第11話 別れ

 ヒーローは両腕のエネルギー放出パーツからライトグリーンの鋭い形状の高熱な刃を放出しながら走り出す。ルーカスが戦闘用にプログラ厶された二体の遊徒へ命令すると、二体はそれぞれ刃物を展開して走り出す。

 お互いの刃がぶつかり合う。ヒーローは二体の攻撃をしっかり見極めてガードしながら攻撃する。しかし、二体の交互に繰り出される攻撃によってヒーローの攻撃はかすりもしない。さらにそこへ剣を抜いたルーカスも加わってくる。まさに三対一。ルーカスの幼少期より鍛えられたその剣術は達人レベルであり、他の兵士とは重みから違う。ヒーローはかなり苦戦している様子だった。


 菲針は残り数体の遊徒を倒し切った後、アリスの助けに向かおうと考えていたが、奥から遊徒は無数に湧き出てくる。これではキリがないが、どうすることも出来ない菲針はただ足止めを食らい続けることしか出来なかった。恐らくこの間戦った飛塚という男から情報が流れたのだろう。菲針は思う通りに行かずに舌打ちした。


 ヒーローは考えていた。ずっと低能だと嘲笑っていたが実は天才的な頭脳の持ち主だった望兎ならどうやってこの状況を脱するのかと。ヒーローはただ頭を回転させながら一人と二体の攻撃をずっと防ぎ続けている。

 私に出来て、コイツらに出来ないこと。それは飛行。だが飛行したところでどうする? 遠距離? そんな物当たるとは思えない。私は兄上の実力をある程度把握してる。……ん? それじゃない? 私は兄上の実力を把握していて、兄上は私の実力をすべては知らない。なら油断させて起死回生を……!

 何かを閃いたヒーローは一つの作戦を頭に潜めながら、今は一旦普通に戦うことにした。一度距離を取ると、ジェットエンジンを使って飛行する。上空へと飛び立ったヒーローは、ルーカスたちを目掛けて射撃する。


『ジャスティスビーム!』


 しかし、その正義を貫くようなライトイエローの光線は難なく躱されてしまう。あろうことか、一体の遊徒がルーカスを持ち上げ、ヒーローの方へと投げ飛ばす。体幹がしっかりしているルーカスは身体がブレることなく、真っ直ぐ飛んできて剣を振り被る。そして空中でヒーロー向かって剣を振り翳した。飛行慣れしているヒーローはギリギリのところで回避すると、望兎に習った牽制をする。


『ジャスティスビーム!』


 一旦距離を取って立て直そう。そう考えていたのも束の間、ビームを回避して空中で身体を捻り、態勢を整えたルーカスの追撃を食らってしまう。斬撃を受けたヒーローはそのまま地上へと墜落すると、ルーカスの合図と共にその時を待っていたかのように二体の遊徒が目を光らせて走ってくる。

 マズい。このままでは起死回生などする前に負けてしまう。菲針様もこちらに来れない状況、私はここで……。

 夫婦も娘の危機を目の当たりにしてルーカスを止めるために動こうとした時。聞き覚えのある男の声が基地内に響いた。


「おうおうレビリア軍の当主さんよぉ! これが何なのか分かるかなぁ!」


 望兎……?


「それは……!」

「調べてみればここは元々遊徒を管理していたアジトだったらしいじゃないの。てことは漁ればもちろん出てくるよねぇ。遊徒の情報!」


 そう。現在レビリア軍が訓練基地として使っているこの土地には元々菲針が所属していた団体のアジトだった。つまり遊徒の情報が保管されていた。さらに基地内の遊徒は全て菲針排除に出向いていたため、望兎は楽々と在処へとたどり着けた。鍵のこじ開けだけには時間を取られてしまったが。


「それじゃあ読み上げようかなぁ。ふーんなるほどぉ。遊徒の弱点はー、なのかぁ」


 眩しい光……? そうか! であれば起死回生の技など使わんでも勝てる。行くぞ!


