第13話 私の名前

「うん、叩き台としてはいいんじゃないかなぁ」


 私が書いた歌詞を見た大木社長が、そう言って頷いた。

「本当ですかっ?」

 心底、ホッとする。

 なにしろ、今まで『仕事』というものを請け負ったことなどないのだから。


「でもな、乃亜」

「はい」

「まだ足りない。決定的に足りないものがあるんだ」

 足りないもの……?

「それは?」

「サビの部分には、誰の心にも響くような、ガツンと来るワードがなきゃ駄目だ。この歌詞には、そこまでのインパクトがない」


 ……やはり、ちょっと考えて書いただけの言葉では重みが足りないということだろうか。私は肩を落とした。


「そう、焦るな。まだ時間はあるから、もう少し考えてみるといい」

「はい。わかりました」

 私は紙を受け取り、改めて読んでみる。


 強い言葉。

 それが、わからない。


*****


「ええ~? これ、いいと思うけどなぁ」

 恵が、私の書いた歌詞を読んでそう言った。

「乃亜ちゃん、こんな才能もあるんだねぇ」

 かえでが感心しきりでそう褒めてくれる。

「でも、確かにインパクトっていう意味では、まだ弱いのかもなぁ」

 杏里が腰に手を当てた。


「そうかなぁ、悪くないと思うけど」

「じゃ、恵、この歌詞で一番頭に残る歌詞はどれ?」

 杏里の問いに、恵が「う~ん、どこかなぁ」と唸る。

「それ! 悪いとは思わないんだけどさ、これだ! っていうインパクトある場所もないんだよ」

「ああ、私、杏里がいってる意味がなんとなく分かったかも」

 かえでが身を乗り出す。


「学校でさ、友達と話してるとき話題になったんだけどね、ミュージシャンって世の中に沢山いるけど、歌詞が響いてくる歌の方が記憶に残るって言ってた。で、歌詞だけを見て、どれが響くか大会やった!」

「は? なにそれ?」

 杏里が訊ねる。


「歌は知らなくてもオッケーで、これは! っていう歌詞をお互い出し合うの。で、どれが一番共感を得るか、っていう大会?」

 曖昧な遊びではあるけれど、面白そうではある。

「で、結局ナンバーワンは誰の、何の曲だったわけ?」

 恵の質問に、

「えっとね、小南那古こなみなこの『SNOW LIBBER』の中の……ここ!」

 かえでが携帯電話に歌詞を出し、みんなに見せる。


『去り行く者はいつも

 背中に夢と希望を抱き

 残されし者はいつも

 寂しさと思い出を胸に秘める』


「え~、結構真面目」

 恵が呟く。

「もっと、恋愛系の、乙女心な歌詞かと思ったら、哲学系じゃん」

 杏里が携帯の画面を私に向けた。


「候補の中には、我々の曲もあったんだけどねぇ」

 かえでが腕を組んでしみじみと言った。

「選ばれなかった?」

「接戦の結果、敗退した」

「きゃ~ん、残念!」

 かえでと恵がコントのようにコミカルに動く。


「あの、勿論『シンクロ』ですよね?」

 私、そう言ってかなえに詰め寄る。


「当然じゃん!」

「抜粋など……」

「するわけない! 全部だよ、全部」


「それな~~!!」


 私、つい叫んでしまう。

 と、三人が一瞬顔を見合わせ、弾かれたように笑う。


「あはは、乃亜ちゃん、段々感覚戻ってきたんじゃない?」

「マジで、今のは乃亜だった!」

「乃亜たんいい感じ~!」

 私ったら、こちらの生活に慣れ始めたのをいいことに、はしたない言葉を……、


 でも、ふと思う。

 私は乃亜なのだから、それでいいのでは?


 自分さえ固定観念を捨て去れば、私は私以外の何者にでもなれる。演技なのか、それとも素なのか。そこに境界線など、なくてもいいのかもしれない。


「だって、シンクロは特別だものっ。最初から最後まで一言一句余すことなく推せる歌詞だものっ。これぞ、マーメイドテイル! 私はこれで、ハマった!」


「お~、語るね、乃亜」

「何時間でもいけます!」

 生まれて初めて見たアイドルのライブ。

 それがマーメイドテイルで、本当に幸せだと思っている。


「んじゃ、シンクロに負けない曲にしなきゃだね、乃亜たん!」

「勿論! 私の中のマーメイドテイル愛をこれでもかってくらい詰め込んで見せますわ!」

 興奮する私を見て、杏里が呟く。


「そういえばさぁ、乃亜って、記憶障害で他人格が出てきたってことになってるじゃん?」

「あ~、そう聞いたねぇ」

 恵が顎に指を当てる。

「良くは知らないけど、多重人格ってさ、人格ごとに名前があるって何かで読んだことあってさ」

「あ、私もそれ、聞いたことあるかも!」

 かえでが賛同する。


「と、いうことは、だ。今の乃亜には、実は名前があったりする?」

 杏里が私の顔をじっと覗き込む。

「え? あ、私……?」

「乃亜は乃亜だけど、あんた自身に名前があるのかな、って思って」

 杏里が、乃亜の中にいる『私』を見つけようとしてくれているのだとわかる。乃亜でありながら、乃亜ではない、本当の、私。


「……リーシャ」

「え?」

「私は……リーシャ・エイデルです」


 名乗ってしまう。

 おかしな目で見られるかもしれないのに。


「リーシャ、かぁ」

「いい名前じゃん!」

 かえでと杏里がそう言ってくれる。


「……ね、それペンネームにしない?」

「えっ?」

「乃亜たんはリーシャで、リーシャは乃亜たん、ってことでしょ?」


 私の名前。

 私が、私としてここにいることを、リーシャとしての私の存在を許してくれるの……?


 恵の言葉を受け、またしてもべそをかく私だった。

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