第3話 裏の一面

 改めて俺、月見里やまなし望兎みとは謎多い女性、村瀬菲針むらせひばりさんに命を助けられ、彼女の助手としてこの世界を脅かす機械兵器「遊徒ゆうと」を殲滅して平和を取り戻す旅に出ることになった。


 旅に出るということで、一旦俺たちは俺の家に行き荷支度をすることとなった。まさかこんな俺が人生においてどういう形にしろ他人、増してや女性を自宅に上げる日が来るとは。


「質素だな」

「失礼な。男子大学生の一人暮らしなんてこんなもんだよ。なんなら綺麗な方だよ」

「そういえば望兎は何歳なんだい?」

「19ですけど、菲針さんは?」

「22だ」


 何となく歳上だとは思っていたけどやはりそれなりにはお姉さんだった。てか22で主食飴オンリーってマジでどうなってんだ?


 俺は手短に必要最低限の荷物を最近流行りのデカバッグに詰める。周りがみんな使ってるから買ったのは良いものの、リュックの方が楽だし中身の把握がしやすいんだよな。飽くまで個人の意見だけども。あともう流行ってないとか言わないでね。


 衣類や大事なノートパソコン、タブレット、モバイルバッテリーに充電器、あとはライターとか親父がくれたキャンプ道具とかも持っていこう。入らない分はリュックに入れて、食料は菲針さんの家に食材はあるって言ってたし。まぁ念の為缶詰めとインスタントラーメンを幾つか入れとくか。


 ある程度俺の準備が整うまで菲針さんは床で胡坐あぐらをかいて部屋を見渡している。やっぱ自宅に他人が居るのって中々に違和感。すると菲針さんは準備中の俺に話しかけてきた。


「望兎のご家族はどうしてるんだい?」

「今年の二月に交通事故で亡くなりました」

「そうか……すまない」

「良いんですよ。もう割り切ったんで」


 昔から俺は人と関わることが苦手だった。両親は俺とは真反対で誰とでも仲良くなれるような性格だった。なんで俺があの二人の間に生まれたのか分からないし、本当に俺はあの人たちの子供なのかと疑うレベルで。


 親父は俺がウジウジしているといつも男らしくしろと言い聞かせてくる。お袋も過去に縛られないようにしろとしつこく言ってきた。どうせ今更二人のことを引きずったってあの人たちに怒られるだけ。


 なら葬式の時に別れを告げたあの時から俺は割り切ることを腹に決めた。


「君は本当に強いよ望兎」

「そんなことないですよ。多くの人が周りの人が亡くなっても尚、前を向いて生きてる」

「少なくとも私は違うがね。私が遊徒を殲滅する動機には妹の仇も含んでる」

「言ってましたね、差し支えなければなんですけど何があったんですか」


 これから共に旅をしていく仲間として、お互いの過去を知るには良い機会だと思った。なぜ彼女が身を呈してまであの機械兵器をそんなに殲滅したがるのか。失礼だと分かっていてもどうしても聞いておきたかった。菲針さんは特に嫌悪することなく語り始めた。


「私の妹は緋多喜ひたきと言ってね。とても可愛らしく元気で明るい子で、その上私くらい強かった。こんな私のことも姉と慕ってくれていつも仲良くしていた。人に対して思いやりがあって優しくて、それが悪さをした。遊徒が暴走して徘徊を始めた初期の頃、私たち二人は訳あって遊徒から人々を守っていた。私たちがあんな機械如きに負けるはずがない。全てが順調だった。しかし緋多喜は負傷した仲間を助けに向かった。そしてその負傷者を私に託して、私の前で笑顔で散った」


 辛い過去を思い出しているような引き攣った面持ちのまま菲針さんは続ける。


「その時私は思ってしまった。もし今私の腕の中にいるこの者が負傷していなければ、もしこの者が代わりに死んでいれば緋多喜は生きていたのにと。私はそんな自分が緋多喜さえも裏切ってしまっているようで、あの者にもそして緋多喜にも申し訳なくなってね。私はその団体から逃げ出した。そして私は人々を遊徒から守るより、遊徒を破壊した方が早いと考え一人で戦っていたという訳だ」


 俺は息を呑んで準備をする手を止めてまで真剣に聞き入っていた。何となく菲針さんの考えていることが分かった気がする。


 だからあの時、自ら命を捨てるなど愚行に走るなと説教したのか。それといろいろ気になる点がある。遊徒暴走初期の頃に人々を奴らから守っていて、何かの団体に所属していた。


 特殊部隊か何かだろうか。そうなるとあの武器の装備にあの身体能力も頷ける。まぁ人間離れしてはいるんだけど。


「とまぁこんなところだ。そうして今に至る」

「話してくれてありがとうございます。菲針さんのことを信頼出来ました」

「今か?」

「はい、正直怪しさ満点だったので」

「失敬な」


 二人でクスクスと笑い、寂しげだった部屋が少しだけ賑やかになった。


 準備完了。これから本当に旅に出る。恐らくもうこの部屋に戻ってくることもない。別に名残惜しくはない。なんせスマホの機種さえコロコロ変えてきた。それとこれとは別の話だけど。


