状のことを探ろうとしすぎだ。それでも元群鳥むらどりの一人か」

「はは、相変わらず痛いところを突くなぁ」


 むらどり? なんだそれは。


「菲針様、群鳥とは一体?」

「そういえば二人には話していなかったな。私や志門、そして緋多喜が元々いた団体というのが、秘密組織群鳥むらどりだ。この国が秘密裏に制作していた機械兵器遊徒の開発、保管を担っていた団体だ。元々何でもするような烏合の衆だったらしいが、その実力が国に買われてしばらく国の飼い犬として動いていたというわけだ」


 まさかそんな組織がいたなんて。こんなにニュースアプリを逐一確認している俺でも知らないとは情報が抜けてなさすぎる。


「私と志門の家系は代々群鳥の戦闘員として活躍してきたんだ。村瀬は近接、井手谷は遠距離として昔から群鳥を敵襲から守ってきたと言い聞かされている」


 だから菲針さんはあんだけ強いんだ。そう聞けば全てに合点がいく。


「それで、じいちゃんがなんだって?」

「あぁ、見つけ次第お前を連れて帰ってこいってよ」

「何故だ」

「知るかよ。蒼治あおじさんって群鳥の中でも結構怖い人だからさ、一人だけ呼び出されて何かと思ったらお前を見つけてこいって言われたんだよ」


 そういえば菲針さんはずっと一人暮らしだったっぽいし、こんな生活力だし、それに妹さんを目の前で亡くしたとなると確かにお爺さんが菲針さんのことを心配するのも頷けるな。


「面倒くさい。元気だから気にするなと伝えておけ」

「それは困る。お前が帰ってこなかったらいろいろ言われるのは俺なんだよ。頼むここは俺のためだと思って帰ってやってくれ。実は緋多喜が死んで一番悲しんでたのは蒼治さんなんだよ。孫の顔をちゃんと拝んで安心したいんじゃないのか?」


 なんでアリスや菲針さんはこんなにも帰りたがらないのか。みんな家庭事情が大変なんだろうか。


「仕方ないか……。ならば二人も一緒に来てくれ」

「え大丈夫なんすか? 俺らは完全部外者ですし、秘密組織なら尚更行かない方が」

「二人が付いて来ないなら私も行かん」

「すまない二人。ここは俺のためにも来てくれないかな」


 今度はこの人がワガママ言い出したの? 保育士さんって大変。小学校の先生とかも大変なんだろうな。今になって苦労が分かったよあの時はありがとう先生たち。


「アリスはどうする?」

「私は菲針様に家に来てもらって問題を解決してもらった立場だから付いて行くわ」

「じゃあ俺も同行します」


 志門さんは俺たちに申し訳なさそうな顔でお礼を言ってくれた。そういや菲針さんの家もやけに金持ちそうだったし、そんな代々継がれているような家系なら実質この人もご令嬢のような立場なのだろうか。何となくアリスに似たような立場に見えてきたな。こんなことを言うのもなんだが、志門さんの謎の既視感はアリスの執事の聡爾さんだな。

 話が纏まった俺たちは志門さんを加えた四人で菲針さんの実家、村瀬家へ向かうこととなった。旅のパーティにこんなしっかり者の男性が一人増えるだけでこんなに心に余裕が出来るんだ。どうやら歩きで二日ほどかかるらしい。待て待てまた足腐り案件ですかこれは。




 俺たちは山の中で一夜を過ごすことになった。もう手慣れた手際で焚火を起こし、調理用であるほぼレギュラーメンバーと化したいつものマイクロレギュレーターを取り出し、今晩は俺が料理を担当する。一人分多く作らないといけないから注意だ。

 フライパンにオリーブオイルを入れて火にかける。ここににんにく、刻んだ玉ねぎを投入。ある程度炒めてからご飯を入れてさらに炒める。


「望兎くんこれは炒飯かい?」

「まぁまぁ焦りなさんな」


 さあこのフライパンに水、トマト缶、コンソメをイン。さらにそこにシーフードミックスを乗せて混ぜずに加熱。次に蓋をしてさらに加熱すると、完成。お手軽パエリアでございます。


