第7話 怪しい影
「何ですか、急に呼び出しって」
「……君に、頼みがある。菲針を捜してくれないか」
「菲針を?」
「あぁ。アイツが今どこで何をしているのか、君に捜してもらいたい。幼馴染の君に。そして見つけ次第──」
目を覚ますとテントの中。左に視線を向けると、この間のスーパーで菲針さんが拝借した猫目のアイマスクを付けてヨダレを垂らしながら名家のご令嬢が寝袋に
俺も寝袋をそっと仕舞い、テントの外へ出る。いくら夏だと言っても朝の森は中々に涼しい。そして景色が広がっているところから荒れ果てた都心を眺めている菲針さんが目に映った。
寄ってみれば何かを咥えている。このワイルドな服装にイカついピアス、つり目に紫の濃いめのアイシャドウという見た目から咥えている白い棒は煙草かと思われるが、あれ棒付きキャンディなんだよな。ていうかいつメイクしてるんだろ。
「おはようございます、朝から飴ですか」
「おはよう望兎。私にとって飴は欠かせない存在だからね。君にも一つくれてやろう。チェリー味だ」
「あぁありがとうございます。ところで気になってたんですけど、菲針さんっていつメイクしてるんですか? もしかして昨日から落としてないとかじゃないですよね?」
「流石にそこまで落ちぶれていない。私を何だと思ってるんだ。しっかり化粧水で落として就寝し、朝起きてから化粧している。こんな女っ気がない私でも化粧だけは忘れてはいけないと過去に口酸っぱく母さんと緋多喜に言われたんだ」
「なるほど、でメイク道具は?」
「この中に入っているぞ。アイライナーにコンシーラー、アイシャドウとリップとか諸々ウエストポーチに入っている」
このバッグ小さいように見えて以外と収納性高いんだな。飴から針金から弾薬から化粧品まで。まるで未来から来たネコ型ロボットご愛用の収納アイテムかのようだな。
「ところでこんな朝早くから街を眺めてどうしたんですか?」
「いつどこから敵襲があるかわからない。年下を二人も連れているならば、それを守るのは年上の役目だ。何より君たちは私の素晴らしい助手と弟子なのだからね」
「菲針さん……」
「まぁこんな話はどうでもいい。寝て起きたらお腹が空いたな。望兎、朝食を作ってくれないか」
「分かりました。準備してきます」
「ありがとう」
俺はテントの中にあるリュックを取りに菲針さんの下を後にした。なんとなく訊けなかったが、気になっていた。菲針さんのあの表情。何か問題を抱えているような、意味ありげな面持ちで街を見通していた。あの表情は一体。
「うーんむにゃむにゃ……おはよぅございましゅ……」
「おはよう、今朝はよく眠れたかい? アリス」
「えぇ……それはもう、たんまりと……」
たった今お目覚めのご令嬢が目を擦りながら、日差しを浴びて目を閉じたまま険しい顔でテントからのそのそと登場した。ありゃまだ脳みそは寝てるな。しかし良い匂いに釣られたのか、無意識に鼻を利かせ、こちらに険しい顔をゆっくりと向けてくる。なんか目が見えないけど耳と鼻がめっちゃ利く怪物に見つかった感覚なんですけど。
怪物さんは一歩ずつこちらに歩いてきて一言。
「いいニオイがするぅ……」
「お腹が空いたことだろう。望兎が朝食を作ってくれたから君の口に合うかは分からんが、食べておこう」
「みと……? みと、みと、みと……。望兎! 貴様いつから私たちの旅に加わったんだこの不届き者め!」
「最初から居たわ! ほんで急に目覚ますんかい!」
「朝から貴様の顔を見るとはなんとも目覚めの悪い朝だ! 今日一日の幸先が不安になったぞ! 朝ごはんだけは食ってやらんこともないがな!」
