第3話(童話)キャンディ

いきなり僕は男からキャンディを3つ貰った。何の前触れもなく、何の前置きもなく。別に男を助けたから貰ったわけでもなく、普通に歩いていてぶつかりそうになったところを寸でで回避した後に、男からキャンディを渡された。

「君は運がいい」

そう男は言って、キャンディを僕に渡すとスタスタと歩いて行った。僕とのことなどなかったかのように。

 キャンディは、一つは赤、一つは黄色、一つは青の包装紙で包まれていた。両端をねじってある形で。僕はそのキャンディを薄気味悪くも感じながら、ポケットの中に入れて道を急いだ。

 家に帰る前に、僕は河川敷で時間を潰していた。今家に帰っても誰も居ない。誰も居ない家に一人でいるのは、いつも寂しかった。河川敷で夕日が落ちるのを見ていた時、ふいに貰ったキャンディを思い出して、一つ食べてみようと思った。知らない人から貰った物なんて食べるなとは言われているけれど、不思議とそのキャンディを食べたくなった。どれにしようか悩んで赤を選んだ。夕日を思い浮かべたから。包みを開くと、その中には琥珀色の真ん丸い飴玉があった。それを口の中に含む。すると不思議なことが起こった。目の前にお父さんとお母さんが現れた。僕は思わず口の中のキャンディを落としそうになった。目の前に現れたお父さんとお母さんはニコニコ笑顔で僕の手を取ろうと手を伸ばしてくれた。僕も二人の手を取ろうと手を伸ばすとぎゅっと温かい手のぬくもりが伝わってきた。ふと嬉しくなってスキップしようとしたら、口の中のキャンディが溶けて無くなった。するとそれまで繋いでいたお父さんとお母さんも消えてしまった。温かかった掌のぬくもりは一瞬でなかったものになった。僕は悲しいのか寂しいのか分からない気持ちを抱いて走って家まで帰った。

 家に帰ってからも、僕はポケットの中のキャンディを持て余していた。この二つはどんなことが起こるのだろうかと期待していた。「お風呂よ!早く入って頂戴」

そうお母さんに言われて僕はお風呂場に直行した。湯舟に浸かりながら、僕はあることを思いついていた。僕はポケットの中から出してきていた青のキャンディを口の中に入れた。すると、僕の目の前に大きな大海原が出現した。僕は真っ裸で海の中に突き落とされたみたいに遭難していた。あやうく口の中のキャンディを飲み込んでしまいそうになるくらいに驚いていたら、クジラが大きな潮を吹いて迫ってきていた。とっさに危ない!と思って逃げようと手を動かしたところで、口の中のキャンディが無くなって、僕は湯舟の中で立っていた。ザパンと音をさせたら、お母さんから、

「どうしたの?」

と心配された。僕は何でもないと答えてお風呂を出た。

 夜寝る前、歯磨きもして僕はベッドの中に体を滑り込ませていた。最後に残ったキャンディは一つだけ。次はどんなことが起こるのか。そう思いながら最後の黄色のキャンディを口に含んだ。途端に目の前には、黄色い雲が浮かんでいた。キラキラと輝いていて、雲の合間にサンサンと輝く太陽があった。僕は思わずその太陽に向かって手を伸ばした。でもなかなか太陽には届かなくって、もどかしくなって、雲の上を移動しようと足を動かした。跳ねるのかと思ったけれど、そのまま足はボスンと重力に逆らわずに下に下にと落ちそうになった。口の中でキャンディを飲み込んでしまいそうになったところで、僕の目の前の太陽も雲も無くなった。キャンディが無くなって、僕はベッドの中に逆戻りをした。不思議な体験をしたその日1日の最後に、僕はなんだか満ち足りた気分で目を閉じた。

 それからもう一度あの男に会いたいと思っても、僕は会えずにいる。あの不思議な体験をくれたキャンディの謎も解けないまま。でも一つだけ良いことがあった。あの日以来、お母さんかお父さんが必ず家に居るようになった。また3人で出かけられる日も近い。赤いキャンディをなめた時の様に、手を繋げれるかもしれない。今はそれだけでいいと僕は思った。

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