第8話 妖術の使い手

「ここはあのガキをヴェズルで抑えつつダメージを与えている間にフレースであの女を討つ作戦で行こウ」

「流石だヤタ。行け! ヴェズル、フレース!」


 高速の鷹と強力な鷲が二羽、菲針さんとアリスに向かって猪突猛進してくる。アリスは上空へ飛び上がり、ヴェズルと呼ばれている鷹から逃げている。恐らく燃料は有限だろうから早めに仕留めないと限界があるはずだ。菲針さんはフレースという名前の鷲の攻撃を上手いことショットガンでガードしている。

 このまま押されていてはマズい。だが生き物を傷つけるのも気が引ける。であればどうにか誘導して、共倒れになってもらう必要がある。しかし俺はまだアリスの実力をすべて把握している訳ではない。通信機を通して呼び掛ける。


「アリス! なんか遠距離の攻撃はないのか!」

「あるよ」

「ならそれであの烏を打って牽制するんだ!」

「牽制ってなに?」

「いいから!」


 よく分かんないけど仕方ない。今はあの低能ポンコツ男の言う通りにしてみるか。何か策があるんだろう。

 アリスは飛塚の右肩に止まっているヤタという名前の烏に向かって鷹から逃げながら右腕を前へ突き出す。すると右腕のエネルギー放出パーツからライトイエローのエネルギーが細く長い形状で放出される。


『ジャスティスビーム!』


 いちいち厨二病みたいなネーミングセンスだな。

 そうして放たれた一筋の正義を貫くような勝利に導くビームは難なく躱されてしまう。とりあえず菲針さんには今は耐えてもらって、アリスの技を把握したい。


「おいアリス! 他には何が出来るんだ!」

「目眩ましとかかな」


 目眩まし……。そうかならそれを使えばもしかしたら隙を作れるかも。


「アリス! 鷹を誘導しながら菲針さんと鷲の間に入って、二体に向かってその目眩ましは出来るか?」

「まぁ出来なくはないけど難しくない?」

「タイミングは俺が合図をする。菲針さんもそのタイミングでどうにか鷲との間にアリスが通れるくらいの隙間を作って!」

「やってみよう」


 ざっと計算すれば、一般的なオオタカの飛行速度は水平飛行で時速80キロ。あの個体はそれよりも明らかに早いから大体時速100キロ前後だろう。その鷹とほぼ同じ速さで距離を埋めさせていないアリスの飛行速度も同じように時速100キロ前後。アリスと鷹の距離がだいたい目測五メートルだから、アリスが菲針さんの前を過ぎたわずか0.18秒後に鷹は菲針さんの前を過ぎる。つまりあの鷲を一秒ほど突き放し、鷹が菲針さんの目の前に来たところを二体同時に目眩ましにすればいい。


「菲針さんは突き放したらすぐに目を逸らしてください」

「善処する」

「じゃあアリス、菲針さんの方へ来てくれ!」

「ラジャー!」


 アリスは旋回して菲針さんの右から低空飛行で真っ直ぐに飛んでくる。通信機越しにあるラグを考えて、菲針さんに突き放す合図と目線を逸らす時間を考慮して時速100キロが通り過ぎるタイミングを計算して。


「今!」


 菲針さんは俺の合図を聞いた瞬間、脊髄反射したのかと思うほどに完璧なタイミングで鷲を蹴り離し、顔を後ろに向ける。俺も同時に腕で視界を覆う。刹那、青い影が一瞬で目の前を過ぎ、わずか数秒後に二体の鳥は一つの場所へ集まった。


「マズいぞタクミ!」

「今だ!」


 振り返りもせず頭だけ逸らし、視界の隅で標的を確認したアリスはすぐさま右腕のエネルギー放出パーツから点状の眩いライトオレンジのエネルギーを放った。


『ジャッジメントフラッシュ!』


 その制裁を下し、勝敗を分ける大きな一手となる光は辺りを照らし、二羽の視界を奪った。アリスのオレンジのバイザーは自分のフラッシュを遮る仕組みになっているらしい。今が絶好のチャンス。菲針さんとアリスは一斉に若干遠くからの光で怯んでいる飛塚に向かって走り出した。飼い主を叩けば勝てる。そう思ったその時だった。


