第6話(絵本)ホタルホテル

川沿いに一軒のホテルがありました。

家族連れのお客様で年中にぎわいます。

ある年の6月に、一組の家族が泊まりに来ました。

小さな女の子と両親でした。

家族はホテルに着くなり、景色をほめ、近くを散策しに行きました。

女の子は初めての遠出なのか、はしゃいでいます。

「ここは夜になると今の時期蛍が出るみたいだよ」

お父さんが言います。

「ほたるってなあに?」

女の子がたずねます。

「淡い光を放つ虫だよ」

「虫なの?!イヤー!私虫嫌い!」

「そんなことないわ。とってもキレイな光だから、気に入るわよ」

お母さんがなだめます。

「虫なんて嫌!」

女の子はそう言って、走り出しました。

「遠くに行っちゃだめよ!」

お母さんが注意をすると、

「はあい」

と元気な声でこたえました。

家族はひとしきり、ホテルの周りの道を散歩しました。

一度ホテルに戻って、お風呂に入ったり、ホテルの中を探索したりして過ごしました。

「わあ美味しそう!」

夕食の時間の料理に目を輝かせて女の子は料理をほおばりました。

「蛍を見に行こうか!」

お父さんがそう言って、率先してホテルの外に出ていきました。

「暗くて怖いよ?」

女の子がそう言うと、

「はぐれないように手をつないでおこうね」

お母さんがそう言いました。

「うん」

ぎゅっと女の子はお母さんの手をにぎりました。

「なかなかいないなあ~」

お父さんが困惑した声を出した時、

「あっ!」

そう言って女の子は、フヨフヨと光るものを見つけました。

見つけたとたん、お母さんと繋いでいた手を放して、光の方に吸い寄せられるように歩いてしまいました。

お父さんとお母さんは、いないねと言い合いながら蛍を探していました。

女の子がはぐれたことにも気が付かずに。

そして女の子は、光るものを追って歩いているうちに、暗い暗い真っ暗闇の中にぽつんと取り残されたことに気が付きました。

気が付いたらさあ大変。

お父さんもお母さんも居ない。

周りは真っ暗。

さっきまで追っていた光るものも見当たりません。

そうこうしているうちに、女の子は泣き出しました。

わんわん、わんわんと女の子が泣いていると、女の子の目の前でポワンと淡く光りました。

淡い光は点となり、次第に数が集まって一筋の道を作り出しました。

女の子は目の前に広がった光る道を不思議な気持ちで見つめました。

泣くのも忘れてしまうほどに、その光景は美しかったのです。

「わあキレイ……」

そう女の子が言うと、女の子の前にフワフワと淡い光を放つ一匹の蛍が飛びます。

女の子はその蛍の後ろをピョコピョコと着いていきました。

蛍もフワリフワリとゆっくりと飛びながら、時折葉っぱで休み休みします。

女の子は一生懸命に蛍の淡い光を追い続けました。

すると、そのうちに道はひらけてホテルへと戻ってくることが出来たのです。

ホテルの入り口では、両親が女の子の名前を叫んでいます。

その声を聞いて、女の子はまたもや涙があふれ、両親の元へと走って駆けだしました。

「お母さん!お父さん!」

女の子の声が聞こえ、両親はあたりをキョロキョロとしました。

「アカネ!」

お母さんが女の子の姿を見つけ、一目散に駆け寄りました。

女の子はお母さんの体にボスンと抱きつきました。

「どこに行っていたの?探したのよ」

「見つかってよかった」

両親は口々にそう言い、安堵の涙を流しました。


6月になるとホテルの周りには蛍が飛び交います。

女の子が導かれた蛍の光の道も名物となりました。

それからホタルホテルと呼ばれるようになりました。

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