「これは……」

「お前が言ってたパエリア、作ってみた」

「まさかこんな山の中でパエリアが……」


 パエリアを初めて目にした一人の女性は目をキラキラさせていた。


「おお! これがアリスが言ってたパエなんちゃらとやらか! 実に美味そうだな!」

「まさかこんな少ない道具でこんなものを作れるとは……凄まじいな」

「だろ! 私の助手は優秀なのだよ志門!」


 普通に照れるな。味の感想は満場一致で好評だった。ありがとうネット。調べればレシピがわんさか出てくる今の時代って素晴らしい。まぁこんな終わりかけの世界だけど、今を楽しんだもん勝ちなんだもんな。生きてるって素晴らしい……。

 俺とアリスは二人より一足早く就寝した。


「菲針。本当にあの二人を連れていていいのか?」

「どういうことだ」

「お前は昔から単独行動する奴だったろ。集団行動したらお前はお前の本領を発揮出来ていなかった。お前は一人の方が——」

「志門はあの子たちのことを良く知らないからそんなことを言っているのだろ。確かに私は集団行動は苦手だったが、それは仲間のことを私が信頼出来ていなかったからだと気づいた。何度も言っているだろ、あの子たちは私の優秀な助手と弟子なんだ。今となっては私はあの子たちが居なければ戦えないだろう」

「あの菲針が? 流石にそんなことは」

「あるんだよ。二人の実力を見てから改めて考えてみるといい。恐らく一人の方が、なんてことは言えなくなるだろう」

「凄い自信だな」

「当たり前だ。私は望兎とアリスのことを信頼しているからな」




 微かに聞こえてきたスズメの鳴き声で目が覚めた。横を見ると猫目のアイマスクを付けて寝袋に包まり、涎を垂らして爆睡しているご令嬢がいる。相変わらず菲針さんが寝ているところを見ないし、志門さんもちゃんと寝たのかな。テントの外に出ると、朝食を作ってくれている志門さんがいた。口元には昨日も見た火の付いていない煙草を咥えている。


「おはようございます。志門さんも朝早いんですね」

「おはよう。まぁこれでも群鳥の一人だったんでね」

「あの昨日から気になってたんですけど、火付けないんですか?」

「あぁこれ? これはシガレット型のココア風味の砂糖菓子でね。糖分補給用にいつも持ち歩いているんだ」


 揃いも揃って紛らわしいもん食ってんな! そういや昨日もココア飲んでたわ。


「ココアお好きなんですね」

「飲むのが日課になってるね」

「菲針さんは?」

「ちょっと気分転換に歩いてくるってあっちの方に行ったよ。もうすぐ朝食が出来るから、俺はアリスちゃんを起こすから望兎くんは菲針を呼んできてくれないか」

「分かりました」


 少し見晴らしの良さそうなところで遠くを眺めている菲針さんの姿が目に入った。この間もこんな感じで思いふけていたような。


「菲針さん、志門さんが朝食出来るから来いって」

「あぁ望兎か。分かったすぐ戻ろう」

「……どうしたんですかこの間から。街をずっと見て」

「いや、少し考え事だよ。君が気にすることじゃない」

「そうですか」


 今はそっとしておいてあげるべきかな。なんとなく緋多喜さんについてのことっぽいなと思う。

 菲針さんが戻ってくると、丁度朝食が出来たみたい。夏と言っても中々に冷える山の中だ。志門さんがオニオングラタンスープを作ってくれた。生姜が入っていて体の芯から温まる。


「スンスン、おはよぅございましゅ。いいニオイでしゅね……」

「出た、寝起きのふんわり怪物アリス」

「いただきましゅ……ウッマ! 何これ!」


 目覚ますの早。そんな美味いのか。実際俺も飲んだことないからワクワクしている。少し掻き混ぜてチーズが乗ったパンを崩して食べる。美味すぎるなんだこれ! こりゃ一瞬で目覚めますわ。


「余ってる食材を見たら昨日の玉ねぎとコンソメとあとフランスパンが残っていて丁度良かったんだ」

「流石志門だな! これは寒い朝にピッタリだぞ!」

「お粗末さまです」


 志門はそんな中、心の中では望兎とアリスをどこか信頼していなかった。本当にこの子たちが優秀なのか? 戦えて菲針を支えるなど到底思えないのだが。果たして二人を菲針の傍に居させて良いのだろうか。そこで昨日の言葉が過ぎる。


「二人の実力を見てから改めて考えてみるといい」


 菲針のあの真剣な眼差し。そしてあんなに集団行動を嫌っていた菲針がそこまで言うのなら。一度だけ信頼してみるか。


 朝食を済ませた俺たちは、次の目的地である村瀬家へと進み出した。

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