「ラン!」


 男は視界を覆いながらも足音を聞いて危険を察知したのか、そう叫んだ。すると首飾りの一番右にあった紫の爪が一羽のキジとなって出現した。

 二人は構わず進み続けるが、次の瞬間。雉が甲高い鳴き声を上げて羽を広げると、紫色のオーラを放ち出した。まさか毒? 雉が毒を持っているなど聞いたことがないが、この男が躾けた鳥ならもしかすると有り得るのかも。二人は警戒して一旦離れる。すると紫色のオーラは徐々に雉を包みながら膨れ上がっていく。やがて高さが十メートルくらいになった煙の奥には何か巨大な影が見える。そしてまたも甲高い鳴き声を上げたと同時に大きな紫の翼が煙を振り払う。

 そこには巨大化して紫色の豪華絢爛な霊鳥が佇んでいた。


「一体なんなんだこれは……」

「でっかくなっちゃった!?」


 二人も困惑している。あの男はと叫んでいた。まさかこいつは中国の伝説上の鳥、霊鳥のランなのか? 一羽だけ規格外すぎるだろ。


「やれ。この者共を始末するのだ!」


 飛塚が指示を出した途端、霊鳥は鳴き声と共に紫の炎を放った。咄嗟に躱した菲針さんが走り出し、高く跳び上がるとショットガンを構えて一発放った。しかし弾けた散弾は大きな霊鳥の身体を擦り抜けた。不発したことに驚いた菲針さんを霊鳥は大きな翼で払い、地面に叩き付ける。今度はアリスが向かい、霊鳥の顔面に向かって光線を放った。


『ジャスティスビーム!』


 しかし同じように擦り抜けたビームは天高く昇っていき、アリスはそのまま霊鳥の炎を食らって地面に墜落した。さらに元気を取り戻した鷹と鷲が後ろから襲い掛かってくる。

 強い。流石霊鳥。魔法というか妖術が使えるのか。このままでは二人の命が危ない。だが銃弾が身体を擦り抜けるなど有り得るのか? あの雉が吹き出していた紫色の煙、どうやったら雉が煙を出せるんだ? それにあの霊鳥。一歩もあの場所から動かない。いや、もしかすると動けない何かがあるんじゃないか? マジックなどどんな不思議なトリックにも必ずタネがある。俺は静かに木の陰に隠れながら霊鳥の後ろを確認しに行く。気づかれないように足音を立てないように後ろに回り込んだ。

 そこには、舞台などで使うスモークマシンを背負ったさっきの雉と、その後ろからプロジェクターを動かしている烏。そして脚立の上に乗って、火炎放射器と農業に使う粉末の肥料を持って汗を流している飛塚がいた。なんかシュール。恐らくは雉がスモークを出して、そこに巨大な霊鳥の映像をプロジェクターで映し出しているんだろう。あの紫色の炎は火炎放射器から出ている炎に肥料に使われるカリウムを掛けることで炎色反応で紫にしているっぽい。だって普通口から炎吐くはずなのにお腹から出てたんだもん。俺は菲針さんに小声で指示を出す。


「菲針さん、あの霊鳥の首元に思いっきり突撃してください。そしたら真下を向いて見えた白くて四角い物体に向かって撃ってください」

「白くて四角い物体? 君は何を言ってるんだ望兎」

「良いから言った通りにやってみてください」

「ふむ、分かった。君を信じるとしよう」


 菲針さんは鷲を振り払おうとするが、中々に手こずっているようだ。仕方ない。


「菲針さん!」


 俺はポケットに入っていたチェリー味の棒付きキャンディのパッケージを外して菲針さんに投げる。綺麗な半弧を描いて宙を舞った飴を菲針さんは華麗にキャッチしてハァムといういつもの可愛らしい声を漏らしながら口に咥える。

 え、飴? てか何今の声。チョー可愛いんですけど! 菲針様の以外な一面!