『ジャッジメントフラッシュ!』


 ヒーローは二体の遊徒に対して制裁の光を放つ。明らかに動きが鈍くなった遊徒二体を、望兎の登場で怯んでいるルーカスの隙を突いて破壊する。


『デイブレイクセイバー!』


 前のトラウマから学び、切り刻まれた遊徒たちは跡形もなく崩れ落ちた。目の前で遊徒を二体も破壊されたルーカスはさらに怒り、望兎に向かって走り出す。


「余計なことをしやがって! お前からまず殺してやる!」


 鬼の形相で剣を持って走ってくる狂気の男を目の前にしてビビり散らかしている望兎とルーカスとの間に飛び込んできたヒーローがルーカスの攻撃を防ぎ、望兎を守る。


「アリス……!」

「初めはお前のことを毛嫌いしていたが、お前はこれからも行動を共にする一友人、一仲間として大切な存在なんだ! それと! 何度言えば分かる。私はアリスではない、私はDaybreak-Aだ!」


 ルーカスの怒りは絶頂へと到達し、雄叫びを上げながら猛攻撃をしてくる。


「アァァリスゥ! お前はいつまでも俺の邪魔ばかりしやがって! 昔からずっと目障りなんだよ! さっさとくたばって地獄から俺の姿を崇めている方がお前にはお似合いだぁぁああ!」

「たとえ貴様が兄だろうと、私は私の正義を貫く。それが、Daybreak-Aの道理だぁぁぁあああ!」


 ルーカスの猛攻撃をずっと防ぎながらそう言い放ったヒーローは、起死回生の大技を解き放つ。

 守りたいモノ、守らなければならないモノのために全力で立ち向かい光り輝く逆転の一手。スーツ全身に備え付けられているあらゆる放出パーツが一気にすべて展開し、同時に大量のエネルギー光線が放たれる。


『プロテクショングローリアス!』


 大量の光はその場にいる全員の視界を奪い、その街を優に抜け出して遥か彼方まで轟いた。菲針が無限に相手していた遊徒たちは一斉に停止し、気絶していた兵士たちもあまりの眩しさに目を覚まし始めた。


 徐々に目が開けるようになると、そこにあった光景は倒れ伏せているレビリア兄妹。ルーカスは大技を受け、アリスは反動の大きい大技を使ったため、多大なる負担を身体に受けてしまった。遊徒も徐々に動き出すと改めて菲針さんを排除しようとする。それを見計らって俺はパッケージを外したグレープ味の飴を菲針さんに投げ渡す。ハァム。その可愛らしい声と同時に瞬く間に遊徒がすべて排除された。俺がアリスを抱きかかえると、僅かに意識は残っていた。アリスはか細い声でちょっと疲れたから寝る、と言って意識を失った。

 ルーカスはまだ少し意識が残っており、今すぐ立ち上がって望兎とアリスを殺そうと思っていると、目の前に黒いスウェット越しでも分かる脚線美が現れる。見上げるとそこにはアリスが師匠と呼んでいた女が立っており、その見下すような目にまたも怒りを覚える。


「なん、だよお前……なん……だ、その、眼は!」

「これは失礼。ただ無様だなと思っていただけだ」

「な、んだと……! 私が、誰だか……分かって言ってるのか……!」

「フッ、勿論。実の妹に容赦なく挑み、見事に敗北した哀れな当主様だ。そして──遊徒を使っていたゴミだ」

「ごみ、だと──」

「答えろ。村瀬緋多喜を殺した奴を知っているか?」


 一瞬にして人が変わった菲針さんはボロボロのルーカスさんに容赦なく問い詰める。それはそうだ。菲針さんは妹の緋多喜さんを殺したのは団体の中にいると睨んでいる。少しでも情報が得られるのなら得ておきたい。しかしそこでルーカスさんの親御さんたちが見てるんだよな。あの状況を止めるのも助手である俺の役目だろう。

 俺は抱えていたアリスをそっとその場に下ろし、菲針さんを止めに入る。無理に止めてもこの人は止まらない。俺はそっと声を掛ける。


「そこまで乱暴にする必要は無いんじゃないですかね」

「望兎、だがコイツは!」

「ルーカスさんが知ってるかは分からないでしょ? それにそこにレビリアご夫婦がいらっしゃいます」

「なっ! ……そうだな。すまない」


 その事実を知り、ルーカスさんも目を丸くしていた。俺はルーカスさんに呼び掛ける。


「貴方の考え、そして本当のルーカスさんのことをご両親に話してみてください。今ならきっとしっかり聞いてくれると思います」

「……分かった」


 そう言い残すと、ルーカスさんはそのまま意識を失った。振り返ると複雑な顔をしている菲針さんが気を失ったルーカスさんを見ている。俺は溜息を付いて菲針さんに話し掛ける。


