第5話 正義のヒーロー

 立ち寄ったスーパーには人っ子一人おらず、電気さえ通っていない。ここに来るまでにいろんな店を流し見してきたが、都心に生きた人はいないようだ。


 道路には黒くなった廃車や道端に植わっていたのであろう木々、折れた信号や電柱が散在し、コンクリートは陥没して下水管が破裂したのか地上に水が溢れ出ては赤く染まっている。その上を徘徊して回る殺戮機械兵器たち。


 そんな地獄と化した店の外を眺めてる横でなんであんたは無表情でウエストポーチに飴大量に突っ込んでんだ!


「菲針さん! ちょっとは罪悪感とか無いわけ?」

「望兎こそさっき価格エグくなるんじゃね? とゴブリンのような変態的な表情を浮かべていたではないか」

「誰がゴブリンじゃ」


 この人は肝が据わりすぎている。こんな悲惨な世界になったのにも関わらず感情ひとつ出さずに淡々と飴を回収している。


 ただストロベリークリーム味を見つけた時だけ一瞬眉がピクリと上がる。好きなんだろうな。食材や使えそうな道具も幾つか調達させてもらったところで。


「そろそろここも離れましょう。手に入れた情報では奴らは俺たちの体温を検知して追いかけてくるようですし」

「そうだな。では私が知るもう一か所の情報の在処へと向かおうか」




 歩くこと三時間。ようやく到着しましたのは遊徒に関する情報が保管されているという、菲針さんが所属していた団体のアジトだった廃墟。


 なが。文字も道なりも。流石に引きこもりニートだった人間が三時間も歩くとなると足が腐ったように疲れます。みんなも適度に運動しよう。


「それでは入ろうか」

「──ちょっと休憩させて!」

「貧弱だな。君の栄養は全て頭に行ってしまったのかな」

「あんたの栄養こそ体にしか行ってないだろうがよ!」


 特にその二つの果実とかな! これ以上はセクハラになりそうなのでやめとこう。まぁこの人は多分セクハラされても気づかないんだろうけど。


「もう大丈夫です。行けます」

「では改めて、情報を頂きに参ろうか」


 中に入ってみれば前の廃墟よりかは綺麗な状態だ。と言っても壁にはひびが入っていてそこから植物が生えている。上の階からは遊徒の足音が聞こえる。やはりここも見張っているのか。


 それとさっきとは違い壁があまり崩れていないから外の明かりが遮断されている上に中の蛍光灯も機能していないため真っ暗だ。


 菲針さんはさっきのスーパーで拝借した懐中電灯の電源を入れる。照らされた廊下には血を流して息絶えている人たちが座り込んでいる。その廊下をあの人はズカズカ進む。


「……すいませ〜ん跨ぎま~す。ちょっと明かりが先々行かないでくださいよ……!」

「そんなちんたら暢気のんきにしてられん。いつどこから遊徒共が襲ってくるのか分からないんだからな」

「そうだけどぉ……」


 こんな真っ暗闇に人の亡骸が転がってて、上には殺戮機械兵器が徘徊してるって状況シンプルにホラーなんだよぉ。もしこの道脇にいる人たちに足とか掴まれたらおっきい声出しちゃうよぉ。


 男のプライドでチビりだけはしたくないけど、これはゲームと違って現実リアルなのがなぁ……。


 そんなことを言っていると、エレベーターの前に到着した。


「電気が通ってないからエレベーターも動いていないようだな」

「情報がある部屋って何階なんですかぁ……?」

「最上階の確か十階だ」

「……じゅうかぁ」

「さっきからなんだモジモジしよって鬱陶しいな。何がそんなに恥ずかしい」

「違ぇわ怖えんだわ……」


 バレないように静かにしなきゃいけないから小声で突っ込む。というか突っ込ませないで。


「てかエレベーター動かないってまさか……」

「非常階段だな」


 ですよねぇ。さっき三時間歩いて時すでに足腐ってるんですけど。


 そんな文句は通用せず、こんな時でも光り続けている非常口のピクトグラムが毎回階段の折り返しで会う度に哀れな俺を見届けている。


「……お前たちもずっと走り続けてて辛いよな」

「ついに頭も腐ったか?」

「やかましいわ」


 どうやらこの廃墟の見回りは少ないらしく、なかなか遊徒に出会さない。なんなら入ってきた時より足音減ったような。離れたのかな。ラッキー。


 そんなことを考えているとようやく十階に到達。今ならエベレストのいただきに登り切った人たちの気持ちが分かる。


 山頂から見える神秘的な景色とは違って今までの階と全く同じ光景なのだが一部、今俺の目の前にある「10」という階数を表す数字が一際輝いており、まさにそれは絶景と等しい。だがそんな余韻に浸っている暇なんてない。


