第6話 新たな弟子

「私は正義のヒーロー、Daybreak-Aデイブレイクエースだ!」


 デイブレイクエース……? 全体的に青と白をベースとしたスーツには差し色に黒やオレンジが映えている。ごめんけど初見です。


 しかし、ここはビルの屋上。こんなところにまで颯爽と駆けつけ、ピンチだった俺たちを救ってくれた彼女はまさに正義のヒーローそのものだ。かっこい──。


「私こそが! この混沌めいた暗黒郷ディストピアに差す、平和という名の朝を迎えさせる存在なのだ!」

「……ん、朝?」

「さぁDaybreak-Aよ。今こそこの暗がりを照らす夜明けの時だ!」

「お前厨二病だろ絶対」


 なんかこの流れ一回やったな。ただそういうことか。だからデイブレイクなのか。


「おいそこ! さっきからブツブツとやかましいぞ! ヒーローの決め台詞中に言葉を挟むなどご法度だと知らんのかこのポンコツめ!」


 ……え? 今の決め台詞なんすか? 長ない?


「なんだその呆れたような表情は! 助けた人を心配し、名を聞かれたら名乗り、決め台詞をカマす。そこがヒーローの一番カッコいいシーンだろうが!」

「ごめん」


 よく分からないけど、なんか琴線に触れちゃったらしい。俺も菲針さんも呆然としていた。


「コホン、では改めまして……私こそが! この混沌めいた暗黒郷ディストピアに差す──」

「そっからか……」

「貴様ぁぁぁあああ!!! 何度言ったら分かるんだこの青二才め! 貴様のような低知能がいるから私たちの役目が増えるのだ! 私語を慎みやがれ! もう一回、私こそが──」

「もうええわ!」

「誰のせいだと思ってんだこのおたんこなすぅぅぅううう!!!」


 おたんこなすって。このヒーロー口悪。あとボキャブラリー豊富で早口凄い。


「まったく……。こんな奴まで助けて、私の優しさというものを有り難ってもらいたい」


 そんな自分に酔いしれている時だった。上半身と下半身が分けられた飛行系遊徒は、上半身だけがジェットエンジンと羽を使って動き出し、Daybreak-Aに向かって刃を構えながら突っ込んでいく。


 ヒーローはどうやらそのことに気づいていない。バイザーの中で目閉じてるだろあれ。


「おいヒーロー!」

「なんだ騒がしいな下等民が、ってイヤッ!」


 流石のヒーローも突然向かってくる倒したはずの敵には女の子らしい悲鳴を上げる。マズい、このままだとヒーローが!


 ──バゴーン!


 間一髪で間に入った菲針さんがショットガンを正面から食らわせる。流石の近距離ショットガンには反応出来なかったのか、遊徒はそのまま撃沈した。菲針さんはあの時と同じような表情でヒーローに声を掛ける。


「ご無事かな、お嬢さん」


 改めて思う。この人変だけどやっぱりイケメンだ。男も女もあんなんされてあの台詞言われたら惚れちゃうよなぁ。そして案の定。


「キュンッ! なんてスタイリッシュでクールビューティーなの! まさに私が追い求める大人の余裕、貴方様こそが私が仕えるべき御方なのだわ!」


 全然俺と対応違うしさっきよりも女の子になってない? キュンとか言っちゃってるし。


「お嬢さん、我々の方こそ助かった。君の行いはとても素晴らしいと思うよ、応援している。それでは行こうか望兎」

「そうですね」

「怪我は無いか?」

「菲針さんこそ、左腕から血出てるし諸ジェットエンジン受けてたけど大丈夫なんすか? 後で手当しましょう」

「問題無い。私が遊徒一体に屈する訳がなかろう」


 そんな会話をしながらその場を立ち去ろうとしていたら。


「お待ちください! どこへ向かわれるのですか」

「行先など無い。我々はさっきの機械兵器共を壊して回る旅をしている」

「なぜ?」

「君と同じく平和を取り戻すためだ」

「であれば、私もお供させては頂けませんか?」


 まさかのお願い。しかしかなり危険な旅であることに変わりはない。常に死と隣り合わせのような旅でたった数日でさえ何度死を覚悟したことか。


「命の保証は無い。それにいつ終わるのかも分からない」

「構いません、是非貴方様の助手としてお力添えになりたいのです」

「生憎私には優秀な助手がいてね、その気持ちだけ貰っておくよ」

「優秀……? なら私を弟子にして頂けませんか? 弟子として共に旅をしたいのです!」


 なぜこんなにも私に拘るのだろうか……。とか耳打ちでほざいてますこの人。どんだけ鈍感なんだよ。あの一言で惚れたんだろ普通に。受け入れても良いんじゃないですかねと耳打ちを返す。


「分かった。付いてくると良い」

「ほんとですか!? やったぁ!」


 可愛いな。無邪気に喜んでいる。その場で数秒ぴょんぴょん喜んだヒーローはトコトコこちらに寄ってくると、マスクを外して変身を解いた。


 私服姿の彼女は白を貴重とした水色の刺繍が施されているワンピースに白のカチューシャ。両耳には赤くて大きなボールイヤリング。少し洋風な整った顔立ちで、前髪は目の上で綺麗に揃え、水色のトルマリンのような透き通った瞳がなんとも鮮やかだ。


「私、アリス・レビリアと申します! これからよろしくお願いします! ……貴様もよろしくな」

「村瀬菲針だ。よろしく」


 なんか俺だけ好感度低いな。まぁ仕方はないか。


「月見里望兎だ。よろしく」

「山梨県民か。富士山の件は静岡と仲良くな」

「だから山梨県民じゃねぇし、そのやまなしじゃねぇし、富士山に関してはそう!」

「私は17歳の大人だ。目上の者には敬意を払うんだな」

「俺19な」

「知ったことか、年齢よりIQだ」


 さぞかし頭が良いんでしょうね! とりあえず俺がこいつにめちゃくちゃ下に見られていることが判明したところでビルを下り、近くの森で一度夜を過ごすことになった。向かっている途中に少し会話を交わす。


「ところで、貴様と菲針様は一体どういった間柄なのだ……?」

「戦う人と助手、あとは家事担当かな」

「なんだその訳の分からん担当は……貴様はメイドか何かなのか?」

「そこはせめて執事だろ」

「羊? 今日は羊肉でも食べられるのかな?」


 この人は本当に知識の偏りが凄いな。あとそんな肉滅多に食べれません。


「そういえばアリスは日本語が上手いな。どれほど練習したんだ?」

「私の血筋は確かにイギリス人だが、両親があまりに日本が好きすぎて日頃から我が家では日本語だったため私は日本語が第一言語だ。逆に英語は喋れん」

「この見た目でそんなことあるんだ」

「だから私の執事も日本人だぞ」

「羊肉なら私はあのジンギスカンとやらが食べてみたい!」


 色んな人がいるんだなぁ。これが所謂、最近話題になっている多様性というものなのだろうか。そんな話をしていると丁度良さげな開けた場所に着いた。今日はここで一夜を過ごす。


 俺はリュックからキャンプ道具を取り出す。

 テント設営や焚き火の起こし方を二人に教えて任せる。俺は料理担当だ。


 コンパクトタイプのマイクロレギュレーターストーブを二つ取り出し、両方の上に小さめの鍋をそれぞれ置く。片方には水を入れて沸騰させ、もう片方にはカットした人参や玉ねぎ、ジャガイモと水を入れて火を付ける。その後に切った牛肉と牛乳を少々、ルーを加えて煮詰める。沸騰した方の鍋に「沸騰するお湯に入れるだけ!」と書かれたアウトドア用の米を三つブチ込む。