「安心してください。俺を助手にした暁に、緋多喜さんを狙った犯人がもし居るんだったら、突き止めることを保証しましょう」

「本当かい……?」

「えぇ。お任せあれ」

「私は衣食住を保証出来ていなかったが?」

「あじゃあその借りはまたいつか返してもらおっかな」

「ハァ、まったく君には敵わないな少年」


 菲針さんも一旦落ち着けたようで俺もホッとした。さてとこのレビリア兄妹をレビリア邸へと連れ帰るとしますか。




 翌日。俺と菲針さんは恩人ってことでレビリア邸で一泊させてもらった。いやぁ、野宿するより一千万倍は裕福でしたなぁ。まぁちょっと裕福すぎて野宿とか1K暮らしの質素な生活が恋しくなる時はあったけど。俺には金持ちの生活は向いてないんだなと深く思いました。

 俺たちがお泊まりさせてもらってる間に、レビリアご夫婦とレビリア兄妹の四人でしっかり話して、お互いのことをちゃんと知れたようだ。ルーカスさんの思い描いた最強勢力のために、ウィリアムさんが対応するらしい。流石はレビリア一族の当主。そしてアリスはどうなったのか。果たしてヒーローを続ける許可が下りるのか。部屋の中で少しドキドキしていると扉がノックされた。執事の聡爾さんの声だ。


「お休み中のところすみません。主様がお呼びですので、応接間まで起こしください」


 呼び出し? なんだろう。まさか「娘のヒーロー活動は謹んでお断りします」とか言われるのだろうか。ちょっとヒヤヒヤしている俺と平然としている女性は聡爾さんに案内されてアリスが居るであろう応接間に赴いた。


「どうぞそちらへ」


 ウィリアムさんが向かいにあるアリスが座っているソファを手で指し示し、俺たち二人に腰掛けるよう勧めた。俺たちが腰を掛けるとウィリアムさんは話し始める。


「アリスから話を聞きまして、この子が本気だということが分かりました。お二方のご活躍も拝見し、望兎くんのおかげで今一度我が子のことを知ることが出来ました。本当にありがとうございました。あなた方であれば、アリスに何かあっても守っていただけると確信して、我々はアリスの旅を許します。どうかアリスのことを宜しくお願いします」


 ウィリアムさんとアイラさん、そして執事の聡爾さんが俺たちに頭を下げる。菲針さん越しに左を見ると、少し照れ臭そうに赤面しているご令嬢の様子が窺えた。俺たちが必ずアリスを守ります。お任せくださ──。


「私はアリスのことは守りません」


 ……は? なぁに言ってんだこのアンポンタンは。アンタが言ってた顔パスして人格変えてやろうか。何レビリアご夫婦を裏切るようなこと言ってんだこの人。

 その場にいた菲針さん以外の全員が困惑の表情を浮かべて、一瞬その部屋の空気が張り詰めた。


「アリスは私の弟子です。弟子を守っても成長しません。それに、アリスは私が守らなければいけないほど弱くありません」

「いやでもまだ17歳ですし、何かあった場合は……」

「その場合、私はただ目の前の敵を倒すだけです」


 その場にいた菲針以外の心は一致していた。


「「この人やっぱり変だ……」」


 これもまぁ菲針さんなりのアリスに対する気遣いなのかな。なのだと思うことにしよう。うん。


「それでは私たちはここらで失礼しよう。行こうか二人共」

「「はい」」


 俺は一人部屋に残り念の為謝って、菲針さんなりの気遣いだと説明しておく。


「望兎くん、本当にありがとう。あなたのおかげでウィリーもルーカスもアリスも元気になったわ」

「私も? どういうことだ」

「内緒です。望兎くん、これを持って行って」


 なんだこれは。ウサギのぬいぐるみ?


「アリスが小さい頃から大事にしていたぬいぐるみなの。これをあの子に渡してあげてくれないかしら。忘れ物だって」

「受け取りますかねあいつ」

「その時は望兎くんが持っていて。そしていつか返しに来てくれればいいから」

「わっかりました……」


 俺は薄汚れた白いウサギのぬいぐるみを渡され、部屋を出た。


「どういうことだアイラ。返しに来てくれればいいってなんだ?」

「うふふ、そのうち分かるわ。まぁ軽く言うとしたら……未来へのちょっとした投資、ってところかしらね」

「投資……?」


 俺が迷いそうな屋敷内を抜けて玄関を出ると、前見たような三人の光景が目に入ってきた。何となく察する。


「遅いっ!」

「ですよねぇ」

「なんだその反応は。気持ち悪いな!」

「ごめんごめん。なぁこれアイラさんがお前に忘れ物って」

「い、いらないわよ、こんなぬいぐるみぃ! 母上は何を考えてるの! もう私は17歳よ!」


 仕方ない。言われた通り持っとくか。リュックにっと。


「おおおーい! 何さらっと仕舞おうとしてんの!?」

「だってアイラさんがその場合は俺が持っとけって。でまた今度返しに来いって」

「……? ハァァァ! 母上ェェェエエエ!」


 一度ハテナを浮かべたアリスは何か思ったのかありったけの酸素を吸い込みながら赤面し、レビリア邸に向かって大声で叫んだ。その声を聞いた屋内にいる一人の女性は悪戯をした子供のように笑っていた。恋愛漫画大好き親子のみが意思疎通していた。


