第10話 二人の勇姿
レビリア邸を出てから数時間後。日も傾いてきたことだし、俺たちは一旦野宿することになった。二回目ともなると抵抗感ないね。とりあえず使えそうな木の枝採取。焚き火を焚いて温まる。またもや登場マイクロレギュレーターストーブに、今回は底の浅い鍋を乗せる。本当はカスエラという鉄板を使うらしいけど無いのでね。
鍋にオリーブオイルを入れて弱火にかける。さぁ具材を入れていこう。海老にマッシュルームにタコ、ベーコン。ジャガイモにアサリとパプリカ。塩を振って待てば、はいアヒージョの完成! 簡単且つ美味いとのことで、もうちょい上手いこと出来るとは思うけどその辺はご愛嬌ということで。おまけにフランスパンをオリーブオイルに浸せばめちゃウマヒヒーンな訳ですな。さぁ召し上がれ。
「んん! とても美味いぞ望兎!」
「これは中々アリかも」
おお、あの舌肥え娘も好評か。凄まじいなアヒージョ。そして三人で食事しながら少し団らん。
「貴様のことは低脳だと思っていたんだが、あの鳥使いとの戦闘の時の完璧な指示は中々良かったぞ」
「おう、ありがとう」
「あぁ、まさにパーフェクトだったな」
「ところで菲針様は普段から望兎の料理を食べてるの?」
なんだ急に。話題を変えるの早いな。
「いや、言っても俺たちもアリスと出会う数日前に出会ったんだ」
「そういえば望兎がピンチだったところを菲針様が助けたって言ってたね。じゃあそれまでは何を食べてたの? 何を食べたら……そんなに大きくなるの?」
なんだ? さっきからこいつは何を言いたいんだ。
ふとアリスの視線を見ると菲針さんの身体の中心を見ている。あぁ。大きいって……そっちね。しかしだアリス。この人にそれ系の話は通用しない。
「飴だよ」
「飴……?」
「ウン、特に食には拘りが無くってね。料理も分からなかったから飴で済ませていた」
「飴だけ!?」
「ウン」
「飴だけでそんなに大きくなるものなの……?」
「身長や身体能力はほとんどが遺伝のようだよ? 食事はおそらくあまり関係ない」
あるよ? そして今たっくさんの人を敵に回したよ? この人は体質に恵まれすぎている。もし遺伝だとしたらどんだけ強い遺伝子なんだよ。あとガツガツ食べながら言うな。
「私の母親は一人で暴力団に乗り込んで壊滅させたらしい。祖父に聞いた話だ」
とんでもねぇなおい。そりゃその遺伝子強いだろうな。
俺もアリスもさも当然かのように淡々と話す菲針さんを見て少し青ざめる。俺は耳打ちでこっそり教えてあげる。
「アリス。この人にあっち系の話は通じないし変に透かされるだけだ。何度か試したからな」
「え試したのキモ」
「うるさい。とにかくあの人のことを常人だと思わないほうがいい」
「それには少し同感だわ」
菲針さんは俺たちがコソコソ話していることに気づく様子もなく頬に手を添えながら幸せそうにバクバクとアヒージョを口に運んでいた。変な人。
「望兎! フランスパンのおかわりはあるか!」
「はいはい」
この人が師匠で大丈夫なのかな私……。
翌日。少し歩いたところにレビリア軍の基地があり、屈強な男たちが訓練に励んでいる声が耳に流れ込んできた。これ女性二人でほんとに勝てます? 悪いけどマジで俺は戦えないからね? 情けないけども。
「さて、参ろうか」
「ちょいちょいちょいちょい! 気が早いって」
「何事も早いに越したことはないだろう。それに早くアリスのことやアリスのお兄さんについてもご両親に知ってもらわねばならん」
「まぁまぁ一回落ち着いて。まずは敵の観察から」
敵の情報を知っているかどうかは戦いにおいてとても重要だ。あんな死ぬような思いをしてまで遊徒の情報だって入手した。向こうがまだ俺たちが戦いを挑むなど知らないうちはしっかり敵の情報を探れる。そもそも数的不利なんだからこれくらいしないと勝ち目がない。
「私は敵の情報など気にしない。遊徒じゃあるまいし敵は人間だ。出来ることは限られている」
「指示出す俺が情報必要なの!」
「仕方がない。ワガママを聞いてやるか」
「流石菲針様! 心がお広い!」
マジで大変。助けて聡爾さん。とにかく中を窺うといろんな人がいる。近接や遠距離も分担されてる。移動手段はあそこで水を飲んでる馬たちかな。鎧もしっかりある。さらにアリス曰く、ルーカスさんは剣術の達人らしい。厄介っと。
