第14話 長耳村


 山道を頂上目指して歩いていたら、

「あの大きな木の後ろに、村の入り口があるよ」とミューが教えてくれた。


 そこに近づこうとした時、いきなり、茂みから武器の様なものを手にしたウサギ獣人達が飛び出してきて、碧とマジは取り囲まれた。


「えっ? 何?」

「碧。慌てないで…………。

 おい、お前達。ミューを助けたのはこちらの猫姉さんだぞ!

 それに対してあまりに無礼じゃないか!」

 一人のウサギ獣人が前に出てきて言った。


「我々は、よそ者を歓迎しない。ミューを置いてさっさと立ち去れ!」

「なるほどな……でもミューを助けた恩に免じて、一つだけ教えてくれ。

 あんた達は、魔王に反旗を翻したレジスタンスなのか?」

「答える義務はない……」

「ふっ。まあ、違うよな……ミューがドラゴンに喰われそうになってるのに、指くわえて遠巻きに見ていただけの連中だものな!」


「何! お前……我々に気づいていたのか……」

「気づくも何も……お前ら、自分の身体が匂わないとでも思っているのか?」

「き…‥貴様―」ウサギ獣人達がいきり立つ。


「やめておけ。お前らがかなう相手でない事は最初から分かってるだろ……。

 この猫姉さんの一撃は、ドラゴンの半身吹っ飛ばしたんだぞ!」

「くっ!」


「そこまでじゃ!」

 威厳のある声が響いて、二人を取り囲んでいた獣人の輪が割れた。

 そしてそこに、かなり高齢なウサギ獣人が立っていた。


「村長……」ウサギ獣人達がざわめく。


「あんたが、ここのリーダーか。

 別にミューを助けた事を恩に着せるつもりはない。

 ただもう日も暮れそうだし、一晩だけ屋根を借りたい。

 あんたらが嫌なら明日の朝出ていく……」


「あんたはエルフか……それにドラゴンを半分吹っ飛ばしたという魔法……。

 なるほど、あんたらもワケ有りという事か。

 村の連中が無礼な事をしてすまなんだ。

 ミューを助けてくれた事。村長として礼を言う。

 今夜は、村の客人として歓迎しよう。ついてきなされ」


 村長に案内されて、碧とマジは、ミューとともに村に入った。


 ◇◇◇

 

 村長の家で、鍋をごちそうになった。

「大したもてなしは出来ないが、せいぜい腹いっぱい食べてくれ」


「うはー。きのこ鍋? いただきまーす!」

「おい、碧。そんなにがっつくな……村長。ミューは親元に戻ったのか?」

「ああ。あの子は親がおらん。村の所有する奴隷なんじゃ。

 まだ、今日の仕事が残っているでな」


「奴隷? それで、ドラゴンに絡まれたのに、見捨てようと?」

「いやいや。どのみち、村のもんでは、ドラゴンにはかなわん。皆できのこ採りに行って、あの子が誤ってドラゴンの餌場の窪地に入ってしまったのだろう」

 

 あんな小さな子が奴隷ですって? 碧は何かもやもやした気分になった。


「それにしても、村長。なんでまたこんな所に隠れて住んでいる? 

 魔王に抵抗するために潜んでいるのではないのか?」


「ふっ。抵抗と言えば聞こえがいいが、実態は魔王から逃げ隠れているというのが正しい。我ら長耳族は、魔王からしたら、人間の次にうまい食材なんだそうだ。

 だから隠れとる。

 ここならドラゴンが玄関番をしてくれているので、魔王は、わざわざ向こうからやって来ない」

「そういうことか……理解した」


「こちらの事情をお分かりいただけたのなら、明日は早々に立ち去ってくれ。

 そこの食いしん坊の猫姉さんは、人間なのだろう? 