「アリスは分かるのか? この意味が。教えてくれどういうことなんだこれは」

「誰が教えるかバカもーん! 母上のバカバカバカバカ!」


 楽しそうにほくそ笑むアイラと赤面しているアリス以外の頭上にはハテナマークが浮かんでいた。


「まったく、いくつになっても騒がしいな。母上も悪い人だ」


 呆れながら屋敷から出てきたのはルーカスさんだ。ルーカスさんは菲針さんの前に行くと真剣な面持ちで話し出す。


「冷静になって考えました。私の遊徒を使った軍の戦力向上は外道であったと。多くの人を傷つけ、自分の部下たちも信頼出来ていなかったと気づきました。すみませんでした」

「世の中には注意しても悪いと思えず気づけない大人が多い。君は若いのにしっかり認められるのは素晴らしいことだよ。パーフェクトだな」

「パーフェクト?」

「菲針さんの口癖です。気にしないでいいですよ」

「あぁ、はは。パーフェクト頂きました……!」


 少しゆったりとした時間が過ぎた後、再びルーカスさんが口を開いた。


「あなたが訊いた妹さんのことも思い出してみたんですけど、特に気になる点は思い当たりませんでした」

「そうか。わざわざありがとう」

「ただ、一つ思うところがありまして」

「なんだい?」

「噂で聞いたんですけど、どうやら廃棄処分の中の遊徒に一体だけ勝手に改造されていた形跡があったらしく、もしかしたらそいつが暴走して妹さんを……飽くまで私の見解ですが。ただ、一人だけがいたという情報も耳にしたのは確かです」

「中々有益な情報だね。感謝するよ」


 怪しい研究者……? 遊徒を開発していた誰かが勝手に改造したというのか。だが一体何のために?

 とりあえず俺たちはその研究者を探して旅を続けることになった。


「アリスお嬢様、そしてお二方もどうかご無事で。行ってらっしゃいませ」

「行ってくるよ聡爾」


 俺たちはレビリア家の方々に見送られながらレビリア邸を後にした。


「それじゃあまずは飴の買い足しに行こうか」

「え? あの時スーパーでめっちゃ大量に無心で搔っ攫ってたじゃないすか。それにあれからあんま戦ってないし。あと買い足しって言ってるけど金払う気無いでしょ」

「君は勘違いをしているんじゃないのかね? 飴は戦闘時に身体能力を一時的に上昇させるためだけのアイテムではない。私の大好物であり主食だ。戦っている時じゃなくても四六時中食べてる。それにだ。こんな混沌とした世界においてお金なんて制度をいちいち守ろうとしているのは頭の堅い望兎だけだ」

「お金払わないとそれは窃盗だろ!」

「言ったはずだ。法律なんて気にしている場合じゃない!」

「気にしてくださいここは法治国家です!」

「そんなもの守っていたら今頃私たちは生きていない!」

「なら、せめて銃刀法違反は正当防衛で目を瞑ろう。でも、窃盗はまた別の話だろ!」

「しつこいな君は! しつこい男はモテないと聞いたぞ!」

「それはもう割り切ってるんで!」

「簡単に割り切るな! 君の主張と私の主張を天秤にかけてみろ。その差は歴然。まるで月とスッポンだろう!」

「だったら俺が月であんたがスッポン。童話のウサギとカメなら俺がウサギですー」

「知らないのか? ウサギとカメならカメが勝つんだ。望兎は居眠りして負けだ!」

「実力はウサギの方が上でしょ!」

「全ては結果だ! それにだな! 君は──」


 はぁ。この人達ほんとに仲良いなぁ……ただ。

 この二人の言い争いは痺れを切らしたアリスの一声で幕を閉じた。のかもしれない。


「……言われてるぞ望兎」

「菲針さんでしょ」

「こーら? 二人とも?」

「「すみませんでした……」」

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