第9話 レビリア邸

 一風呂浴びた俺たちは、アリスの案内により名家レビリア邸へと訪れていた。全体的に白を基調とした壁に、青い屋根。高い外壁が連なり、目の前には鉄製の門がある。表札には流れるような書体で「Levilia」と書かれている。


「それでは参ろうか」

「…………」


 この家のご令嬢はあまり乗り気ではないようだ。インターホンを鳴らすとすぐに渋い男性の流暢な日本語の声が返事をした。アリスについて伺ったと話すとモニター越しのカメラでアリスの姿を確認したのか、特に疑うこともなく遠隔で鉄製の門がゆっくりと開かれた。

 いざとなると豪邸に足を踏み入れるのってちょっと緊張するな。深呼吸をして歩き出す。

 屋敷の玄関までの道で、キョロキョロと辺りを見回すとまさによくアニメで見ていた洋風な豪邸の庭がそこには広がっており、マジで外にティータイム用のテーブルとイスがあるんだな。若干豪邸見学ツアーみたいになってるけど、そんなことは置いておいて俺たちは屋敷の扉の前へと着いた。するとガチャッと扉が開き、六十代くらいと思われる白髪の男性がにっこり笑顔で立っていた。


「アリスお嬢様、お帰りなさいませ。お二方もようこそお越し下さいました。して、何の御用でしょうか」

「お宅のお嬢さんに関してお話がある。この子のご両親と会わせてはいただけないだろうか」

「一度、確認させていただきます。お二方は応接間にてお待ちいただきたいのですが」

「我々は構わない。いいね? 望兎」


 俺は無言で頷く。これが豪邸の対応なのかとか、執事さんってこういう感じなんだとかそんなことをぼんやり考えていた。


「ではご案内致します。アリスお嬢様は自室の方に──」

「私も二人と一緒に待つ!」

「ですが……」

「私だけ違う部屋とか嫌! 二人は私の仲間なんだから問題ないでしょ!」

「……承知しました。では主様にもそう伝えておきます。ではこちらへ」


 執事さんって大変だなぁ。ちょっと同情する。てかこのご令嬢はなんてワガママなんだ。まさに社会を知らないお嬢様って感じだな。


 俺たちは応接間に案内された。革製のソファにガラス製のテーブル。よく見れば壁とか天井とかの装飾が豪華だなぁ。この部屋に来るまでの廊下でも見たけど観葉植物があちこちにあったし、庭にも植物園があったし、しかもちゃんと手入れが行き届いていた。まさに俺とは住む世界が違うなぁ。こんな混沌とした世界でもここ一郭だけ平和な空気が漂ってるもんな。


「いい家だな」

「どこがよ、こんなとこ。やりたいことも出来なくて毎日縛られた生活。こんな息苦しいところのどこがいい家なのよ……」


 アリスもアリスで何か事情があるんだろうな。じゃなきゃあんなヒーロー活動みたいなことしないだろうし、ここまで実家に来ることを拒むことも無いだろう。菲針さんは口を開かずに部屋とアリスとを交互に見ていた。




 数分後。応接間の扉が開き目線を映すと、執事さんが俺たちに一礼し、先に中に入って扉を開く。するとアリスと同じような金髪に青い目をして豪勢な服装をした男性と女性が入ってきて、テーブル越しにあるもう一つのソファに深く腰を下ろした。

 向かって右側が男性、左側が女性、二人の後ろに執事さん。俺たちは左側からそっぽを向いたアリス、菲針さん、俺の順番で座っている。男性はにっこり微笑んでおり、女性は真顔。あんまり心は読めないな。

 男性と女性が腰を下ろして数秒後、男性が最初に口を開いた。


「この度はお越し下さり誠にありがとうございます。このレビリア一族の現当主であり、アリスの父であるウィリアム・レビリアと申します。こちらは妻のアイラです。そしてこっちが執事の聡爾そうじです。宜しく」

「娘さんの師匠である村瀬菲針だ。こちらは私の優秀な助手である望兎」


 俺は三名の目を見て小さく会釈する。中々に緊迫した空気だな。


「師匠? 師匠とは一体どういうことなのですか?」

「娘さんが私に弟子入りを頼んできたという形だな」

「ほう……。しかし貴方はかなり武装されてますよね。一体なんのご職業なんですか?」

「今は働いていない。私は現在歩き回っている機械兵器、遊徒の殲滅を目的とした旅をしている」

「殲滅……」


 んー。こーれマズいですねぇ。完全に我々怪しいですよねぇ。この人なんでもかんでも直球に言い過ぎでしょ! 娘の師匠が無職で意味の分からんこと言ってたらどんな親でも今すぐに娘を引き剥がそうとすると思うんですけど!


