第8話 兄妹

「はー。ハマユウちゃん……美味しかったなー。

 妹も放免しない方が良かったかな?

 でも、僕は信義を重んじる魔王だからな。約束だし、仕方ないな」


 空腹が落ち着いて、ようやく冷静に物事が考えられる様になってきた魔王キングは、先日の、勇者ヤミーの事を思い出していた。


「それにしても、あの勇者……。

 目晦まし程度とはいえ、あの状況でまさか二発目を放てるとは。

 やつの処女エネルギーは侮れないかも知れないな。

 馬鹿エルフ達が捕まえるならいいけど、万一逃げたまま放置しておくと、後で面倒な事になるかも知れないぞ……」

 少し考えてから魔王は、執事長を呼んで何か指示を出した。


 一時ほどして、一人の魔族の若者が王の間に連れて来られた。


「魔王様。ジルベルリ、参りました!」

「おう、ジルベルリ。呼び出してすまない。君に仕事を頼みたい。

 一人……人間の女の子の処女を奪ってやってほしいんだ」

「はぁ? 人間ですか……でも、魔王様は以前、喰うなら処女の方がうまいと……」

「それはそうなんだけど……そいつ、ちょっと厄介そうで、処女のまま僕に近寄ってほしくないんだよね。非処女になったら僕がおいしく戴くから!」

「なんだかよく分かりませんが……分かりました! 

 そういう仕事なら、このインキュバスのジルベルリにお任せ下さい!」


 インキュバスというのは、サキュバスの男版で、人間の女性を誑かして淫行をする夢魔だ。相手の思考を読み取って、好みの見た目に擬態する事も出来る。


 キングは、処女好きではあるが、人間の処女が持つ聖的な魔力にはめっぽう弱い。まあ、毒を気にしながらフグを食べるのも食通の醍醐味みたいなところもあるのだが、あの勇者ヤミーの毒にあたると結構ダメそうな予感がして、ジルベルリに先に毒抜きをしてもらう腹なのだ。


 魔王様が避ける処女とは一体……

 そんな勇者に、ジルベルリも少なからず興味を抱いた。

 ここ数百年、人間相手に仕事した事も無かったし、少しは楽しめそうかな。


 そう考えて、ジルベルリは、一旦自宅に戻り、勇者捜索の準備に取り掛かる事にした。


 ◇◇◇


「なあモルモル。兄ちゃん、明日から、魔王様の命でしばらく出張に行くから」

 インキュバスのジルベルリが自宅に戻り、勇者の処女奪還作戦を遂行すべく準備をしていた時、妹のモルモルが部屋に顔を出したのでそう告げた。


「えー。なにそれ。聞いてないよー。

 お兄ちゃんがいないとちょー寂しいじゃん!

 一泊以上禁止!」

「無茶言うなよ。何日かかるかも分かんないんだぞ。

 まずは西の森全体を調べて、それでだめならさらに調査範囲を広げて……」

「何何何! 一体どんな仕事なのよ! 

 そんなにお兄ちゃんがいなかったら、私、精気吸う人がいなくて死んじゃうでしょ!」

「おい、ちょっと待て。身内から精気吸うのはやめような。というか、お前ももう一人前のサキュバスなんだから、ちゃんと他の男から精気吸ってくれよ……」

「やだやだやだ! モルモルはお兄ちゃん一筋なの! 

 だから、お兄ちゃんも私以外の他の女とエッチするの禁止だからね!」

「いや、それだと二人で餓死するし……」


 ジルベルリの妹、モルモルはサキュバスなのだが、超絶ブラコンの上、お兄ちゃんLoveがひどく、ジルベルリにしてみれば、大変めんどくさい妹なのだ。

 実際、自分から外で精気を集める事はほとんどせず、もっぱら、外で精気を集めて来た兄に夜這いをかけ、無理やり性交して集めた精気をうばって行く。


 そもそも夢魔は、子供のうち、精気を吸う練習を身内で行うが、お互いに吸い合うため、本来収支は+-0になる。しかし、モルモルと交わった場合、ジルベルリも負けずに精気を吸い返すものの、最後はいつも吸い負けする。

 まあそういった魔族なので、近親間でヤっちゃう事に対しての倫理感とか道徳観念などは余り気にはならないのだが、実際に、もう一人前になった妹に自分が集めた精気の上前をはねられるのは、なんともきまりが悪い。


 モルモルがしつこく仕事の内容を聞くので、逃げた勇者を追って、その処女を奪う事だと告げた。


「えー、何それ。キモ……処女なんて魔王様にくれてやればいいのに……」

「いや、その魔王様が、あの勇者は処女だとダメなんで、俺にヤって来いと……」

「ぶー。だめだめだめ! 

 お兄ちゃんが人間の、しかも処女の勇者とエッチするなんて……。

 私が却下しまーす!」


「……じゃ、仕方ないな。お前、魔王様に喰われて来い!」

「うっきー。なんでそうなるかな? 

 いいじゃん。毎晩私とだけエッチしてれば……」

「だからー、それじゃお互いに精気を交換しあってるだけで、ちっとも腹が膨れないよ……しかも、たまに精液まで吸ってくし……それだと俺がマイナス!」


「…………私も行く」

「はいっ?」

「私もお兄ちゃんの仕事についてく。

 そんで勇者がお兄ちゃんにふさわしくなさそうだったら、私が、勇者から処女奪う!」

「おいおい。そんな無茶な……」

「無茶じゃないもん。こないだ試したら、ちゃんと男性の擬態出来たもん!」

「それで処女奪った事になるのかー?」

「そんなの知ったこっちゃない! 

 それにー。勇者探索に、私の広域サーチは有効だよ!」

 

 夢魔といっても、その固有能力は様々で、モルモルはかなり離れた場所にいる獲物を感知できる。一方、ジルベルリは、空を飛んで高速に獲物を探す事ができる。

 なので、人探しで二人が力を合わせる事は、大変理に適っているのは確かで、

結局、モルモルに押し切られる形で、ジルベルリは妹同伴で、勇者捜索に出発する事となった。


 まあ、モルモルが勇者と合体したあと、隙を見て自分も勇者と合体すれば、どっちに転んでも処女奪還は結果オーライかな、などと安易に考えてはいた。

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