 あと家具とか諸々そのまんまだけどこんな非常事態の世界、引越しする人なんていないだろうし大家さんも家賃なんて気にしている暇もないだろう。じゃあな思い出浅き部屋よ。




 家を出た俺たちは続いて菲針さん家へと向かう。これまた他人の家、増してや女性の家など踏み入れたことが無い。中々緊張するもんだな。


 日が傾いてきて夕方。到着したのは見上げるレベルのマンション。パスコードを入力すると自動ドアが開く。エレベーターに乗り込み上昇。


 チンと軽快な音と共に開いた扉から見えたのはまさに高級ホテルの廊下。壁には洒落たデザインのライトに床の素材は土足で踏むことを躊躇してしまうカーペットのようだ。


 え、この人ひょっとして金持ち? そりゃ俺ん家見て一言目に質素だな、なんて感想が出ますよね。信じられないカードを翳すことで開く扉。部屋に入ると同じ人間一人が暮らしているとは思えないほど広い部屋。


 いやなんだよこれ。都内を一望出来るガラス張りにあらゆる筋トレ道具がズラリ、ピカピカのキッチンにデカすぎるテレビ。夢にまで見たL字のソファにシャンデリア、敢えてレトロなレコードプレイヤーからはお洒落なmusicが流れている。なんていうThe Celebrityなお部屋を想像していたのに。


「なんだよこの部屋はぁ!!!」

「汚部屋ではない! ただ少〜し散らかっているだけだ!」

「じゃあなんだよこの空のペットボトルの量は! 業者か! 空のペットボトルを回収でもしてんのか! あちこちにズボンや下着が転がってるし、ピカピカのキッチンは生ゴミ置き場に成り果ててるじゃねぇか!」

「仕方ないだろ、臭いんだ」

「捨てんだよ普通!」


 この瞬間に納得した。なぜこの人が俺を助手として雇ったのか。作戦参謀なんてのは二の次で本当の目的は恐らく、いや絶対に家事担当だ。


 まぁ旅をするならこの部屋も放置しても良いのだが、余りに汚いこのゴミステーションを見て見ぬふりは出来ない。ササッと片して冷蔵庫の中の食材だけ確認する。少し罪悪感はあるが床に転がっている女物の下着を拾い上げるとタグのサイズ表記には「F70」と書いてあった。F……?


「やれやれ、旅に出るってのにわざわざ掃除をするとは本当に望兎は頭が堅いね」

「イラッ。散らかった部屋を掃除すること、これ常識!」

「仕方ない。忘れるまで覚えておこう」

「……ちなみに、菲針さんはそういう経験あるんですか……?」

「そういう経験? あ~もちろんあるぞ」

「え」

「ゴミ出しだろ? 流石にやってるぞ。あとお片付けもな」

「…………はい」

「なんだ」


 この人多分だけどそっち系の知識皆無だ。見事に透かされたな。


 完璧に綺麗にすることは流石に無謀だったので、一旦歩けるようにと、最低限生活出来るようにはしておきました。


 よくもまぁこんな部屋で衣食住保証出来たな。さてと冷蔵庫の中を拝見タイムと行きますか。いざオープン。おお、言ってただけあって肉に魚に野菜や果物、卵に牛乳ってこいつらはいつ生成されたものなのだろうか。


「そうだ、君の腕を奮って見せてくれよ。人が作った食べ物を久しく食べてないのでね」

「あぁ、じゃあパッと目に入ったんで回鍋肉にしますね」

「ほいこーろぉ? そんな物聞いたこともないし買っておいた記憶ないぞ」

「料理名です」


 豚バラ肉とキャベツとピーマンの消費期限を確認し、やたら豊富な調味料の中から豆板醤と甜麺醤、醤油に砂糖と塩を拝借。フライパンに油を引き、炒めて調味料を加える。料理を皿に盛って、一丁前に冷やしてあった缶ビールと共に出す。


「ほう、これがホイなんとかとやらか。特徴的な香りだな。いただきます」


 一口目をじっくり味わったかと思ったら無言で缶ビールのプルタブを開けだした。箸を止めずにビールをグイ。


「プハァ! 最高だよ望兎! こんな料理は初めてだ!」

「そりゃどうも」


 自分が作った料理をこんなにも美味しそうに食べてくれると作りがいがあるな。


「望兎! おかわり!」

「無理です」

「なぜだ! 食材ならたくさんあるはず。まさか作るのがそんなに難易度が高い料理なのかこれは!」

「食材ほぼ消費期限切れてます」

「しょう……? なんだそれは」

「これ過ぎて食べたらヤバいよって期限です」

「じゃあそれが過ぎた食材はどう調理するんだ」

「捨てます」

「望兎。君はなんでもかんでも捨てすぎだ。食品ロスは良くない」

「あんたがなんでもかんでも放置しすぎなの! あとロスしてんのあんたな!」


 やはり幸先不安です。そして缶詰めとインスタントラーメンを持ってきておいて本当によかった。ナイスすぎる俺。今日はもう時間も遅いので、菲針さんの家で一泊することになった。

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