 そうして完成したのはみんな大好きカレー。プラスチック製のスプーンを配り、いただきます。


「望兎の料理は美味だからね。食べるといい」

「えぇ……」

「どうした?」


 様子がおかしい。こんな終わってる世界だとしても森の中で食べるカレーは格別だ。なのにも関わらず、このアリスという少女は嫌悪な表情を浮かべてカレーを見つめている。


「な、なんだこの下民風情がしたためるような哀れな食い物は……」


 へ……? 何言っちゃってるのこの子は。カレーよ? カレーだよ? 小学生なら「今日の晩御飯何がいい?」って聞いたら即答で「カレー!」って言うカレーだよ? 給食の好きな献立ランキングのアンケート取ったら揚げパンと並んで常に上位に君臨し続けているあの天下のカレー様だよ? そのカレーを哀れな食い物と仰いました? 何様のつもりだお前は!


「もっと甘鯛のポワレとか、米料理ならパエリアとかあるだろう?」

「ぽわ……? ぱえ……?」


 そんな名前しか聞いたことない料理出せる訳なかろうが。この最年長もぽわぽわぱえぱえって困惑してるよ。一体なんだこいつ。さてはセレブか? セレブなのか? 本物のCelebrityなのか?


「なぁアリス、お前ん家ってもしかしてお金持ちだったりする?」

「まぁ一応イギリスの名家レビリア一族の者だが」

「……名家?」

「知らないか? 光の名家レビリア一族と言って戦場で必ず栄光を掴むことからその名で呼ばれている」

「なんでそんな人がこんなところであんな格好でハーハッハッハとかやってんの?」

「いいだろ別に! 私がやりたいのだからやっているのだ。それにあのスーツは私が腕の利く発明家に依頼して特注で作ってもらった代物だ。バカにするなら許さんぞ!」

「ごめんごめん! それで、それ親は了承してるのか?」

「…………言ってない」


 あんな危険な行動をこんな貴族が親に内緒でやってるのかヤバいだろ。それに俺らの旅に付いてくるって言った訳だし。


 どうやら菲針さんも同じ考えのようで。


「一度アリスの家に行こう」

「それだけは絶対に嫌っ!」

「なぜだ。我々もこれから君と共に行動する以上、君のご両親の承諾を得てからではないと君を連れて行くことは出来ない」

「私はお金持ちの生活なんてもううんざりなの! 私だってみんなのような普通の生活がしてみたいの! だからもうあの家には帰りたくない!」


 の割にカレーにはあんなこと言ったんだな。


「アリス、君がどんな苦労をしてきたのか私たちには分からない。だが君には私たちと同じような気持ちを味わって欲しくないんだ。この気持ちは分かるね?」

「何よ同じような気持ちって……」

「家族を亡くした時の気持ちだ。私も望兎も家族を失っている。私に至ってはあの機械兵器によって目の前で妹を惨殺された。これはただの遊徒破壊の旅じゃない。私がただ単に復讐の念を持って破壊するついでに平和を取り戻すというエゴの旅だ。望兎はそんな自分勝手な旅に協力してくれている」

「お前はなぜ協力しているんだ……?」

「俺は生きる意味のためだ。こんな世界ならもう死んでも構わないと思っていたところを菲針さんに助けられたんだ。だから助手として共に旅をしている。お前がさっき言っていた俺たちの関係はそういうことだ」


 俺の死んでも構わないという言葉を聞いて驚いた表情をしたアリスは俺たちの説得に納得したのか、無言で頷いた。


 ということで俺たちの次の行先は光の名家レビリア一族の日本邸ということになった。人生は生きていればどんなことが起こるか分からないということをつくづく思い知らされる。まさか貴族の豪邸に行くことになるとは。


「とりあえずカレー食え、一応不味い料理じゃない」

「仕方ないな……腹が減っては戦は出来ぬしな。……美味しい」

「だろ? よし、みんなで片して今日は寝よう」

「了解した」


 そうして俺たちは全員人生初めてのテントで寝袋を体験した。

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