「アリス。この方が言っていることは本当なのか?」

「えぇ、すべて本当よ。私は菲針様の強さに憧れて弟子入りしたの」

「なるほど……」


 ほぉらあんなに笑顔だった人が険しい顔になってるよぉ! このままだとアリスが旅出来なくなるぞマジで。ここは俺が!


「あ、あの、この人はそんなに──」

「であればひょっとしてあいつのことも任せられるのか……?」

「え……?」


 なんかもしかしてもしかすると良いように話進んでる? えなんで?


「ウィリー、もしかしてこの方ならルーカスも……」

「あぁ、私も丁度そのことについて考えていたんだ。菲針さんと言いましたね、貴方に一つお願いがあるのですが」


 何やらあちら側も何か問題が起きているみたいだな。てかもう少しこんな武装して胡散臭いこと言ってる人を怪しんで? 人を信用しすぎだよレビリアご夫婦。


「我々にはもう一人子供が居まして、アリスの兄に当たるルーカスという息子が居るんです。あいつはレビリア一族の後継ぎなのですが、その意識が高いあいつは少々独裁的な考え方で民主主義派の私のことを酷く嫌っていて。その結果、約一万人のレビリア軍を率いて遊徒の強奪に加担したんです」

「なんだって!?」

「今あいつの精神は不安定のはず。家族を捨ててまで自分が思い描く独裁政治を望んで軍を動かしている。もう我々家族が止められるような状況じゃない。でも! アリスが認めた師匠である貴方なら、ルーカスを止められるんじゃないのかと。お願いです、ルーカスを止めてください!」


 菲針さんは黙って聞いていた。だがまさか遊徒の盗みに加担している人に軍の当主が居たとは。約一万人って言った? 俺たちでそんな大軍に勝てるものなのかな。ここは心苦しいけど無謀だし断った方が──。


「引き受けよう」

「ちょっと菲針さん! 何言っちゃってるんですか! 相手の数聞きました? 約一万人ですよ? こっちは二人。どう考えても無謀でしょ!」

「落ち着きたまえ望兎。私たちはじゃない。ウィリアムさん、引き受ける代わりに一つ頼みがある」

「何でしょう」

「──娘さんをお借りしたい」

「アリスを? アリスが行って何か出来るとは到底」

「そう思うのであれば見ておくといい。君たちの愛娘のやりたいこと、そして勇姿を」

「やりたいこと?」

「では私たちはここらで失礼しよう。ルーカス君という子を探しに行くのでね。行こうか二人共」


 アリスは満面の笑みで「はい!」と返事をすると二人は颯爽と部屋を出ていき、執事さんは急いで二人を追いかけて部屋を出ていった。菲針さんはアリスの戦う様子と強さを実際に見せて説得しようという考えなのだろう。だがやはり三対一万はどう考えても不利すぎる。そんなことを考えていると。


「君は確か望兎くんだったよね。君たちはアリスと出会ってどれくらいなんだい?」

「えと、二日くらいですね」

「二日!?」

「はい……」

「それは参ったな。私たちでもアリスの機嫌を取るには三日はかかるというのに」


 ウィリアムさんは笑ってる。ちなみに俺のことは嫌ってるっぽいんですけどね。


「しかし凄いねぇ菲針さんだったかな。あんな眼差しとあの言動、そんなに自信があるんだね」

「まぁ強いのは確かなので……」

「私は間違っていたのかなぁ。人に優しくしているとみんなに喜ばれて感謝されて嬉しくて。子供にもそうして来たんだけど、なんでか二人共いなくなっちゃってさ。はは、私は父親失格だな……」


 ウィリアムさんはかなり落ち込んでいるみたいだ。隣でしんみりとしている奥さんのアイラさんがウィリアムさんの背中を摩っている。この人はあまり喋らないし感情が読み取れないな。


「望兎くん教えてくれ。優しさって、必要無いのかな……」

「そんなことないです。少なくとも俺が知ってるアリスは貴方のように優しい心を持っていました。あなた方が知らないところでアリスは人助けをしています。実際俺たちもアリスに救われた身です」

「アリスが?」

「しかしあいつは縛られる生活にはもううんざりと言ってました。心当たりは無いですか」

「確かにあの子の生活を少し制限しすぎていたのかもしれん……それに私の趣味で教育としてヒーロー番組を見せていた結果、変にヒーローに憧れちゃってね。反省している」


 あぁ、あんたか元凶。お子さんめちゃくちゃヒーローやってまっせ。


「酷な話であることは分かっているが、ルーカスのこととアリスのこと、どうか宜しくお願いします」

「分かりました。俺たちが必ずアリスを守ります」


 少し落ち込んでしまったウィリアムさんはアイラさんと共に部屋を出ていった。俺はおもてなしで出されたお茶の飲み残しをグイッと飲み干し、荷物を纏めて出ようとすると応接間の扉が開いた。待ちくたびれた菲針さんかアリスが来たのか、二人が待ってると執事さんが呼びに来てくれたのかな。

