第2話 生きる意味

「ご無事かな? 少年」


 そう言い放った女性は口を閉じることと立ち上がることを忘れた俺に振り返る。


「まさに間一髪だったね。危うく私ごと吹き飛ばされるところだったよ」


 何者なんだこの人は。若干パニックになりながらも視界に映る現状を頭で理解しようとする。


 まず、俺を殺そうとしていた機械兵器は現在粉々になって目の前に倒れている。そして俺のすぐ目の前にはショットガンを持った女性が佇んでいる。


 身長は163センチの俺より高そうで大体高校の時に唯一仲が良かった鐘木かねきと同じくらいだから178センチといったところだろうか。


 よく見れば腰にはベルトとウエストポーチを付けており、左の腰にはナイフが、右の腰にはハンドガンを仕舞えそうな形状の革製の入れ物。他にもショットガンのであろう弾薬もベルトに備え付けられている。俺は訳も分からないまま言葉を発した。


「銃刀法違反ですよ……」

「君は現状を理解しているのかね。こんな混沌とした世界だよ? 法律なんて気にしてる場合じゃない」


 何を言ってるんだこの人は。だとしても武装しすぎでしょ。日頃からそのスタイルじゃん絶対。そんなことを考えていると女性はショットガンのストラップを肩に掛けて背負い、サングラスを外して目の前で体勢を低くした。


 すると先程とは顔色を変えて俺を見る。綺麗な黒目に前髪は若干目に掛かり、鋭いつり目に紫の濃いめのアイシャドウ。左目の下には涙ボクロ。かなり整った顔立ちだ。


 黒のスポブラから見える溢れそうな豊満な胸がショットガンのストラップにより形が僅かに分かりそうで目のやり場を困らせる。すると女性は少し低めのトーンで話し出す。


「君はさっき死を覚悟したね?」

「……え?」

「逃げる様子も窺えず、抗う素振りも見せず、ただ瞼を閉じ遊徒の攻撃を受け入れようとする姿勢。君は命を投げ出そうとしていたな?」


 図星だ。だがそこまで分かっていてなぜ助けたのだろう。そしてなぜわざわざ確認したのだろう。この人の思考が全く読めない。沈黙して目線を逸らした俺に対して女性は言い放つ。


「バカものめ。自ら命を捨てるなど愚行に走るな」

「何なんですかいきなり。別にあなたには関係ないじゃないすか。それになんで助けたんすか。俺は死んでも良かったのに」


 咄嗟に口にしていた。だが俺は何も間違ったことは言っていない。この人が言っていることも正しいのは分かるが、俺は元々死んでもいいと思っていた。ここまで説教される意味が分からない。すると女性は顔色ひとつ変えずに口を開く。


「目の前で人が死ぬのを見るのが辛いからだ」

「あんな機械兵器がうじゃうじゃしてるんじゃ、助けたってすぐまた同じ状況になります。いちいち助けるより己自身が自分の身を守ったほうが効率的且つ安全でしょ!」

「では誰があの機械兵器を止めるんだい?」


 何も言い返せない。確かに逃げてばかりでただ待っていても奴らが居なくなるとは限らない。だが今や大量に居るこの機械兵器たちを一人で始末するのは流石に無謀だろう。そんなことを考えていると女性が少し顔を緩めて話し出す。


「君は素晴らしい頭脳を持っているね少年」

「は?」

「先程から私の言葉に対して頭を回転させているね。それはパニックになった人間が咄嗟に出来ることじゃない」


 今のあやふやな返答だけで何を言ってるんだこの人は。困惑の表情を浮かべていると俺たちの元に別の遊徒とやらが近寄ってきた。しかもさっきの奴よりデカいし装備もそこらの奴らより重装備だ。


 女性は立ち上がると俺と遊徒の間に立ち、背負っていたショットガンを手に取り今にも戦おうとしている。流石に無理だろあんなの。しかし女性は前傾姿勢。血の気が多いな全く。


「やめときましょ! アイツはさっきのより格段に強いです。勝率はざっと1%以下です!」


 奴の装備に加え、体表に付着した大量の血痕。肘元に引っかかっている迷彩柄の布切れ。奴が歩いてきた方向には武装した警官が六人ほど倒れている。


 さらに女性の装備を見た感じ近接戦闘しか出来なさそうだ。そこから導き出した勝率が1%以下。実際はほぼ0%。だが幸い今まで戦った人たちが与えたダメージにより、パーツが幾つか破損しているし損傷も窺える。