 菲針さんがまたも手慣れた速度で鉄扉の鍵を解錠。からのお邪魔します。今回の部屋は前よりも狭く、雰囲気は喫煙所みたいな広さだ。そして今回も情報が記された文書はすぐに見つかった。案外楽勝やん、階段以外。


「これはどうやら遊徒の個体の種類について記載されているみたいだね」

「特に意味は無いんですけど俺は一旦座っとくんで読み上げてください」

「仕方ない。遊徒は大きく分けて五種類いるようだ。まず体温を検知して襲ってくるものの近接タイプと遠距離タイプ、そして巨大な重量系のもの、他には飛行するものと知能に長けたものがいるようだ。多くが体温検知個体のようで、稀に他三種がいるらしい」

「なるほどね」


 一息ついた時、俺たちが苦労して登っていた非常階段が何やら騒がしい。ガシャガシャと音を立てて無数の足音が登って来ている。


「望兎、来てるな」

「どうするんすか、非常階段から来られてるならエレベーターも使えないしここ最上階だし、逃げ道無いじゃないすか!」

「この足音の数、太刀打ちも無理だろうな」


 さっきフロントのマップで見たときに、このビルの構造はメインフロアに大きな空間とエレベーターがあり、その左右に廊下が二本、それぞれの廊下の左右にあらゆる部屋が並んでいるみたい。


 上から見るとカタカナのの字のような道になっている。俺たちが居る部屋は突き当りで、部屋を出てすぐ左に非常階段の入り口がある。つまり。


「奴らがこの階に到達した際に私たちがこの部屋の中に居たら詰みということだな」

「なら早く出ないと!」


 俺たちは急いで部屋を飛び出し、メインフロアを挟んだ反対側の廊下へとりあえず走る。しかし逃げ場が無いことに変わりはない。足音は着実に近づいて来ている。菲針さんは走りながら話し始めた。


「もう片方の廊下の突き当りには小さい休憩スペースがあってそこに窓がある」

「いやでもここ十階なんすよ!」

「いいから黙って付いてこい」


 走っていると菲針さんが言った通り突き当りにこじんまりとした休憩スペースがあった。OLさんたちがここでコーヒーを飲みながら部長の陰口などを吐いていたんだろう。


 すると隣にいる平然とした女性は意味の分からないことを言い出した。


「向こうのビルの屋上に飛び移るぞ」


 いやいやいや。向こうのビルってあれのこと言ってます? 下見たらこのビルとの間に二車線の道路とその左右に横幅五メートルくらいある歩道ありますけど。


 一般道の車線幅は確か三メートルほどだった気がするから単純計算でも十六メートルはありますけど。俺ただでさえ走り幅跳びの記録終わってるし、世界記録も八メートルとかそこらだったけど倍あるよ? そんな絶望に追い打ちが。


「イタゾ、トラエロ!」


 遊徒の大群がメインフロアに! てか喋ってる!


「知能系の遊徒だろうね。恐らく我々が入ってきたときに上に行くことを見越して一時撤退し、逃げ道が無くなったところを追い詰めるという算段だったんだろう。幸いそのタイプは一体のみで、あとは近接タイプの個体だけのようだ」


 まんまと嵌められた。めちゃくちゃ走ってきてる。え待ってこれ幅跳びから幅跳びになっちゃったじゃん! さらに距離の不安加速してます! そんなあたふたしている俺を余所に菲針さんは冷静だ。


「落ち着きたまえ少年。ノープロブレムだ、私を信じろ」

「何するんですか」

「飴を舐める」

「は?」

「何味にしよっかな~。ストロベリークリームは取っときたいしなぁ、コーラにしとくか!」

「そんなことしてる余裕どう見てもないだろ! すぐそこまで来てるって! ちんたら暢気にしてんのあんたじゃねぇか!」


 そんな俺の声は大好物を前にした菲針さんには届いていないのか、この人はウキウキでパッケージを外した。


「望兎。私から初めてのプレゼントを君に贈ろう」

「飴のゴミ!」


 ふふん、とその反応を待っていたかのように得意げに笑った彼女はハァムと可愛らしい声を漏らしながら飴を咥えた。そして右腕で俺を抱え、左手で窓ガラスを割ってサッシの上に立つ。