 しかし部屋に入ってきたのは、容姿端麗な女性だった。


「少しお話いいですか?」

「え……あ、はい」


 俺が改めてソファに座ると、向かいのソファにアリスの母親であるアイラさんが腰を下ろした。にしても綺麗な人だな。二人の母親とは思えないほど若い。


「ウィリーはかなりへこんでいるみたいで、自室で一人にさせてくれって。ルーカスとアリス、二人のことを一気にお願いしちゃってごめんなさい。烏滸がましいことは十分に分かっているんだけど、私たちじゃもうどうすることも出来なくて」


 さっきまで全く心が読めなかったのにいきなりめっちゃ喋るな。それに表情もさっきより豊か。でもこの人が一番家族みんなのことを想っているのが伝わってくる。


「ウィリーは優しさなんて要らなかったのか、なんて言ってたけど、夫は本当に誰にでも優しくて。当時誰にも心を開かなかった私に猛アタックして来て。結局私が折れて付き合うことになったんだけど、彼といるとなぜだか自然に笑えるようになってきたの」


 ウィリアムさんは昔から本当に優しい人だったんだな。彼女の表情を見ると昔を思い出して微笑んでいるどこかで寂しいような悲しいような感情が読み取れる。


「そんな彼があんなに落ち込んでいるのは彼の優しさが子供たちにとっては鬱陶しかったみたいで、ルーカスは父のような人にはなりたくないと暴走して、アリスはウィリーからの裕福な優しさが逆に嫌だったみたいなの」


 貴族には貴族なりの困り事っていうのがあるんだな。そう考えると何にも縛られずに生きてきた俺のほうがよっぽど幸せだったのかと思ってしまう。そうかそうだよな。名家ともなれば長男は家を継ぐのは当たり前で、今後の一族を引っ張っていく。俺みたいに「月見里って名字は後世に継げられそうもない、すまないな先祖供」なんてことが言える訳もない。そりゃあルーカスさんが責任を感じてしまうのも納得だな。


「私たちは一体どうすれば……」

「もっと、お子さんたちのことを知ってあげてください」

「え?」

「ルーカスさんもアリスも、自分がやりたいことを持っています。それを制限されて窮屈な生活を強いられるのは誰だって嫌なはず。改めて向き合ってお子さん二人のことを知ってあげてください」

「なるほど、でももう二人が帰ってくるのかどうか……」

「俺たちが必ず二人をここへ連れてきます。そしてその前に、二人の勇姿を見ていてください」

「さっきの方も仰っていたけれど、勇姿ってどういうこと?」

「見ていればわかります。ウィリアムさんと一緒にこの時間にここへ来てください」


 俺は胸ポケットからメモ帳を取り出しページを一枚ちぎると、そこへある時間と場所を書いてアイラさんに渡した。


「では、あんまり二人を待たせると叱られるのでこの辺で俺も失礼します」

「あ、えぇ。改めて二人のことを宜しくお願いします……!」


 頭を下げたアイラさんに俺も深くお辞儀をして部屋を出る。迷路みたいな屋敷を抜けて玄関から外に出ると、門の前で俺を待っている二人と二人を追い掛けた執事の聡爾さんが居た。


「遅いっ!」

「ごめんごめん、ちょっと迷っちゃってて」

「迷い過ぎだろ低脳が! そんなに広くない!」

「お前からしたらな? こっちはついこの間まで1K暮らしだったんだよ」


 ちょっとした戯れを交わしている俺らを見て聡爾さんはあたふたしている。ご迷惑お掛けしてすんません。すると俺たちを止めるように菲針さんが口を開く。


「私も特に迷わなかったぞ? 記憶力の良いはずの望兎が迷うなんて珍しいな」

「ほーら望兎のバカ〜」


 こいつら飯抜きにするぞ。聡爾さんが焦った様子で「お嬢様、お言葉を……」って言っている。もっとガツンと叱ってやってくださいよ。

 そんなことをやっていると、屋敷からレビリアご夫婦が出てきた。二人は俺たちにお辞儀をする。俺もお辞儀を返す。チラッと横を見るとそっぽを向く小娘と頭を下げてくださっているお二人をただ見つめているお姉さん。お前らは後で礼儀を教えてやらんとなぁ!


「行ってらっしゃいませ」

「失礼します」


 門を潜った俺たちを礼をして見送ってくれた聡爾さんに挨拶して俺たち三人はレビリア軍の元に向けて歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る