 それにいくら精巧な代物と言えど機械ならば何らかの不都合で機能停止も有り得る。爆発さえ避ければ生き延びられる。なんてことを考えていると。


「君は頭が堅すぎるよ少年。勝率なんてのは勝つか負けるか、つまり50%だ」

「あんたバカだろ絶対」


 女性は少し微笑み走り出す。遊徒は両腕の放射口を向け、タイミングを図る。そして女性が近づいたとき、そのビームを放った。


 正面から受けたかと思った女性は気づくと上空へ飛び上がっており、推定五メートル程の遊徒を優に飛び越えていた。空中で体勢を整えた女性は遊徒の背後へ頭から落下しながらショットガンを構える。そして遊徒の膝裏の辺りを目掛けて弾を放つ。


「チェックメイトだ」


 まともに受けた遊徒は白い煙を上げながら膝から倒れ伏せた。女性は地面ギリギリまで頭から落下していたのにも関わらず余裕で綺麗に着地している。


 またも俺が唖然としていると女性はこちらに歩いてくる。本当に何者なんだこの人は。常人ではないことだけは自分の中で確信した。女性は俺に向かって話し掛けてくる。


「少年。君は先程死んでも良かったと口にしたね。それはどうしてか聞かせてもらえるかい?」

「生きてても意味が無くなったんですよ。毎日毎日同じような日々を過ごして、何のために生きてるのか分からなくなったんです」

「ふーん」


 別に興味無いんかい。いちいちこの人の思考が読めない。まぁあんな巨体兵器を余裕綽々で倒すような人だもんな。常人の俺とは思考が──。


「であれば君に生きる意味を与えよう」

「え?」

「私はこの世界にもう一度平和を取り戻すためにあの機械たちを壊す旅をする。君は私に付いてくるといい」

「それって俺要ります?」

「あぁ必要だ。君のような素晴らしい頭脳を持った人物は中々居ないからね。作戦参謀として、私の助手として君を雇う。安心したまえ。私の助手になった暁には衣食住を保証しよう」


 助手か。何をするのか分からないけど生きる意味くらいにはなりそうだ。まぁ衣食住に困っている訳じゃないんだけど、食費が浮くのはデカいかな。ただ一つだけ訊いておきたいことがある。


「あんたが戦う本当の理由はなんだ?」


 少しハッと驚いたような反応を見せた後、フフッと笑い真剣な眼差しとなった女性は答えた。


「妹の仇だよ」


 やっぱりだ。ずっと微笑みながら接してくるのにあの機械兵器を相手にした時だけ憎むような恨むような視線を向けていた。この人にもちゃんと人間らしい部分があったんだとなぜか少し嬉しく思う。


「分かりました。助手になります」

「その返事を期待していたよ少年。私の名は村瀬むらせ菲針ひばりだ。よろしく。気軽に呼んでくれて構わないよ」

月見里やまなし望兎みとです」

「やまなし。山梨県出身なのかな」

「違います。出身地と苗字ってあんま関係ないでしょ。あとそのじゃないです。月に見えるに里です」

「珍しいね。ところで望兎、君は料理は出来るかい?」

「まぁ一応簡単なものなら」

「それは有難いね。なんせ食にはあまり拘らないたちでね。食材はそれなりに買っているんだけど、作らないから手頃な物ばかり食べているんだ」


 腹筋も割れてるし、こんな魅力的な体型を維持するのは大変そうだからてっきり栄養には気を使っているのかと勝手に思い込んでいた。


 それに服装もジム通ってる人みたいだし。そういや衣食住を保証するって言ってたけど、まさかこんな露出度高いのが日常生活の服装じゃないよね? それに旅するなら関係なくね? しかも食事もろくに取ってないってことだよね?


「あの、普段何食べてるんですか?」


 まぁ多分サラダチキンとかブロッコリーとかそんなとこかな。そんな素朴な質問に対して菲針さんは平然とした顔でウエストポーチのチャックを開き、棒付きキャンディを取り出したかと思うと、手慣れた感じでパッケージを外し、ハァムと先程までのクールな印象にはあまり似つかない可愛らしい声を漏らして咥えた。


ファメだ」

「…………そんだけ?」

「ウン」


 一気にこの人の助手になることが不安になったと同時にやっぱりこの人の思考は読めないということを再認識させられた。


 こうして俺たち二人の遊徒殲滅の旅が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る