うーん、ほんとにこれ勝ち目あります? 全く兆しが見えないんだが。だがグズグズしてる場合ではない。そろそろ刻限。もう時期レビリアご夫婦がこちらに来られて、ルーカスさんとアリスの勇姿を見に来る。俺はメモ帳にある程度の情報と少々雑に考えた作戦を書き込み、腹を括る。
「行きましょう」
「「了解」」
俺たちは基地の正面から訪れる。入口には門番と思われる人が二人立っている。
「何の用だ」
「すまないが通してもらえないか」
「何の用だと聞いている」
「ルーカス・レビリアを倒しに来た」
「なんだと? 不届き者め、立ち去れ!」
「仕方ない。実力行使と行こうか」
菲針さんは片方の男の攻撃を躱しながら背後に回り込むと首を絞める。そして完全に気を失う手前で離すと、男は崩れ落ちる。そこへご登場したのはアリス・レビリア。
「通してもらおうか?」
「アリ、ス……様?」
「アリス様!?」
驚いた様子のもう片方の門番の男は走り去り、恐らく俺たちのことをルーカスさんに伝えに行った。
「おー、流石当主の妹。顔パスだな」
「顔パス? あぁそれなら知っているぞ。パンで出来た新しい顔を投げて古い顔と交換することでパワーアップするというやつだろ。だが今それは関係あるか?」
「愛と勇気が友達のヒーローじゃねぇよ! 顔だけで入場出来たり面識で出入りに制限があるところとかに入れるってこと。今回はアリスの顔であの門番の人を追い払ったから顔パスだなって言ったの」
毎度毎度この人には話の骨を折られる。顔パスって聞いて少し自慢げだったアリスでさえズコッてなってたよ。とりあえず中へ入ろう。
足を一歩踏み出し、敷居を跨いだ瞬間にサイレンを鳴らしながらどこからともなく遊徒が走ってくる。どうやら敵と見做されたらしい。遊徒は各々の攻撃手段を構えて突進してくる。その一体一体を丁寧に確実に菲針さんがショットガンで仕留めていく。まさに流れ作業。棒立ちしているだけで俺とアリスの目の前には鉄くずの山がどんどんと大きくなっていく。やっぱりこの人凄いんだな。
やっぱりこの人が私の師匠だ……。
「望兎、前にも言っただろう。私はこの通りお片付けが出来るのだ」
「きれーい」
乾いた拍手と棒読みだなこいつ。見慣れすぎているのか呆れているのか果たしてどっちだ?
「レビリア軍に栄光を!」
野太い男たちの咆哮が聞こえたかと思うと、武装し馬に乗った数万人がこちらに向かって走って来ている。何となく「ドドドドド」みたいな文字が見えるような見えないような。そして左の方に視線を移すと、草むらの影に身を潜めてこちらを見ているレビリアご夫婦と聡爾さんが見えた。ちゃんと来てるな。
「アリス、今こそだろ?」
「あぁ、承った!」
アリスが一歩前に出ると、軍の足が止まる。アリスは取り出した青いマスクを口元に当てる。するとマスクから展開されたスーツが全身を纏い、目元にはオレンジのバイザーが展開される。その一部始終を見ていた俺たち以外の全員が目を丸くしている。アリスは堂々と大きな声で決め台詞を語った。
「私は! 正義のヒーロー、
「アリス……」
愛娘の変身した姿を見たヒーロー好きのウィリアムは、目頭を熱くしている。しかし一人はそんなヒーローを嫌っていた。
「まだそんな幼稚なことを言ってるのかバカめ。私はいつも自由奔放なお前や生温いことしか言わない父上が嫌いなんだ。巫山戯たことをしていないで退け。お前の後ろにいる侵入者共を処刑する」
「ふざけてなどいない! 私は、私のやりたいことをやる。もう貴様が知っている私はどこにもいない!」
「やりたいことだと?」
「そうさ、私はこの二人と共に遊徒を殲滅するんだ!」
「バカ言うな。たったお前たち如き三人衆が無数の機械兵器に適う訳もなかろうが」
「であれば証明してみせよう。私たち三人の大いなる力を!」
そんな煽りを聞いたルーカスさんは大分お怒りの様子で攻撃指令を放つ。その声を聞いた兵士たちは一斉にこちらに走ってくる。本来ならば正面から立ち向かっても勝ち目など無いため、地形などを利用して相手をハメるという頭脳戦などがあるが、生憎ここはお相手さんたちのフィールド。それに俺にそんな諸葛孔明みたいな作戦立てられません。しかしこちらには人並外れた人が二人いる。俺に出来ることは彼女たちを信じてサポートすること!
