第11話 集落

 宮島姫路は、魔王城へ向かった道を逆方向に歩いていた。


 来る途中、ずっと外を眺めていたが、確かもう少し戻れば、集落があった様な気がする。持ち物は、エルフ王城出発の際にもらった、大きな水晶みたいな玉が付いた木の棒一本だけ。


 しかし、これが以外と丈夫で便利で……道端の木になってる柿みたいなやつを叩き落とすのに丁度よかった。

「くそ! ちょっと渋いな……」

 そんな事を呟きながら歩いていたら、見えた! 集落だ。


 とりあえず、ここが異世界だという理解はあるため、慎重に様子を伺ってみた。


 なんだあ? こいつら仮装パーティーでもやってんのか? 

 ……いやいや、ここは異世界だ。神官は耳が尖ってたし、王様は鬼だった。

 ……で、国民は犬っころってか。

 まあ、大して強そうな奴もいなさそうだし、ちょっくら、中入って見てみるか。


 姫路はそう思いながら、素知らぬ顔をして集落に足を踏み入れた。

 すると、周りの住民たちの目線が、一斉に自分に集中するのが分かった。

 あれー、人間はめずらしいんかね? いや、それにしては、なんか怯えてる?

 一寸先で、子供の獣人が数人遊んでいたので近づいたら、いきなり親らしきものが走り寄ってきて、子供を抱えて逃げていった。


 ありゃー。もしかしてあたいの悪名が異世界まで轟いてるってか? 

 そりゃそれで、あたいも隅におけないねぇ……。


「そこのお前。止まれ!」いきなり、後ろから声をかけられた。


 見ると、革製の鎧を付け、槍を手にした獣人の男が立っていた。


「あんだ、おめー」姫路がガンを飛ばす。

「お、お前。人間だな……逃亡中の勇者だろ! おとなしくお縄を頂戴しろ!」

 なんだ? こいつマッポか?


「おい、お前。何か勘違いしてねーか? 

 あたいは、その先の城の王様に、出てけって言われて、ここまで歩いて来ただけだぞ。この世界じゃ、それだけで罪になんのかよ!」

「問答無用! 魔王様から捕獲命令が出ている。抵抗するなら容赦しない……」

「震えてるじゃねえか。

 そんなへっぴり腰で、この姫路様に勝てると思ってんのか。おらぁ!」

「く、くそっ、舐めるな!」


 そう言って獣人は槍を姫路に突き出したが、姫路はその切っ先の動きを完全に見切って、難なく槍の柄を掴んでしまった。そしてそのまま槍の柄を上に持ち上げると槍だけではなく獣人の身体まで中に浮き始めた。たまらず、獣人が槍を手放す。


「くそ! なんて馬鹿力だ……さすが勇者というところか。応援が必要だな!」

 そう言いながら獣人の巡査? はその場から走り去った。


「あーあ。手加減したつもりなんだが……。

 あんまり派手にやらかすと後で面倒そうだし、さっさとトンズラするか」

 姫路が周りにいた野次馬を睨みつけると、潮が引く様に人々が後ずさり、通り道が出来たので、そこを堂々と通った。


 そして次の角を裏筋と思われる方向に曲がった瞬間だった。


 鋭い殺気と共に、大剣が姫路に向かって振り下ろされてきた。


 チュイーン。


 間一髪だったが、手に持っていた木の棒で防いだ。

 ありゃー、この棒、ほんとに硬くて丈夫だわ……。


 見ると、十歳前後と思われる、まだ幼さの残るわんこ少女が、自分の身の丈程もある大剣を両手に持って立っていた。


「おい、お前。

 いきなりとはご挨拶だな……あぶねーじゃねーか」

「お前は魔王には渡さない。私がる!」

「おいおい。さっきのマッポと言い、あんたと言い……いったい何なんだ? 

 あたいが何したって言うのさ?」

「うるさい。お前が逃げたせいでお姉ちゃんは……」

「だから何だって……くそっ!」

 言い終わらないうちに、わんこ少女が再び斬りかかってきた。

 

 姫路はそれを紙一重で交わし、すれ違い様、わんこ少女のみぞおちに当て身をかました。


「ぐふぅ!」

 わんこ少女は悶絶し、次に意識を失った。


「やれやれ……子供がこんな物騒なもの振り回しちゃいけんよ……まあ、あたいも人の事は言えないか。でも、こんなお嬢ちゃんじゃ顔は殴れねーし……苦しかろうが、みぞおちで我慢してくれや」


 それにしても、さっきのマッポといい、この子といい……何が起きてる?

 ちゃんと話聞いた方がよさそうだなと思い、姫路は倒れているわんこ少女を肩に担いで、大剣と木の棒を脇に抱えながら、その場を後にした。




◇◇◇

 

「よお、眼覚めたか?」


 スズランが気が付くと、眼の前に、あの人間の女が座っていた。

「ちくしょー」

 すぐに飛びかかろうとするが……しまった。手足を縛られている。


「はは、すまねえな。あんたの可愛い顔や体にあんまり傷付けたくないんで……。

 申し訳ないが、おしゃべりだけにしようや。

 あたいは宮島姫路ってんだ。あんたは?」

「……スズラン」

「スズラン……ちゃんか。可愛い名前じゃねーか。

 で、なんであたいを殺そうとした?」

「……のせいで……あんたのせいで、お姉ちゃんは魔王に食べられちゃったんだ! 

 ちくしょー。お姉ちゃんを返せ! あの優しいお姉ちゃんを返せ……」

 そう言いながら、スズランは泣き出してしまった。


「うーん。やっぱ話が見えねえや。お姉ちゃんに不幸な事があったのは何となく分ったが……それがどうしてあたいのせいなんだい?」

「お、お前が逃げないで、ちゃんと魔王に喰われていれば、お姉ちゃんは喰われずに済んだんだ! 勇者っていうのは、魔王に喰われるのが仕事でしょ? 

 なんで逃げたりしたのよー」


「ちょっと待て、スズラン。あたいは逃げちゃいないぞ……。

 魔王ってのは、あの鬼の事だろ? 

 あいつは、私を喰えないとかなんとか……あー、何となく分かったぞ! 

 おい、スズラン! 

 お前が言う勇者って、本当に宮島姫路か?」


「……えっ?」



 ◇◇◇

 

「あ……あの……本当にごめんなさい……」

 獣人の村から少し離れた河原に、姫路とスズランは並んで座り込んでいた。


「いいって、いいって。誤解が解けて何よりだわ。

 それにしても……成程……あの大神官、とんでもねー詐欺師だな。

 でもスズラン。あんたのおかげでこっちも事情がようやく呑み込めた。

 礼を言うわ」

 

 スズランから詳細を聞いて、ようやく事の次第が姫路にも飲み込めた。時系列的に、自分はその逃げた勇者ヤミーとかいう奴のスペアで急遽召喚されたのだろう。


 それにしても、人喰い鬼とは……。

 あの魔王やろー、どうやってとっちめてやろうか……。

 とは言っても相手は魔族だし、先日の第一印象だけで強弱は測れないだろう。


「姉ちゃんの仇討ちのために、そんな使いこなせそうにない大剣まで買って……。

 気持ちは分かるが、無茶だぜ。

 金があるなら用心棒とか殺し屋とか雇えばいいじゃん」

「……そんなの……小さい時からずっと奴隷だったし、どうすればいいのか分かんないよ」


「そっか……そんじゃスズラン。こういうのはどうだ? 

 あたいをあんたの用心棒で雇ってくれよ。

 あたいも自分の元の世界に帰るつもりはないんだが、この世界の事まったくわかんねーし、あんたもその勇者探して復讐したいんだろうが力が足りない。

 ウィンウィンで、いけるんじゃね? まあ正直なところ、あたいの戦闘力がどんだけ勇者や魔族に通用するのかは、まだ見えねえけどな」


「……わかった。ひめじ。宜しくお願いします」

「よっしゃ。交渉成立だ。

 その勇者様とやらが、どんな顔してやがるのか、しっかり拝んでやろうぜ! 

 んじゃ、まずは寝床の確保からだな」


 そして姫路は、スズランとともに集落の派出所に出向いて誤解を解き、そのまま、スズランの宿に転がり込んだ。


 そして、その夜。


 色々な事があって疲れたのか、スズランはぐっすり眠っているようだ。

 その寝顔を見ながら姫路は思う。


「まったく。こんな小さな子が、物心ついた時から奴隷だって? 

 しかも、食材の家畜扱いだ……この世界。とんだ地獄じゃねえか。

 何とかしてやりてえが…………。

 その勇者とやらなら、なんとか出来るんだろうか……」


 ベッドに入った姫路の胸に、スズランがしがみついてきた。

「お姉ちゃん……」

「はは、お姉ちゃんっていうより、年齢的には母親位かな……。

 いやいや十七歳だし!」


 そう思いつつ、姫路は優しくスズランを抱いて、頭を撫でてやるのだった。



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