なんて偉そうなお嬢様なんだ。一応俺の方が年上なんだぞ、料理も作ってやってんだぞ。まぁこいつがこういう奴というのは出会った時から分かっていたか。
俺はそれぞれの料理を皿に盛り、人数分配る。何となく小学校の時の給食当番を思い出すなぁ。ちょっと配分ミスって最後の方が汁物の具がゴロゴロになったりして意外と難しいんだよな。
「これは……」
「今日は調べてみたら意外と簡単だったからイングリッシュブレックファストってやつを作ってみた。あとスープ系としてミネストローネ。あとは朝ってことでコーヒーも淹れてみた。市販のお湯入れるだけのやつだけど」
「望兎……」
「なんだよ。これでもまだ下民が食べるような哀れな食い物なのか?」
「いや……いただきます」
なんだかやけに素直だな。寝起きだからかな。
「美味しい」
「そりゃどうも」
「わざわざ調べて作ってくれたのか? 私のために?」
「まぁあんな顔で自分が作ったカレーを罵られたらなぁ。シンプルにムカついたし」
「ムカついた? なら尚更なぜここまで」
「これから一緒に旅する仲間なんだし、お前のこと知るのは普通じゃね? あと普通に自分もお洒落な朝ごはんとか食べてみたかったし」
「望兎……」
なんだよこいつ。目をうるうるさせて。まさかそんなにメジャーな朝食じゃなかった? マズい、また罵声が飛んでくる!
「ごめんなさい……私はこんなに悪口いっぱい言ったのに」
「なんだよそんなことか、てっきり貴族の食べ物をバカにしてるのかって怒られるのかと思ってたよ。いいから涙拭いてとっとと食っちまえ。お前にそんな感じで来られると返って調子狂うんだよ」
「こっちが真剣に反省しているのになんだそれは……」
「いいからお前はいつも通り上からでいい。その方がアリスらしいぞ」
「……うん、分かった。なら貴様の望み通り、上からの態度を取ってやる! 覚悟するんだな……!」
やっぱりこいつはこの感じの方が生き生きしてる気がする。最初は少し毛嫌いしていたが、アリスにはこのままで居て欲しいとその時俺は心の底からそう思った。そんな俺たちのやり取りを菲針さんは口を挟まず、微笑みながら見届けていた。ただ、やはり気になってしまう。今朝見たあの表情の本当の意味を。
朝食を済まし、片づけた俺たちは森を抜けて名家レビリア邸へと歩を進め出した。
道中、俺と菲針さんはあることに気づいてしまった。俺たち、菲針さん家で一泊してそれ以来、お風呂に入っていない。街中は火事だらけで辺り一帯に灰が飛び交い、アリスと出会うときも汗などの汚れがそのままなのである。あの時エベレスト登った訳だしなぁ。
ということで俺たち一向は一旦隣町にある銭湯に向かうことになった。たまたまレビリア邸までの道なりの途中にあるみたいだし、汚い状態で貴族様に会う訳にはいかないもんね! うん。これは仕方のない必要不可欠な銭湯なのだ。
森を抜けると都心に比べてかなり控えめな町並みが広がっていた。さてとあの銭湯目指してもう少し歩くとしますか。
「待ちたまえ諸君」
背後から聞こえてきたのは男の声。多分この森にそんなに人が居るはずが無いから俺たちに話しかけてるのかな。一斉に振り返るとそこには柳色の和風な服装に五色に塗られた五種類の鳥の爪の首飾りをした男性が立っていた。
「何か御用ですか?」
「私は鳥使いの
なんだこの人、もしかして遊徒の侵略を食い止めようとする集団の一人とかなのかな。てか鳥使いってなんだ? 鷹匠みたいなこと?