望兎のメモ帳には「全力サポート!」の字が走り書きされていた。
「覚悟はいいかね、アリス」
「菲針様、今の私はDaybreak-Aです!」
二人は大軍に向かって走り出し、一気に捌いていく。アクロバティックな飛行で兵士を翻弄し、馬から兵士を落としていくヒーロー。そしてその圧倒的な強さを見せつけて一人残さず気絶させていく暴君。俺はただ一人ポツンと立っている。情けな。だが俺にはやることがある。ここは二人に任せて俺はこっそりと。
一方戦いを鑑賞しているご夫婦は。
「どうなっているんだこれは……」
「あの子は本当にアリスなの?」
「間違いないだろう。アリスは昔からヒーローになったらヒーロー名にイニシャルの『A』を必ず付けると言っていた。まさかこんなにも強くなっていたなんて……」
「私たちはどうやら、あの子たちのことを知らなさすぎたのね。ウィリー」
二人はルーカスとアリスの本当の気持ちを知り、反省をしたと同時に後で今一度話し合おうと決意した。
レビリア軍は人間だけではない。数体の遊徒も一戦力として参戦している。菲針は遊徒にだけショットガンを放っている。
「菲針様! サングラスを!」
「了解」
『ジャッジメントフラッシュ!』
辺りを眩いライトオレンジの光が瞬く。皆が一瞬視界を奪われたその瞬間。兵士たちの雄叫びが響き渡り、全員が倒れていた。残された数十体の遊徒はそのまま襲い掛かってくる。菲針は一人で十分だとヒーローを兄の下へ送りだし、安心して見ていられるほどに余裕そうに遊徒を破壊していく。
そしてヒーローは兄と改めて対面する。
「これが私たちの力だ!」
「自惚れるなバカアリスが。お前はどうして遊徒を壊す」
「それは……! ……菲針様が壊す、から?」
「お前のやりたいことは遊徒を破壊することじゃない。ただの正義のヒーローごっこだ。だから言っているんだ幼稚だと。だから私はお前が嫌いなんだ。いい加減目を覚ませ。そんなことをやったって何の意味も無い。ガキの遊びに付き合ってる身にもなれ。お前の連れたちは、お前のごっこ遊びに付き合ってくれているに過ぎん。即ちアイツらも幼稚だ」
「……!」
「とっとと家に帰れ。ここはお前みたいな奴が居ていい場所じゃない。それに知らないだろ? 遊徒は最高な戦力だ。誰も傷つかずに戦力を増やし、私が思い描く理想の最強勢力が完成できる。アリス、お前如きが邪魔していいようなことじゃないんだよ」
ヒーローはずっとルーカスの言葉を耐えながら聞いていた。そんなヒーローは掠れた声で口を開いた
「……二人は幼稚なんかじゃない」
「は?」
「二人は、私を信じてくれて仲間だと受け入れてくれた大切な仲間なんだ……。そんな二人を侮辱するな! それに、私がやりたいことがヒーローになりたいで何が悪い! 私はヒーローとして、機械兵器から人々を守る!」
その真っ直ぐな眼差しに少し慄いたルーカスは、逆上して声を荒らげる。
「相変わらず可愛げのない妹だな。ならば今ここで私が直々に分からせてくれるわ! 来い遊徒!」
まさかか弱い実の妹一人に対して遊徒二体と共に三対一に持っていくのか? なんて卑劣な男なんだ彼は。余りにも大人気ない。アリス、逃げたまえ!
菲針が遊徒を相手しながらそう思う。加えて二人の掛け合いを見ていた夫婦もまた、少々マズい雰囲気にあると気づいていた。その場の皆がアリスに逃げろと思ったその時。
「ルーカス・レビリア。貴様は間違っている。遊徒は最高な戦力ではない。人々を傷つけ、世界を暗闇へと陥れた悪魔だ。私はヒーローとして、菲針様の弟子として、そんな機械兵器を破壊し、そんな機械兵器を盗んで頼って利用しているような弱き下等な愚民を、この手で成敗するのだ!」
その一言でルーカスはさらに激情する。
「舐めるなよクソガキが!」
「覚悟したまえ遊徒を悪用する悪しき心を持つルーカス・レビリアよ。これよりヒーローの名において、このDaybreak-Aが貴様に制裁を下す。さぁ、Daybreak-Aよ。今こそがこの暗がりを照らす夜明けの時だ!」
こうして歴史の永い光の名家レビリア一族の家系の中で前代未聞の身内同士の戦闘である兄妹戦争が幕を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます