第17話 ザラデンヌ

「おねーちゃん。早く、早くー」

「待ってミュー。そんなに急がせないで……」

 はあはあ……ウサギっ子は何であんなに元気なのかな。


 碧とマジは、長耳村からまっすぐ東に、山裾沿いをミューを伴って歩いている。

 途中、森のほとんどが手の入っていない原生林でもあり、慣れぬ碧にとっては普通に歩くだけでも大変なのに、ミューはまったく苦にせず、茂みの中をさっさと突っ切っていく。


「はは。ミューでなくとも、もともと獣人の運動能力は高いですからね」

「でもマジ。あなたもあまり苦にしてないわよね……」

「まあ、エルフも、元々森の住人ですから」


「……でもね、マジ。

 私……私がミューを買うって言った時、あなたは反対すると思ってた。

 足手まといになるとか言って……」

「あー。確かに、普通の獣人だったら反対したでしょうね。

 でもあの子……可愛いじゃないですか!」

「えー。ほんとにそれなの? 幼女趣味?」

「冗談です。反対しなかった理由は……もうお分かりでは?」

「わかんないよ」


「ほら。ミューがあんなに先まで……長耳族は、耳も鼻も勘もすごくいいんです。

 彼女があそこまで行っているという事は、あの辺までは安全なんです」

「あっ! そういう事か。でも、ドラゴンには捕まったよね?」

「まあ、足を滑らせて落ちちゃえば、耳も鼻も関係ないかと……。

 それに、斥候以外にもいろいろ使えると思いますよ」

「そうなんだ……でも、あんまり危ない事はさせないでね」

「それはもちろん」


 道すがら、集落などは全くなく、食事はもっぱらマジの狩り頼みだ。

 だが水は……なんと、ミューがちゃんと見つけてくれる。

 確かに役に立ってるよ!


 しかしながら、もう何日間もトカゲとかネズミしか食べていないんだ……。

 ウサギは……ミューの前では食べずらいし……。


「ねえ、マジ。いい加減ちゃんとした食事が食べたいんだけど……。

 これじゃヤミーじゃなくてヤベーだわ……」

「はは……そうですね。あと数日我慢して下さい。

 そうすればちょっとした町に着きます。

 そこは大きな町ですので、猫姉さんの変装をちゃんとしていれば、あまり目立たずに立ち寄れます。

 むしろエルフの姿の方がまずいですね。私も何かに変装しないと……」


「でも、お金とか大丈夫?」

「はい。田舎の集落ではだめですが、都市なら換金出来るような物も持っていますので」

「そっか。それじゃ、あと数日がんばろうね、ミュー」

「うん! おねえちゃん」

「ほわわわ……」


 ◇◇◇


「うわー。あれがザラデンヌ。でっかい町だねー。

 しかも城壁とかに囲まれてないんだ」

「もう国内に敵対勢力はおりませんしね。

 攻めれらて困るのは、我らのエルフ王城位なものです」

「そうなんだ……前から聞こうと思ってたんだけど、なんでエルフはあの王城に閉じ込められてるの?」


「それは……魔王がエルフを信用していないからです。

 放っておくと、あちこちで反魔王活動をすると。

 それで、魔王はあそこにエルフを閉じ込め、その生殺与奪権を握ったのです」


「それが、豊穣がどうこうっていうやつ?」

「そうです。豊穣の加護。魔王は、あの城壁内の気候を左右できます。

 彼がその気になれば、雨すら一滴も降りません。そうなると、あの城壁内でしか農耕が出来ないエルフは当然飢饉に見舞われるのです」

「なるほどねー。

 それでエルフに命じて勇者と称する人間の生贄を用意させているんだ」


「ふあああー」ミューが眠たそうにアクビをしている。

 もっといろいろマジに教えてほしいが、まあそれは後でもいいか。

 早く町に入って、なにか食べて眠りたい……。


 町に向かって進んでいたら、マジが突然足を止めた。


「どうしたの? マジ」

「碧。エルフが居ます……しかもあんなに……隠れましょう!」

「えっ? えっ?」

 マジに手を引かれ、近くの農具置き場の陰に隠れた。


 ザラデンヌに城壁は無いが、町の大通りの入り口と思われるところには、警官みたいな人が立っていて、エルフ達と話をしている様だ。


「手が回っているのか……まあ、ザラデンヌは当然、捜査対象か」

 陰から様子を伺っていたが、しばらくしたら、エルフの一団はザラデンヌを離れ、南の方に移動していった。


「どうしたんだ? 立ち寄っただけなのか?」

 マジが不思議がっていると、ミューがピョンと駆け出した。

「あっ、ミューちゃん!」

「聞いてくる!」

 そう言って、ミューが警官みたいな人のところに走っていった。


「ああ、大丈夫かな」

「うーん。こうなったら出たとこ勝負で……」


 しばらくしたらミューが駆け足で戻って来た。

 こんな子供。警官もまったく怪しまなかったのだろう。


「聞いてきた!」

「ああ、無事でよかった。それで?」

「なんかね。

 エルフはこの町に立ち入り禁止なんだって。偉い人がそう決めてるって」


「そうか。ザザビー卿のエルフ嫌いは相変わらずか。

 それにしても、魔王の宣旨を貰った調査隊ではなかったのか……。

 でもそうか、やはり私はこの格好では町に入れませんね」


 そして、すでに猫コスになっている碧とミューが町に入って、マジに指示された物品を買って戻り、マジもそれで魔族に仮装した。


「さて。今ので手持ち現金は無くなりましので……最初に換金に参りましょうか」

 そういいながら、マジと碧、ミューはあらためてザラデンヌに入っていった。


◇◇◇


 マジは、その足で街中からちょっと外れた宝飾店に向かい、持っていた宝石や貴金属を換金した。そして宿も探して、三人はそこに落ち着いた。


「あの、マジさん‥‥‥あなた、なんでこんなにこの町に詳しいの? 

 エルフ王城からは出られないんじゃ……」

 碧の疑問にマジが答えた。


「ああ。ここ、私が生まれた町ですから。

 二百年ぶり位に来ましたが、あまり変わってませんね」

「えっ!」

「そうですね。そろそろ、ちゃんとお話したほうがいいですね。

 でも、とりあえず食事にしませんか?」


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