「私たちは遊徒を破壊し、この世界に平和を取り戻すのさ。君こそ私たちに何の用なのか答えたまえよ」
「私は遊徒が世界に蔓延り、この世界を我々の手中に治める『
ワァオつまり俺たちの敵だ。こんな地獄と化した世界を望む奴がまさか本当にいたなんて。俺たちの銭湯の楽しみな気持ちを踏み躙りおって、許せん。
「構えろアリス、望兎は下がっておけ」
「「了解」」
俺は木々の後ろに身を潜め、菲針さんはショットガンを構え、アリスは青いマスクを取り出し口元に当てる。その瞬間、ガシャンガシャンと音を立てながら全身がスーツに包まれていき、最後に目元のオレンジのバイザーが展開した。Daybreak-A様の参上だ。
「あの時はあの野郎に邪魔されたからな、今度こそしっかりやらせてもらうぞ。——さぁ! 今こそがこの暗がりを照らす夜明けの時だ!」
「よく分からんが、とりあえずお前たちを倒すまでだ。ヤタ、頭を貸せ」
「オレ様に勝てるとでも思ってるのカ? この低能ホモサピエンス供ガ」
「なんだあの生意気なカラスは!」
鳥使いが呼び出すと、首飾りの一番左にあった黒い爪が一羽の
「恐らくはあの銃を持った女が危険そうだナ。次にあの変な恰好をしたガキ、後ろにいる男は気にしなくてよさそうダ」
あの烏鋭いな。確かにうちの最大戦力は菲針さんで間違いないし、俺が使いもんにならないということも的を得ている。
「ではあの黒い女からやろう。行け! ヴェズル!」
飛塚が名前を呼ぶと、左から二番目にあった赤い爪が一羽のオオタカとなって出現した。どういう原理なんだこれは。鷹は鳴き声を上げながら菲針さんに一直線に向かっていく。菲針さんが華麗に躱すも、何度も攻撃を仕掛けてくる。流石の菲針さんも生き物を撃つことには抵抗がある様子だった。このままではマズい。あいつの首飾りにはあと三色の爪が残っている。とりあえず本体を叩くに限るな。
「アリス、あの男を狙うんだ!」
「……! 分かった! あと私はアリスではない。Daybreak-Aだ!」
今はそんなことどうでもいいわ。とにかくこの男を倒さない限りは俺たちはここを動けない。何としてでもこいつを倒して銭湯に入るんだ! 走り出したアリスは背中と足にあるジェットエンジンで飛行して向かっていき、両腕のエネルギー放出パーツから鋭い形状のライトグリーンの刃を放出して飛塚に切り掛かる。
『デイブレイクセイバー!』
まさに宵闇を切り裂き夜明けの朝日を迎えさせるような高熱の刃が飛塚に対して振り下ろされる。しかしそんなに素直に受け入れるはずもない。
「フレース!」
突如として男が叫ぶと、首飾りの真ん中にあった白い爪が一羽の大柄なハクトウワシとなって出現した。その鷲は野太い声で「ロックオン……」と呟くと、アリスに向かって強力な蹴りを入れた。後方に転がったアリスに向かって鷲は一般的な鷲を遥かに凌駕する素早さで近づき、さらに鋭い爪を振り下ろした。アリスは冷静に回避して態勢を整える。
妙だ。あの烏の人間並み、またはそれ以上の知能。鷹の素早さは光の速度並みで菲針さんじゃなければ回避出来ていなかった。それにあの鷲も素早さと力に加えて少し言葉を発した。この鳥たちが普通ではないということは誰が見ても一目で判別出来るほどだ。
「集まれ」
飛塚の一言で三羽がきちんと飛塚の周りに集まる。とてつもないほど完璧な連携だ。一体どんな教育をしているんだ。
「私の使い鳥たちの脅威に驚いたか。私が育て上げた究極のコイツらはそこらの鳥とは訳が違う。知能、素早さ、力、それぞれに特化して育てた我が軍勢に果たしてお前たちに勝つことができるかな」
確かにあの鳥たち一匹一匹のポテンシャルが高すぎる。どうやったらこの戦いを勝つことが出来るのか。俺が息を呑んでいると菲針さんが視線を敵から逸らさずに小声で話しかけてくる。
「望兎。私たちを信じろ。こんなところで
あぁ分かったよ、やってやるさ。この戦いを俺が勝利に導いてやる。この作戦参謀がな!
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