「口の中を噛まないように歯を食いしばっておけ」

「……!」

「行くぞ」


 もう真後ろまで遊徒の大群が近づいて来ているのが気配で分かる。その瞬間、菲針さんは向かいのビルの屋上目指して大きく跳び上がった。


 皆さんは経験したことがあるだろうか。安全装置を付けずに空を舞ったことを。リアルホラーの次はまさかのリアルフリーフォール。三途の川見た時より死の感覚味わってるんですけど。


 そして難なく俺たちは向かいのビルの屋上に着地した。ほっとして振り返るとついさっき居たところから遊徒が溢れながら後ろから押されてどんどんと下に落ちていく。怖。しかし全てが綺麗に上手くいく訳ではない。


「伏せろ望兎!」


 突如背後から聞こえてきた菲針さんの声に戸惑う猶予もなく俺は菲針さんに押し倒される。倒れた瞬間、俺たちの真上を何かが通った。すぐにそれに目線を移す。


「飛行系遊徒……!」


 そこには羽のパーツを広げ、悠々と浮遊している機械兵器が俺たちを見下ろしていた。そして俺は自分に伸し掛かる違和感に気づいて振り返る。


「菲針さん!」


 菲針さんは左腕を切りつけられており、鮮血が色白の肌を伝っている。


「ノープロブレムだ……。この程度すぐ治る」

「でも!」

「とにかく、あの遊徒の退治が優先だ……」


 菲針さんは立ち上がると、被っていた帽子を俺の頭に被せてサングラスを預けてくる。そして少し口角を上げるとショットガンを手に取り走り出す。


 浮遊している遊徒を目掛けて跳び上がり一発。着地してから前方へ少し進んで振り返りながら一発。しかし二発とも飛行している遊徒にはかわされてしまう。


 ……俺は作戦参謀だろ。何か、何か策を! 頭をフル回転させて思いついた作戦は──俺が注意を引けばいい。


「おい飛んでる鉄クズ野郎! こっち向けや!」


 そして俺は頭の上にあった黒のキャップを投げつける。一瞬、こちらに遊徒が振り向いたその時、菲針さんが跳び上がり背後からショットガンを構えて一発撃ち込む。決まった。そう思っていたのに。


 菲針さんは咄嗟に上へ展開された遊徒の背中に取り付けられているジェットエンジンの灼熱の噴流を上半身に受けてしまい、そのまま真っ逆さまにビルの屋上へと墜落した。


「菲針さんっ!」


 空中にいる遊徒はゆっくり屋上へと舞い降りる。そして両腕から鋭利な刃物を生やし、一歩ずつ俺に近づいて来る。


「……み、と」


 菲針さんが擦れた声で呼んでいたが、その時の俺には一切聞こえていなくて。いつ死んでもいいと思っていた俺はいつしか菲針さんと一緒にいて、一緒に旅をすることが楽しくて、死ぬのが怖くなっていた。


 今日まで何回か死を覚悟したが、ここまで死を実感したのは菲針さんと出会った時以来だ。俺と菲針さんが絶望していたその時だった。


「とうっ!」


 飛行系遊徒はその声と同時に上半身を真っ二つに切断されて倒れた。そして俺の視界の左の方に誰かが立っている。


 青いスーツに身を包み、背中には飛行用と思われる翼のパーツにジェットエンジンの噴射口。口元の青いマスクと目元のオレンジのバイザーで顔を隠し、太陽の光を反射して金色に輝きながら風に靡いている金髪のロングヘアーが目立つ。スーツ越しでも分かるその華奢な体型に身長は目測で150センチ程。足を肩幅に開き、両手の拳を腰に当てている。


 恐らくは少女だ。その者は俺たちの方を振り返る。胸元のパーツに黄色い字で「A」と記されている彼女は意気揚々と声高らかに笑いながら喋り出した。


「ハーハッハッハ! 無事だろうかお二人さん!」

「な、何者……」

「私は正義のヒーロー、Daybreak-Aデイブレイクエースだ!」

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