 そうでなければドラゴンを半分も吹き飛ばす魔力など持っているはずがない。

 つまりはあんたらも追われているのだろう。

 それをここに置いていたら、必ず禍根を残す……わかってくれ」

 碧とマジはお互いの顔を見合わせた。


「仕方ないですね、碧。他人様に迷惑かけてまで、ここに居座るのもよくない」

「そうだね……それで、村長さん。ミューは……あの子はなんで奴隷なの?

 そして、これからもずっと奴隷なの?」


「……あれは、最初から奴隷だったんだ。得体の知れない長耳族が連れてきて、金と引き換えに置いていった。まあ、そいつが親だったんだろうが……自分も金に困っているが、子供は安全なところに置いておきたいといった所だったんではないかと思う。

 だから、ミューが自分で稼ぐか、誰かが身請けするかしないと、あの子は奴隷のままだ」


「……いくらですか?」碧が村長に詰め寄った。


「えっ? あんた、あの子を買おうというのか……幼女趣味がおありなのかな?」

「ち、違います! 私、あんな幼い子が奴隷だなんて……許せないんです。

 でも、こっちの世界にはこっちのルールがあるんでしょうし……。

 そのルールにのっとって、ちゃんとしたいんです!」


「ふー。別に奴隷の子供はあの子だけではないだろうに……。

 よかろう。譲ってやってもよい。しかし、あんた。金は持っているのか?」

「あー、それは……」碧がマジの顔を見ながら、助け船を要求している。


 それを察したマジが村長に話しかけた。

「村長。正直に言おう。私達はほとんど金を持っていない!」

「それでは話にならん……」


「だが! 私と碧……この勇者ヤミー様は、近い将来、必ずや魔王キングをこの世界から葬り去る! ついでにドラゴンも屠ってやる。今日のところは、まだ練習が足りていなくて、半分しか吹っ飛ばせなかったが、次は絶対に殺る。そうすれば、お前達はこんなさびれた村で、おどおど隠れて暮らさなくてもよくなるぞ。

 その出世払いという事ではどうだ!」


 あー、マジ。話盛りすぎー! 碧は顔から火が出そうになった。


 村長は、唖然とした顔をしていたが、やがて大声で笑いだした。

「ふっ、はっ、ははははははははは! こいつは大したホラ吹きだ!

 だが……おもしろい! 

 我らとて、ずっとここでくすぶっているのは本意ではない。

 よかろう。ミューを連れて行け!

 今日、ドラゴンに喰われたと思えば、たいして腹も立たん。

 その代わり、約束だ。

 必ず魔王キングと、ついでにドラゴンを屠ってくれ。

 わしらはその日を楽しみに、この村で待つ事にしよう」


「あはー。村長! ありがと!」


 ◇◇◇ 

 

 やがて、ミューが連れて来られた。村長がミューに語りかける。

「ミューや。この勇者ヤミー様が、今ここでお前を身請けなさった。

 いまからお前のあるじは、ヤミー様だ。一生懸命お仕えしなさい」


「……おかあさんになってくれるの?」

「いや、お母さんではなくて、主なのだが……」村長が困った様な顔をする。

「ううん、ミューちゃん。お母さんでいいよ! でも、お姉さんの方がもっとうれしいかな」そう言いながら、碧は思い切りミューをハグした。

「……おねえちゃん……」ミューも思い切り碧を抱き返す。

「はうーーー、もう死ねる……」


「……やれやれ。とんだライバル出現という所ですか……」

 そう言うマジもなんだかうれしそうだ。


「それで村長。対魔王の訓練をするにしても、できれば武闘派の仲間が欲しい。

 本気で奴と張り合おうという対抗勢力はどこかにいないのか?」

「うーむ。あくまでもうわさじゃが……大分前、ここから百Km位東にある、もう国境すれすれの森の中にそれらしき集団がいるというのは聞いた事がある。

 だが、聞いた事があるだけで実情は全く分からん」

「そうか……では、国境の向こうはどうなっている?」

「それは……全く知らん」


 こうして碧とマジにミューを加えた一行は、遥か東の森を目指して、早朝に長耳村を後にした。

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