「ナイスパスだ望兎」


 飴を含んだ菲針さんは怪力の鷲を一瞬で振り解き、爆速で霊鳥に向かって走る。その変化を間近で見たアリスと二羽の鳥は呆気を取られている。覚醒した菲針さんは高く跳び上がり、そのまま霊鳥の身体に突っ込む。アリス視点では菲針さんが消えたように見えていた。

 全てを理解した菲針さんは口角を上げてショットガンをリロードする。そして。


「パーフェクトだ! 少年!」


 そう叫びながら正確な一撃をプロジェクターに与える。そしてアリスの視界からは霊鳥が消え、ただの紫の煙のみが残った。着地した菲針さんは右腰にあるハンドガンで雉の背中にあるスモークマシンも打ち抜くと、煙が消えてすべてが露わになった。


「クソッ! こうなったら! 行けお前ら総出で戦うぞ!」


 烏と鷹と雉はアリスへ、飛塚とロックオンした鷲は菲針さんへと襲い掛かる。飛塚は懐から短刀を取り出して走ってくる。菲針さんはショットガンを背負ってハンドガンも仕舞い、左腰のナイフを抜き出して攻撃を防ぐ。得意の短剣格闘で飛塚を制圧し、襲い掛かってくる鷲に強力な一蹴りを入れた。鷲は気絶したのかその場に墜落する。

 アリスは巧みな飛行術で三羽を翻弄し、複雑なアクロバットで見事に沈めていた。圧倒的な二人の実力を見届けたところで俺も木の陰からしれっと登場する。


「どうして分かった。ランの秘密が……」

「フン、舐めてもらっては困るね。こちらには優秀な作戦参謀が居るのだよ」

「まさかお前……」

「いろいろと手が込んでたな。その努力は認めてあげるよ」

「クッソ……アテナさえいなくなっていなければ! あのチビ、見つけ次第殺してやる!」


 アテナ……? 誰だそいつは。そういえばこの使い鳥たちみんな不思議な名前をしていた。烏のヤタに鷹のヴェズル、鷲のフレースと雉のラン、そしてアテナ。確かにこいつの首飾りには一つ黄色の爪が残っているし、その黄色い爪もよく見たら先端が破損している。


「恐らくフクロウだろう。さらに言うと種はコキンメフクロウ、といったところかな」

「…………」


 当たってるっぽい。なんで? 天才じゃんこの人。


「君の使い鳥たちは皆、空想上の鳥の名前から取った名をしている。日本神話の八咫烏やたがらす、北欧神話に登場する鷹のヴェズルフェルニルと鷲の姿をした巨人のフレースヴェルグ、そして中国の伝説の霊鳥であるらん


 はぁなるほど。そんなことに気づいていたのか、てか詳しいな。日常の常識はほとんど知らないくせに。


「それらから察するにいなくなったアテナという個体は、ギリシャ神話に登場する知恵の女神アテナの従者として有名なコキンメフクロウだという考えだ。さぞ知恵に長けた存在だったんだろう」

「アイツはニンジャだった。知能も素早さも力も、他の奴より劣っていても尚、その羽音と気配を消して不意を突くのが強かった。だから私もアイツに可能性を感じていたんだが、アイツは私に縛られるのが嫌いだったみたいで。私の不意を突いて契約の爪を壊して逃亡した。全員で捕まえようとしたが、アイツのバランスのいい知能と素早さと特技の気配隠しに翻弄されて私たちはあのたった一羽に逃げられてしまった。そうまるでお前たちのようにな……!」


 そのアテナというフクロウ、どこかで元気にしているといいな。俺たちは飛塚を観念させ、その場を後にした。中々苦労した。汗もかいたし頭も使ったところで、さあさあ銭湯に行きましょうや! 俺たちは銭湯で疲れを癒し、レビリア邸までの道のりに向けて気合を入れ直した。


 女風呂にて。アリスは改めて思い知った。え、デッカ!?

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